義妹の愛が重すぎる   作:黒樹

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始まった。


おや?義妹の様子が……?

 

 

 

夕焼けに空が茜色に染まる。

何処かで子供達の声がして、遠ざかっていく。

会社帰りのサラリーマンが誰かに電話を掛けながら、早足に帰路につく。

帰り道を急ぐのは、大人も子供も一緒だ。

それなのに何故か、目的地が近づくにつれて智香の足は遅くなった。

一歩一歩の歩幅が小さく、遅く。それに合わせて俺の歩く速度も落ちる。

しかし、そんな抵抗も虚しく足が止まった。

 

「……ついてしまいましたね」

 

智香が見上げる先には、二階建ての住宅。

彼女の家がそこにあった。

帰るべき場所、俺からすれば懐かしく感じるその家は、数年前と変わらず新築同様に見えた。

思い出は色褪せるというが、変わらないどころか真新しく見えるから不思議だ。

 

「じゃあ、また明日」

 

別れの挨拶と共に見送ろうとすると、智香が制服の袖を掴んだ。

 

「もう少しだけ、一緒にいたいです」

「そうは言っても、もうすぐ日が暮れるしな」

「うちに寄って行きませんか?」

 

なんとしても時間を引き延ばしたいのか、名残惜しそうな顔で智香が引き留める。が、そうなると長居することになりそうなので遠慮したかった。

 

だいぶ時間も経ったし、少しは渚も落ち着いただろう。

時間稼ぎは十分だし、今度は義妹のご機嫌取りをしなければならない。

そのために寄り道をしたわけだし、放課後デートをしたのだ。

デートというには義妹のご機嫌直しの洋菓子を買って、少しだけ喫茶店でお茶をするという微妙なものだったのでデートとカウントするかは微妙だが、智香曰くデートらしいのでデートなのだろう。

 

それはともかくとして、これ以上義妹を放っておくと面倒になりそうなので早急に帰りたいところだ。智香の期待には応えてやりたいが、またの機会にというやつである。

彼女の家に上がり込むにしても、もう夕暮れだし日を改めた方がいいような気もする。ただでさえバイト日は智香がバイト先に居座って家に返すのが日が暮れたあとなのだ。彼女を溺愛する親父さんの反応が怖い。

だから、今日こそは日が暮れる前に帰したい。具体的には夜の帳が下りる前に。

 

「それは遠慮しておこう。また、今度な」

「……本当に、名残惜しいものですね」

「ん?」

「仮とはいえ、恋人関係になってよりいっそう愛おしくなってしまったみたいです。明日会えることがわかっていても、辛いものは辛いですから。別れの辛さを知っているからなおさら」

 

転校したことがあって、長い間離れていただけに別れには人一倍辛く感じるらしく、それを引き合いに出されれば苦笑するしかない。俺は智香の頭に手を伸ばして、優しく撫でた。

 

「今度は会えなくなるわけじゃないんだし、我慢してくれ」

「……そうですね。では、これで手を打っておきます」

 

そんな囁きが耳に届いた時には、頰に柔らかな感触が。濡れた唇が頰に触れる。それが頰への口付けだと気づいた時には、夕焼けの中で頰を赤く染めた智香が恥ずかしそうに離れていた。

 

「それじゃあ、また明日」

「おう。明日な」

 

家に入っていく智香を見送って、踵を返す。

駅で電車に乗って数駅。

もう辺りは真っ暗で、家にたどり着く頃には太陽は月に代わっていた。

 

そこでふと、俺は違和感に気づいた。

家に明かりがないのだ。いつもなら、キッチンやリビングには明かりが灯っているのだが、何処も照明がついていないのだ。

玄関を開けてなんとなしに見てみても、渚の靴があるから帰っていることは間違いない。いつもは夕食の美味しそうな匂いもするはずなのに、それもないとするとどうしたことだろうか。

取り敢えず、駅前で女子高生に人気のスイーツ店で買ってきた手土産を冷蔵庫に押し込める。キッチンは朝のまま、夕食の準備をした形跡はなくいよいよ不安になってきた。

 

階段を上がって、渚の部屋へ。

……中から、人の気配はしなかった。

ノックして確認するも、返事はなし。

「入るぞ」と一声かけてから、開けてみた。

やはり、渚の姿はなかった。

 

「……何処行ったんだあいつ」

 

不安が大きくなる。

こんな時間に帰っていないのは珍しい。

いや、一度もなかった。

玄関で渚のローファーは間違いなくあったので、帰っていると思ったのだが。

取り敢えず、鞄を部屋に置こうと自室の扉を開ける。

 

「……」

 

自室のベッドが不自然に盛り上がっていた。明らかに怪しい。人が入っていますと言わんばかりだ。

 

「渚」

 

呼びかけてみたが反応はなし。

鞄を机に置いて、思い切って布団をめくった。

人の布団に潜り込んで何をしているのか問い掛けようと口を開けてみたが、実際は声にならない声が喉から漏れるだけ。

俺はしばらくの間、目の前の光景に目を奪われていた。

 

いったい誰が予想するだろうか。

布団に潜り込んでいた義妹が、下着姿で寝ているなど。

 

しかも人の部屋に忍び込んでおいて、下着で潜り込んでいた彼女は寝ているとは言ったが寝そべっているだけで、ちゃんと起きてはいたのだ。反応しなかった理由は拗ねているからか、不機嫌だからかはわからないが。

 

「……瑛太のえっち」

「いや、すまん。まさか下着姿だとは」

 

なんで他人のベッドで下着姿で寝ているのかはさておいて、こんなことを親父や翠さんに報告されれば困るのは俺なので反論の余地もない。

電車で痴漢ですと叫ばれたら、男はまず勝てないのだ。そういうところは世知辛いと思う。

うちの義妹に限ってそういうことはないと思うが、俺は小心者である。警戒しすぎて困ることはないので、そっと布団を戻しておいた。

 

「待って!」

 

部屋を出て行こうとした俺を引き止める声。

渚は跳ね起きるように布団を押し退けて、俺の腕を掴んでいた。

義妹の下着姿が露わになる。

白く綺麗な肌に、女の子らしく引き締まった魅力的な躰。

男が目に奪われるには、十分な理由だ。

目が離せず、俺はじっくりと彼女の半裸を脳内に保存していた。

もし俺の目がカメラのレンズなら、高速でシャッターを切っていたであろう。

連写で脳内保存された渚の半裸を、俺は一生忘れられそうにない。

 

「行かないで。何処にも、行かないでよ……」

「行かないって何処にも」

 

隣に座って慰める。

そうすれば渚は、俺に抱きついてきた。

手のやり場に困って、宙に浮く。

抱きしめようとすれば、何処も柔肌だ。

悩んでいると強く彼女は身体を押し付けてきた。

倒れる。そう思って受け止めようとしたものの、力づくで押し倒されてしまう。

 

「嘘だよ」

 

俺の上に跨った渚が、ぼそりと呟いた。

瞳が怪しげに光る。翡翠の瞳がまるで宝石のように無機質。

虚に映った自分の姿は、酷く濁って見えた。

 

「ねぇ、どうして彼女なんて作っちゃうの?」

「それは……」

「あたしはずっと瑛太のことだけを考えてるのに。どうしてあたしだけを見てくれないの?」

「おい、渚……?」

「あたしだけを見てよ。他の人を見ないでよ。あたしだけのことを考えてよ」

 

様子がおかしい。

話が噛み合っていないような……。

話を聞いていないような……。

 

こんな時でも俺は彼女の艶姿に目を奪われており、そして渚の様子のおかしさに少しだけ心配になっていた。

 

心配するべきは、自分の身だと気づいたのは……彼女が持っているそれに気づいた時だった。

 

「必要ないじゃん彼女なんて。あたしがいれば瑛太には何もいらないよね。あの女には絶対に瑛太を渡さない。別れてよ」

「あの……渚さん?その手に持っているのは何でしょうか?」

 

チキチキと音を立てて稼働する。

渚の手には、カッターナイフ。

それが音を立てる度に、刃が引き出されているのだ。

もう乙女の柔肌とか楽しんでる場合じゃない。

 

某殺せない先生もびっくりな暗殺術に、もしや渚にはそういう才能があったのかもしれないと危機的状況にも関わらず考えてしまった。

 

「こんな手、あたしだって使いたくなかったんだよ。今まで上手くいっていたのに瑛太が裏切るから。あたしじゃない誰かを見てるから。仕方ないよね?大丈夫だよ。二人なら大丈夫。瑛太が死んだら、あたしも後を追うから」

 

渚がカッターナイフを大きく振りかぶる。

そして、凶器は振り下ろされた。

 

すんでのところで巡った色々な考え。

人生で初めて彼女ができて、可愛い義妹もいて、これから人生楽しくなるって時にこんなこと。キスだってしたかったし、童貞だって卒業したかった。後悔があるとすれば、それくらい。

父さん母さんごめん、だなんて俺は言わない。

人は遅かれ早かれ死ぬ生き物だ。

でも、だからってこんな終わりはないだろう。

せめておっぱいは揉みたい。

 

……最後に考えるのがこれか。俺って煩悩ばかりだな。

 

何処かの主人公みたいなことを考える。

だとしたら、このあと転生か?

悪魔になって、ハーレム街道を突き進んだり。

特別な力が目覚めたり。

……正直、ないなと思った。

 

「ぐっ……どうして……瑛太もあたしを拒絶するの?みんなみたいに。あたしを捨てた人たちみたいに。瑛太もあたしを捨てようとするの?そんなのやだよ。嫌っ!」

 

振り下ろされたナイフではなく、腕を掴んで凶刃を止める。

何やら譫言を渚が呟いて、力押しでナイフを突き立てようとする。

こういう時、体制的には不利なはずだが、女子高生程度の力で男がどうこうできるはずもなかった。

 

流石にここまでくると青山の言っていた意味がわかった。

うちの義妹は、どうやらヤンデレであるらしい。

 

「バカだろおまえ、こんな可愛い義妹捨てるなんて勿体ない」

「……か、可愛い……?嘘。絶対嘘。みんなあたしを怖がってあたしを捨てるんだよ」

「だったら、そいつら全員見る目なかったんじゃないか」

 

ナイフを振り下ろすために込めていた力が緩む。

ようやく理解してくれたようで、徐々にその手から力が抜けていった。

事態が収束しようとしたその時–––。

 

「ふ、二人とも何やってるのっ!」

 

タイミング悪く、翠さんが部屋に入ってきた。

何故か頰を赤くしながら。

 

 

 

 

 

 

「……こんなことなら、二人がえっちなことしてる方がまだ良かったわ……」

 

帰ってきたら家は真っ暗。

唯一ついていた明かりは、俺の部屋だけ。

いつもなら夕食の用意がしてあるのに、何もなく。

おまけにギシギシと軋むような音が二階から。

そこまでくれば、あとは何を勘違いしたかを聞くまでもなく、むしろより酷い状況を見て頭を抱えてしまった。

 

–––これが今の状況。

 

渚は半裸の姿のまま正座させられており、頰には真っ赤な紅葉が咲いていた。当然、それをしたのは俺ではなく翠さんだ。本当に申し訳なさそうに頭を下げている。

 

俺はベッドに腰掛け、その様子を見下ろしていた。

 

「本当にごめんなさい瑛太君。うちのバカ娘が、こんなことを……!」

 

娘の頭をこれでもかと下げさせる。額をぶつけるくらい勢いよく後頭部を押さえつけて、渚に土下座させた。自分も同じく頭を下げて詫びてくるが、正直義母の土下座は引いた。やめてほしい。

それに引き換え娘の方は半裸で土下座。頰には真っ赤な紅葉。俺は何もしていないのに、新しい扉を開けてしまいそうだった。

 

「虫のいい話だとはわかっているんだけど、娘を許してくれないかしら。娘にできることがあるなら、なんでもさせるから」

 

ねぇ、今なんでもって言った!?

じゃあ、渚に全裸で土下座させたり–––。

 

思わず出てきそうになった欲望を喉元で止める。

土下座はいらない。開きかけた新しい扉を閉じる。

 

「顔を上げてください。本当にそういうの困りますからッ」

 

渚に何させようか夢が膨らんでしまう。

俺の脳内は、何処までいっても煩悩だらけだった。

 

「でも、娘のしたことは到底許されることじゃないわ!」

「そうかもしれませんが、まずは落ち着いて。状況を整理しましょう」

「……そういえば、なんでこんなことになったの……?」

「実は……事の発端は–––」

 

俺主観の話をした。

彼女が出来たこと。それに嫉妬した渚が襲い掛かってきた等々。

前々から渚の様子がおかしくなる噂があったことも。

中学生時代のことさえ翠さんは知らなかったらしく、驚いていたがそこは上手く隠していたのだろう。

そこまで説明しても、渚は口を挟まなかった。どうやら間違いはないらしい。

 

「まさか、他の子にも同じようなことを……?」

「違うよ!瑛太だけ!あたしの特別は、瑛太だけだよ!」

 

–––ここまでやったのは俺だけだと、渚は一部容疑を否認している。

 

嘘を吐ける性格でもないので、それもまた事実であろう。

だがヤンデレ紛いのことをしていたのは確実だ。

命の危機を感じる行為をしたのが初犯なら、俺としてはむしろ俺でよかったように思う。

ヤンデレやメンヘラなら、ある程度理解はあるので。

 

「そう。それなら、よかったのかしら……?」

 

とんでもない話を聞かされて、翠さんの脳もだいぶ麻痺しているらしい。俺からすれば同意するしかないし、むしろそれが理由で他の男が渚を捨てたのなら喜ばしいことなので、そういう意味ではよかったと思う。被害も拡大していないし、警察沙汰にもなっていない。

 

ただ普通に考えれば事態は重い。

今回の件を重大に見ているのか、翠さんの顔色は悪かった。

そんな深く考えなくてもいいのに。

 

「……再婚は、考え直すべきかしら」

 

きっと深く悩んだ末に出た、結論の一つであったのだろう。

それに逸早く噛み付いたのは、渚だ。

 

「ねぇ、なんで、そんなことしなくたっていいじゃん」

「義理の息子に娘が襲い掛かって、平然としてられるわけないじゃない。今後も、こんなことがあるかもしれないし。二人のためを考えるなら、一旦白紙に戻した方がいいわ」

「そんな……!」

 

離れることを決断した翠さんと比べて、渚が悲壮な顔をする。

よっぽど離れたくないらしく、渚は俺に抱きついてきた。

意図せず股間におっぱいが押しつけられる形になって、思わず反応してしまわないように煩悩を滅却する。

煩悩退散という言葉より、“おっぱい”という単語が脳を埋め尽くした。

 

「俺も反対です」

「瑛太君?」

「俺から渚を奪わないでください」

「でも、このままだと君、控えめに言っていつか死ぬわよ」

 

言われた通り、死ぬかもしれない。

渚に俺を殺せたら、だが。

 

「まぁ、そうならないように頑張りますよ」

「……こうなった原因は、瑛太君に彼女が出来たこともあるでしょう。君に恋人がいる限り、またこんなことになる未来が見えるんだけど」

「でも、野放しにするともっと酷いことになるかもしれませんよ」

「否定できないわね」

 

手っ取り早い解決方法は、智香と別れて渚と付き合うことだが。

あいつの笑顔を思い出すと、そうも言えなくなる。

 

「まぁ、俺にとって渚は大切な人なんで」

「……私の立場で言うのもあれだけど、瑛太君って意外に図太い神経してるわよね」

 

–––否定はしない。

 

 

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