クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

31 / 103
二十六発目「(いつわ)りの告白(こくはく)

 あれから22年が経った。

 私はガロン王国軍フェロー地区駐屯部隊、中隊長となっていた。

 今年で32才の独り身である。

 

 私は王国の兵として、獣族との戦争に身を捧げてきた。

 私の原動力は、響香(きょうか)を殺された恨みであった。

 戦争は激しさを増し、昨日まで同じ釜の飯を食べた仲間が、死に絶えてゆく日常だった。

 しかし、戦争の終止符は唐突に打たれた。

 

 ガロン王国の国王ーーガルマーンが、獣族奴隷の解放を、宣言したのだ。

 それは、獣族の独立自治区を認め、互いに不可侵条約を守るというものだった。

 

 その協定は決して平等ではなく、獣族達を土地の痩せた地域に追いやるものだった。 

 だが、約束された平和と奴隷の解放宣言に満足する獣族も多く。

 獣族反乱軍は勢力を失っていき、戦争は終わりを告げた。

 

 この22年間、私は沢山のものを失った。

 仲間を失い、獣族皆殺しの夢も失い、残ったのは惰性だけ……

 今日も国境の近くで、国境を越えた獣族達を処分している。

 

 

 

 

 

 

 

誠也(せいや)さん、なんであんな可愛い子を殺しちゃったんですかぁ!! 目をつけてたのにぃ!!」

 

 悲しそうな叫びで、私の部屋に飛び込んできた若者は、私の部下のギルアだ。

 基本的に、獣族の罪人に人権はない。

 よってギルアのように、獣族の罪人を、性奴隷として欲しがる者も多いのだが……

 

「アイツは立派な女戦士だった。恥を晒すよりも死を選ぶヤツだった。ならば応えるのが礼儀だろう」

 

 私は、バカな部下にそう言った。

 私には、獣族の言葉は分からない。

 だが彼女の瞳を一目見て、信念の大きさぐらいは分かったのだ。

 

 今日つれて来られた獣族の女戦士は、勇敢な目をしていた。

 痣だらけで泥だらけ、裸に()かれてなお、彼女の目は死んでいなかった。

 ボロボロの姿で、鋭い眼光で(にらみ)みつけてきたのだ。

 

 私には、その勇敢な女戦士を、それ以上(はずかし)めることは出来なかった。

 だから、その場で殺してやったのだ。

 私も、戦士としての礼儀を持って。

 

 

「えぇぇ? 戦士といっても罪人ですよ? 殺しちゃあもったいないじゃないですかぁ! まだ若くてピチピチの女ですよ!? 一回くらい使わせて欲しかったのにぃ!!」

 

 私の部下――ギルアは、涙を浮かべた顔で、私を非難した。

 やはり彼女を、性奴隷として飼いたかったようだ。

 

 王国の法律では、女性を無理やり犯す事は、禁止されている。

 ただし、獣族の罪人にだけは人権はない。

 つまり、どんな仕打ちをしても構わないのだ。

 

 まあ罪人といっても、王国の領土に足を踏み入れた時点で罪人となる。

 「脱出者」と言った方が、正しいかもしれない。

 

 脱出者のほとんどは、テロリストだ。

 独立自治区の貧しさに不満をもち、王国にテロを目論む獣族達だ。

 獣族戦士のほとんどは男である。

 もちろん女戦士もいるにはいるが、容姿端麗な女戦士なんてなかなかいない。

 脱出者として次に多いのが、獣族の土地を追放された者だ。

 獣族の社会での、軽罪人や身体障害者、社会不適合者。

 いわゆる嫌われ者たちである。

 男をみても女をみても、ほとんどが死んだ目をしていて、魅力的とは程遠い。

 

 一方で、今日捕まえた女戦士は強く気高く、瞳には強い信念が宿っていた。

 獣族が憎い私だが、信念のある獣族に対しては、ある程度の尊敬の念を持っている。

 しかし……

 

「お前は、(けもの)なんぞに興奮するのか?」

 

 私にとっては、獣族との性○為など、考えただけで吐きそうなのだが。

 獣臭い、汚い、頭が悪い。

 気持ち悪い、言葉が通じない、すぐに引っ掻いてくる。

 お金を積まれたってお断りだ。

 

「そういう事は、愛する女性とするものだろう。

 大嫌いな獣との、殺意を向けられながらの行為なんて、どこが良いんだ?」

 

 そうだ、セ○クスとは、女の子と愛で繋がる行為である。

 響香(きょうか)としたみたいな、甘くて幸せな時間……

 

「それが良いんじゃないですか~! 屈辱感と羞恥にゆがんだ泣き顔をながめながら、好き放題にもてあそぶ、最高でしょう!

 優越感というか、支配している感じが気持ちいんです。

 俺は女の泣き顔が大好きなんすよ〜。分かりませんか~?」

「分からんな」

 

 ギルアは、ふざけた口調でケラケラと笑った。

 何がおかしいのか分からなかった。

 本気で言っているのか、冗談なのかも分からない。

 しかし、私の意見は一つである。

 女性が可愛いのは、泣き顔なんかじゃない、笑顔に決まっているだろう。

 私は響香(きょうか)の、向日葵のような笑顔が好きだ。

 

「そんなこと言って〜。誠也(せいや)さんはシタ事ないでしょう。

 獣族だってナカミは人間と同じですよ〜 しかも何をしても犯罪にならない、最高ですよね〜! あ、まさか誠也(せいや)さんって童貞なんですか? 女性の気配もないですし。良かったら俺の女を貸しますよ?」

 

 ギルアは、そう続けた。

 私はまだ結婚しておらず、彼女もいない。

 それどころか、10才の頃に響香(きょうか)が死んでから。 彼女なんていた事がない。

 もちろん、惚れかけた事はあった。告白されたこともあった。

 しかし、響香(きょうか)の代わりになる女性には出会えなかった。

 あの日以来、私の想い人は、西宮響香(にしみやきょうか)だけだった。

 今でも響香(きょうか)を愛している。

 記憶に刻まれた13才の彼女が、私のお嫁さんだった。

 

「必要ない。お前も仕事に戻れ。 この頃、反乱軍の動きが活発化している。

 今日の女戦士は口を割らなかったが、何か隠している様子だった。 

 近いうちに、大きな戦いになるかもしれない」

「了解ッス。俺も次の出会いに期待します。

 あ、でも、最初に俺が可愛い子を捕まえたら、俺のものですからね?」

 

 ギルアはニッコニコの笑顔で、部屋を出ていった。

 扉が閉められて、駐屯基地の自室に、シンとした静寂がおとずれる。

   

 ギルアは掴みどころのない男である。

 ずる賢くて戦略家であり、戦闘術も優れているのだが。

 腹の底がよめないというか、何を考えているのか分からない。

 発言の全てが冗談に聞こえるのだ。

 まあいい。

 

 私はまた、机に座りなおした。 

 そして、コーヒーを口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早朝。

 近くの村が、獣族の部隊に襲われたという情報が入った。

 死者46人 負傷者67人。

 ここまでの大きな被害はいつぶりだろうか。

 村の警備たちは全滅したらしい。

 

 現場に駆けつけた時には、時すでに遅し。

 獣族は去った後で、村は火で全焼して、焼け野原となった後だった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁ!! なんで守ってくれなかったのっ!? 何のためにあなた達がいるのよっ!! 娘を返せェェ!!」

 

 救助した女性に、ブン殴られた。

 半狂乱となって私に襲いかかる女性を、部下達が抑えつける。

 地獄絵図だ。

 母を失った子供に、手足を失った負傷者。

 夢や命を奪われた人たち。

 戦争の時には、日常だった景色だ。

 私にとっては見慣れたものだが、15年以上前のことだ。

 戦争を知らない若い部下は、ボロボロと涙を流していた。

 

誠也(せいや)さん、自分には我慢できないです。 どうして国王は、攻め込む許可を出してくれないんですか!?

 おかしいですよ! こっちは一方的に攻撃を受けているのに、獣族の領土に入ることは禁止されているなんて」

 

 女軍人ーー私の部下の(すず)は、悔しい涙を浮かべて、拳を震わせていた。

 気持ちはよく分かる。

 私達は不可侵協定で、獣族の領土に入ることは禁止されている。

 

「それが法律だ。

 獣族の領土には、戦いを望まずに平和に暮らす獣族もいる。

 ……戦う意志のない者を殺せば、また戦争が始まってしまう」

「ですが! こんな事が許されて良いんですか!? 私たちの仕事は民を守る事です! 何が不可侵協定ですか!? こんなの偽りの平和です!」

 

 (すず)は、幼い顔を涙で歪めて、悔しさを露わにしていた。

 軍服に似つかわしくない童顔の、優秀な軍人である。

 魔法操作も優れていて、回復術師として部隊を支えている。

 

 私の中隊は、40人余りで構成されている。

 国境付近の部隊であるため、全員が精鋭の戦士である。

 まあ、本当の戦争を知る私にとっては、ケツの青いガキばかりだが。

 

「それにっ………今日は魔力の調子が悪いんですっ……うまく回復できなくて、

 消えゆく命を、助けられなかったんです……

 自分は……何のためにここに来たのでしょうか?

 全て出遅れで、敵を追うことも出来ず、悔しさに歯を食い締めるしかできません……

 自分は無力です……」

 

 (すず)は、わぁぁぁと泣き出した。

 その場にしゃがんでうずくまり、人目もはばからずにワンワンと泣いた。

 静かな焼け野原に、(すず)嗚咽(おえつ)が響きわたる。

 

 焼け野原は森に囲まれていた。

 (すず)を、あざ笑うかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 ……魔力の調子が悪い……だと?

 

 (すず)の言葉を聞いて、何かが脳裏に引っかかった。

 同じような事が、昔にあった気がする。

 

 悪い予感がした……

 身体中の細胞が、危険信号を発していた。

 

 

 

誠也(せいや)さんっ! 後方部隊が到着しました!

 魔力探知機もあります。これで生存者を探せます!」

 

 突然の背中からの男声に、私は驚かされた。

 俺の後ろには、迷彩の軍服をまとった青年達が20人ほど、敬礼で整列していた、

 

 悪い予感が高まっていく……

 魔力の調子が悪いのは、おそらく魔力場が歪んでいるのだ……

 それは、魔力場を歪ませるほどに巨大な魔力塊が、ある事を意味する。

 

 そして、恐ろしい結論に辿り着いた。

 おそらく、原因は巨大魔法陣である。

 仕掛けたのは獣族、標的は私達ーーガロン王国軍だ。

 この場に駆けつけた部隊を、殺す為のトラップだろう。

 

 私の顔が、みるみるうちに青ざめていくのが分かる。

 忘れていた。

 平和ボケをしていた、考えが甘かった。

 獣族とは、どんな卑怯な手も使う。

 平気で人を殺しにくる奴らだ。

 早く、この場を離れなければいけない。

 私のミスだ。

 部下達を巻き込む訳にはいかない。

 

「全員退避(たいひ)!! おそらく巨大魔法陣だ!! 私達はおびき出された!!」

 

 私は叫んだ。

 だが遅かった。

 キィィィィンという音がなり、

 村全体を覆い尽くす巨大魔法陣が、大地に姿を現した。

 後方部隊が集まるタイミングを狙われたようだ。

 もう逃げられない。間に合わない。

 

「間に合わないっ!! 足元(あしもと)を固めろっ!」

 

 私は、叫んだ。

 地面に向かって【土壁(アースウォール)】スキルを連呼する。

 足元から守るように、何十もの岩石の壁が生成される。

 

 だが、規模が大きすぎる……

 魔力場の歪みのせいで、魔力が上手く発動しない。

 私は、必死に詠唱を続ける。

 私の不注意で、部下の命を奪うなど、あってはならない事だ。

 

 そして、視界を白い光が覆い、身体中が熱に包まれる。

 痛い、痛い……痛すぎる。

 身体が溶けていって、

 

 大爆発が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……せ……せいやさん……せいやさんっ!!」

「……あ……」

 

 (すず)の声で、私は目を覚ました。

 身体中が痛くて、すぐに立てそうになかった。

  

「【回復(ヒール)】っ!! 【回復(ヒール)】っ!!

 誠也(せいや)さん!! 起きて下さいっ!!

 このままじゃ、皆死んじゃいますっ!!」

 

 どうやら私は、仰向けで倒れているようだった。

 目の前には、心配そうな顔の(すず)がいた。

 遥か高い青空が眩しい。

 周囲からは、戦闘音が響いていた。

 (すず)は私を起こそうと、必死で肩を揺すってくる。

 

「獣族ですっ! 獣族の襲撃ですよっ!! 

 一緒に戦いましょう! やっと復讐ができるんですっ!

 起きてください誠也(せいや)さん!!」

 

 私は(すず)に手を引かれながら、フラフラと立ち上がった。

 30人以上の、私の部下達は、ほとんどが即死したようだ。

 巨大魔法陣の爆破を喰らい、肉塊へと姿を変えていた。

 獣の咆哮が響き渡る。

 ざっと50匹以上の獣族達が、満身創痍の私達を包囲していた。

 

 また、部下達を失ってしまった。

 すべて私のせいだ。

 震えるほどの後悔が押し寄せてくる。

 

誠也(せいや)さん! 私達の敵が目の前にいます! やっと、思いっきり戦えます!! ずっとこの時を待っていました! 皆殺しにしましょう!!」

 

 私はハッと顔を上げ、(すず)を見た。

 (すず)は、目を血走らせて笑っていた。

 こちらの戦力は、ほぼ壊滅している。

 人数差では、圧倒的な不利だ。

 しかし、(すず)の目は輝いていた。

 

 (すず)は、昔の私にそっくりだ。

 愛する存在を失い、恨みと復讐心だけで生きているのだ。

 どんなに不利な戦でも、命尽きるまで戦い続けるのだ。

 ただ、獣族への殺意だけが、彼女の原動力だ。

 

 そして、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 敵は、全滅した。

 50匹以上いた獣どもは、全て死体となって、焼け野原にひれ伏している。

 すべての獣どもを殺戮し、私たちは勝利した。

 決して簡単な勝利ではなかった。

 生き残りは、私を含めてたった三人だ。

 ほかの32人の部下達が、この戦闘で殉職(じゅんしょく)したのだ。

 

「……いやー。カッコよかったですねー。誠也(せいや)さん!

 俺はまさか、生き残れるとは思ってませんでしたよー」

 

 生き残りの一人、ギルアは、能天気な声でケラケラと笑った。

 仲間が死んだというのに、どういう神経をしているのだろうか?

 

「はい! 誠也(せいや)さんの殺戮っぷりは凄かったです! 自分は一生ついていきます!」

 

 もう一人の生き残り、(すす)も、返り血に塗れた顔で、尊敬の眼差しを向けてきた。

 獣族を殺戮(さつりく)した快感に浸っているようだった。

 大嫌いな獣族を殺すことができて、満面の笑みである。

 仲間の死なんて、忘れてしまった様子だ。

 

「とりあえず顔を洗え、可愛い顔が台無しだぞ」

 

 私は、(すず)に冗談を投げた。

 血まみれの顔を見るのは、いい気分ではない。

 

 ギルアも(すず)も、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、獣族を殺す人間だ。

 だから戦いで生き残れた。

 同様に私も、獣族を殺す事に躊躇(ためら)いはない。

 (いくさ)で生き残れるのは、戦闘狂と臆病者だけである。

 

 

 

 

 

「可愛いだなんて……そんなっ……!!

 ……あの、真面目な話なんですが、誠也(せいや)さん。

 ……私と結婚してくれませんか?  正直、惚れました‥…」

 

 (すず)は、突然真剣な顔つきになり、私の手を握ってきた。

 は?

 結婚だと? 

 このタイミングで?

 何を言っているんだ?

 

(すず)? 何の冗談だ?」

「大真面目ですよっ! 私は誠也(せいや)さんに惚れたんです! 誠也(せいや)さんとなら幸せになれると、確信したんです!!」

 

 私は呆気にとられて、まじまじと(すず)の顔を見た。

 (すず)はまっすぐに私を見つめて、返り血よりも赤く(ほお)を染めていた。

 瞳の中にハートが浮かんで見える。

 鈴の私に向ける行為は、どうやら本物のようだ。

 

 正気か……この女……

 もちろん(すず)は、顔も可愛くて仕事も出来る、信頼できるパートナーだ。

 しかし、どこか頭のネジが飛んでいるのだ。

 さらに天然である。

 自分の価値観のあり方を、疑うことすらしないのだ。

 

「いや……ちょっと考えさせてくれ……

 ………なあ(すず)、私のどこに惚れたんだ??」

「どこって、全てですっ!! か弱い自分を守る男らしい姿! 悪い獣族を殺してまわる姿! あなたの全てが、私を(とりこ)にしたんです! どうですか誠也(せいや)さん!? 私の旦那さんになりませんか?」

 

 (すず)はまるで暗殺ミッションのように、私の身体に密着してきた。

 欲情の視線をぶつけられて、私は思わず目を逸らした。

 鼻息が荒い、おっぱいを露骨に当ててくる。

 私は(すず)に対して、恋愛感情は持ち合わせていないのだが、

 興奮してしまった。不可抗力だ。

 

「あちゃー。ダメっすよー。誠也(せいや)さんはカタブツですから〜 (すず)さんみたいな肉食女じゃ()とせませんって〜」

 

 頭の後ろで手を組みながら、ギルアがケラケラと笑っていた。

 ピリッと、緊張が張り詰める感覚がした。

 殺気だ。

 (すず)がギルアを睨みつけ、殺気を放っていた。

 

「お~こわいこわい。(すず)さーん!そんな顔しちゃ誠也(せいや)さんに好かれませんよ〜!

 早く帰ってご飯にしましょうよ〜! きっと報酬も破格ですよぉ。 

 なにしろ獣族部隊の全滅ですからね~! 特に誠也(せいや)さんは大活躍でしたから、大金が貰えそうです〜! 良かったですねぇ、何に使うんですか〜?」

 

 ギルアの問いに、私は首をひねる。

 今回の報酬は、かなりの大金が貰えるだろう。

 なにしろ50人規模の獣族部隊を、全滅させたのだ。

 ここまで大きな戦いは、戦後では片手で数えるほどしかなかった。

 報酬を貰ったら、なにに使うべきだろうか……

 考えてみたが、分からなかった。

 私にはもう、夢がなかった。

 やりたい事も、やるべき事もなかったのだ。

 

「分からんな……。貧しい子供に配るかもしれん……」

 

 私はそう言った。

 すると、(すず)の両手が伸びてきて、俺の顔面が両側から掴まれた。

 そして無理やり、(すず)の顔と向き合わされた。

 

「目を逸らさないでくださいっ! 私は本気です! あなたの事を、誠也(せいや)さんを愛しているです! 

 逃しませんよ! プロポーズの答えを聞くまで、手を離しませんから!!」

 

 (すず)は、怒ったような泣きそうな顔で、俺を睨めつけてきた。

 (すず)の両手がプルプルと震えているのが、頬っぺたを通じて感じられた。

 どうやら私は、逃げられないようだ。

 もしプロポーズを断れば、殺されそうなほどの迫力がある。

 (すず)は真剣だった。

 私はきちんと、返事をしなければならない。

 

(すず)……私は………」

 

 

 

 

 

 グサッ……

 

 

 

 

 私の言葉は、そこで途切れてしまった。

 お腹に、死ぬほどの痛みを感じたからだ……

 

「がはっ………!」

 

 (すず)が、真っ赤な血を吐き出した。

 

 

 

 

 

 私のお腹には、金属の棒が貫通していた。

 その金属棒は血に染まり、真っ直ぐに前方に伸びていて、

 (すず)のお腹へと突き刺さって、背中の向こうへと貫通していた。

 一本の金属棒が、向かい合う二人のはらわたを貫通して、私達の内臓を冷たく繋げていたのだ。

 

 視界の輪郭がグニャリと歪む。

 焼けるような痛みが身体中を支配する。

 

 その金属の棒を、私は知っていた。

 王国産の金属槍である。

 猛毒のついた特別製だ。

 今回の戦いでも活躍した。私の部下の得意武器だ。

 

「……どういうつもりだ? ………ギルア!?」

 

 私はかろうじて声を出した。

 既に声は掠れていた。 

 出血が酷い、毒がどんどんと体を蝕んでいく、

 

 (すず)の後ろには、ギルアが立っていた。

 ギルアが、猛毒の金属槍を握っていて

 (すず)と私の腹部を、仲良く貫通させていた。

 

 お腹が割れるように痛い。

 頭がガンガンと殴られるようだ。 

 腹部の風穴から、血がドバドバとあふれだす。

 

「いやー。すいませんねー誠也(せいや)さん。 

 俺、考えたんです。そしたら気づいちゃったんですよ〜。

 あなた達を殺したら、俺が報酬を独り占めに出来るじゃないですかぁ!

 そうなれば俺は大出世ですよ〜! 中隊長も夢じゃないッス! 念願の贅沢生活ですよ〜!! もう二度と、貧しい思いをしなくていいんっス!

 そういうことで、すいません誠也(せいや)さん! 俺の幸せの為に、(すず)さんと一緒に死んでくださいっ」

 

 ギルアは、いつもの調子でケラケラと笑っていた。

 私は正気を疑った。

 ギルアの言葉の意味が分からなかった。

 

 なぜ私達を刺したのだ?

 私と(すず)は、何の為に、死ななければならないのだ?

 

 

 

 

 

「じゃあそういう事で、俺は失礼しますよー。

 誠也(せいや)さんと(すず)さんは、王国のために立派に戦って、戦死したと報告しておきますねー。 

 今までお世話になりましたー! 天国でまた会いましょう〜!」

 

 ギルアは能天気な声で、鼻歌を歌いながら、山道を去っていく。

 待て…待てよ……

 ……言葉が出なかった。

 信じられない。

 私にはギルアという人物が、とてつもなく恐ろしい生き物に見えた。

 お前は、人の心を持ち合わせていないのか?

 一体何を考えているのか?

 

 私は立っている事が出来ずに、(ひざ)から崩れて背中に倒れ込んだ。

 私にしがみついていた(すず)も、引っ張られるように、私の胸の中へと倒れ込んでくる……

 

「……(すず)……すまない……」

誠也(せいや)さん、私は死ぬんですか……?」

 

 (すず)は汗びっしょりで、血まみれ姿で、

 私の胸の上で、浅く息をしていた。

 猛毒が身体中を侵していく。

 私も(すず)の命は、もってあと数分……

 

「死ぬのが怖いか?」

 

 私が尋ねると、(すず)は弱々しい声で、ふふふっ、と笑った。

 

「ぜんぜん、こわくないですよ…。だいすきな人と一緒に()けるなんて、しあわせじゃないですか……」

 

 (すず)は、心の底から安心したように、かすかなため息をついた。

 

(すず)はやはり、普通じゃないな……」

 

 私はそう返事した。

 (すず)の持つ価値観は、やはり(いびつ)だと思う。

 普通の人間は、死は恐怖の対象だ。

 私だって、死ぬのは恐ろしい。

 (すず)とは違って、生きる意味なんて失っているというのに、死にたくないのだ。

 

「……え? それって……私が特別ってことですか? 

 ………私のことが、すきってことですか……?

 おしえてくださいっ……へんじをきくまで……てをはなしませんから……」

 

 (すず)は弱々しく、私と手のひらを重ね合わせた。

 (すず)の声は、ほとんど消えそうだった……。

 私の意識も消えかけていた。

 このまま私達は、穏やかに死んでいくのだろう。

 私は小刻みに震える唇を、なんとか開いた。

 

「……あぁそうだ。私にとって(すず)は特別だ。

 大切な存在だ。死んで欲しくない仲間だ。

 私は、お前が好きだ……」

 

 ………大切な、仕事仲間として。

 

 そう続けようとして、やめた。

 (すず)のかすかな笑い声が聞こえたからだ。

 私は嘘をついてしまった。

 ちいさな(すず)の、幸せの音を、(にご)したくなかった。

 

「よかった……」

 

 幼くて可愛い(すず)は、弱々しく鳴った。

 それを最後に、その(すず)は鳴ることはなくて、

 愛しあう男の胸の中で、幸せにつつまれながら、静かに息をひきとった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。