第十四話 『ウラメン』
輝日東高校の校舎裏は人通りが少ないことで有名だ。日当たりが悪く背後には雑木林があるのでジメジメしていて、校舎からもかなり距離がある。だから、何か目的がない限り人は滅多に来ない。逆に言えば、そこに来るのは何かしら目的がある人なのだ。
朝のホームルーム前、そんな校舎裏にやってくる少女がいた。ミルクチョコレートのような茶髪をツインテールでまとめた彼女は、彼女より早く校舎裏に来ていたショートカットの黒髪少女に声をかけた。
中多「逢ちゃん」
名前を呼ばれた黒髪少女は、ツインテール少女の方に目を向けた。
七咲「やぁ、中多さん。呼ばれた通り来たよ」
笑顔で手を振る逢とは対照的に、紗江は真剣な表情だ。それは2人の想いがズレていることを表している。まるで無邪気に好き勝手振る舞う子供とそれを叱る母親のように、2人の心境は対照的だった。
七咲「それで、何の話?」
中多「逢ちゃん、正気に戻って」
七咲「………何の話? 私はいつも通りだよ?」
紗江「私達、間違ってたんだよ。私達は一緒に先輩を手に入れようとした。でも、それが間違ってたんだよ。そんなやり方しても、先輩は振り向いてくれない」
紗江の言葉を聞いていた逢の顔が徐々に真顔に戻っていく。しかし──
七咲「………プッ、あははは!」
逢は我慢できなくなって笑い出した。紗江の言葉が逢にはたまらなく可笑しかったらしく、馬鹿にしたような声で逢はお腹を抱えた。
七咲「あ〜、ごめんごめん。最初から最後まで全部的外れなこと言うから、おかしくって」
中多「ど、どういう事?」
七咲「まず、一緒に先輩を手に入れるつもりなんて最初からなかったの。私は最初から先輩のことは独り占めするつもりで、中多さんはただ利用されただけ。だから、間違ってるのは中多さんだけなの」
中多「…………」
紗江は唇を噛んだ。その表情には悔しさというより、むしろ悲哀の色が見て取れる。
七咲「まさか、そんな事言うために呼び出したの? やっぱり中多さんって頭悪いね」
中多「逢ちゃん…もう一つだけ聞かせて。逢ちゃんはどうやって先輩を手に入れるつもりなの?」
七咲「え?分からないの? 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまでとはねぇ……」
今度は逢が紗江を憐れみの目で見る。ただそれも紗江のそれとは違って紗江を見下すものだ。『可哀想だ』とでも言いたげな顔で、逢は紗江を見下していた。
中多「逢ちゃんがどんな事をしようとしてるのか分からないけど、きっと失敗する。逢ちゃんが傷付くのを、お友達として見過ごせないよ」
七咲「言わせておけば偉そうに……良いよ、教えてあげる。まずは───」
逢が紗江の言葉に神経を撫でられ、自分の計画を自慢げに披露する、その時だった。
???「はーい、ストップ」
〜☆〜
教室に着くと、まだ人もまばらにしかいなかった。昨夜は眠れなくて早く来すぎてしまったのもあるだろう。ただ、そんな細かいことは今の僕にはどうでも良い。昨日からずっと頭にあるものが今も頭に重くのしかかっているからだ。
棚町「おはよ……」
すると、先に来ていた薫が声をかけてきた。
棚町「その様子だと、昨日は眠れなかったみたいね」
橘「まぁね」
棚町「そうよね……」
薫が困ったように目を伏せる。
無理もない。薫も何と言えば良いか分からないんだろう。そこそこ七咲と仲の良かった僕と違って、薫にとって七咲はほとんど関わりのない一年生だ。 薫の性格からして、適当な事は言いたくないんだろう。
橘「でも、大丈夫だよ。やることは変わらない。七咲を元に戻すために、できる事をやるだけだ」
棚町「そっか……強いね」
薫は安心したように息を吐く。僕も胸が軽くなるのを感じる。
梅原「よーっす大将。って、うおっ!? 何だよその目、ひでーことになってんぞ!?」
すると、梅原が登校してきた。
橘「あぁ、えっと……昨日は遅くまでゲームしててな」
梅原「あぁ、この前出たイナゴマスクのゲームだろ? アレは面白そうだったからなぁ。でもその顔じゃ授業も受けられねぇだろ。まだ時間もあるし、外の空気でも吸いに行こうぜ」
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身体を吹き抜ける風が心地いい。この時間の屋上は誰もいないので、世界に僕らだけがいるようでとても気持ちがいい。
棚町「ん〜っ、風が気持ちいいわねぇ」
橘「うん。眠気が吹き飛ぶよ」
梅原「ははは、それにしてもお前、昔っからイナゴマスク好きだよな」
橘「そうだなぁ。それこそ小学生の頃からだと思うよ」
あの頃は今みたいにゲームセンターに行くお金なんてなかったから、当時の遊ぶものといえばアクションベルトだったんだ。
梅原「あの頃はよくイナゴマスクとかガソガルの真似して遊んでたよな」
棚町「……そういえばあんた達って、小学生の頃からの付き合いなんだっけ」
すると、薫がふと思い付いたように言う。
橘「ん?そうだよ」
棚町「純一の小学生時代かぁ……ふふっ、梅原君と喧嘩して泣かされてばっかりだったんでしょ」
梅原「それが不思議なんだが、今まであまり喧嘩したことねぇんだよ」
棚町「そうなの?」
橘「そういえばそうだなぁ……あ、一回だけあるよ。ほら、小学生の時」
僕がそう言うと、思い出したように梅原も『あ〜』と声を漏らした。
梅原「そういえばあったなぁ。もう何で喧嘩したのかも覚えてないけどな」
そんな事を話していると、屋上にチャイムが鳴り響いた。
梅原「ヤベッ、行こーぜ!」
橘「うん!……あれ?」
教室に戻ろうとしたその時、ふと目の端に捉えた物陰に誰かが居た気がした。ぱっと見のビジュアルは女の子だった気がしたが、何分ぱっと見だったのでよく分からなかった。
〜☆〜
???「はーい、ストップ」
突然、背後から声が聞こえてくる。誰も来ないと思っていた場所で声をかけられたので、私と逢ちゃんはまるで車の下にいるところを見つかった猫のように身体をビクッとさせた。
振り向くと、そこには絢辻先輩がいた。背中まで伸びた黒のロングヘアをサラリと流しながらこちらに歩いてくる。頼もしい先輩が来てくれたことに安心したその時、ふと疑問に思った。
『先輩はどうしてここにいるのだろう?』
ここは校舎裏。たまたまふらりと立ち寄るような場所じゃない。朝のホームルーム前という、生徒が一番教室に集まる時間帯に教室から離れたこの場所にいるのはどう考えても不自然だ。
来たのが絢辻先輩というのも気になる。委員会の仕事や今度行われる「三年生を送る会」の仕事、生徒会長選挙の準備などで忙しい絢辻先輩が何の目的もなくここに来るとは考えにくい。
そこから導き出されるのは───
絢辻「これは没収」
私が思考を巡らせていたその時、近づいてきた絢辻先輩が私のポケットから盗聴器を取り出す。録音ボタンをオフにして、黒い手の平サイズのそれを自分のポケットに仕舞い込んだ。
絢辻「七咲さんを挑発して計画を喋らせようとしたのね。七咲さんは自分を見下してるから、自分にならペラペラ喋ってくれるだろう、ってところかしら」
中多「っ……」
絢辻「七咲さん。あなたが自滅するのは勝手だけど、あたしにまで迷惑をかけないで」
七咲「………」
絢辻先輩はあっという間にこの場を制してしまった。場を支配するのはその場で一番発言してる人だというのは往々にしてそうであるが、絢辻先輩は人形遊びでもするようにこの場の主導権を握った。
絢辻「中多さん、あなたは戻りなさい。あ、私のことは橘君には内緒でお願いね。話したら……分かってるわね」
絢辻先輩の言葉に従い、私は教室に戻った。
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絢辻「……さて、あなたも戻りなさい」
七咲「……命令口調なのが気に入らないですね」
絢辻「あら、ごめんなさい」
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