かなりスローペースです。
「大事な話がある」
四月一日。エイプリルフール。
新たな門出を迎えた俺をファミレスに連れ込み親父は真面目な顔をしてそう言った。
つい先ほど入学式を終えたばかりで、昼時は既に過ぎて時刻は昼の二時。
ボックス席に就くなり、取り敢えずドリンクバーを頼み、喉を潤した途端にこれである。
“大事な話がある”と切り出したのはこれで二回目。最初の一回目は、母が死んで心機一転引っ越すぞと言い出した時であろうか。
俺は話半分に聞く姿勢に入る。
「話ってなんだよ」
「あぁ、実はな……」
勿体ぶった親父はテーブルに肘をつき、顔の前で両手を組むとその上に顎を乗せる。いわゆる碇司令のポーズで、俯きがちに視線を上げた。その目は親父のかけている眼鏡に光が反射して見えないが、少しばかり緊張しているように見えた。
「……父さん、再婚することにしたんだ」
「そうか」
「…………え、いや、それだけか!?」
「それだけってなにが?」
なんだそんなことかと、俺はミルクティーを傾ける。並大抵のことでは驚かない俺に、逆に親父の方が驚いた様子であった。
「おまえ少しは何かあるだろっ。ほら、こう、な?もう少し興味持てよ。俺が再婚するってことは、おまえの母になるかもしれない女性だぞ!」
何処かで聞いたセリフのオマージュを発する親父に、それを聞いた敵パイロットはこんな気持ちだったのかな、と思いながら俺はカップをソーサーに置いた。
「よかったな、親父」
「違うそうじゃなぁい!」
「あんた俺にどうして欲しいんだよ?」
「普通驚くだろ!なんで平然としてるんだよ!?」
「いや、決まっちまったもんは仕方ないし。それに親父の人生なんだ、それくらい当然の権利だろ」
「俺はこの場合、いい息子を持ったなって誇ればいいのか!?ドライな息子を持ったと嘆けばいいのか!?複雑なんだけど!」
ファミレスのボックス席で苦悶する親父は、頭をガシガシと力強く掻いて悩んだ。そうして一頻り一人で騒いだ後、素に戻ると真面目な顔に戻って言う。
「それでこれからおまえには会って欲しいんだけどよ」
「そりゃまた突然だな。まさか、今日決めたわけじゃないよな?」
俺がカマをかけると、親父はわかりやすく動揺した。しかし、誤魔化しが効かないとわかるや親父は開き直りやがった。
「さすが我が息子よ」
「おい親父殿。なんでそんな大事なこと今まで黙ってた」
「だ、だってよ。仕方ねぇだろ。仕事で忙しかったしよ、話すタイミングもなかなかなくてな?」
「……いつ来るんだよ」
「もうすぐかな?」
親父を今すぐぶっ飛ばしたいと思ったのは初めてのことだった。母が死んでから一人で男手ひとつで育ててくれた父親だ、それなりに尊敬はしていたがあまりのいい加減さに眩暈がしてくる。眉間を揉んでいると、その時間はすぐにやってきた。
「いらっしゃいませー」
店員が客を歓迎する声に親父が視線を向けると、その顔が僅かに綻ぶ。その視線を辿って入口の方を見てみると、亜麻色の髪の母娘がキョロキョロと辺りを見回している姿があった。それにあの制服は……。
「おーい、こっちこっち」
手招きして親父が母娘を呼び寄せる。
親父を見つけると、母娘が揃ってこちらにやってくる。
「ささ、どうぞどうぞ」
向かいに座っていた父が立ち上がり、母娘に席を勧める。二人が着席したのを確認すると俺の隣へ座る。
改めて母娘を盗み見る。とても綺麗な母娘であった。母親は一児の母親とは思えず、二十代前半くらいの年齢に見える。しかし、娘の方が着ている制服は俺が入学した高校の制服だ。教室で見た記憶もあるし、同級生なのだろう。となると母親は最低でも三十代くらいかと結論づけて、余計なことは考えるのはやめておいた。
–––うちの親父といい見た目詐欺である。
新たにドリンクバーを二つ注文して、飲み物を補充したところで顔合わせが始まる。
俺は極力母娘を見ないようにして、窓の外へ視線を向けていた。
「おい、息子。こっち向け」
「はぁ……」
母娘に視線を向けたと見せかけてグラスに視線を移す。あまりにも二人が綺麗で、娘さんの胸が大きかったため、不躾な視線を送らないように努力した結果だった。
「いや、すみませんね。うちの息子、女性が苦手で。女っ気もないもんで」
愛想がないことをフォローしようと思ったのか、親父はそんなことを言って誤解を解こうとする。事実、親父が懸念している“不快感”は何一つない上、全て事実なので否定する気もなかった。ただ俺が現実の女性に興味もないことも含めて、全て純然たる事実である。
–––つまり、思春期真っ只中な反応を返しただけで、二人を拒絶するような意図はない。
そう遠回しに親父は伝えたが、その意味の半分も伝わっていないだろう。敢えて言葉に出して説明する理由も、話しかける理由もなく俺はただ黙って事の成り行きを見守る。
その沈黙を破ったのは、相手方の母親だった。
「初めまして瑛太君。米倉翠です。あなたのお父さんとお付き合いさせてもらっています」
「どうも……」
あまりにもドストレートな自己紹介に、俺はぶっきらぼうに返す。正直、こんな時どんな顔していればいいかわからなかった。
困惑している俺に、優しく微笑むのは連れ子の娘。
亜麻色の髪をポニーテールにした、翡翠の瞳の少女。
「米倉渚です。……教室で会ったよね?よろしくね、瑛太君」
自己紹介と共に渚は手を差し出してきた。握手を求めてきているらしい。俺は戸惑いながらも、その手を握って自己紹介をする。何故か相手は俺のことを知っていて、俺は知らなくても、しておくべきだと思ったのだ。
「釘宮瑛太です。……初めまして。米倉さん」
「もう、それじゃあどっちのことかわからないよ。あたしのことは渚って呼んで」
「……渚さん」
「な・ぎ・さ」
「……渚」
「うん♪瑛太君のことは瑛太って呼んでいい?」
「……好きにしろ」
思わぬ圧力に屈して女性を名前呼びしてしまう。ついには凝り固まった態度も崩れてしまい、本来の口調で名前呼びを許してしまった。
「突然のことでびっくりしたと思うけど、今日からよろしくね」
「ホントだよ……」
せめて相手に連れ子がいるとか、心の準備をする時間くらいは欲しかったものである。あまりにも実感が無さ過ぎて、未だ半信半疑で状況が読み込めていない。しかも相手は予め知っていたとあって、知らないのは俺一人だった。あのクソ親父め。
「よし、自己紹介は終わったし飯にしよう。今日から一緒に住むんだし、話は後でもいいだろ。好きなもの頼んでいいぞ」
初耳なことがまだあったが驚いていたらキリがない。俺は諦めて順応することにして、それはそれとして親父の財布に経済制裁を与えることにする。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「俺はミックスフライ定食で。翠さんたちは?」
「私はいくらの生クリームパスタを」
「あたしもそれで。瑛太は?」
その言葉を待っていた、と言わんばかりに俺はメニューを捲る。
「ミックスグリル、カルボナーラ、チキンドリア、魚介類のパエリア、豆腐サラダ、エビフライを全部一つずつ」
そして、呪文のように息継ぎなしで言い切った。親父の頬が引き攣ったが知ったことではない。ファミレス程度、払えない金額ではないだろう。
店員もプロ根性か、四人分の注文を一つも間違えずに復唱する。確認を終えると厨房の方へ戻っていった。
「……よく食べるなぁ」
「さすが男の子ねぇ」
そんなわけないだろうと親父の顔が物語っている。文句を言いたいのは我慢して、代わりに出た言葉は一つ。
「全部食えるのか?」
「あとデザートだな」
「まだ食う気か!?」
追い討ちをかけるようにそう返すと、さすがの親父も堪らず叫んだ。
「親父どいてくれ。ちょっとドリンクバー行ってくる」
「あ、あたしも」
通路側に座る親父を押し退けて通路に出る。
ドリンクバーの前に来ると、渚が追いついた。
悩むことなく、ジンジャーエールを注ぐ。
その横で、彼女は悩んだようにドリンクバーを見つめていた。
「ねぇ、瑛太」
「なんだ?」
「あたしのこと嫌い?」
突然、そんなことを訊ねてくる。
思わず横を見ると、不安そうな顔をしていた。
「今のところは嫌いではないかな」
「そっか。よかった」
ドリンクバーにグラスを置く。ボタンを押して、ジュースを注いでいく。
「ねぇ、瑛太は何月生まれ?」
「八月」
「あたしは十二月。じゃあ、瑛太がお兄ちゃんだ」
「そうなるな」
ドリンクバーのボタンから手を離して、渚は突っ立ったまま動こうとしない。
「……瑛太は、あたしのこと見捨てないでね」
何かを思い詰めたようにそう言うと、渚はボックス席へと小走りに戻っていった。