神社で梨穂子と話した次の日の昼休み、僕は塚原先輩の元を訪れた。
塚原先輩を落とした真犯人を探すため、塚原先輩からもう一度詳しく話を聞くためで、絢辻 さんの意見によるものだ。
階段を登って三年生の教室に向かう途中、1人の女生徒が降りてきていた。
森島「あっ………」
橘「森島先輩、おはようございます」
森島「う、うん。おはよう……」
ふと、森島先輩の様子に違和感を感じる。どこか余所余所しいというか、落ち着きがないという感じだ。
橘「あ、そうだ先輩。塚原先輩いましたか? 少し話があるんですけど」
森島「ひびきなら、部活のミーティングだとかで今はいないわ。伝言があるなら後で私から伝えましょうか?」
橘「いえ、またあとで来ます」
森島「そ、そう………」
やっぱり、いつもの先輩らしくない。目も左右に泳ぎまくってるし、身体もモジモジと小刻みに揺らしている。
橘「あの、先輩?」
森島「な、何?」
橘「大丈夫ですか? 何だかいつもの先輩らしくないですよ?」
森島「そ、そうかな?」
橘「僕で良ければ話聞きますよ」
森島「橘君………」
僕の言葉を受けて少し安心したような笑顔を先輩は浮かべた。しかし先輩はすぐにその顔を曇らせ、徐に口を開いた。
森島「分からないの」
橘「分からない?」
森島「私は君に酷いことをして、君や他のみんなを傷つけた」
〃「初めてだったの。誰にも渡したくないって初めて心から思った。私だけを見て欲しいって。独占したいって」
〃「でもそれが間違いだって分かったら、君にどう接していいのか分からなくなったの。そうしたら、もう橘君と話さない方がいいのかなと思って」
橘「先輩……」
それは、僕の知らない先輩の顔だった。
森島「でも、橘君と話したい気持ちもあって………。私、もう何が何だか分からなくなって……」
いつも先輩は笑顔で、いつも明るくて、いつも眩しかった。だから、先輩が狂った時は本当にショックだった。
でも僕は諦めなかった。あの時の先輩だけが本当の先輩じゃないと信じていたから。
橘「難しく考えなくても良いんじゃないですか?」
森島「え?」
だって、先輩が僕の立場なら、きっとこう言うだろうから───。
橘「だって、人付き合いって彼氏彼女だけじゃないと思うんです」
森島「っ!!」
橘「僕は先輩と仲良くなれて幸せです。だからそんなに難しく考えないでください」
森島「橘君……」
先輩が涙を浮かべた目を手で拭う。再び顔を上げた先輩は、僕が大好きな晴れやかな笑顔で言った。
森島「ありがとう。私、やっぱり君が好き!」
森島「返事はいらない。でも、いつか絶対振り向かせるから!」
『振り向かせる』
そう彼女は言った。『独占する』とか『独り占めする』ではなく、『振り向かせる』と。
それが彼女の覚悟だと受け取った僕は、笑顔で頷いた。
塚原「あら?」
すると、廊下の向こうから塚原先輩と七咲が歩いてきた。そうか、水泳部のミーティングって言ってたな。
七咲「先輩、こんにちは」
橘「あぁ、七咲も一緒だったんだな」
七咲「はい」
塚原「どうかしたの?」
塚原先輩が不思議そうに聞いてきた。
橘「あぁいや、先輩の階段での事をもう一度詳しく聞こうと思いまして」
七咲「あぁそれ、私も聞きました。茶髪の女の子だって話ですよ。塚原先輩も大変でしたね」
塚原「え? え、えぇ……そうね。それより七咲、茶髪って………」
七咲「あ、大変といえば、橘先輩も大丈夫でしたか?」
すると、七咲が急に僕に話題を振ってきた。
橘「え、僕?」
七咲「この前ポンプ小屋に監禁されたって塚原先輩から聞きました。誰がやったのかは教えてくれませんでしたけど」
橘「そ、そうなんだ」
七咲「それにしても酷いですよね。何のつもりか知らないですけど、先輩を傷付けるなんて。そんなの、自分の事しか考えてない証拠ですよ」
チラリと森島先輩の方を見る。下を向いて、何かに耐えているかのようだった。
そうか、それが森島先輩の仕業って事を七咲は知らないんだ。きっと塚原先輩が気を遣って森島先輩の名前を出さなかったんだろう。
七咲に罪はないが、ここは止めないと……。
橘「七咲、僕は別に……」
(キーンコーン)
すると、予鈴が鳴った。
七咲「あぁ、もうこんな時間なんですね。それじゃあ先輩、失礼します」
七咲がペコリとお辞儀をして去っていく。僕はすぐに森島先輩の方を振り返った。
塚原「はるか……」
森島「……うん、大丈夫。全部本当のことだから」
無理したような作り笑いを浮かべる。その様子があまりに痛々しい。
森島「全部終わったら私の口から伝える。とにかく今は、ひびきに怪我させた子を探しましょう」
橘「そうですね」
2人に一礼して教室に戻る廊下を歩いていく。いつか七咲には僕からも話をしよう。
………そういえばさっき七咲が塚原先輩の件について何か言ってたな。
七咲『あぁそれ、私も聞きました。茶髪の女の子だって話ですよ。塚原先輩も大変でしたね』
橘「………この違和感は何だろう?」
・
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中多「あっ、逢ちゃん。どうだった?」
七咲「こっちは気付いてないみたい。そっちはどう?」
中多「こっちも順調。あとは例の幼馴染さんだけ」
七咲「それにしてもさっきの森島先輩の表情、傑作だったなぁ。笑いを堪えるのに必死だったよ」
〜☆〜
教室に帰ると、誰もおらずガランとしていた。
橘「そうだ、次は移動教室だったんだ」
急いで荷物をまとめ、理科室に小走りで向かう。
?「橘君」
すると、後ろから声をかけられた。振り返ると同じクラスの田中さんがいた。
橘「田中さん、どうしたの? もうすぐ授業始まっちゃうよ?」
田中「橘君。放課後、校舎裏に来て。話があるの」
田中さんはそう言って小走りで去って行った。
橘「田中さんが僕に話? 一体何なんだろう?」
っ! ま、まさか!?
いや、待て待て。田中さんとはそこそこ話すけど、そこまで仲が良いってほどじゃ……。いや、でも田中さんの性格的にイタズラの可能性は低いだろうし……。
橘「と、とにかく、ここで行かないのは紳士として恥ずべき行為だよな」
そうだよ、これは紳士として当然の行為であって、リンゴが木から落ちるのと同じくらい当たり前のことなんだ。
橘「放課後……一体どうなってしまうんだ?」
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さて、約束の時がやってきた。部活で活気付くグラウンドを通って校舎裏に向かう。しばらく歩いていると待ち人の背中が見えてきた。
田中「あ、来てくれたんだ」
橘「ま、まぁね」
人気のない校舎裏ということもあって、周りの音はほとんど聞こえてこない。まるで世界に僕と田中さんの2人だけが取り残されたような感覚だと、柄にもなく考えていた。
田中「ねぇ、橘君」
すると、田中さんが話を切り出した。さぁ、来るか!?
田中「薫の事、どう思ってる?」
橘「………へ?薫?」
田中「うん、どう思ってる?」
橘「………」
………べ、別にどうという事はない。そもそも田中さんとはただ席が近いだけの関係だったし……。
田中「橘君?」
橘「え? あぁ、薫ね。薫かぁ……悪友って感じだよ。田中さんも知ってるでしょ?中学からの腐れ縁」
田中「あぁいや、そうじゃなくて。その……女の子として」
橘「えっ!? そ、そうだなぁ」
頭の中で薫の姿を思い浮かべてみる。
橘「うん、やっぱりさっきと同じだよ。ただの悪友で、それ以上でもそれ以下でもないって感じ」
田中「………そっか」
田中さんはそれだけ呟く。
?「あ〜あ、残念」
後ろから聞き慣れた声がしたかと思うと、後頭部に鈍い痛みが走り、そのまま意識が遠のいて行った。