クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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六十八発目「飛べない鳥」

 

 俺とフィリアとマナトは、七人分だったはずの荷物を抱えて、三人でひたすら森の中を歩いた。

(もちろん、食糧分は荷物を減らして)

 

 コンパスを頼りに、草木を掻き分け、獣族独立自治区を目指した。

 一時間も立たないうちに、俺達は森を抜けて立ち尽くした。

 目の前には、驚くべき光景があった。

 

「………―――!?」

 

「……こりゃ、ひでぇな……」

 

 川沿いに家屋が立ち並ぶ美しい街、ガロン王国ギラギース地区の人口密集地。

 ……だったはずの場所は、瓦礫まみれの焼け跡になっていた。

 

 そう、俺達がマグダーラ山脈に行く途中に空中で出くわした、黒竜の群れの襲撃による被害である。

 

 五日前くらいだっただろうか?

 深夜、空を飛んで川を渡ろうとしたとき、黒竜の群れがギラギースの街が襲撃していたのだ。

 空にいた俺達も黒竜の襲撃を受けて、やむなく戦闘に突入したのだった。

 あの夜、この街は、ところどころで火事が広がっていた。

 もう、ずいぶんと昔のことのように思える。

 

「……オレはずっと気絶してたから、全く記憶にないが、外はこんな惨劇になっていたのか……」

 

 俺達三人は、思わず息を飲みこんでいた。

 

 瓦礫まみれの街のなかを、ガロン王国軍の軍服が何人も飛び回っていた。

 救助活動を続けているのだろうか?

 

 そして街の奥へ目を凝らして見ると、大きな川をまたいで対岸のフェロー地区へ繋がる橋に、大量の人がごったがえしていた。

 新しく泊まる場所を求めての移民だろうか?

 目の前に広がる光景は、災害時のように慌ただしく、ところどころ騒がしかった。

 

 

 

「……歩いていけるのはここまでかな。

 この川を越えるには、やはり空を飛ぶしかないか……」

 

 俺はそう口を開いた。

 

「少し待っててくれ、賢者になってくる」

 

 俺はそう言い残し、草むらの影に隠れてズボンを下げた。

 

 ……やはり、この街や大きな川を越えるには、空を飛ぶしかなさそうだ。

 獣族であるフィリアやマナトを連れて、人間だらけの街を突っ切るなんて、いくらなんでも危険すぎる。

 二人が獣族だということが知られれば、すぐに捕らえられて、処刑されてしまうだろう。

 

 ……ズボンを下げて、ふと首を傾げた。

 

 あれ? オ◯ニーって、どうやるんだっけ??

 

 そんな疑問をもった自分に、強烈な違和感を感じていた。

 

 ……そうだ、手を上下に動かすんだ……

 

 不安に駆られるように、俺は手を動かした。

 でも……

 

 あれ……? あれ? あれ……?

 

 いっこうに膨らまなかった。

 

 どうして、だろう……?

 

 あぁ、そうか。

 

 そういえば俺は、オ◯ズがないと、オ◯ニ―できない人間だったじゃないか……

 

 俺は想像するのが苦手だから、スマホやパソコンで検索して、それを見ながらじゃないと興奮できない人間なのだ……

 でも、そうだ、唯一ひとり。

 新崎直穂(にいざきなおほ)……

 直穂(なおほ)のエッチな姿だけは、何故だか脳内で鮮明に想像できたんだ……

 彼女しかいないんだ。

 俺が脳内だけで想像できるのは、直穂だけしか……

 

直穂(なおほ)……」

 

 今はもう傍にいない、彼女の名前を口に出した。

 

直穂(なおほ)……直穂(なおほ)……」

 

 全身が震えはじめ、手先がプルプルと震えて、俺の目から涙がポロポロと溢れはじめた……

 

 だめだ……だめだだめだだめだ……

 

「辛い…… なんで、いなくなっちゃったんだよぉ……」

 

 頭のなかで彼女を想像するたびに、昨夜の彼女を思い出すたびに、涙が溢れて止まらなかった。

 

「……う、うぅぅ……うぁぁあぁあっ……!」

 

 そして俺は、みっともなくすすり泣いた。

 でも、左手を止めるわけにはいかなかった。

 もう、オ◯ニ―どころじゃなかったけれど

 ……それでも俺は、賢者にならないといけないんだ!

 

「……フィリアとマナトを、川の向こうに届けないといけないんだっ……!」

 

 心が壊れそうになりながら、ちっとも興奮しないまま、ただがむしゃらに手を動かしていたとき……

 俺の背中が、温かい感触に包みこまれた。

 

「……もういい、無理するな。行宗(ゆきむね)……」

 

 フィリアの声だった。

 フィリアがうずくまる俺の背中を、後ろから抱きしめてくれて、

 俺の左手に、やさしく手を置いてくれた。

 

「……俺は、賢者にならないと、駄目なんだ……

 川の向こうで、和奈(かずな)たちが俺達の帰りを待ってるから、

 一刻も早く、帰らなくちゃいけないのにっ!!」

 

 直穂(なおほ)から頼まれたんだ。

 「浅尾和奈(あさおかずな)をよろしくお願いします」って。

 

 俺は声を荒げた。

 ほとんど不甲斐ない自分に対する怒りだった。

 

 フィリアは俺の背中を優しくさすり続けていた。

 

「……オレが、オ◯ズになってやろうか?

 行宗(ゆきむね)の好みかどうかは分からねぇけど、オレにだって、胸くらいはついてるから……」

 

 そんなフィリアの言葉にたいして、俺はまた怒りを覚えた。

 

「バカ言うな、できるわけないだろうが?

 ……直穂(なおほ)と、誠也(せいや)さんに、殺されちまうよ……」

 

 フィリアを性的な目で見るなんて、できない。

 絶対にしてはいけない。 

 

「……はは、まぁな。……冗談だよ……」

 

 フィリアは力ない投げやりな声で言った。

 

「……でも、現実問題。どうやってあの川を渡るんだ?」

 

 フィリアにそう言われて、俺も言葉を詰まらせた。

 ない……

 空を飛ばずに、正攻法であの川を越える方法なんて、思いつかない。

 

 大きな川を繋ぐ橋はいま、例外なく多くの人間達でごったがえしているのだから……

 

 

 ガサ……

 

 そんな時、マナトも俺たちのほうへ、草むらへと踏み入ってきた。

 そして、

 

「……―――………」

 

 なにか獣族語で、フィリアに向かって話しかけた。

 

「……なに? 地下通路がある、だと??」

 

 フィリアの驚いた声に、マナトは頷いて肯定した。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 マナトいわく、ギラギース地区とフェロー地区に挟まれた川を渡る方法は、橋や渡し船以外にも存在するらしい。

 それが"地下通路"であると。

 

 ”地下通路”の存在は、王国軍には知られていない裏社会の極秘情報らしい。

 

 マナトやニーナやヨウコを屋敷から逃がした男の子――蘭馬(らんま)くん

 その男の子が、父親の書斎を探って知り得た情報だそうだ。

 

 

 ”地下通路”は、闇商人や盗賊団の移動経路として、おもに"獣族奴隷の流通ルート"として使われているらしい。

 

 ガロン王国の法律では、獣族奴隷の所持は表向き禁止されている。

 しかし、マナトやヨウコやニーナが捕まっていた”屋敷の貴族”は、国に内緒で、盗賊団や裏社会と繋がりをもっていた……

 秘密裏に獣族奴隷を入手するルートを所持していたそうだ。

 その一つが、川の底をつなぐ"地下通路"、だということだ。

 

「信用できるのか? その蘭馬(らんま)という人間の話を?」

 

 俺は二人に尋ねてみた。

 

 

「オレは、数時間一緒に居ただけだが、蘭馬(らんま)は正義感の強い男の子だった。

 蘭馬(らんま)が、マナトたちを檻から出して逃がそうとしたことも、善意なんだとオレは思う」

 

 フィリアがまず答えた。

 フィリアは俺たちと出会う一周間ほど前のこと、

 誠也(せいや)さんと二人きりでマグダーラ山脈を目指していたときに、

 森で怪我をして迷子になっていた蘭馬(らんま)くんと出会ったらしい。

 

 誠也(せいや)さんとフィリアは、蘭馬(らんま)くんの足の怪我を治療して、大きな街の近くまで彼を案内してあげたそうだ。

 蘭馬(らんま)くんは、獣族でありながら人間の自分をたすけてくれたフィリアに心を打たれて、

 自分の屋敷で酷い目に合わされている獣族達に、心を痛めてしまった。

 

 そして、約1週間後。

 

 その夜は俺達がちょうど、ヴァルファルキア大洞窟からリリィさん達と脱出して、王国軍に殺されそうになっていた誠也(せいや)さんとフィリアを救出したのと同じ夜……

 

 蘭馬(らんま)くんは屋敷に捕まっていた獣族の檻を開けた。

 ニーナやヨウコやマナトたち家族を、独立自治区まで逃がそうとしたのだ。

 

 でも……

 

 ここからは、マナトたち獣族三姉妹が語った内容であるが、

 逃亡作戦は、上手くいかなかった。

 

 その夜は運悪く、王国軍の警備がいつもの何倍も厳重だったそうだ。

 

(その理由は、”マグダーラ山脈から神獣マルハブシが山を降りて、フェロー地区に向かっている最中だったから”だろう。

 結局その夜、"神獣マルハブシ"は、王国軍に捕らえられたフィリアに襲いかかる直前で、浅尾和奈(あさおかずな)の【剛脚(スチルキック)】や俺の素手パンチに食らい、盲目少女ユリィの閃光の一撃で消し飛ばされる運命にあったのだが……)

 

 マナト達家族が、夜が更けて街の警備が緩むのを待つ間、

 食糧を盗みに行った父親はなかなか戻って来なかった。

 マナトとヨウコとニーナは母親と共に、何時間も父の帰りを待ったのだが、夜も空けそうになる頃、ついに母親の判断で、父親を見捨てて"地下通路"を目指す決断をした。

 

 しかし、地下通路へ向かう道中、王国軍に出くわしてしまい。

 先行して偵察していた母親は惨殺されてしまった。

 

 すぐ後ろで身を潜めていたマナト達獣族三人姉弟は、父を失い母を失い、泣く泣く川越えを諦めて、森の中へと入り込んだ。

 

 三人は、山のなか遭難しそうになりながら、奇跡的にあの"温泉宿"にたどり着いたらしい。

 その温泉宿の裏口を、家にすることを決めたのだった。

 

 そのさらに一週間後。

 つまり昨日のこと。

 マグダーラ山脈の帰り道の温泉宿にて、俺たちは、ニーナ、ヨウコ、マナトの獣族三姉弟と出会うことになる。

 

 

 

★★★

 

 

 

「これが、地下通路か……」

 

 人が通れるほどの縦穴。

 ハシゴを掛けられた闇に向かう穴を覗き込みながら、フィリアが呟いた。

 

 町はずれの立ち入り禁止の廃墟のなか、

 マナトの案内によって、俺たちは"地下通路"の入口にたどり着いた。

 

 マナトは複雑そうな表情をしていた。

 

 もしもあの夜、地下通路の入口にたどり着くことができ、川を越えられていたのなら、

 ニーナもヨウコも、死ななかったかもしれないのだ。

 まぁ、結果論だが……

 

「行こう」

 

 真っ暗な闇のなか、俺たちは金属製の梯子を降りていった。

 足をつけた場所は、トンネルのような場所だった。

 おどろおどろしい雰囲気の割には、そこまで悪臭は感じなかった。

 それはつまり、定期的に清掃されているということ。

 

「……盗賊団や闇商人に、出くわさないと良いがな……」

 

 真っ暗な地下通路のなか、俺は怖くなった。

 

「……盗賊なんかが活動するのは、基本的に夜だからな、

 こういう場所はむしろ、昼間のほうが安全さ」

 

 フィリアが小声で囁いてくる。

 

「念の為、明かりはつけずに、気配を消していくつもりだが、

 行宗(ゆきむね)はこの暗さじゃ、ほとんど何も見えないだろ?

 ……手、繋いでやる」

 

 そういってフィリアは、俺の左手を捕まえた。

 

「そういえば獣族は、夜目が効くんだっけか?」

 

「あぁ。ちゃんと見えてるから安心しろ。

 慎重にいくぞ……」

 

 カツ、カツ、カツ、

 

 俺たちは闇のなか、一歩一歩確かめるように前に進んだ。

 正直、なにも見えない。

 ざざざざざ、と遠くから水音がしたり、ピチョンピチョンと水滴が垂れて、ごごぉぉと冷風が吹き抜ける。

 その度に俺の体は震えて、全身に鳥肌が立っていた。

 必死に、声が飛び出しそうになるのを抑えこみながら。

 

 カツ、カツ、カツ、

 

 限りなく抑えた足音が、通路のなかに反響する。

 トンネルのような通路は、意外と道幅があった。

 中央には荷馬車が一つ通れる道があり、両脇には木箱や金属檻があちこちに散らばっていた。

 

 長い長い道のりだった。

 ずいぶんと歩いた気がするのだが、今、どの辺だろうか?

 

 カツ……

 

 急にフィリアとマナトの足音が止まった。

 

(??)

 

 開きかけた俺の口が、フィリアの手のひらで塞がれる。

 

(静かに……)

 

 耳元で、フィリアに囁かれて、

 道の端へと誘導された。

 

 物陰に隠れた俺たち。

 やっと俺は、進行方向から来る足音とランプの明かりを察知した。

 

 カラ、カラカラ……カラカラ……

 

 地下通路を、大きな荷馬車が向かってきていた。

 道端にしゃがみこんだ俺たちは、音を殺して、

 ゆっくりと寝袋を頭から被って、身を隠した。

 視界は完全に奪われて、もう音しか聞こえない。

 

 カラ……カラカラカラ……カララ……

 

 アレは、盗賊団か?

 それとも闇商人か?

 どちらにせよ、絶対に見つかる訳にはいかない。

 

 左手越しに、フィリアの右手の震えが伝わってきた。

 マナトが、俺の身体にしがみついて、泣きそうになっている。

 

 あぁ、頼む、頼むから……

 俺達に気づかず、そのまま通りすぎてくれ……

 

 カラ……カラカラ……カラカラカラ……

 

 

「ふぁあぁぁ」

 

 突然外から、場違いなあくび声がした。

 

「……ずいぶんとお疲れのようだなぁ」

 

 続いて、別の男の声もした。

 

「……そりゃあくびも出るもんさぁ。

 また大量に収穫できたみてぇで、王国軍の混乱に乗じて、できる限り運びだすって話だそうだが、

 まったく俺達を人として扱ってほしいぜぇ。もう三日まともに寝れてねぇよ」

 

 そんな男達の声が、荷馬車とともに近づいてきて。

 

「そりゃてめぇ、真面目すぎるんだよぉ。

 適当に手ぇ抜かねぇと続かねぇぜ? 下っ端はよ。

 ほら後ろを見てみろよぉ、荷台の獣族どもはみんな呑気に昼寝だぜ?

 今のてめぇより獣族どものほうが、よっぼど幸せそうじゃねぇかぁ!?」

 

「ぶっはっはっはぁ! こりゃ一本取られたなぁ!

 まぁ昼寝くらい好きにさせりゃいいさ、これから死ぬまで地獄をあじわうんだからよぉ!!」

 

 下衆な笑い声を上げながら、男たちは横を通り過ぎた。

 

 フィリアの右手が汗ばんで、俺の左手を強く握りしめ小刻みに震えていた。

 

 

 あの荷馬車には、獣族が乗っている。

 

 あそこに捕まった獣族たちは、川を越え、裏社会で売りさばかれて、

 どこかに監禁されたまま、これからの一生を過ごすのだろうか?

 

「………───……!」

 

 マナトが静かに、肩を震わせて泣いていた。

 

 俺がいま飛び出して戦えば、あの男たちに勝てるだろうか?

 

 正直俺は、賢者状態じゃなくてもそこそこ強い。

 俺の力なら荷馬車を襲って、あそこに捕まった獣族たちを助け出すことができるかもしれない……

 

 でも、その後は……??

 

 助けた獣族を含めて、たくさんの獣族たちを連れながら、

 異変を察して襲いかかる盗賊たちを撒き、"地下通路"を越えて、

 王国軍の包囲網をくぐり抜けて、獣族独立自治区まで、全員連れていくことは出来るだろうか……?

 

(無理だ……)

 

 どう想像しても、無理だとしか思えなかった。

 もちろん、やってみなくちゃ分からない。

 意外と上手くいくかもしれない。

 そんな事は分かってる。

 だけど……

 

 いま、他の獣族を助ける余裕なんてない。

 俺たち三人がアルム村に帰りつくことが最優先。

 気づかれなくて、良かった。

 このまま、やり過ごそう。

 

 彼らを助けたい気持ちとは裏腹に、

 当たり前のように"見て見ぬふりをする判断"をしている自分に、心底嫌気がさした。

 

 カラ……カラカラカラ……

 

 荷馬車は通り過ぎて、そして闇に消えていった。

 

「行こう……」

 

 フィリアの声は震えていた。

 

「アルム村に、帰るんだ……」

 

 俺たちは静かに立ち上がり、

 再び前へと歩き出した。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 地下通路を越えて、フェロー地区へと踏み込んで、

 地上に出た俺たちは、また森の中へと歩き出した。

 

 

 

★★★

 

 

 

 真夜中の森。

 とっくに日は沈み、闇のなか、

 俺たちは休むことなく山道を進んできた。

 

「あと……少しだ……」

 

 自然と足が早くなっていく。

 疲労なんか忘れて、俺たちは無我夢中で走り出した。

 

「やっと、帰ってこれたっ……!」

 

 獣族独立自治区の外壁が見えた。

 間違いない。六日前、俺たちが出発した場所だった。

 

「あ、ぁあ、あぁ……」

 

 フィリアは、歓喜きわまって涙を流していた。

 

 俺たちはついに、獣族独立自治区まで、たどり着いたのだった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「……──……、……──……──…─!?」

 

 外壁の上から、聞き覚えのある男の子の声がした。

 

「……ジルク!?

 ずっと、オレ達を待ってたのか!?

 いま帰ったぞ!!

 マグダーラ山脈からあらゆる薬を持ってきた!

 ……これでっ! 父さんの命は助けられる!!」

 

 フィリアは壁の上のジルクに向かって、満面の笑みで手を振った。

 ジルク──彼はフィリアにとっての弟弟子(おとうとでし)である。

 フィリアの父"小桑原啓介(こくわばらけいすけ)"に憧れて弟子入りし、フィリアの家に住み込みで一緒に医者の勉強をする仲らしい。

 ジルクは自尊心が高く、少し前までは、兄弟子であるフィリアを敵視して、いつも口喧嘩が絶えなかった仲だそうだが、

 俺たちがフィリアを救出した後、気絶したフィリアに飛びついてキスをしたのもこのジルクである。

 つまりジルクは分かりやすく、兄弟子であるフィリアに恋している。

 

 

「……──……─………!」

 

 ジルクがまた大声で叫んだ。

 しかし俺には、その声は、フィリアの帰郷を喜ぶ声には聞こえなかった。

 もっと切羽詰まった。胸騒ぎのする、そんな叫び声だった。

 

「な……なにを、言ってる? 冗談だよな、ジルク……」

 

 フィリアの表情が、またたく間にひきつった。

 俺には、獣族語の会話は分からない。

 でも……なにか大変なことが……

 

「……父さんが……危篤(きとく)状態だって……?

 どうして……嘘だ……

 余命はまだ、じゅうぶん………」

 

 ガクン、とフィリアが地面に膝を落とした。

 そして、地面に俯き、肩を震わせてうなだれていた。

 

「……やだ……いやだ……そんなのやだ……

 ……父さんまで居なくなったら、オレは、何のために……

 いや……オレが、治すんだ……

 オレは、一人前の医者なんだ……」

 

 フィリアは目の焦点が合っておらず、完全に死んだ目でしゃがみこんでいた。

 俺はそんなフィリアの手を取った。

 

「……あぁぁ、ううぅ……ううぅぅ……!」

 

 俺は、赤ちゃんのように泣き続けるフィリアを背負いあげて、言った。

 

「しっかりしろフィリア! 立って! 今すぐ父さんに会いにいくぞっ!

 まだ間に合うんじゃないのか!? まだ終わっていないっ! 諦めんなフィリア!

 かならず助けるぞっ! お前ならできるだろうがっ!」

 

「ぅうぅううっ、あぁああああぁあっ!!」

 

 泣きわめくフィリアを背負いに、網ハシゴに足をかけて登り、壁をのり越えた。

 獣族独立自治区へと、足を踏み入れる。

 

 降り立った場所には松明が灯り、十人ほどの獣族たちが俺達を待っていた。

 それぞれ早馬にまたがりながら。

 

 俺たちは息をつく暇もなく、荷物をほかの馬にあずけて、騎手の背中にしがみつき、

 夜の闇のなかを、一目散に走り出した。

 十頭ばかりの馬たちで、アルム村へ向かって、全速力で向かっていく。

 

 早く着け、早く着け……

 フィリアも俺も、心のなかでそう念じるしかなかった。

 

 もしも俺が賢者になれたら、もっと早くフィリアを届けられるかもしれないけれど、

 今の俺は、とべない鳥だ。

 俺は、賢者に、なれない……

 

 アルム村の崖の中腹、ぽつんと立つ小さな診療所。

 

 そこに、フィリアの父親小桑原啓介(こくわばらけいすけ)と、俺たちの友達浅尾和奈(あさおかずな)が、待っているはずだから。

 




【あとがき】告知!!

ハーメルンにて、「【R-18版】クラス転移した俺のスキルが、【マスター〇ーション】だった件」を投稿しました。

「六十六発目「零れた朝露、蜜の残り香」【裏】
 ギルアとの死闘を終えて、第五膜のラスト。

 本編ではカットした、行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)の濡れ場シーンを、成人向けに丁寧に描きました!

 18歳未満の読者は、残念ですが読めません!

 直接リンクは貼れないので、読みたい方は、私の活動報告の告知ページから飛んでください! ♥️が目印です!!
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