アナザーロンリークリスマス   作:スコップ。

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これにて森島はるか編は終わりです。次回は誰が来るのでしょうか?お楽しみに。


第五話 『シンユウ』

肌に触れる生暖かい空気と、ギシギシと木が軋む音で目が覚める。

 

まだ目が慣れていないのか、身の回りのシルエットすら判然としない。窓から漏れる月明かりから、今が夜であろう事は理解できた。

 

身体を動かそうと手足に力を込めるが、上手く力が入らない。視線を手足に落としてみると、手には手錠が嵌められていた。

 

目が慣れてくる。段々とモヤが晴れるように、僕の状況が明らかになってきた。

 

僕がいたのは、いつぞやのポンプ小屋だった。脇に置かれた牧草や、生ぬるい水の匂いは間違いない。

 

僕はというと、椅子に縛られ動けない。いつか梅原と見た刑事ドラマでは定番の手錠だが、まさか自分がつけることになるとは………。

 

そんな感じで僕が身の回りの状況整理に勤しんでいると、小屋の扉が開いた。

 

 

森島「あら、もう起きてたのね」

 

 

そこにいたのは森島先輩だった。後ろには数人の男子が立っており、中には顔見知りもいた。

 

誰が言ったか、『男殺しの天然女王』。なるほど、男を侍らすその様は、まさに女王に相応しい。

 

 

森島「じゃあみんなは外に出て、周りの監視をよろしく」

 

男子A・B「「分かりました」」

 

 

男子達が外に出ていく。小屋の中は、僕の先輩の2人になった。

 

 

森島「あぁ、橘君の匂いだぁ………」

 

 

急に森島先輩が抱きついてきた。頭をグリグリと僕の胸板に押し付けながら、大きく息を吸い込んでいる。

 

 

森島「この瞬間をずっと待ってた……。あの邪魔な幼馴染を捕まえるのは骨が折れたけど、その苦労も一気に吹き飛ぶわ」

 

 

先輩の言葉に、僕は鋭敏に反応した。

 

 

橘「梨穂子は……梨穂子は無事なんですか!?」

 

 

僕の必死な問いかけに、先輩は鼻で笑って応えた。

 

 

森島「大丈夫よ。あの子は君が寝てる間に解放したわ」

 

 

ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、先輩が僕の頬に手を触れた。

 

 

森島「だから、あんな女の事はもう忘れて。君の頭の中の全部、私が独占したいの」

 

ふと、先輩の瞳が目に入った。澄んだ蒼い瞳は、僕の思考を容易に奪い去る。

 

徐々に先輩の顔が近づいてくる。避けようと頭では分かっているのに、身体は言うことを聞かない。まるで蜘蛛に捕まった獲物のように。

 

森島先輩の吐息がまつ毛を揺らし、甘い痺れが脳を犯したその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「出てきなさい! はるか!」

 

 

まるで公園で遊ぶ子供を呼ぶかのように、その低い声は目の前の森島先輩を呼んだ。その声にもびっくりしたが、もっとびっくりしたのは、その後に聞こえた声だった。

 

 

桜井「純一!」

 

橘「っ!? 梨穂子? 梨穂子か!?」

 

美也「みゃーもいるよ〜!」

 

塚原「そこにいるんでしょ、はるか? 出てきなさい!」

 

 

名前を呼ばれた森島先輩は、しばらく無言で俯いていたが、徐に立ち上がって扉の方へと歩いて行った。

 

 

森島「ちょっとだけ待っててね」

 

 

 

 

〜☆〜

 

 

 

 

ポンプ小屋の扉が開く。暗い小屋の中からはるかが出てきた。

 

 

森島「あら、ひびきちゃん。大勢でよく来たわね」

 

塚原「はるかの方が大勢だと思うけれど?」

 

 

周りを囲む男子生徒達を見ながら私は言った。

 

 

森島「それで、何の用かしら?」

 

塚原「今ならまだ間に合うわ。今すぐ橘君を解放しなさい」

 

森島「…………」

 

 

夜の風が私とはるかの間を吹き抜ける。はるかは笑顔のまま、まるで彫刻のように動かない。

 

 

森島「………嫌」

 

塚原「はるか!」

 

森島「やっと手に入れたのよ? 手放すわけないでしょ」

 

 

不適な笑みを浮かべながら、はるかが手を上げた。その瞬間、私たちの周りを男子生徒達が取り囲んだ。

 

 

美也「ちょっと! みゃーに触らないで!」

 

森島「ふふっ。 さぁひびき。病院に帰ろっか」

 

 

はるかがゆっくりと近づいてくる。その手にはスタンガンが握られていた。

 

 

森島「ずっと邪魔だった。 いっつも私と橘君の邪魔して……。私のこと見下して……」

 

 

はるかの言葉に、私の胸が詰まる。

 

そっか………はるか、そんな事思ってたんだ。

 

 

森島「もう、私の邪魔しないで!」

 

桜井「先輩!」

 

 

はるかがスタンガンを掲げた。私は目を瞑る。

 

 

 

森島「っ!! なっ、何で!?」

 

 

 

しばらく待っても、刺激が来ない。私は、恐る恐る目を開いた。

 

 

橘「先輩、ダメです!」

 

 

そこにいたのは、はるかの右腕を掴む橘君だった。

 

 

 

 

 

 

 

橘「クソッ、結構固い………」

 

 

ここまで固いとなると、おもちゃの類ではないらしい。……まさか本物? 今の先輩ならあり得る話だ。

 

 

橘「どうしよう、このままじゃ塚原先輩達が……」

 

 

しかし、この手錠を外さないことにはな………。

 

そうして項垂れていた僕の目に入ったのは、病院の入館許可証だった。安全ピンで留められており、ここに来る時に外してくるのをうっかり忘れていたのだ。

 

………ん? 安全ピン?

 

 

橘「そうだ! 『一喝刑事』だ!」

 

 

 

 

 

 

橘「一喝刑事の中で、ハリガネで手錠を外すシーンがあったんで、それを参考にしました」

 

美也「にぃに………」

 

 

美也は、嬉しいような呆れたような表情を浮かべる。梨穂子も似たような感じだった。

 

僕は森島先輩からスタンガンを奪う。先輩はというと、力無くその場にへたり込んだ。

 

 

森島「どうして……どうしてこうなるの?」

 

塚原「はるか………」

 

森島「欲しくないものばっかり手に入って、本当に欲しいものは一つも手に入らない。 何で? 何で私の思い通りにならないの?」

 

 

ポロポロと地面に落ちる涙。月明かりを受けて、白く光っている。そこにいたのは、さっきまでの狂気に満ちた彼女ではない。

 

 

塚原「それが普通なのよ」

 

 

塚原先輩はそう言うと、森島先輩の目の前で片膝をつけて座り込んだ。

 

 

塚原「別に、はるかだけが特別なんじゃないわ。 皆んな、欲しいものと手に入らないものとがあって、全部持ってる人なんていない。皆んな、自分の中でその2つに折り合いをつけて大人になっていくの」

 

森島「ひびき………」

 

塚原「私ね、今だから言うけど、本当ははるかの事が憎かった」

 

塚原「だって、私に無いものをいっぱい持ってるんだもの。はるかの事、嫌いになったりもしたわ」

 

塚原「でもね、ある日分かったの。『はるかと私は違う人間なんだ』って」

 

塚原「そうしたら、はるかの色んな一面が見えてきた。はるかの明るいところ、お茶目なところ、危なっかしいところ。 たくさん見ていくうちに、そんなはるかの事がたまらなく愛おしくなっていったの」

 

塚原「そんなはるかが心配で、ついお節介を焼いちゃう時もあった。でも、それがはるかにとっては嫌だったのよね」

 

 

すると塚原先輩は、森島先輩の手を取ったまま、先輩の目を真っ直ぐに見つめた。

 

 

塚原「本当はね、今日、覚悟を決めてここに来たの」

 

森島「覚悟?」

 

 

塚原先輩が無言で頷く。

 

 

塚原「はるかと、友達を辞めるっていう覚悟」

 

森島「っ!!」

 

橘「塚原先輩!? それってどういう………」

 

 

全員の意識が塚原先輩の宣言に注目していたその時、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 

?「森島はるかはどこだ!!」

 

 

一斉に声の方を振り返る。そこにいたのは2人の女性。1人は眼鏡をかけており、1人は長い黒髪を風に任せている。

 

 

桜井「るっこ先輩!?愛歌先輩!?」

 

夕月「りほっち、大丈夫かい? 怪我してないかい?」

 

飛羽「随分、探した」

 

 

この人達は、夕月琉璃子先輩と、飛羽愛歌先輩。どちらも、茶道部で梨穂子の先輩だ。

 

 

夕月「まぁ、心配は後だ。それよりも………」

 

 

夕月先輩が森島先輩の方を向く。

 

 

夕月「森島はるか、よくも私らの後輩を拉致ってくれたね。 まさか、ごめんなさいで済むとは思ってないだろうね」

 

 

夕月先輩はそう言いながら、指をポキポキと鳴らす。すると、塚原先輩が立ち上がった。

 

 

夕月「塚原……そこを退きな」

 

森島「ひびき………?」

 

塚原「………さっきの話の続きだけれど」

 

 

塚原「覚悟してここに来たはずなのに、貴女の顔を見たら、怖くなっちゃった」

 

森島「怖く……?」

 

塚原「貴女は私に色んなものをくれた。貴女のおかげで、部活と勉強ばっかりだった毎日がすごく楽しかった」

 

塚原「だから、今は怖い。世界でたった1人の親友を失うのが……私は……怖い」

 

 

震える声でそう言う塚原先輩の目には涙があった。

 

いつもは見せない、塚原先輩の泣き顔。

 

医学部に推薦で受かるほどの学力に、水泳部では部長も務めている。

 

後輩や親からの期待に応えるために、弱いところは見せられない。きっと、想像を絶する重圧に晒されてきたに違いない。

 

塚原先輩にとって森島先輩は、そんなプレッシャーを少しでも和らげてくれる、オアシスのような存在だったに違いない。

 

 

塚原「はるかのした事は許されない行為よ。貴女達の後輩に迷惑をかけたのも事実。だから、殴りたいなら私を殴って」

 

夕月「………チッ」

 

 

夕月先輩は苦虫を噛み潰したような顔で塚原先輩を睨んでいた。

 

 

男子A「なぁ、これってどうなるんだ?」

 

 

ふと、周りで立っていた男子生徒達の声が聞こえてきた。

 

 

男子B「森島先輩の計画に協力すれば報酬が貰えるって話だったけど、この様子じゃ無理そうだな」

 

男子C「やっぱりそうだよな………」

 

男子A「なんか割に合わねーよなぁ」

 

 

3人の会話は徐々に周りの男子達に伝播していき、ザワザワという戸惑いの声が噴出してくる。

 

 

男子D「結局は骨折り損って事か?」

 

男子E「俺、欲しいゲームがあったってのに………」

 

男子F「……………なぁ、こうなったらさ」

 

 

男子達がシンと静まり返ったかと思うと、ジリジリとこちらに近寄ってきた。

 

 

男子A「もう何もかもどーでも良いや。 相手は女6人と男1人。対してこっちは大勢」

 

男子B「森島先輩の事、実は結構狙ってたんだよ。橘だけ良い思いするくらいなら、ここで傷物にしてやろーぜ」

 

 

桜井「え、え!? な、何何?」

 

塚原「っ! この人数は多すぎるわね」

 

夕月「チッ、雇い主がこれなら、雇われた方も雇われた方だな」

 

 

徐々に僕たちは追い詰められていく。僕達と彼らでは圧倒的な戦力差があった。

 

 

橘「くっ、ダメか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「はい、そこまで!」

 

 

パチン、という乾いた音が、夜の空気を切り裂いた。

 

僕達は一斉に音がした方を見る。そこにいたのは………。

 

 

絢辻「双方とも矛を収めるように。この場は私が預かります」

 

橘「絢辻さん!? 何でいるの!?」

 

絢辻「ちょっと三年生を送る会の作業が残ってたから。 それで、たまたま通りかかったのよ」

 

橘「作業があったなら、言ってくれたら良かったのに」

 

絢辻「監禁されてたあなたが、どうやってあたしの作業を手伝うのよ」

 

 

そうか、確かにそれもそうだな。

 

 

男子A「あ、絢辻さんが来たところで、人数不利には変わらないぜ」

 

絢辻「………さっきも言ったけれど、私はこの場を預かりに来たの。つまり、どっちの味方でもない。 あくまで中立の立場」

 

男子B「絢辻さんには関係ないだろ?」

 

絢辻「そうだけど、いくら何でも、女生徒に暴行しようとしてるのを止めないわけにはいかないわ」

 

男子C「………じゃあ、絢辻さんの口も塞いじゃえば良いんじゃないか?」

 

男子D「そうだな………」

 

 

すると、絢辻さんはクスリと笑った。

 

 

絢辻「私ね、クラス委員長やってるの」

 

男子E「そ、それがどうしたんだよ」

 

絢辻「それでね、先生に頼まれたの。この前の進路希望調査、全クラスのをまとめてくれって」

 

 

絢辻さんはサラッと言ったけれど、結構ショッキングな事だ。

 

あれって、1クラスだけでも纏めるのかなり大変だったぞ。絢辻さんのまとめ作業を手伝った事があるから、よく覚えてる。

 

 

男子A「そ、それが何だってんだよ」

 

絢辻「分からない? 全員分の進路希望を見たのよ?」

 

男子A「………っ!! そ、それって」

 

絢辻「君、将来は芸能界に入りたいんですってね。女子生徒に乱暴した芸能人なんて、メディアの格好の獲物だと思うけれど」

 

男子達「「「……………」」」

 

 

それは、実に鮮やかなものだった。

 

さしもの男子生徒達も、自分達の進路と一時のストレス発散とでは、天秤にかけるまでもなかったらしい。

 

 

男子B「お、おい」

 

男子C「あ、あぁ………」

 

 

1人、また1人とその場を去っていく。結局残されたのは、僕達だけだった。

 

 

絢辻「………ふぅ、じゃあ私は帰るわ」

 

橘「あ、絢辻さん! ありがとう!」

 

絢辻「いえ、良いのよ。それじゃ、後のことは橘君に任せるわ」

 

 

そうして去っていく絢辻さんの後ろ姿を見送った後、僕は後ろを振り返った。

 

泣き崩れる森島先輩、それを抱き抱える塚原先輩。

 

その2人の光景は何とも儚げで、形容しがたいものがあった。

 

ふと、冬の寒風が木々を揺らす。風は2人を邪魔しないように、そろりそろりと横を過ぎていく。

 

 

飛羽「るっこ………」

 

夕月「……………」

 

 

夕月先輩は相変わらず納得がいってない様子。すると、そんな夕月先輩の手を、梨穂子が握った。

 

 

桜井「先輩、ありがとうございます。でも、もう良いんです」

 

夕月「りほっち………ったく、りほっちに言われちゃ、立つ瀬がないね」

 

飛羽「るっこは、りほっちが大好きだから」

 

夕月「おい愛歌! 改めて言うなよ!」

 

 

そんな梨穂子達のやりとりに微笑みながら、僕は森島先輩のところへと歩み寄った。

 

 

森島「あっ………」

 

橘「先輩………」

 

 

森島先輩はバツが悪そうに目を逸らすが、すぐに僕の方に戻した。

 

 

森島「本当に、ごめんなさい。謝って済む問題じゃないかもしれないけれど、それでも」

 

橘「良いんです。 先輩が元に戻ってくれたなら、僕はそれで」

 

森島「桜井さんもごめんなさい」

 

桜井「い、いえ! もう良いんです!」

 

森島「それと、ひびきちゃんも………腕、まだ治ってないんでしょ?」

 

 

森島先輩が塚原先輩の骨折した腕に目を向ける。

 

 

塚原「あぁ、これ? 実はもう治ってるの」

 

橘「えっ!?」

 

 

塚原先輩はケロッとそう言うと、ギプスが付いた腕をプラプラと揺らした。

 

 

塚原「誰かさんの仮病癖が移っちゃったみたい」

 

森島「えっ……も、もう!」

 

 

2人のやりとりに、僕はどこか懐かしさを感じていた。

 

ようやく僕が求めていた日常が帰ってきた、そんな感じがした。

 

 

 

………けれど、それが幻想だと知ったのは、その後の森島先輩の一言でだった。

 

 

森島「それにしても、ひびきが階段から落ちちゃうなんて、意外とドジなところもあるのね」

 

橘「……………え?」

 

塚原「はるか、今なんて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「……………森島先輩はこれで脱落か」

 

?「あと邪魔なのは絢辻さんと桜井さんね。一年生にもそれらしい動きをしてる奴がいるし、油断は出来ないわね」

 

?「誰にも邪魔はさせない。純一の目の独占権は、あたしにあるんだから!」




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