クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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百発目「迷子の子猫ちゃん」

 

 

(私の考えうる最適解を、行動に移すことだけ考えて……)

 

浅尾和奈(あさおかずな)視点ー

 

 とは言っても。

 行宗を助けるための最適解なんて、私には見当もつかない。

 まるで迷子になった子供みたいだ。

 

 私は本当に、一人じゃ何も判断できないんだな……

 いつも行宗が、あれをしようこれをしようって、私を引っ張ってくれていたから。私はただ、彼の背中についていくだけで良かったのだ。

 

「あちらで騒ぎが大きいですね。状況確認も兼ねて向かってみましょうか?」

 

「う……ん」

 

「……和奈さん?」

 

 リリィちゃんのことを、頼りになると思ってしまっている自分がいる。

 リリィちゃんは私より年下なのに。

 

「ん? そうだね! 見に行こっ!」

 

 強がって声を張ってみる。

 

 どうすれば、私は変われるかな?

 どうやって行宗は変わったんだろう?

 

 行宗は、強い。

 彼はとことん悩むけれど、決して現実から目を背けない。その瞬間の精一杯の判断で、行動することができる。

 

 私はあまり悩まない。直感で行動する事が多い。自分が正しいと思ったこと、面白そうだと思ったことに、考えなしに飛び込むだけ。

 この世界に来た直後のラスボス戦みたいに、倒すしか選択肢が無い時なら、私は腹を括って頑張れるのだ。

 でも、自分の選択によって、何か犠牲が伴うとき。

 例えばトロッコ問題みたいな。行宗かお兄ちゃん。どちらか1人しか助けられない状況になったら。

 考えなしに直感で飛び込むなんて、とんでもない、できない。

 私は悩んでしまう。悩む事に慣れてない私は……私は……

 

 大切な二つが天秤に乗ると、何も動けなくなってしまう……

 

「ねぇ、リリィちゃん。……人を殺したことはある?」

 

「はい……自分の意思で、という場合でしたら……二人……」

 

 リリィちゃんの声色が、冷たくなるのを感じた。

 このまま聞いてしまっても良いのかな?

 

「私は、人を殺したこと、ない……

 もしかしたら、意図せず見殺しにしていることは、あったかもしれないけど……自分の手で命を殺したくないから。 私じゃダメなの。行宗に寄り添えない。支えられない……直穂みたいにはなれないから……」

  

「そんなこと、ないと思います……心が綺麗な和奈さんだからこそ、行宗さんに寄り添えるんじゃないですか?」

 

 リリィさんが、弱気な私を、まっすぐ抱きしめてくれた。

 

「わたしは悪い女の子です。目的のためには手段を選べない。私にとって和奈さんや、ユリィの存在は、眩しすぎて……」

 

 リリィちゃんは声のトーンを落として口ごもった。

 

「……ありがとう。リリィちゃん」

 

 私は背の低いリリィちゃんを、抱きしめ返した。

 なんとなく、腑に落ちたことがある。

 リリィちゃんと行宗は、似ている。

 二人とも合理的で、目標に向かって一直線で、たぶん努力家で繊細で。

 リリィちゃんと行宗は、ペアとして相性抜群だと思う。

 だから……そうか。

 私がリリィちゃんを好きになりきれない理由……分かった気がする

 リリィちゃんに、行宗を奪われてしまうのが、怖かった。一人ぼっちになる未来が、怖かったんだ。

 

 ドゴァン!

 

 遠くで鳴った爆発音、

 私は我に返った。

 とにかく、じっとしていられない。

 走って現場に向かわなければ。

 

「……リリィちゃん、私の背中に乗って!」

 

 私はリリィちゃんをおんぶした。

 思ったより重い。それに、体温が高い。

 川の水で凍えた身体に彼女の熱が、私の背中に染み込んでくる。

 

爆走(バーンダッシュ)!!」

 

 船が爆発した場所、先ほど爆発した建物を目指して、川沿いの歩道を駆けだした。

 秋の夕方、ぶつかる風が気持ちいい。 大河に添うように、和風の家屋がびっしりと並び建つ。ガロン王国のナグサバ地区。

 王都の西側に隣接している。貿易と軍備で栄えた街である。

 こんなに大きな街は、この世界では初めて見る。

 なにより美しかった。ただの和風建築じゃなくて、カラフルに彩られた街並みだった。

 旅行で来ていたなら、ゆっくり観光したいなぁ。

 川沿いは騒がしい。小舟に乗って逃げ出す人、家から飛び出て騒ぎ出す人々。

 カンカンカンカンと、警鐘の音が耳に届く。

 あ、また鳴った。

 いくつかの爆発音が、目的地から届いてきた。

 炎の明るさが空に漏れて、煙が立ちのぼっているのが見えた。

 

 あの場所で事件が起こってる。

 人の流れに逆行し、辿り着いた先は、炎に包まれた軍事施設だった。

 肉と血が焼けた匂い。

 軍事施設の扉は、破壊されており、しかし炎に包まれて先が見えない。

 ぼぼぼぼぉぉぉという、燃え盛る炎の音ばかり。

 辺りに、人の気配は感じられなかった。

 

「……どうしよう」

 

 私は途方に暮れてしまった。ここに来れば行宗がいるんじゃないかと、希望的観測で来たものの……

 

「和奈さん下がって、何か来ます」

 

 リリィさんが、私の背中から飛び降りる。

 そして倒れ込むように、私の身体を押して倒した。

 

水竜巻(アクアトルネード)

 

 若い男の声がした。

 刹那、扉を吹き飛ばす勢いで、門の向こうから、水の濁流が飛び出した。

 鼻の先を、水の濁流がビュンと掠める。

 水の竜巻は、渦巻きながら、天高く昇って、ほどけていく。

 やがて、雨となって、焼けた大地に降り注いだ。

 次の瞬間。

 あわただしい足音と共に、剣を担いだ男性が門から飛び出てくる。

 よく見ると、子供を背負っている。

 竜巻みたいな水魔法は、この男が使ったものだろうか。

 男は鬼気迫る表情で……

 ナニカに恐怖し、逃げ出すような様子だった。

 

 ズザッ

 

「「えっ……?」」

 

 そこで私たちは、信じられない現象を目撃した。

 子供を背負った男は、大きな槍で、腹部を前から刺されていたのだ。

 まったく何の前触れもない。

 突然、男の身体を貫くように、槍がソコに現れたのだ。

 

「がふっ」

 

 男は呻く、よろけそうになる、しかし、倒れる前に踏みとどまった。

 掠れ声で、回復魔法を呟きながら、決して歩くのを止めなかった。

 

「……もうよい。ここまでだ。アバルティス……余を殺すのだ。…… 奴らの目的は、余を生け捕りにすることなのだろう……」

 

 背負われた子供が、男に喋りかけていた。

 アバルティス、それが男の名前なのか?

 追いかけて回復魔法をかけてあげるべきか?

 私は遅れてそう思った。

 

「……彼は、ガロン王国第一皇子、ピラウス・ガロンですね。

 皇子を背負っている軍人は、王国軍近衛隊副隊長のアバルティスです……」

 

 リリィちゃんが、私の耳元で囁いた。

 ガロン王国の、皇子? ……はぇ?

 すでに混乱状態の私は、新しい情報の連続に、気絶してしまいそうだった。

 

 息つく暇もなく、ゆったりとした足音と共に、事件の元凶が現れた。

 

「……あーぁ、逃げなきゃなにも、死ぬことはなかったのに。 今の水魔法で、完全に疲弊したようだな……アバルティス……」

 

 ヤツが来た。

 おそらく行宗を誘拐した犯人。

 船の上で会った大男である。

 溺れた”マナト”君の、父親を名乗っていた男……

 そして、蘭馬くんと行宗を人質にして、フェリー船を爆破した張本人。

 彼は基地の門をゆっくりとくぐり出る。

 目つきは鋭く、体毛は濃い。

 船の上で見た時より、二回り身体が大きくなっているように見えた。

 

 獣族(けものぞく)……

 特徴的な耳はないけれど、ソイツは獣族の特徴を持って、目の前にいた。

 船の上では、完全に人間の姿だったのに。擬態していたのか?

 人間に擬態できる獣族がいるのか?

 

 ……まぁいい。

 そんなことどうでもいい。

 

「おい、そこの獣族……」

 

 私は足を挙げて構えた。

 

「万浪行宗をどこにやった!? 南都蘭馬をどこへやった!?」

 

 私は、怒りのあまりをぶちまけた。

 全身は痙攣したように震えだす。

 目からは涙が滲み、全身の血管が沸騰するように燃え滾った。

 

「うるせぇな女、ちょっと待ってろ」

 

 大男は飄々とそう言って、私に目もくれずに片手を振り上げた。

 

「【神の裁き(キリシランス)】」

 

 聞いたことのない詠唱と共に、男は片手を降り下ろした。

 しかし、何も起こらない……ように思えた。次の瞬間。

    ★★★★★★★★

 

「うぐぅぅぅ……」

 

 背中越しの苦悶の声に、振り向いてみると。

 手負いの軍人に刺さっていた槍が、二本に増えていた。

 今度は胸の付近に刺さり、王国軍の副隊長らしい彼は、ついに倒れて気絶してしまったようだ。

 背負われていた男の子……第一皇子は、ひどく動揺しているようだ。

 

「……ありえない……こんな遠隔の魔法……

 私の知らない魔法です……こんな特殊スキル、見たことも聞いたことも……

 いや、これは本当に魔法なのでしょう……?」

 

 リリィさんが、ひとり言で呟いた。

 

「和奈さん……」

 

 そしてリリィちゃんは、私の頬に冷たい指をピトリとあてた。

 

「和奈さん、逃げましょう……あの獣族は何かおかしい……戦えば、何もできないまま殺されるかもしれません」

 

 ……たしかに、あんな攻撃……どう対処すればいいのか?

 手を振りおろすだけで、何の前触れもなく、槍が男を貫く魔法

 

 ……そもそも、王国軍の基地に攻め込み、生きていること自体が異常だろう。

 

 しかし、行宗はどうなる。

 行宗の居場所は、コイツが一番知っているはずだ。

 

「ごめんリリィちゃん。私は、逃げないよ……」

 

 固い決意で、私は言った。

 もし逃げたとして、私は死ぬまで後悔する結果になるから。

 なにより行宗なら、こんなピンチで逃げたりしない。

 直穂もフィリアも、誠也さんも、決して逃げなかった。

 あらゆる困難に立ち向かい、私を救う薬を、届けてくれたのだから。

 

「……でしたら、短期決着しかありません。いまのうち、油断している瞬間に、最大限の攻撃を叩きつけるんです」

 

 リリィさんが、小声でアドバイスをくれた。

 

「でもっ……やりすぎて殺しちゃったら、訊きだせないよ」

 

「それは……信じてください。獣族の耐久力と、私の回復魔法を。

 そもそも半殺しに出来たとして、彼が居場所を吐かない可能性もありますし。

 可能性に懸けて、やってみるしかありません」

 

 早口でリリィさんが捲したてた。この子もちゃんと焦るんだな、という安堵と。それ以上に、私の戦いに巻き込んでしまう申し訳なさを感じた。

 私は逆に冷静になり、リリィちゃんの頭を撫でた。

 

「ありがとう……リリィちゃん」

 

 ぽかんと、目と目で見つめ合う。

 ごめんね、ありがとう。

 私はいつも、誰かに守られてばっかりだ。でもそれでいい。頑張ろう。最後まで、諦めずに頑張ろう。

 

「……【爆走(バーンダッシュ)】【剛脚(スチルキック)】!!!」

 

 ノーモーションからの、奇襲攻撃。

 私は、獣族男の腹を狙って、思いっきり足を蹴り入れた。

 ボゴォォォン……

 

 ゴムのような、重く屈強な感触がした。

 男は後ろへ、ゴロゴロゴロと転がる。

 

(ふぅ……)

 

 人を蹴っ飛ばした感触。

 少し危険な高揚感が、私の脳を支配した。

 幼稚園の頃に、兄や同級生と殴り蹴るの喧嘩をした記憶が重なった。

 

(パット見、致命傷はなさそうだ)

 

 ダダダダダッ!!

 

 リリィさんが、私の横を走り抜ける。

 間髪入れずに、剣の追撃……

 リリィさんは、水棲竜を真っ二つにした剣士だ。

 彼女がうっかり、真っ二つに殺してしまうんじゃないかと心配したけれど……

 

 その予想は、外れる事になる。

 さらに悪い方向に。

 

 ギィィィィ

 

 金属の鈍い音がした。

 リリィさんの足音が、ピタリと止む。

 

 ……

 

「まさか……これほどまで……」

 

 リリィさんが、震え声を絞り出す。

 真剣白刃取り。

 獣族男の両手によって、リリィさんの剣は完璧に捉えられていた。

 

「この太刀筋……その剣…… そうか。竜を斬ったのはお前だったか。勘違いで、無関係な奴を攫っちまったようだな。

 だが……警戒の必要はなかったようだな。儂は強くなりすぎてしまった」

 

「くっ……」

 

 リリィさんは、剣を取り返すのを諦めて、私のそばまで後ろに引いた。

 そして、次に男が放ったセリフに、私は脳みそをぶん殴られた。

 

「……マルハブシの神薬、これを授けてくれたマナ騎士団サマには感謝だなぁ……

 この力で、儂は使命を果たし、復讐をやり遂げることができる!」

 

 マルハブシ……マナ騎士団……

 隣のリリィさんからも、恐ろしい殺気のようなものを感じた。

 この男からは、色々、聞き出さなければいけない。

 

「まさか不意打ちとは、人間の女はとことん卑怯よ」

 

 獣族男は、リリィさんの剣を弄りながら、つまらなそうに言った。

 ……は? どの口が言ってんだ。

 

「ふざけるなよ。いったい誰だか知らねぇけど、お前行宗を攫ったよな。蘭馬くんも裏切った。答えろ。あの二人はいまどこにいる??」

 

 怒りに任せて怒鳴っても、大男は眉一つ動かさなかった。

 

「我の名はアドロギース。……獣族軍の老兵よ。あの二人は船の爆発で、大河の塵として散ったそうだ。悪かったよ。別にお前達に恨みはなかった……」

 

 嘘だ……

 男は、冷徹な目つきで、手を振り上げた。

 クソ野郎が。考える時間すら与えてくれない。

 あの不可避の槍がとんでくる。

 

爆走(バーンダッシュ)……

 

 私は反射的に、後ろに逃げようとした。

 しかし、リリィさんを置いてきぼりにしていると、遅れて気がつき、足を止めた。

 

「【濃霧(フォグオール)】!!」

 

 リリィさんが、大声で何か詠唱した。

 ボボボぉぉぉ……と、白い煙が周囲を囲む。

 あたりの小さな領域が、霧によって包まれた。

 

「ほぉぅ、本物を見るのは始めてだ……聖女マリリの伝説の魔法(スキル)……

 しかし、この状況じゃ悪手だせ?」

 

 男が余裕そうに笑う。

 

「……和奈さん、私になるべく近づいて、しゃべらず、それから、絶対に身動きしてください……」

 

 小声のリリィさん、ぼんやりと見える背中に、身体を寄せた。

 

「【蛍火感知領域(バラド・エス・フィールド)】……」

 

 リリィさんの小声の詠唱。

 聞いたこともない魔法だ。

 

「獣族は、臭いで気配を感知できる。どこにいるかなど丸見えなのだ。……もう楽にさせてやる……【火神の(フレムネス)………」

 

「……いた」

 

 リリィさんが呟いた瞬間……

 バァン!!

 と破裂音が、真後ろで轟いた。

 

「きゃあぁっ!!」

 

 私は驚き、飛び上がる。

 リリィちゃんに抱きついたまま、少々強く締め付けてしまう。

 

 恐る恐る振り向くと、そこには苦しそうに泣く、獣族の子供が倒れていた。

 獣族の子供……突然そこに現れた。まるで槍のときと同じだ。

 

「やはり、正体は透明人間でしたか……」

 

 リリィさんが、心底安心したように、ため息をついた。

 

「透明、人間……?」

 

 私は何が起こったのか分からず、ただぽかんと口を空けた。

 

「この子の特殊スキルは、おそらく【透明化(とうめいか)】のようなものです。

 あの男アドロギースは、ただ手を振り下げているだけ。

 彼が大仰に注意を引くことで、無防備の隙をついて、透明化したこの子が槍を刺す。

 おそらくそういう仕掛けでしょう」

 

 リリィさんが、興奮気味に捲したてる。

 

「じゃあ、今の爆発は、何だったの?」

 

「えぇと、私の考えたオリジナル応用スキルです。

 【蛍火感知領域(バラド・エス・フィールド)】は、30個ほどの火魔法の爆弾であり。触れれば爆発する火種です。それを霧の魔法で隠しながら回転させれば、我々に近づく”何者か”を撃退することができます」

 

 なるほど、それで獣族の子が見つかった訳か。

 可哀想に、子供は、全身火傷して呻いている。回復魔法をかけてあげたい気持ちもあった。

 しかし、この子は、私たちを殺そうとしてきたのだ。

 

「……どうしますか? 和奈さん。種は暴きました。

 あなたなら、アドロギースを倒せるかもしれません……」

 

 逃げるか、戦うか?

 リリィさんはその二択を再び突きつけてきた。

 

 アドロギースは、「行宗は船の爆発に巻き込まれた。殺すつもりはなかった」という。

 行宗を探すなら、爆発地点か? 川の中か?

 しかし、私は全く泳げないのだ。溺れて私まで沈んでしまう。

 こんなことなら、水泳教室に通って泳ぎを克服しておくべきだった。

 後悔しても遅いけど。とにかく……

 

「逃げよう……」

 

 そう口にした時だった。

 私の後ろで、気配がした。

 寒気……殺気……死の気配……

 私は考える間もなく、反射的に後ろの空間を蹴り飛ばした。

 

 ぐしゃ

 

 その虚空には、”何か”がいた。

 触れて認識することで、その実態はあらわになる。

 獣族の子供だ。2人目だ。

 私の足蹴りによって、獣族少女はゲロを吐きながら、地面に尻餅をついた。

 彼女も槍を持っている。

 思わず顔を顰める。

 こんな小さな子を、こんな争いに巻き込むなんて……

 ゲボ……

 

 何気なく。振り返る。

 そこで私の頭は、真っ白になった。

 周りの音が聞こえなくなる。

 心臓の音が、ドクンドクンと、早鐘を打って加速する。

 

 リリィさんが地面に倒れ込んでいた。

 背中から、深々と剣が貫通していた。

 

「うぅ……あ……」

 

 絶え絶えと呻くリリィさんが、目の前にいるのに。

 私には、とても現実とは思えなかった。

 ドラマの向こうを悲劇をみているような感覚。

 

「残念、無念……我のスキルは【透明付与()】スキルなんだよなぁ……」

 

 アドロギースの気だるげな声。

 遠くのほうで反響していた。

 

「トドメを刺せなくて、悪かったな……【炎神の鉄槌(フレムネス・ハマーズ)】……」

 

 また、何か来る。

 逃げなきゃ、戦わなきゃ、殺される……何もできないまま。

 私にはもう、ここから逃げる気力すらないのか?

 

 私は、行宗がいないと何も出来ない人間になってしまったのかな?

 彼に助けられて、彼に頼られて。

 いつの間にか、行宗の存在が、私の生きる希望になっていた。

 

 ……嫌だ。やだ。

 死にたくない。死にたくないっ!!

 怯む手足を、ぎこちなく動かす。

 私は救いを求めるように、天高くに両手を掲げた。

 

 バシュン!!

 

 それは、奇跡だったのか。

 それとも余計なお世話だったのか? 

 

 何かに縛られる感覚がした。

 次の瞬間、私の身体は引き上げられて、宙ぶらりんと空へ浮かんだ。

 

「えぇ??」

 

 わたし、空を飛んでいる。

 身体が裂けそうなほど、糸の力で締め付けられて。

 何かにひっぱられて、宙を舞い、放物線を描いて落ちる。

 そして、誰かの胸の中へと抱きとめられた。

 

 ダダダダダダダダッ……

 

 私をキャッチした誰かは、すぐさまどこかに走り出した。

 ドカァァン

 と、遅れて、後ろで爆発音がする。

 見れば、炎の柱が立ち上っていた。

 

「間一髪、救出成功だねぇ!」

 

 聞こえてきたのは、場違いなほど明るい女の子の声だった。

 だ、誰……?

 私を抱きかかえて走る人物は、どうやら女性らしい。

 

「私のコト、誰だか知らないって顔してるね。和奈ちゃん!

 みんなから聞いてたけど、超可愛ぃねぇ!

 あぁそうね。私ね。私は葉桜音羽(はざくらおとは)っていうの! 雅遥香(みやびはるか)小島優香(こじまゆうか)菜乃葉(なのは)ちゃん達の友達って言えば、分かるかな?

 私も和奈と同じ、日本から転移してきた仲間だよっ!」

 

 ハザクラ、オトハ……

 どこかで聞き覚えのある名前だった。

 この世界に似つかわしくないほど、無邪気な明るさを持った彼女。

 昔、どこかで、私は、この雰囲気を知っている気がした。

 

「あ……」

 

 私は、このタイミングで、リリィさんの存在を思い出した。

 

「リリィちゃんが! 私の友達が、まだあそこに倒れてるんです! 早くお願い、あの場所に戻らせて欲しいの!」

 

「えぇ? なに言ってるのよ。バカ?

 和奈も、あと一歩で殺されるところだったんだよ? 闇雲に戦って勝てる相手じゃないし。

 そもそもあなた、命拾いしたっていうのに、私に対する感謝もないの?」

 

 葉桜音羽は、一転して低い声で言った。他人に叱られたのが久しぶりで、心臓がキュッと縮まった。

 

「それは……ありがとう。本当にありがとうございます! ……でもっ、私は、仲間を助けに行かなきゃいけない!」

 

 いろんな感情がぐちゃぐちゃになり。遅れた涙があふれ出した。

 くそっ……くそっ……何も変わってない。

 周りの言うとおりに動くだけで、私自身は、何の決断もできなかったじゃないか……

 

「ほら、到着だよ和奈。まずは話を訊こうか。ほら、涙を拭いて、友達との感動の再会だよ」

 

 いつの間にか、私の両足は地面についていた。

 私はぼやけた視界で、ふらふらしながら顔を上げた。

 

 

「和奈……!?」

「かずっち!」

 

 クラスメイトの、4人がそこにいた。

 雅遥香(みやびはるか)小野優香(おのゆうか)神田美冬(かんだみふゆ)佐倉菜乃葉(さくらなのは)……

 

「和奈っ、久しぶりっ……ずっと会いたかった!」

「無事で良かった! ほんとに良かったよー!」

「大丈夫、つらいことがあったの?」

 

 女の子4人に、一気に飛びつかれて。私は地面に座り込んでしまった。

 

「みんな……久しぶり……」

 私は、力なく、言葉を返す。

 さぁ、ほんとに、これからどうしよう?

 神様がいるなら、助けてほしいよ。

 

 ぼんやりと見上げた空には、黒い竜の群れが、3つの輪を作ってぐるぐると飛んでいた。

 

 疲れた。夢なら早く覚めて欲しい。

 力尽きて気絶できたら、どんなに楽だろう。

 

 しかし、私はまだ歩ける。

 まだ頑張れる。頑張らなきゃいけない。

 だから、もう、仕方がないね。

 

 早く、リリィちゃんの元へ帰らなくちゃ。

 早く行宗を助けなくちゃいけない。

 

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