プロムナードとして整備された通学路では、赤く、あるいは黄色に色づいた木々の葉が風にゆらめく音と、小川のせせらぎと、登校中の生徒の声が聞こえる。かわり映えのしない、いつもどおりの、晩秋の頃の、朝の風景。
仁美は朝が好きである。一日が目覚めた時から始まるのなら、朝の空気はまだ生まれたばかりの、無垢で澄んだ空気であり、そこを伝ってとどく音や光は、他のどの時間よりも、初々しくて、輝いているように感じられるから。
「仁美ちゃーん」
不意に聞こえた自分を呼ぶその声も、また、ほかのなにものともおなじように。声のするほうに向かってにこりと微笑みを向けながら、仁美は返事をする。
「おはようございます、まどかさん」
「うん、おはよう。ほむらちゃんは?」
「まだ来ていませんの。多分もうすぐ……あ、来ましたわ」
こちらに向かって歩いてくる生徒の中に、長く艶やかな黒髪と、整った容姿の彼女の姿は、ひときわ目立って見える。彼女はその目に、仁美とまどかの姿を認めると、わずかにその表情を柔らかいものへと変える。
「おはよう、ふたりとも。待たせちゃったかしら」
「ううん、わたしも今来たところ」
「私もですわ」
二人が答えると、ほむらはひとこと、そう、とだけ言った。そっけない素振りに見えるけれど、仁美はそれが、ほむらにとっての自然なのだと知っている。そしてそれを知っているという事実を、仁美は嬉しいと思う。
クラスメイトとの関係は良好であると思っている。しかし、友人と呼べる人間、ましてや、親友となるとそうともいかない。家柄を言い訳にするつもりなど無いけれど、理由の一つくらいにしてもいいだろうか。放課後に満足に遊ぶ時間も取れない。こちらはそんなつもりは無いとしても、距離をとられることもある。
だから、裏表なく接してくれるまどかや、妙な先入観のようなものを持たないほむらの存在は、得難い存在だと仁美は思っているし、感謝もしていた。言葉にすると意図しない他意を探られてしまいそうなので、直接伝えたことは無いけれど。
「それじゃ、行こっか」
まどかの声で、仁美は物思いから抜けだして、ええ、と頷いて歩き出した。
「そうですわ、暁美さん、昨日の宿題で少しお聞きしたいところがあるのですが……」
「宿題? 珍しいわね。数学かしら」
「ええ。四番の問題がちょっと。昨日は家庭教師の先生もいらっしゃる日ではなくて」
「あ、それわたしもわかんなかったなぁ。難しかったよね」
「ああ、確かに難しい問題、あったわね。ひととおりは解いてきたから、わかる範囲で教えるわ」
「お願いしますわ」
「あ、わたしもいいかな」
「ええ、もちろんよ」
「ありがと、ほむらちゃん!」
その瞬間、ふわりとほむらが微笑むのを仁美は見た。他の誰にも向けない、まどかだけのために、まどかだけに向けて、彼女が浮かべる表情だった。ほむらの友人になれたと、ある程度の自信を持って言える仁美も、向けられたことはない。
仁美はそのことを、特に悔しいとも悲しいとも思わない。まどかがどのような人間であるかはよく知っているし、誰に対しても一歩引いたところのあるほむらが、そんなまどかに対しては心を開けているというのなら、微笑ましいとも思うし、まどかの一番の友人を自負する身としては、誇らしくさえある。
「お二人は、本当に仲がよろしいですわね」
「ふぇ? そ、そうかな」
「あら、私は仁美とも仲は良いつもりだけれど、今の距離感は不満かしら」
「いえいえ、そんなことは。とても光栄ですわ。もちろん、もっと仲良くしてくださるというのなら、大歓迎ですけど」
さあどうぞ、と仁美はほむらに向かって片手を差し出した。ほむらがまどかを特に見ていることはよくわかっているけれど、たまには、自分のほうを見てくれてもいいだろう、と思ったのは、仁美のちょっとした悪戯心である。
「仁美って、時々本気か冗談かわからないこと言うわね」
「私はいつでも本気ですわ」
してやったりというような、得意げな様子で笑う仁美に、ほむらが肩を竦めてみせた。まどかもそんな二人を見て笑っている。
「こういうの、なんていうんでしたっけ。暁美さん、私のヨメ? になりません?」
「ひ、ひひひ仁美ちゃん!? な、なに言ってるの!?」
「あ、別に深い意味ではなくて、こういう言い回しがあると……ふふ、まどかさんから暁美さんをとったりはしませんわ」
「そ、そういうわけじゃ……もう、仁美ちゃんってば」
「……どこでそういう知識を得たのかしらね、仁美は」
「以前、どこかで聞いたことがあるような気がしたんですが」
仁美は視線を中空に彷徨わせる。秋の高い青空が目に入る。テレビか、本か、いや、もっと身近なところだった、ような。
思い出せない。とは言え中途半端な知識の出処がどこかわからないことなど、さほど珍しいことではない。
「あ、急がないと、数学教えてもらう時間なくなっちゃう!」
「まあ、本当ですわ」
「そうね、急ぎましょうか」
だから、仁美も他の二人も、深く考えることなく駆けだした。後には秋風に揺れる木々の葉の音が残る。
しかしそれも、すぐに聞こえなくなる。