中多紗江編終了後はハーメルン限定エピソードを公開予定です。棚町薫編と中多紗江編の2つでオリジナルエピソードを作る予定ですので、お楽しみに♪
第十話 『オネガイ』
薄い雲がかかった真白い冬空が僕らの上を覆い、山の上から吹き下ろす乾いた風が葉の落ちきった木々を揺らす。
隣を歩く美也の吐く息が散り散りに舞い上がり、寒々しい景色の中に消えていった。
美也「寒いねぇ〜。みゃーもマフラー持ってくれば良かったなぁ」
桜井「美也ちゃん大丈夫? 良かったら私の使って」
2人と並んで神社まで通りを歩いていると、通りかかる家々に並んだ門松やしめ縄が目に入る。今年買い替えたらしい真新しいものから年季の入って色褪せたものまで様々だ。
今日は1月1日。僕達は近所の神社に初詣に来ている。
桜井「ごめんね。大晦日はお仕事が入っちゃって。元旦はなんとか休みが取れたんだけど………」
橘「仕方ないよ。こうして今年も一緒に初詣に来られただけでも良かったよ」
美也「そーだよ! 毎年りほちゃんと初詣に行くの、みゃーもすっごく楽しみなんだから!」
美也の言う通り、僕達は毎年3人で初詣に来ている。いつから行き始めたのかは覚えてないけど、小学生くらいの時にはもう3人で行っていた気がする。
桜井「あっ、ごめんなさい!」
すると隣で梨穂子が通行人に肩をぶつけてしまった。
橘「大丈夫か?」
桜井「うん、大丈夫。それにしても今年はなんか多いね」
確かに今年はやけに参拝客が多い。例年ならポツポツと居るくらいの境内の参拝客が、今年は境内を埋め尽くすほどになっている。
年によって多い年はこれまでも何度かあったけど、ここまでではなかった。だからこそ僕達3人だけで行っても安全だったというのもある。
美也「ひゃー、多いね〜」
美也も不思議に思っているらしい。本当に今年はどうしたんだろう。ドラマかなんかで使われたのかな?
そんなことを考えているとふと、甘い香りが鼻をくすぐった。ふんわりとしたその香りはどこかで覚えがある。
?「先輩」
すると、後ろから声がした。どこかふわふわとした儚げなその声の主は僕がよく知る子だった。
中多「先輩。あけましておめでとうございます」
彼女は中多紗江さん。高校の後輩で、美也の親友だ。
橘「中多さん。あけましておめでとう」
美也「紗江ちゃん! おめでとう〜!」
中多「先輩達も初詣ですか?」
橘「うん。毎年お参りに来てるんだ。中多さんも?」
中多「そうなんです」
橘「そっか。ここの神社はお願い事がよく叶うから、神様にたくさんお願いしなくちゃね」
その時、ふと疑問に思った。これだけ多くの人がいるのに、どうして中多さんの声がこんなによく聞こえるのだろう。
中多さんの声は決して大きい方ではない。これだけの人混みの中では彼女のか細い声は聞こえづらいはずだけど………。
中多「いいえ。今日は神様じゃなくて、先輩にお願いに来たんです」
中多さんが言うが早いか、周りに居た人達が一斉に動き始めた。周りを囲まれ、美也と梨穂子が腕を掴まれた。
美也「ちょっと! みゃーに触らないで!」
桜井「えっ、何!?」
橘「梨穂子!美也! 中多さん、これはどういうことなんだ!?」
中多「どうもこうも、見た通りですよ」
勝ち誇った顔で僕達を見る中多さん。彼女の後ろには黒服の男達がピッタリと張り付いていた。
中多「この神社に居る人達は、皆んな私が雇った人達なんです。きちんとした契約の元で動いてもらってるので、反抗されることもありません」
そうか、だから今日は人が多かったのか。
中多「これだけ集めるのには苦労しましたよ。そのせいで今日までかかっちゃいました」
美也「紗江ちゃん! どうしてこんなことするの!?」
美也が中多さんに問いかける。しかし、中多さんはそれに答えず、僕のそばに寄ってきた。
中多「先輩。さっき私言いましたよね?『先輩にお願いに来た』って」
中多「先輩。私のものになってください」
橘「え?」
中多「私、先輩の事が好きなんです。カッコよくて、優しくて、まるで白馬の王子様みたいな先輩が」
中多さんの告白を聞きながら、僕は結構動揺した。僕はそこまで彼女に想われるほどのことなんてしてない。確かに中多さんとはよく話すくらいには仲良くなったけど、ここまでされるほど好意を持たれているとは思わなかった。
中多「先輩、今『何で自分のことなんて』って考えてますよね?」
僕の心を見透かした中多さんが不敵に笑う。
中多「だからこそのお願いなんです。これから先輩には、私の彼氏になってもらいます。それで、先輩がどれだけ素晴らしい人なのか、しっかりと『教育』してあげます」
橘「ごめん中多さん。僕は君の気持ちには………」
中多「………クスッ」
僕の言葉を受けて、中多さんが呆れたように笑う。
中多「先輩って、意外とお馬鹿さんなんですね」
桜井「えっ!? いやぁ!」
橘「梨穂子!」
梨穂子が突然、地面に押さえつけられる。梨穂子の腕を掴んだ女の人は、ポケットからスタンガンを取り出して梨穂子の首に当てる。
桜井「いやっ………!」
中多「分かります?先輩。 先輩に選択肢なんて無いんです」
橘「中多さん………」
中多「でも、出来れば先輩から選んで欲しいんです。他人から強制されるのと自分で選ぶのとでは意味合いが違いますから」
美也と梨穂子を人質に取られ、周りは大勢で囲まれている。逃げ道はない。
橘「分かった。中多さんに従うよ」
中多「本当ですか!? 嬉しいです!」
満面の笑みで飛び跳ねる中多さん。心底嬉しそうなその様子からは、さっきまでの狂気が微塵も感じられない。
中多「あっ、私の言うことを聞いてこの場を切り抜けようとしてるなら無駄ですよ」
そう言って中多さんが懐から数枚の写真を取り出した。
美也「それって!」
突然美也が声を上げる。よく見ると、その写真には水着姿の美也が写っていた。
中多「先輩が裏切れば、可愛い妹のあられもない姿が流れちゃいますよ。私の家、出版業界でもそこそこ名が知られてるので」
あれは前に中多さんが家に遊びに来た時に美也と一緒に撮っていたものだ。まさか、この時のためだったなんて………。
中多「じゃあ、私はこれで失礼します。また学校でお会いしましょうね、先輩♡」
ひらりと踵を返し、中多さんはボディガード達を連れて神社を出ていく。
美也「紗江ちゃん!」
その時、美也が中多さんの名前を呼んだ。名前を呼ばれた中多さんは、足をピタリと止めた。
美也「こんなの間違ってる! みゃーの写真なんていくらでも広めて良いよ。でも、こんな事して好きな人を手に入れても、何の意味もないよ!」
すると、中多さんがゆっくりと振り返った。彼女の目を見たその瞬間、全身に寒気が走った。
その瞳は白の混じりようのないほどに濁っていて、その中に刺すような敵意が燃えていた。僕にさっき見せた嬉々とした表情とは対照的な怒りの表情を見せながら、中多さんは静かに口を開いた。
中多「美也ちゃん。次また今みたいな事言ったら、写真だけじゃ済まないよ?」
美也「っ!!」
中多「美也ちゃんがどう思おうと勝手だけど、私は先輩しか見たくないし、先輩にも私だけを見て欲しい。お互いしか見えない世界が私の理想なの」
美也「紗江ちゃん………」
中多「美也ちゃんは親友だから、一回は許してあげる。でも次は容赦しない。じゃあね」
中多さんはそう言い捨てて神社を後にする。境内には僕たち3人だけが残された。
橘「………美也、大丈夫か?」
美也「………うん。大丈夫」
橘「梨穂子も、怪我とかしてないか?」
桜井「私は大丈夫。それより、これからどうするの?」
橘「………分からない」
それが僕の正直な感想だった。
何しろ、相手は中多さんなのだ。
あれだけの人数を今日1日のためだけに平気で雇えるだけのお金があるのだから、正直、何をしてきても不思議ではない。森島先輩や薫とは違って、次の行動の予測がつかない。
下手をしたら、人1人の人権すらもお金で解決してしまう怖さが彼女にはある。
だから、下手なことは出来ない。そういう意味での『分からない』だった。
橘「でも、もっと分からないのは………」
彼女は何故、僕にあそこまで執着するのだろう?
それだけが、ずっと心の奥に引っかかっていた。
・
・
・
(コツコツ)
?「中多さん、お疲れ」
中多「あ、逢ちゃん」
七咲「どう? 上手くいった?」
中多「もう、どうせ見てたんでしょ?」
七咲「ふふっ、ごめんごめん。でも、橘先輩が毎年ここにお参りに来るなんて、よく調べられたね。どうやって調べたの?」
中多「ふふふっ、それは秘密♪」
七咲「………まぁ、どうでも良いけど。 それより、『約束』はちゃんと守ってよ。そのために協力してるんだから」
中多「分かってる。『先輩を手に入れたら、2人で半分こ』、でしょ?」
〜☆〜
中多さんとの一件があった次の日、僕は1人でぼーっと商店街の近くを歩いていた。
本当は外に出る気分ではなかったけど、隣の部屋から泣き声がずっと聞こえてくるので、仕方なく外に出る事にしたのだ。
歩いている途中で向こうにコンビニが見えた。まんま肉まんでも買って帰ろうかと思い、そのコンビニに向かった。
店員「いらっしゃいませ〜」
店員の声と音楽が出迎える。財布を取り出そうとポケットに手を入れると、お菓子コーナーに見知った顔がいた。
橘「薫」
棚町「え? あっ、純一」
橘「何してるんだ?」
棚町「見ての通りよ。お菓子を買おうとしてんの。あんたは?」
橘「………僕は肉まんを買おうかと思って」
棚町「どうしたの? 何か元気ないわよ?」
橘「そ、そんな事ないよ」
慌てて否定するが、薫は納得のいかない様子だ。
棚町「いいや、その顔は何かあるわね。話してみなよ。楽になるかもよ」
薫にはお見通しらしい。
しかし、ここで話してもし薫にも何かあったら、僕はいよいよ責任が取れない。
橘「良いよ。僕はただまんま肉まん買いに来ただけだから」
だから僕ははぐらかしてポケットに手を入れた。
橘「あれ、財布……」
いつもポケットに入れてるはずのたらこ財布がない。しばらくして、机の上に置きっぱなしであった事を思い出した。
橘「しまったなぁ……」
棚町「すみません。まんま肉まん3つください」
店員「ありがとうございます」
橘「えっ、薫?」
棚町「良いから良いから。外で待ってなさい」
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・
僕と薫は丘の上公園に来ていた。2人で肉まんを食べながら、ただベンチで座っていた。
棚町「中学の頃は、よくこうして2人でサボってたわよね」
橘「そうだっけ?」
棚町「あの頃は楽しかったわよね。純一と笑い合ってふざけ合って、喧嘩もしたし、その分もっと仲良くなった」
橘「………」
棚町「今だから言うけど、あの時からあたし、自分では気付かなくても、純一の事が好きだったんだと思う」
薫のいきなりの言葉に、肉まんを食べる手が止まる。
棚町「あっ、誤解しないで。別に付き合って欲しいとかそういう事じゃないの。今のあたしに、そんな事言う資格ないし」
橘「薫………」
棚町「あたしが言いたいのは、あんたには感謝してるってこと。だから、あんたの力になりたい。罪滅ぼしなんて言うつもりはないけど、それでもあんたの助けになりたいの」
僕を見る薫の目が訴えかけてくる。僕の手を取る薫の手が訴えかけてくる。
橘「………ダメだ。薫を巻き込みたくない」
棚町「………今更何言ってんのよ」
橘「え?」
棚町「巻き込ませなさいよ。あたし達、『悪友』でしょ?」
『悪友』
僕達をこれほど的確に表現できる言葉もそう無い。
その言葉に、その距離に、その心地よさに、僕の心が柔らかく解けていく。
橘「………実は───」
・
・
・
僕は薫に中多さんとの事を打ち明けた。
棚町「そっか。大変だったわね、色々」
橘「薫、この事は………」
棚町「大丈夫、誰にも言わないわ。ただ、聞いた以上はあたしも力になりたい」
橘「分かってる。単独先行、だろ?」
棚町「………もし失敗したら、美也ちゃんが危険に晒される。それでも……」
橘「………『我慢できない』、だろ?」
棚町「…………ごめん」
橘「大丈夫。僕は薫を信じてるから」
こういう時の薫はいつもやってくれる。中学の時からそうだった。
だから僕は、薫なら信じられる。
橘「具体的な作戦は何かあるのか?」
棚町「紗江ちゃんって子は、ものすごいお金持ちなんでしょ? 純一の話が本当なら、学校の生徒も何人か買収してる可能性があるわね」
橘「なるほど。それで、どうするんだ?」
棚町「その子に買収されてない生徒に心当たりがあるわ。その人と協力して紗江ちゃんの弱点を探る」
橘「そうか。頑張ってくれ」
棚町「オッケー、任された」
自身たっぷりに笑う薫。その姿がカッコよくて、僕はずっと中学時代から憧れてたんだ。
〜☆〜
橘『ただいま〜』
玄関の方でにぃにが帰ってくる声が聞こえて目が覚める。いつの間にか眠っていて、外を見てみるともう夜だった。
橘「美也………」
にぃにがみゃーの顔を見るなり驚いた顔で見つめている。今日は一日中泣いていたから、かなりひどい顔に違いない。
橘「まんま肉まん買ってきたから、顔洗ってこい」
やたら甘い匂いがすると思ったら、まんま肉まんだったのか。いつもなら喜んで飛びつくところだけど、今はそんな気分じゃない。
美也「いらない………」
橘「………美也」
美也「にぃに………みゃー、邪魔だったのかな?」
それは、今日ずっと考えていた事。
紗江ちゃんが転校してきて、一緒に遊んだり、一緒にお話ししたりした。それはすっごく楽しくて、みゃーの大切な思い出だった。
美也「でも、紗江ちゃんにとっては邪魔なものだったのかな? みゃー、居ない方がいいのかな?」
橘「……………美也」
すると、にぃにがため息をついた。そして………
美也「痛っ……!」
にぃにがみゃーの頭にチョップしてきた。
橘「美也は言ったよな?『今の紗江ちゃんは間違ってる』って。その美也がそんな事言ってどうするんだ。それじゃあ、今の中多さんを認めてるようなものじゃないか」
にぃにの言葉にハッとする。
橘「大丈夫だ。美也は間違ってない。それは僕もそう思ってるし、他にもそう思ってる人はいる」
美也「本当?」
橘「あぁ。だから、頑張って中多さんを元に戻そう」
にぃにの目を見る。真っ直ぐで澄み切った目。その目を見たみゃーは、しっかりと強く頷いた。
〜☆〜
(コツコツ)
屋上へと続く階段を登っていき、屋上のドアを開くと、すでに彼女はいた。
棚町「ごめんなさい、急に呼び出したりなんかして」
?「別に構わないわよ。棚町さんには前にも一回呼び出されたし」
棚町「そうね。そうだったわね」
?「それで、私に何か用?」
棚町「単刀直入に言うわ。お願いしたい事があるの」
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