時は遡ります。
部活体験入部週間が始まった日の夜に。
リビングに集められたのは、再婚を視野に入れて同居を始めた釘宮家と米倉家の父子と母娘。子供と親に分かれてソファーに座った。
最後の一人が帰宅するのと同時に、集めた当人である渚は真剣な面持ちで宣言する。
「それじゃあ、緊急家族会議を始めたいと思います」
事情を知らない親達は、渚の宣言に意味がわからず首を傾げた。
そんなことを気にもせず、渚は議題を上げる。
「議題は瑛太のバイトについてです」
『あぁ、そういえば高校生はバイトできるんだったなぁ』と思い出したような顔をして、肩透かしを喰らったかのように緊張を解す。
うちの親父殿はあまり俺の行動に指図することもないし、翠さん的にも別にそれくらいなら、とか考えているのだろうが相談をするくらいならこれで終わるはずがなかった。
「–––というわけで、反対の人は手を挙げてください」
「はい」と元気よく手を挙げる渚だったが、親二人の反応は著しくない。それもそのはず渚の突然の行動について行けていない模様で、二人揃って顔を見合わせている。
「別に高校生になってバイトを始めるのは普通のことだと思うけどなぁ」
「そ、そうよね……」
街のコンビニやファストフード店ではよく学生がバイトをしているのを見かける。
いろんな場所で、いろんな職種で、頑張っている姿は誰もが目にしたことことだろう。
今朝だってコンビニに学生の姿があった。
買い物に行ったスーパーでも、年若い学生の姿があったのである。
「渚は何が嫌なの?」
母親の問い渚はぷくっと頬を膨らませる。
不満な様子を隠そうともせず、つんと顔を背ける。
「……だって、瑛太と一緒にいられる時間が減るんだもん……」
小さく動いた口から漏れ出たのは、子供のわがままとも言える抗議で、心が揺れそうにはなるがバイトを断念するにはまだ弱かった。
「……瑛太君、バイトは考え直さない?」
しかし、母は弱かった。娘の“寂しい”という抗議に陥落した。そんな思いをさせているのは自分だと、そう理解しているからこそ娘の唯一の願いを叶えようと思ったのだろう。その埋め合わせに他人を使うのも問題であると分かってはいるが、娘が望むなら仕方ないと割り切った顔だ。
「そう言われても……」
「瑛太君、月々のお小遣いっていくらくらい?」
「ゼロです」
「え?」
「ゼロです」
月々のお小遣いはなし。その代わり、渡された食費等から余った分を好きに使っていいという大雑把なものだったため、そこから節約して捻出したものが小遣いだった。
他の家庭はよく知らないから比較できないが、少なくとも友人の一人は三千円と言っていただろうか。それに比べて努力によっては多い金額を獲得できるため、悪い条件ではなかったと思う。
自炊するにしてもお米の代金は親父殿が払うし、その都度毎日千円を貰っていたから、二人分の食事を最安に抑えれば一日でかなり稼げた。少し贅沢をするにしても、百円くらいは稼げる。
朝が五百円、昼はパンが注文で買えたため一番高いセットの三百円、夕食千円。毎日千八百円を貰っていれば相当な額だった。
親父殿にはそれくらいの稼ぎがあったのである。
「–––と、いうわけです」
小遣い制度について説明を終えると、親達は二人揃って難しい顔をする。
どちらも父子、母娘の家庭であったために普通の限度がわからず、参考になるはずもない。
まぁ、そういうもんだと諦めるしかない。
男二人の大雑把な生活で、自炊をしていなければもっと掛かるだろうと翠さんは考えてまだマシだと思うことにしたらしい。
「平均でいくらくらい貰ってたの?」
「一万くらいですかね」
「道理で子供らしく強請りもせずゲームが増えるわけだな……」
家事の大半は俺がやっていたため、文句を言えなかった親父殿は何も買ってやっていないのに増えていくゲームがどんなペースで増えているのか知って、呆れていた。
「私は四千円くらいだったかな。シャンプーとか、美容品とか、生理用品はお母さんの財布からだし」
米倉家も同じく娘が家事の大半を請け負っていたとあって、それなりの額を渚に渡していたらしい。自炊用の金はその都度渡し、残ったものは回収したり、しなかったり。
お互いの家の小遣い事情を知って、更に考え込む親二人。
今は同居も始めて、それなりに余裕もある。
新しい生活、新しい関係、そして……。
様々な計算を終えて、翠さんが顔を上げた。
「瑛太君」
「はい」
「今日から二人とも、お小遣い二万円で手を打ってくれない?」
「「えっ!?」」
だから、代わりにバイトは諦めろ、ということだろうか。
高校生としては破格なお小遣いの料金だが、バイトで入る金額を考えれば少ない。働かずとも貰える、という好条件がついているが一考はしても即断するほど良い条件ではない。
俺の目的は、渚に貢ぐこと。それが他人の金だなんて何の意味があるのか。
「–––だが断る」
だからこそ、俺は断ることができた。
親から貰った金を義妹に貢いで、それの何が愛だ。
男として情けない。
やはり、自分の金でこそ意味があるのである。
「それじゃあ全然足りません。それに大切な人に物を贈るなら、やっぱり自分で稼いだお金で買った物の方がいいじゃないですか」
二万円なんて女性の服を買えばすぐに消し飛ぶだろう。女性物の服が高いのは、男だって知っているのだ。全部漫画の知識だけど。それなりに着飾るなら一枚だけでかなりの金額になるはずだ。
「瑛太君……」
何故か翠さんが感極まって「渚は愛されてるのねぇ」なんて呟いていた。当人である渚も、ちょっとだけ嬉しそうに頬を染めている。
「陽太郎さん。いい息子に育てたわね」
「あぁ、俺は特に何もしていないんだが……そういう翠さんこそ、渚ちゃんはいい子だしなぁ」
「あらやだ」
子供をダシにしていちゃつき始める親二人から視線を逸らして、頬杖をつくようにソファーに寄り掛かると、負けないとばかりに渚が身を寄せてくる。近い。
「……だけど、それで瑛太といられる時間が減るのは嫌だなぁ……」
渚の寂しがる発言に、俺の心が揺れ動く。
俺だって渚にこんな顔はさせたくないが、男として譲れないものがある。
やっぱり渚には、自分で稼いだお金で物を買いたい。
俺は義妹に貢ぐために、生まれたのではないだろうか。
「それなら瑛太君、二人にはお小遣い二万円で、バイトは極力渚が寂しくないように週三日くらいでどうかしら?それなら君がバイトで貯めたお金で贈り物ができるでしょう」
「……お小遣い、多くないですか?」
「可愛い娘のためだもの。それくらい問題ないわ」
一万円ですら高校生には多いのに、それが二倍。
小遣いは固定で貰わないけど、その都度貰っているという友人が二万近く掠め取ったという話を聞いたことはあるが、それが家庭内で起こるとは全く思っておらず。
他の条件も気になって、俺は問い質す。
「携帯の使用料金は?」
「私達が払うわ」
「夕食や朝食の買い出し料金」
「出すけど、残ったものは回収ね」
「日用品」
「もちろん出すわよ」
「……何の仕事してるんです?」
「ひ・み・つ」
悪くないどころか、条件が良すぎて怖くなる。
何かよくわからない恐怖に背筋が凍った。
「あ、そうだ。バイトは渚の都合を優先してあげてね」
「……わかりました」
そこまで言われれば、否とは言えなかった。
◇
その翌日に目星をつけていた求人募集中の店に連絡。すぐに面接をしてくれると言ってくれたので、更にその翌日の放課後に面接に向かうことになり急遽履歴書を用意した。
校則ではバイトは禁止されていないため、俺は一発で受かればいいなぁと思いながら指定された場所へ向かった。
ファミリーレストラン『七つの星と海』
七星学園の近くにあるファミリーレストランの個人経営店で、七星学園の生徒達がよく訪れるらしい。
部活帰り、帰宅途中、休日。訪れる客層は学生が多いのだが、家族連れもよく来る馴染みやすい場所となっており、バイトも殆ど学生であったのを遠目にも確認した。
入って見ても雰囲気は悪くなかったし、制服も悪くはなかった。
帰りを考えても、悪くはない立地条件。
面接時間十分前に行くと、そのまま奥の休憩室へと通された。
「はいはーい。私が面接官を勤めるバイトリーダーの桃園咲です。趣味は花を愛でることだよ、よろしくね」
出迎えたのは桜色の髪をセミロングで切ったゆるふわな髪型のメイド服姿の女性。開口一番に自己紹介をして、自らパイプ椅子を引いて着席を促す。
どこかで見たような……。
「ほら、座って座って」
「え、あ、はい……」
バイトの面接ってこんなのなの?
高校受験の時の面接と比べると、肩透かしを食らったような気がしなくもない。
狐に摘まれたような気分になりながら、俺は着席した。
正面には、両肘を机について両頬に当てて俺を見つめる楽しそうな女性の姿が。
「キミ、七星学園の生徒だよね」
「はい」
「私もそうなんだー。あ、私は三年生ね。園芸部部長なの」
そう言われて思い出す。部活紹介の時に壇上に立っていた人だ。
「部活体験入部の期間中に、バイトですか……」
「気にしない気にしない!私はこれでも、ちゃんと部長としての仕事はしてるから。こうして学園の外で、園芸部に入ってくれそうな生徒を探してるんだよ」
「他の部員、困ってるんじゃないですか?」
「あはは、まっさかぁ。–––私一人だもん!」
「余計に部活休んじゃダメでは!?」
思わず声を荒げてしまう。
バイトの面接中、バイトの面接中……面接中だよな?
あまりにもゆるふわな雰囲気。
先輩のペースに引き摺り込まれそうになる。
「まぁまぁ、それより履歴書出して」
予め用意していた履歴書を催促され、黙って差し出すとそのままちらっと見て傍に置く。俺の顔をまじまじと見てドン引きしたような顔をしていた。何が不満なのか。
「少年、キミ死相が出てるよ」
「これ面接ですよね?顔占いじゃないですよね?」
「うん。ただちょっと気になってね」
ふと思い込んだような顔をして、顔を上げる。
「釘宮瑛太君っていうんだね。キミの噂は知ってるよ。可愛い女の子を侍らせてる、新一年生」
「……そんな噂になってるんですか」
「上級生の間ではもう評判だよ。可愛いあの子の隣にいる、あの冴えないやつは誰だって。私も見たし」
どうやら俺の影は薄くなるどころか、太陽に照らされて濃くなっているらしい。それも上級生のところにまで噂になっているとは夢にも思わず、俺は現実から目を逸らしたくなった。
「いやー、びっくり。死相どころか常に死神が鎌を首に突きつけているくらい濃い負のオーラが漂っているんだもん。キミロクな死に方しないよ」
ロクな死に方しないとか、断定される始末。
そこまで言うか。
「何を根拠にそんなこと言うんですか?」
「……もし私が、目に見えないものが見えるって言ったら信じる?」
「面白そうな話ですね」
俺の返しをなんと思ったのか、彼女の表情が和らいだ。
「恋愛フラグ、死亡フラグ、成功フラグ、失敗フラグ。他にも色々。キミ、常に死亡フラグがスタンバイしてる状態なんだよ」
「死亡フラグがスタンバイしてるってなんですか、初めて聞きましたよそんな言葉」
「私もそんな人間初めて見たよ」
できれば彼女も見たくはなかったのか、若干目を逸らしていた。
「私にはそれがフラグのような形で見えるんだけどね」
「お子様プレートの旗みたいな?」
「まさしくそんな感じ!」
会話が弾む。内容は俺の死相について。
「よく見てみれば、キミ女難の相もあるし、楔っぽいものも刺さってるんだよね」
「女難の相ってハーレム系の主人公くらいしか持ってないでしょ」
「え、でも心当たりない?」
「……」
仲の良い幼馴染に、突然できた義妹。
どちらも美少女で、性格も悪くない。
–––モテ期きたか!?
……いや、待てその考えは早計ではないだろうか。
つい顎に手を当てて考えていると、彼女は俺の様子に確信を得たりとニヤニヤ笑った。ドヤ顔ってやつ。イケメンがやったらムカつくけど美少女がやる分には良いもの見たなという感想しか浮かばなかった。
「そんなキミに朗報があります!」
彼女はポケットから鍵を取り出す。
どこにでもありそうな、何の変哲もない鍵。
「ラッキーアイテム“七星学園の屋上のスペアキー”」
「……そんなもの学園外に持ち出して良いんですか?」
「園芸部の特権だよ。学園の屋上、中庭は園芸部が管理してるんだから。はい」
思わず差し出された鍵を手に取ると、彼女は満足そうに頷く。
「これでキミも園芸部の一員だね」
「入りませんよ!?」
「えー、入ってよー。幽霊部員でもいいからさ。わたし一人なんだよぉ〜」
「廃部寸前じゃないですか」
「失敬な。先輩が卒業して私一人になっただけだよ」
頬を膨らませて、腕を組み、私怒ってますという態度を取る先輩だが、メイド服のせいか可愛く見えてしまう。
「最低でも三人揃わないと同好会に降格。あの花園が美化委員会の魔の手に渡っちゃうんだよ」
「知りませんよ」
「来年、私が卒業することを考えれば、キミと私を合わせて七人集めないと!」
「それ揃ったらどうなります?」
「願いが叶う。あ、揃えてくれたらキミの願いくらいなら三つまで叶えてあげられるよ」
某少年漫画の素敵アイテムみたいな説明をする先輩に、俺はげんなりとする。
「願いって、そんなものないですよ」
「えー、ないの?デートくらいならしてあげるよ?」
「……」
「あ、ちょっと迷ったでしょ」
我が意を得たり、と彼女は自分の魅力を見せつけるように腕を組んだ。乗った乳房が僅かに形を変えて強調され、思わず視線が固定されてしまうのも仕方ない。
「それにキミ、避難場所は必要でしょ。屋上はすごく素敵な庭園なんだけどなぁ。きっとあの子も喜ぶんじゃない?」
クルクルと鍵を回しながら、的確に急所を突いていく。
「それにキミの都合に合わせて、シフト考えてあげるよ。たとえば急なアルバイトの交代とか」
「いえ、別に希望とかは……」
「十二月二十四日は絶対に空けておかないといけないんじゃない?」
「いやいや、俺に恋人なんていませんよ」
「キミと仲良くしている子の誕生日だよね?」
そこまで言われて、俺は敗北した。
何でこの人そんなこと知ってんだ!?
「さぁ、少年。入部届書いてね」
手際良く入部届を出す彼女に、俺は呆れて声も出せなかった。
「あの、今更ですけどバイトの面接は?」
「私人を見る目だけはあるんだ。一眼見た時からキミは合格。よろしくね、後輩君」
「よろしくお願いします先輩」
「先輩、だけじゃなくて桃先輩って言って欲しいな。親しい人は私のこと桃って呼ぶから」
こうして俺は、バイトの面接に来たのに園芸部へと入部してしまうのだった。