SHRIFT 全年齢版   作:きつねさん

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Chapter1-1 『覚醒』 中編

戦いの始まりはとても静かなものだった。僕に目線を向けてくるバーゲストに向けて僕がさっき拾った拳銃を向ける。だけど、僕を見ているバーゲストの目は敵意とか、悪意とかといったものが感じられない目で、銃を向けた手が震えているのを感じていた。

 

「おいおい!そのまま引き金を引いても弾は出ないぜ!」

 

「!誰だ!?」

 

一応、バーゲストの方に銃を向けつつも声がした方に視線を向ける。そこにはちょうど狐くらいの大きさの紫の体毛をまとった悪魔が宙に浮いていた。意思疎通ができる分こっちの方が危険かもしれないと銃を向けかけたが、その前にどうしてそんなことを知っているんだと聞いた。

 

「そりゃお前、銃ってのはちゃんと『弾倉(マガジン)を突っ込んで』、『安全装置を外して』、『スライドを引いて』、『最後にハンマーを下ろして』ようやく撃てるものだからな。もっとも、その感じじゃきっちり整備もしてるようだから安全装置を下ろすだけで解決するだろうがな。セーフティがかかってるぞ?新米(ルーキー)」

 

「さ、最後のはお前が言いたいだけだろ!?」

 

「?」

 

そういいつつ言われたとおりに頭の中である知識を総動員して拳銃を操作する。幸いというべきなのか、バーゲストは僕のやっていることに対して不思議そうな声を上げるだけで何もしてこなかったけど、それがさらに僕の戦意を落としている。…いや、それよりも宙に浮かんでいる悪魔の方が脅威かもしれない。そんなことができるのは強い悪魔だからかと思ったけど、銃口を向けた瞬間に慌てたように撃つなと言ってきた。

 

「僕からしたらお前も悪魔だ、撃たない理由がどこにあるんだ!?」

 

「俺は実体がない使い魔だから当たってもせいぜい消えるくらいでお前に何もできないんだよ!それに悪魔に関する知識がある俺を消しちまうことの方がヤバいだろ?元々ここに来たのもお前のことを助けてやれっていう主からの命令だからな。戦いの手伝いはできないが、サポートしてやるよ♪」

 

なんだろう、本当に姿かたちが狐のままだからか表情が乏しいのに笑い顔だけは妙にくっきりわかる。そのことに苛立ちを感じながら改めてバーゲストに銃を向けた。

 

「ワウ?」

 

だが、さっきまでのやり取りを見ても僕がいつでも自分を攻撃できると言うことがわからないらしい。首をかしげて不思議そうに見つめるのを見て撃つのをためらってしまう。

 

「くっ……!」

 

「おいおい、敵意のないやつには撃てないってか?」

 

「そ、そりゃそうだろ!なんかさっきから向かってこないし、襲おうと思えばそうできたタイミングもいくつかあるし……」

 

「そりゃそうだろ。だってそいつの目的はお前と『交尾』することにあるからな。それができるわけでもないのに飛び掛かったりしないだろ。だがそうされたが最後、お前はあいつに魂を奪われることになる。平たく言えば死ぬってことだな」

 

さっきから攻撃してこない。いや、そもそも攻撃する気がないのだ。だが、そのおかげか僕の中で躊躇のようなものが消えた。少なくとも『害意』がある。それだけでも僕が撃つ理由には十分だ。

 

「このっ!」

 

だけど、部屋が暗いのもあって弾丸は横を通り抜けていったらしい。そのせいで威嚇の声を上げながらバーゲストは僕が後ろにしているパネルの明かりから遠のいてしまう。

 

「へたっぴ!へたくそ!」

 

「う、うるさい!暗くて輪郭くらいしか見えないんだよ!でも困ったな、このパネルの光に目が慣れてるせいでどこにいるかもわからない…」

 

声だけは何度か吠えるような声があったからまだ近くにいるのはわかる。だけど姿が見えないから、迂闊に銃を撃つわけにもいかない。もしリロードしてる最中に狙われたらひとたまりもない。

 

「うーん……よし、カズヤ。お前、服を脱げ」

 

「はっ、はあ!?いきなり何いいだすんだよ!僕を殺す気なのか!?」

 

ユウマから交尾をするなと言われたことが頭の中に反芻する。つまりは…バーゲストとアレをするということなんだろうけど、今服を脱げば合意に至ったということは悪魔でもわかるだろう。そのために声を荒らげてしまったけど、仕方ないだろうみたいな反応になっていた。

 

「このままだとらちがあかないし、そうなるといつ襲われてもおかしくないぞ?だったらまだ誘惑もされていない状態でこっちのやりやすい方向に油断出せるのが一番だろ?さあわかったなら早く服を脱げ!」

 

「……ああ、わかったよ!もしこれで僕が死んだら化けて出てやるからな!」

 

悪魔に行っても通用しないかもしれないけど。なんて考えながら一応周りを警戒しながら服を脱ぐ。そのままパンツだけになったところで近づいてくるような気配を感じた。

 

「クゥン♡」

 

声のした方に銃と視線を向けると、甘えるような声を出しながらバーゲストが近づいてくる。だが、その目は明らかに獲物を見つけたときの目だ。

 

だけど、習性なのかそれとも僕が誘惑に負けてしまったからかと思ったが、突然無防備に腹を見せて誘うような格好になった。なんだかいろいろと見えてはいけないものが見えてしまっている気がするが、そちらの方には目を向けずに構えた銃で体を隠して顔を狙う。

 

「…あっ、くうっ…」

 

「クゥーン♡」

 

「目は見るな!人間の体じゃ悪魔の目から注がれる魔力には耐えられない!躊躇せずに撃て!死にたくないのならな!」

 

使い魔からの声が響いたとき、僕は声を上げながら撃った。それは体が反射的にしたのか、得体のしれないものに襲われるという恐怖がそうさせたのかはわからない。ただ言えることは、発射された銃弾は無防備な腹に当たり、それを受けたバーゲストは慌てて逃げ始めたからだった。

 

「キャン!キャン!」

 

「……逃げた、のか?」

 

「ああ、どうにかできたな。そのまま逃げるあいつを撃ってもいいんじゃないのか?ああやって逃げるのはこの世界に存在するための魔力がなくなりそうになってるからだからな。弾は有限だが、ここで数を減らしておかないとあとが大変なことになるかもしれないしな」

 

「……」

 

のたうち回りながら部屋から逃げていくバーゲスト。だけど、僕はただ銃口を合わせるだけで撃たなかった。さっきまで自分を襲おうとして、命を奪おうとしていた相手にもかかわらずだ。

 

「いや……いいんだ。もしあれでがむしゃらになって襲い掛かってきたなら僕は撃ってた。だけどさっきお前が言っただろ?あいつらはただ『交尾』したいだけって。それはつまり、交尾の過程で僕が死んでしまうだけで、本質的には僕を殺す気はないんだってことだよ。それなのに一方的に『害意』で倒そうだなんて残酷じゃないか」

 

「そりゃ、お前がそう選ぶのならいいんだがよ。後悔するなよ?それでまた襲われることになったりしたら責任とれないからな」

 

そう使い魔が言ったところでずっと消えたままだった周りの機材が音を立てて復旧し始める。同時に照明もついたことで電力が復旧したことを理解した僕は、通信機も使えるだろうかと思って後ろの通信機を操作してユーマとの通信を試みる。

 

「ユーマか?こっちは急に電気がついたぞ。これはお前がやってくれたのか?」

 

すると、それまでついていなかった目の前の画面の明かりがつき、その向こう側には昔とほとんど変わっていない親友の姿が映し出された。

 

「ああ。ほかの区画から電力を回して地上までの道の扉と照明の電源をつけた。…いや、そんなことはたいしたことじゃない。チクショウめ5年だぞ!?5年の間お前の声を聞くことはなかったのにあの時と変わらない声を出しやがって…!」

 

「ははは、お前の方も相変わらずだな…変わったと言えば、その物騒な服くらいじゃないか。お前もほとんど変わってなくて安心したよ」

 

相変わらずこいつは他人のために泣いてくれるような優しいやつだな、なんて思いながら空気を変える。本当のところは何があったのかを一から聞きたいところだが、今は状況がよくない。別の機会に聞いておこうと思いながら本題に入ってくれないかといった。

 

「ああ、すまないなカズヤ。…もうさっき話してはいるがお前の状況は最悪だ。既にその地域はほぼ避難が完了、残った職員や警備員たちも救出のためのヘリを待っている状況だ。つまりお前を助けに行けるような人員は存在しないということになる」

 

「ん、待ってくれユーマ。お前が来ることはできないのか?」

 

「悪いがな……もともと俺も残った人間に指示を出す後詰として残っている人員の一人で、海底トンネルから整備用の車両を使って脱出しようとしていたんだ。その最後の点検中にお前から通信が入ったってわけなんだが、だが悪魔だって馬鹿じゃない、俺がここの出入り口から出ていくのを見て、その車両を破壊するかもしれない。だからそっちの方には行けないんだ。すまないな…」

 

「そういうことか…なら仕方ないな。わかった、どうにか僕だけで対処してみる。助っ人もいることだしな」

 

「助っ人…?まあ、お前の助けになってくれるのならいい。それと、そのあたりにイヤホンみたいな無線機があるはずだ。それを耳につけてみてくれ」

 

ユーマに言われてパネルの周りを探してみると、確かに充電器のようなものにつけられっぱなしの無線機があることに気付く。それを試しに耳につけてみると、突然山盛りのワサビを食べてしまったときのような刺激が襲ってくる。

 

「言い忘れていたが、それをつけるときはワサビでツーンとするような疼痛が走るぞ」

 

「お、遅すぎる的確なたとえをどうも……!で、これが無線機なのか!?俺の耳にぴったり張り付いてしまってるんだが!?」

 

「安心しろ、はがそうと思えばすぐにできる。それは戦争が始まってすぐに作られたものでな、鼓膜からじゃなくて骨盤から音を伝えることによってタイムラグやノイズを極限まで減らしているものなんだ。今まではスピーカーで話していたが、これで支障なく聞こえるだろ?」

 

「…そうだな。まるで目の前で話してるみたいだ。これがあればお前も道案内してくれるか?」

 

監視カメラ越しにこのあたりを見てくれているようだし、そうしてくれれば楽に行けるかもしれない。だけど、その目論見はあっけなく崩れ去ることになってしまうのだった。

 

「悪いが、その無線機は近くの悪魔には丸聞こえになってしまうようでな。そしてある距離になると魔力がこの電波に干渉して一切聞こえなくなってしまう。だからこそ民間には広まっても軍に採用されることはなかったんだが……ともかく、それを使えばノイズなしで会話ができるはずだ。俺の方でもお前のことはしっかり見ててやる。だから安心して進め」

 

「ああ。ユーマ、バックアップ頼んだぞ」

 

そういって、画面を消すボタンを押して後ろを振り返る。バーゲストの姿がないことを確認して僕は通信室から出た。

 

「…そうだな、お前から見て右に通路が伸びている。そちらの方に進んでくれ」

 

ユーマの案内に従って進み始める。さっきと比べると遠くまで見通せる分、幾分か恐怖心はない。だが、それでも警戒を怠らずに慎重に進んでいると、ふと少し前まで話していたあの狐の悪魔のことが頭に思い浮かんだ。

 

「……なあ、ユーマ。お前ってもしかして使い魔とか雇ってるわけじゃないよな?」

 

「?どういうことだ?」

 

「いや……なんでもない」

 

杞憂なようだ。だが、そうなるとあれはいったい誰が出しているんだ?なんていう疑問はすぐに頭の中から消えてしまうのだが、もちろんそんなことを知る僕ではなかった。

 

「……ああ、あの扉か?上の案内板に居住区と書いてある。ただ片方からしか入れないな、戦闘の跡で地面がえぐれてる」

 

「気をつけろよ。さっきのバーゲストの件もある。警戒は怠らないようにしてくれ」

 

「ああ、わかってる。だがまさか扉を開けた瞬間に出てくるわけ」

 

がない、なんて言葉を言う前に僕は扉が開いた瞬間に襲ってきたものに押し倒される。その拍子にポケットの中に入れておいた銃が滑り落ちてしまったのだった。

 

「ワウッ、バウッ!」

 

「うわっ!?」

 

さらに僕は迂闊にもさっきの使い魔が警告していた悪魔の目を見るという行為を何が僕を押し倒したのかという疑問を解消するためにやってしまう。声で何が襲ってきたのかを理解したのにもかかわらず反射的にやってしまったことだが、それが致命傷になった。

 

「あ、ああ…♡」

 

「クゥーン♡」

 

バーゲストの声が頭の中に響き渡る。それがそれまで思っていた躊躇だとか恐怖と言われるものをきれいさっぱり拭い去されてしまうのだった。

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