さやか、と呼ぶ声がする。背後から聞こえたその声に振り向くと、たいやきの入った紙袋を抱えた彼女が、手を振りながら近づいてくる。
「今日はアイツと一緒じゃないんだな」
背後を覗きこむように見る彼女に、さやかは苦笑する。彼はあたしよりも大きいのだから、あたしの後ろに隠れられるわけがない、と。
「いつも一緒にいるわけじゃないんだから。それともなに? 会いたかった?」
それはちょっと聞き捨てなりませんな、とわざとらしく凄んでみせる。
「違うっての。一応アイツの分のたいやきもあるからさ。まあいなきゃいないで、あたしがその分――」
「さやか」
再び、背後から声がする。振り向くと、彼がそこに立っている。走ってきたのか、少し息を切らせて。
「なんだよ、鼻が利くやつだね」
「え、なんの話?」
「なんでもないよ。ほら、アンタの分」
「え? ああ、えっと、ありがとう」
彼は差し出されるままに受け取ったたいやきに、目を白黒させている。そんな彼がおもしろくて、さやかは知らず笑った。
「ほら、さやかも」
「ありがと」
今度は自分に向けて差し出されたたいやきを、さやかも受け取って、一口かじった。まだ温かく、さくりとした感触の残る生地に、つぶあんの甘さが引き立てられて、どことなく、ほっとしたみたいな心地になる。
「今日はヴァイオリンのお稽古、休みなの?」
「うん、たまには気分転換してこいって」
「大変だね、天才ヴァイオリニストさんは」
「もう、そういう言い方しないの」
皮肉めいた彼女の物言いに釘をさしながらも、彼は気にしていない素振りだし、言った彼女のほうも、その笑顔は悪戯めいたものだったから、それ以上は何も言わない。
「んじゃ、おじゃま虫はそろそろ消えようかね」
そう言いながら、ひらひらと手をふりつつ背を向けた彼女に、あ、とさやかは声を上げて、その手を掴んだ。
「っと、なにさ急に」
「え……あ、いや、えーっと……いいんじゃない? 帰んなくても」
さやかは自分でも、何故そうしたのかがわからずに、しかし思ったままを口にした。そして彼のほうを見る。
「僕も、構わないよ」
彼も不思議そうな表情を浮かべたまま、しかし他意のない笑顔でそう言った。
「……ったく、あたしが構うんだっての」
彼女は後ろ頭をかきながら、呟くようにそうこぼした。しかしそれ以上なにを言うでもなく、はあ、と溜息をついてから、ぱっとその表情を変えた。
「おし、んじゃゲーセンでも行くか!」
「ええ……僕、ゲームって苦手なんだよなぁ」
「男がそんなんでどうするよ。普通、俺にまかせろーっつってUFOキャッチャーでいいとこ見せたりするもんだろ」
「あ、私欲しいぬいぐるみあるんだよね」
「ほら、姫がご所望だぞ」
「そんなこと言われてもなぁ」
「ぐだぐだ言うなっての。手先は器用なんだろ」
並んで歩き出したそのふたりから、さやかは少し歩みを遅らせて、そっと二人の背中を眺めてみる。二人はああだこうだと、気のおけなさを感じさせるやりとりをしつつ、ふとさやかに向かって、同時に振り返る。
「早く来なよ、さやか」
「置いてっちまうぞ」
手の中のたいやきは、人肌程度に温かい。幸せは、こういう形をしているのかもしれない。
「ああ、待ってよ!」
二人に駆け寄りながら、ぼんやりとさやかはそう思う。