クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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九十七発目「女の子が入っちゃいけない領域へ」

─浅尾和奈視点─

 

 行宗は私から服を受け取ると、まんざらでもなさそうな顔で、男子トイレへと入っていった。

 なーんだ。行宗も案外乗り気じゃない。

 ふふっ。さーて、どうやって化粧してやろうか?

 行宗の可愛い姿を想像して、自然と口角が引き攣ったみたいに、上がってしまう。

 あー、直穂ちゃんにも見せたあげたいな。

 

 ふと、3ヶ月前から行方不明の親友の顔を思い出す。

 胸の奥が、チクリと痛んだ。

 

「……では、あたしたちも準備をしましょうか」

 

 隣のリリィちゃんが落ち着いたトーンで言って、踵を返した。

 金髪ツインテールをふわりと空を踊る。

 私は、リリィちゃんの後に付いていく。

 後ろから見るリリィちゃんの背中は小さくて、私と比べて4,5歳年下。

 10才くらいの年なんだと、改めて気付いて驚いた。

 彼女の頭のてっぺんは、私のおっぱいよりも低い位置だった。

 

「リリィちゃんって、何歳なんだっけ?」

 

「11才ですよ。こないだ会ったときは10才でしたけど……7月22日に誕生日を迎えたので……」

 

「そっか。誕生日おめでとう!

 11才かぁ…… リリィちゃんってさ、学校には行ってるの?」

 

「学校ですか? 行く必要ないですよ」

 

「え? どういうこと?」

 

 リリィちゃんは何気ない風に言って、ガチャリと客室の扉を開けた。

 

「……どうぞ入ってください。

 ……わたしには家庭教師も付いていますし、学校で学べることは大体、図書館の本で知ってますから」

 

「へぇ、貴族だもんね……家庭教師はそりゃ居るか……

 でも、学校に憧れたりはしないの?

 きっと、同い年の友達も増えるだろうし……」

 

「別に憧れはありません。

 ユリィが居なくなって寂しいですけど。この寂しさを埋められるのは、ユリィにしかいませんから……」

 

「あっ……ごめ」

 

 私は思わず、声を詰まらせた。

 リリィちゃんの地雷を掘ってしまった。

 どうしよう。空気がズンと重くなった。

 

 実は、実はね。

 行宗には言いにくいだけど……

 前に会った時から、私、リリィちゃんと、会話がうまく噛み合わないんだよね。

 

 行宗と一緒のときは、普通に話せるんだけど。

 リリィちゃんと一対一になると、リリィちゃんは別人みたいに、掴みどころがなく思えてしまう。

 

 いったい行宗はどうやって、リリィちゃんと上手く話しているのだろう?

 行宗は私のことを『会話が上手い』って褒めてくれるけど……全く全然、そんなことはないよ。

 会話、ほんとに、ムズカシイ……

 

「さて、お化粧の話でしたね。

 私は趣味の関係上、いろいろ携帯してますけど……

 和奈さんは、何か化粧道具を持っていますか?」

 

 リリィちゃんも、即座に話題を転換してくれた。

 そうだ。

 リリィちゃんは変わってるけど、すごく気遣い上手なのだ。

 その気遣いが丁寧すぎて、私は距離感を測りかねているのかもしれないけど……

 

 でもなぁ、行宗が一緒の時は、普通に話せるんだよなぁ……なぜだろう? 不思議だ。

 

「ごめん。大した道具は持ってないよ。

 実は私、お化粧は苦手なんだよね。

 せめて汗の匂い対策くらいしか、気にしてる余裕が無かったから」

 

 サッカー部で毎日過ごしていると、化粧してる時間なかったし。

 そもそもそんなに好きじゃない。時間かかるし面倒臭いし。すっぴんで可愛いほうがカッコよくない?

 

「わたしも男装する時以外は、他の方にやってもらっているので、女装のお化粧には自信がないのですが……」

 

「あははっ、そりゃあね。私も男の子に化粧したことはないわ。でも、楽しそうだね。やってみたいかも!」

 

「ふふっ、私もです。替わり番こに楽しみましょうか?」

 

 リリィちゃんは柔和な笑みで答えて、化粧道具箱をベッドの上でひろげ始めた。

 よし良い感じだ。

 行宗が一緒の時みたいな会話の雰囲気に、なってきたっ!

 

 ―――――

 

「まだかなぁ? 遅いな行宗……」

 

 しばらくリリィちゃんと化粧道具を広げながら談笑していた私は、ふと我に返って言った。

 

「何かトラブルですかね? 近くに人がいて、トイレの個室から出られないとかでしょうか?」

 

「たしかに……」

 

 このあたりの廊下は人通りも少ないし、部屋のすぐ近くだから問題ないと思っていたけれど。

 女装姿でひとり廊下を歩かせるのは、確かに可哀想かもしれない。

 

「ちょっと見てくるね」

 

「わたしも行きます。念の為に」

 

 私が立ち上がると、リリィちゃんも化粧道具を机に置いて立ち上がった。

 扉を開けて外に出る。廊下を右に進んだ突き当たりのトイレに近づいていく。

 人の気配は全くないように見えるが……

 

「行宗─っ! まだ着替え中?」

 

 私は男子トイレのなかめがけて、声を届けた。

 しかし、反応は何もかえって来ない。それどころか、水音や衣擦れの音すらなく、ただゴオンゴオンという船が波に揺すられることだけが響いていた。

 

「突入しますか……」

 

 リリィちゃんが言った。

 マジで? 私は耳を疑った。リリィちゃん判断が早過ぎる。

 

「抵抗感があるなら、私が確認してきますよ? 和奈さんはここで待っていてください」

 

 面食らっている私にそう言って、リリィちゃんはスタスタと男子トイレへと入っていく。

 

「待って」

 

 私は彼女の小さな手を、反射的に掴んでいた。

 

「わ、私が見に行ってくるから、リリィちゃんがここで待ってて」

 

 心臓をバクバクとさせながら、震え声で言った。

 年上としての責任だろうか? 見栄だろうか? あるいは別の名前の感情か。 私が置いて行かれて、リリィちゃんが入っていくのが、どうしても嫌で耐えられなかったのだ。 うまく言語化できないけれど。

 

「そういう事でしたら、和奈さんにお願いします」

 

「うん、行ってくるね」

 

 ごくりとネバネバした唾液を飲み込んで、女の子が入っちゃいけない領域へと足を踏み入れた。 人の気配はない。物音がしない。

 知らない男の人に見られる心配はなさそうだけど、行宗は大丈夫なの?

 

「行宗?」

 

 覗き込む。背中に変な汗を感じていた。

 男子トイレは、ガランとしている。右の壁に四角い小便器が並んでいて、左の壁には掃除用具箱と二つの個室……

 私たちの世界のトイレと似ているようで少し違う……形が曲線ではなく箱型だった。

 

 二つの個室のうち、奥の扉には「使えません」と人間語の張り紙があった。

 行宗が居るとしたら、手前の扉だけれど。

 手前の扉は半開きになっていて、とても人が居るとは思えない。

 

 私は急いで扉を覗き込んだ。

 

「ひっ……」

 

 個室の中には、やはり誰もいない便器があった。

 しかし、周囲の床には、行宗の着ていた服が脱ぎ散らかっている。

 

「えっ? 行宗っ、どこに行ったのっ?」

 

 心臓が冷たく早鐘を打つ。私は奥の個室の扉も開いた。

 

「なっ……!」

 

 私は驚愕のあまり、声を失った。

 大便器の右側、木造の壁が壊されていた。

 壁に大きな風穴が空いていたのだ。

 この穴は何だ? 行宗が開けたのだろうか? 

 いや、そんな訳ないよな……

 

「リリィちゃん、ちょっと来てっ!」

 

 私は、ここが男子トイレだという事実を忘れて、大声で叫んでいた。

 

─────

 

「どうしましたか?」

 

 リリィちゃんの足音が、私のそばへと駆けつけてくる。

 

「これは……一体何が、どうなって……」

 

 リリィちゃんも、壁に開いた大穴を見て、絶句しているようだった。

 

「……行宗さんが開けたものではありませんね。断面が溶けたようになっている。特殊スキルか、特殊な魔道具か……

 何者かが、音を立てないように開けた穴だと思われます。まだ時間は経っていない……」

 

 リリィちゃんが早口で捲し立てた。その内容は私の頭にはほとんど入って来なかった。

 行宗の身の安全の心配や、ショックやらで、気持ちが悪くなり、足元がフラフラと覚束なくなっていた。

 

「和奈さん、落ち着いてくださいっ」

 

 リリィちゃんに肩を揺すられて、ようやく私は正気に戻った。

 そして、恐怖や焦燥が溶け出すように、目尻からぼろぼろと涙が溢れだしていた。

 

「どうしよう……私、どうすれば良いの……? 

 私のせいだ……私が女装だなんて言い出すから……行宗がっ……うぅ……」

 

「和奈さんっ、大丈夫ですからっ! きっと行宗さんは無事ですっ……」

 

 日常から一転、地獄に落とされたみたいな気分だった。

 

「今すぐこの穴に入って追いかけますか? それとも、船を警備している王国軍の方に捜査協力を頼みますか?

 しかし、これほどの特殊スキルの持ち主が、分かりやすい痕跡を残すなんて……何か裏があるかもしれません……急いでいて塞ぐ時間が無かったのか……あるいは罠ってことも……」

 

「今すぐ助けに行こう……」

 

 私は、涙を振り払うように行った。

 

「行宗は、だれかに誘拐されたんだよね? だったら、早く助けに行かないと。

 どんな罠でも、どんな敵だって、私とリリィちゃんなら何とかなるでしょう?」

 

 私は、自身を奮いたたせるように、笑顔で言った。

 

「はい。任せてくださいっ!

 ふふっ、なんだか懐かしいですね。私と行宗さんが洞窟の地下で出会った時、和奈さんやユリィを助けに行く時も、こうやって穴を潜って行ったのを覚えています」

 

「そっか……」

 

 あの時も、私は行宗に【天ぷらうどん】のなかから助け出して貰った。

 それ以外にも、何度も行宗には助けられてきた。

 今度は私が、行宗を助ける番だ。

 

─────

 

 穴の向こうは、船の内部へと繋がっていた。狭くて薄暗い空間。

 ガチンガチンと、金属音が絶えず鳴っていた。

 

「船の動力部ですね……しかし困りました。道が左右に分かれています、行宗さんが連れて行かれたのはどちらでしょうか?」

 

 穴を抜けた目の前が分かれ道で、私たちは足を止めてしまった。

 

「これでは探しようがありませんね……そもそも彼らは壁をくり抜く能力を持っていますから、ここはやはり一度、引き返したほうが賢明かもしれません」

 

「いや……」

 

 私は頭を左右に振った。

 

「何か手掛かりがあるかもしれない。こっちに進んでみよう……」

 

 私は、大きな力に引っ張られるみたいに、薄暗い無知質な廊下を前に進んだ。

 目を凝らしながら、金属製の階段をそっと降りていく。

 

 下に行くにつれて、ゴォォンゴォォンという、船の駆動音が大きくなっていった。

 辺りが暗くなるにつれて、行宗の居場所に近づいていくような、第六感みたいなものを感じる気がした。

 

「さすがに暗いですね……火魔法で灯りをつけましょうか」

 

 リリィちゃんが言う。

 

「いや、ちょっと待って」

 

 私はそれを制止して目を凝らした。

 

「何か……何かが、光ってる……」

 

 進行方向に指を刺す。

 リリィちゃんも、背伸びをしながら覗き込んだ。

 パイプの隙間から、微かな光が……赤みがかったオレンジ色の光が、漏れている気がする。

 

 近づいていくにつれて、光は鮮明になっていった。

 

 それは、光る石だった。

 その不思議な光に見惚れてしまった私は、思わずその石へと手を伸ばしてしまう。

 

「いけません」

 

 リリィちゃんに、鋭い口調で制止される。

 

「これは、爆魔石ですよ……強い魔力や衝撃を感知することで、爆発を起こす魔石です。

 ……あれを見てください」

 

 リリィちゃんが、左の方へと注意を向けた。

 階段を降りた突き当たりには、パイプに囲まれた狭い廊下が続いていて、

 オレンジ色の淡い光が、ポツポツと等間隔で配置されていた。

 爆魔石が、並んで配置されていたのだ。

 

「この船を爆破させる気でしょうか……一体何の目的で……」

 

 リリィちゃんが焦ったように考え込んでいた。

 爆破……って、一体何のこと?

 行宗はどうなったの?

 想定外の連続に、もう私の頭はキャパオーバーだった。

 

 カツン、カツン……

 

 そんな時。

 左の廊下から、足音が二つ、聞こえ始めた。

 揺らめくランプの光が二つ、近づいてくる。

 

「……くそ、見当たらねぇな」

 

「こんな事して、意味あるんすか?」

 

 男の声が二つ聞こえた。若い声と年老いた声。

 彼らが、行宗を誘拐したのか?

 鳥肌の立つような感覚に襲われた。

 恐怖、緊張感、血液が沸騰するような感覚で、彼らを無力化して問い詰めようと、一歩を踏み出そうとする。

 

「ダメです……ここで戦闘すれば、爆魔石が起爆してしまいます」

 

 リリィちゃんが、耳元で囁く。

 私は、はやる気持ちを抑え込んだ。

 音を立てないように、ゆっくりと後ずさる。

 でも、マズイな……

 この音が鳴りやすい足場では、急いで逃げる訳にはいかない……

 考える間に、男たちとの距離は詰まってきていた。

 

「……っっ! おい! 誰かいるぞっ!」

 

 見つかってしまった。

 

「階段を登りましょう! 上の階なら戦えますっ!」

 

 パニックで気絶しそうになる私を、リリィちゃん手が強く引いた。

 

「へへっ、手こずらせやがって……見ててくださいよ、即座に捕縛してみせます」

 

 一人の男が笑いながら迫ってきた。

 

 ボシュゥゥ……

 

 小さな音と共に、空間が一瞬で濃い霧に包まれた。

 視界がぐらりと歪んで、私は床に膝を付き、そのまま横に倒れ込んでしまう。

 

 しまった、身体が動かないっ……

 

「うっ……」

 

 リリィちゃんが苦しそうに呻く。私の体に重なるように倒れ込んできた。

 

「……………」

 

 男たちが、何か会話をしているが、聴覚が曖昧になって何も聞き取れなかった。

 

 近くで見ると二人の服装は、黒っぽいグレーの、スーツだろうか……靴もしっかりとした革靴であった。

 

 ん……?

 

 床についたほっぺたで、その冷たさをかろうじて感じるなか。

 

 私は床に、光を反射させた線を見つけた。

 ぼやける視界に、目を凝らしてみる。

 

 あれ? あれ……

 見間違いじゃなければ、この透明度の、毛は……

 獣族の毛のように見えた……

 

 意識を保つのが、困難になる……

 あぁ、私、死ぬのかな?

 落ちていく、意識の奈落へ……

 想像しうる未来に絶望しながら、私の瞼は静かに落ちた。

 

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