アナザーロンリークリスマス   作:スコップ。

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紗江ちゃんさん、彼女の強さの元はやはり圧倒的な資金力でしょうか。盗聴器やらGPSやら、金にものを言わせた近未来兵器で橘を自分のものにしようとする所は強敵のそれです。さて、どうしたものか………。


第十一話 『ミリョク』

神社での一件があった元旦からしばらく経ち、冬休みが終わって3学期が始まった。僕らは来年3年生になるので、流石にこの時期になるとどんな呑気な人でも受験を意識する。

 

ただ僕はといえば、また別の懸案事項を抱えていた。

 

 

中多「はい、あーん♡」

 

 

色とりどりのお弁当の中から卵焼きを箸で取り、絆創膏がたくさん貼られた手で僕に箸を向けてくる。

 

 

橘「中多さん、恥ずかしいよ………」

中多「大丈夫です。下は私が雇った人たちに見張ってもらってますから♡」

 

 

昼休みの屋上で、僕は中多さんのお弁当を食べていた。側から見たら仲良しのカップルに見えなくもないのだけど、実際はだいぶ違う。

 

 

橘「いやぁ、実はあんまりお腹空いてなくて………」

中多「………食べて、くれないんですか?」

 

 

すると、中多さんの目のハイライトが消えていく。

 

 

中多「私、先輩のために一生懸命頑張ったのに………それじゃあ仕方ないですよね」

 

 

ため息を吐いた中多さんはポケットから携帯電話を取り出す。

 

 

橘「お、美味しそうだなぁ! 特にこの卵焼きなんかとっても綺麗だよ! いただきまーす!」

 

 

慌てて卵焼きを口に運ぶ。塩味が口に広がるが、少し鈍い味もチラリと奥に顔をのぞかせる。

 

 

中多「美味しいですか?」

 

 

さっきまでの暗い顔が嘘のような満面の笑みで聞いてくる中多さん。しかしその笑顔はどこか貼り付けたようにピクリとも動かず、僕が好きだったあの明るい笑顔とは似ても似つかないものだった。

 

 

橘「う、うん……美味しいよ」

中多「良かった………隠し味も入れてみたんです。先輩に喜んでほしくて」

 

 

絆創膏だらけの手をギュッと握りしめながら中多さんが呟く。

 

 

橘「へ、へぇ……隠し味。ちなみに、隠し味は何を入れたの?」

中多「秘密です♪ 教えたら意味ないですから」

 

 

中多さんが蠱惑的な笑みで人差し指を唇に当てる。口に残った違和感の正体に気付かないようにしながら、僕は額に汗を浮かばせていた。

 

 

中多「それにしても嬉しいです。先輩が約束を守ってくれて」

橘「ははは……まぁ、約束だからね」

 

 

妹が人質だからね………。

 

 

中多「あぁ、この日をずっと夢見てました。こうやって、先輩の肩に身を寄せるのを………」

 

 

恍惚とした中多さんとは対照的に、ビクッと肩を震わせた僕は、少しだけ中多さんから距離を取る。すると、中多さんが僕の肩を掴んだ。

 

 

中多「………どうして?」

橘「え?」

 

中多「どうして受け入れてくれないんですか!? 私は先輩が好きなだけなのに! なんでなんでなんでなんでなんで!!!!」

 

 

今まで見たことのない中多さんの勢いに圧倒され、僕はただ呆気に取られていた。一方の中多さんは肩で息をしながら、怒りに染まった目で僕を捉えていた。

 

 

橘「な、何でそこまで?」

 

 

不意に僕はそんな疑問を口にした。

 

 

中多「………先輩は覚えてますか? 初めて会った日のこと」

橘「初めて会った日?」

中多「それまで男の人が怖くて話すこともできなかった私が、初めて先輩となら話すことが出来たんです」

 

中多「運命だと思いました。この人が私の白馬の王子様だって。だから私、たくさん頑張りました。お料理もお掃除も。先輩に振り向いてほしくて、先輩に相応しい女の子になろうって」

 

中多「でもある時、気付いたんです。私にとって先輩は特別だけど、先輩にとって私は特別じゃないって」

橘「そ、そんな事……」

 

 

『ない』とは、はっきりとは言い切れなかった。

 

 

中多「先輩の周りには私より頭も良くて、ハキハキお喋りできて、皆んなに人気の女の子が沢山いた。 不公平だと思いませんか?私が一生懸命頑張ってやっと居られる先輩の隣を、その人達は何食わぬ顔で奪っていくんです」

 

 

中多さんの瞳が、さらに怒りの沼に沈んでいく。暗く、暗く、暗く………。

 

 

橘「だからって、こんなやり方は……」

中多「先輩も美也ちゃんみたいな事を言うんですね。今日も朝からキャンキャンとうるさかった………」

 

 

中多さんが舌打ちをしながら僕を地面に押し倒した。

 

 

中多「そんな事言う先輩は、しっかりと『教育』しないと………」

 

 

中多さんの顔が徐々に近づいてくる。花のような甘い香りに顔がボーッとして、僕と中多さんとの距離が曖昧になってくる。

 

彼女の吐息が前髪を揺らす。こそばゆくて目を思わず瞑ると、階下でチャイムが鳴り響いた。

 

 

中多「………はぁ」

 

 

助かったと思いながらバクバクとうるさい心臓を抑える。中多さんはパンパンと埃を払いながらスックと立ち上がった。

 

 

中多「今回はこれまでですね。じゃあまた放課後一緒に帰りましょうね、先輩♡」

 

 

中多さんは少し不機嫌そうにしながらもそれ以上に嬉しそうな笑顔で屋上を後にしていった。

 

 

〜☆〜

 

 

橘「はぁ………」

 

 

屋上から教室に帰る廊下の途中、さっきの中多さんの言葉を思い出しながら、無力感に肩を落としていた。

 

 

梅原「おーい、大将! 次は理科室だぞ!」

 

 

すると、梅原が向こうで手を振っていた。

 

 

梅原「どこ行ってたんだよ。ほれ、対象の筆箱と教科書」

橘「ありがとう………」

 

梅原「どうしたんだよ、元気ねぇぞ?」

橘「なぁ、梅原。自分に自信がない時って、どうすれば良いと思う?」

 

梅原「何だよ、藪から棒に」

 

 

僕の質問を聞いた梅原は、何か気付いたように『なるほど』と呟いた。

 

 

梅原「………一年生のあの子か?」

橘「えっ!?」

 

梅原「やっぱりか」

 

 

梅原が呆れたように笑った。

 

 

梅原「B組のカズに、金になる話があるから乗らないかって誘われたんだよ。話を聞いてみたら、どうもあの一年生の子、学校の男達を金で雇って何かしようとしてるらしい」

 

 

そうなのか。じゃあやっぱり、薫の推測は当たってたんだ。

 

 

梅原「でも、お前も何か知ってるっぽいな」

橘「う、うん………」

 

 

どうしよう、梅原にも言うべきだろうか? でも、今の薫だって危険なのに、梅原まで巻き込むのは……。

 

 

橘「梅原、その事なんだけど……」

梅原「みなまで言うな。俺に何も言わねぇって事は、何か事情があるんだろ?」

 

橘「梅原………」

梅原「でも、どうしても助けが必要になったら俺に頼ってくれ。必ず力になる」

 

 

少しだけ胸が軽くなるのを感じる。

 

梅原はいつもそうだ。梅原はいつも僕の背中をそっと押してくれる。そんな梅原に、僕は何度も助けられた。

 

 

橘「うん、分かった。ありがとう」

梅原「よせよ、俺とお前の仲じゃねぇか」

 

 

そうだ。これまで助けてもらった分、今度は僕が助ける番だ。梅原を巻き込ませないためにも、僕がなんとかしなくちゃ……。

 

決意を新たに、僕は少し小走りで階段を登った。

 

 

橘「うわっ!?」

梅原「おいおい、大丈夫かよ。足元気をつけろよ?」

 

 

〜☆〜

 

 

 

放課後になって校門に行くと、コートに身を包んだ中多さんが待っていた。その佇まいは上品でオーラがあり、僕は少しだけ見惚れてしまった。

 

 

中多「あ、先輩♡」

 

 

中多さんは僕を見つけると、トタトタと小走りで僕のところに駆け寄ってきた。

 

 

中多「さぁ、先輩。一緒に帰りましょう♪」

 

 

 

 

 

校門を過ぎて坂を降りていく。僕らの他にも男子生徒が沢山下校していた。

 

 

中多「先輩、ちょっと寄り道していきませんか?」

橘「寄り道? どこに?」

 

中多「商店街で見たいものがあるんです」

橘「うん、別に良いけど……」

 

 

少し不安そうな僕を見た中多さんは、自分の左腕を僕の右腕に絡ませた。

 

 

中多「怖がらなくても、何もしませんよ。………先輩が何もしなければ、ですが」

 

 

蠱惑的で冷ややかなその声に背筋が凍る。

 

 

中多「そんな事より、早く行きましょう♪」

 

 

中多さんが絡めた腕を引いていく。僕の知っていた彼女からは想像できないほどに力強く。

 

 

 

 

中多「わぁ、先輩。このアクセサリー、素敵ですね」

 

 

中多さんが手に取った露店のそれはオレンジが眩しいマリーゴールドのネックレスだった。

 

 

店おば「お、良いもの見つけたね。彼女さんにピッタリだよ」

中多「……先輩、どうですか? 似合いますか?」

 

 

橘「う、うん……似合ってる」

 

 

無邪気に喜ぶ中多さんを横目に、僕は並木道の方に目をやった。

 

商店街は人で溢れており、白い息が出るほど寒いのに暖かな雰囲気だ。隣を歩く中多さんもどこか浮かれてるようだ。

 

それとは対照的に、僕は気が気でなかった。 周りから監視されてはいないか、少しでも彼女の機嫌を損ねれば、僕の大切な人にまで危害が及ぶ。それだけは何としても避けたい。

 

 

中多「先輩はどこか行きたいところはありますか?」

橘「僕? 僕はどこでも良いよ。中多さんが行きたいところに行くから」

 

中多「そう……ですか。それなら……」

 

 

中多さんが商店街を逡巡する。彼女がその時一瞬見せた寂しげな顔が、妙に頭から離れなかった。

 

 

〜☆〜

 

 

 

商店街を一通り見て回った後、僕と中多さんは一緒に帰っていた。さっきの人並みとは打って変わって、帰り道はとても静かだった。

 

 

中多「今日はとても楽しかったです」

橘「そっか、それは良かった」

 

中多「これも買ってくれて、ありがとうございます」

 

 

チラリと首に掛けたマリーゴールドのネックレスが光る。

 

 

中多「先輩はあの商店街にはよく行かれるんですか?」

橘「たまに行くくらいだよ」

 

 

静かな住宅街を歩いていると、まるで僕ら2人だけの世界になった感じがする。とはいえ、明らかに静かすぎる。もしかしたら、中多さんが人払いでもしてるのかもしれない。

 

 

中多「何だか2人だけの世界みたいですね。すごく静かで」

橘「う、うん。そうだね」

 

中多「ずっとこうなら良いのに………先輩の周りには邪魔な人たちが多過ぎます」

 

 

夜も深まってきた住宅街。それよりもさらに深い黒に染められた瞳を浮かべながら、中多さんは不気味に笑った。

 

 

中多「でも、もう先輩は私のものです。他の誰にもあげません♡ 先輩、これからもずっと、私のそばにいてくれますよね?」

 

 

白い街灯に照らされた黒い瞳の少女。スポットライトを浴びる主演女優のように美しいのに、僕の心は全くときめかない。

 

 

橘「ごめん、中多さん」

中多「……………」

 

橘「やっぱり間違ってるよ。中多さんには中多さんの魅力があるのに、こんな………」

中多「………私の魅力って、何ですか?」

 

 

 

橘「え?」

中多「可愛い事?家がお金持ちな事? ねぇ先輩、教えてくださいよ」

橘「そ、それは………」

 

 

ここでありきたりな魅力を伝えても逆効果なことくらい分かる。

 

 

でも、じゃあ他にどんな魅力がある?

 

 

僕は今まで彼女の何を見てきた?

僕は今まで彼女のどんな事に魅力を感じた?

 

 

胸の中から出てこない。喉元にすら来ない。

 

 

 

中多「答えられませんよね。だって先輩、私の事見てくれてなかったから」

 

中多「昼休みもそう、さっきの商店街でもそう。私はデートのつもりでしたけど、先輩は私の事なんて見てくれてなかった。今だって………」

 

 

彼女の言葉にハッとする。

 

そうだ、僕は彼女の事を見てあげてなかった。狂った彼女を元に戻す方法を考えるのに精一杯で、彼女自身を見てあげられなかった。

 

さっきの商店街でもそうだ。中多さんはずっと楽しそうにしてたのに、僕は周りから監視されてるんじゃないかって、そればっかり。

 

彼女の幸せよりも、自分の都合を優先した。そんなやつに、彼女について語る資格がどこにある?

 

 

中多「でも安心してください。これからは、私しか視界に映らなくなるんですから、もう他の女と比べる必要はありません。先輩の中の女性像は、全て私になるんです」

 

 

無力感に打ち震える僕に、中多さんが近寄ってきて僕の手を取った。

 

 

中多「だから先輩。私を選んでください」

 

 

中多さんの顔が徐々に近づいてくる。花のような甘い香りに顔がボーッとして、僕と中多さんとの距離が曖昧になってくる。

 

 

(プルルルル)

 

 

すると、中多さんの携帯電話が鳴った。

 

 

中多「もう、今良いところなのに………」

 

 

イライラしながら中多さんは電話を取った。

 

 

中多「もしもし。あぁパパ、どうしたの?………え? それ、どういうこと? ねぇ、パパ!?」

 

 

すると、中多さんが急に慌てた様子になった。電話を切った中多さんはどこか放心状態のようだった。

 

 

橘「な、中多さん?」

中多「ごめんなさい、先輩。失礼します!」

 

 

中多さんはお辞儀をして、どこかに走っていってしまった。1人残された僕は、突然の事に呆気に取られていた。

 

 

橘「どうしたんだ?一体」

 

 

 

 

 

その日の夜。晩御飯を終えて、僕は自室のベッドでついさっきのことを考えていた。

 

 

橘「中多さん、どうしたんだろう」

美也『にぃに!』

 

 

すると、リビングの方で美也が僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

美也『にぃに!! 早く来て!!』

橘「ん? 何だ、美也のやつ」

 

 

部屋を出て階段を降りていく。すると、電話が鳴った。

 

 

橘「はい、もしもし」

桜井『あ、純一!?』

 

橘「梨穂子か。どうしたんだ?」

桜井『純一、テレビ見た!?』

 

橘「テレビ? 何のことだ?」

 

 

すると、後ろの方から美也が走ってきた。

 

 

美也「にぃに、テレビ! テレビ見て!!」

橘「おいおい、美也も梨穂子もどうしたんだよ?」

 

美也「良いから早く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナウンサー『輝日東ニュースです。県内有数の出版部数を誇る〇〇出版の横領疑惑について、代表の中多社長は先ほど会見を開き、「全ての記録を洗い、疑惑の解明に全力を尽くす」と述べました。疑惑の発端は先日、匿名で寄せられた○○出版の過去10年の決算報告書を週刊誌が取り上げたことが………』

 

 

 

 

 

〜☆〜

 

 

 

 

 

?「さて、これで良かったかしら?」

?「……………」

 

?「どうしたの? そんな怖い顔して」

?「あんた………純一に何かしたら許さないわよ」

 

 

 

 

?「………それはこっちのセリフよ。あたしの橘君に何かしたら、次は貴女だからね」

 




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