クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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更新遅れてごめんなさい!
 大学忙しかったり、うつ病になってたり、コロナに罹ったり、友達関係でトラブったり、執筆データが消滅したり、
 多くの事件が重なってました。
 ついに70話!
 25日ぶりくらいの更新ですが、お楽しみください!!


七十発目「おやすみなさいの子守唄」

 

 手術の内容はいたってシンプルだ。

 

 まず、浅尾(かずな)さんの身体から、命が危険にならない限界まで魔力を抜いて、胎内に寄生した【天ぷらうどん】の活動能力を鈍らせること。

 同時に、下からの投薬により、【天ぷらうどん】と胎内粘膜との癒着を引き剥がし、

 最後にお腹を切って、【天ぷらうどん】をすべて除去する。

 その後、浅尾(あさお)さんの体内に魔力を注入しながら、回復魔法で切断部分を治癒。

 

 ここまでを、一時間以内だ。

 手術一時間以上長引けば、天ぷらうどんの除去に成功しても、浅尾さんの命が危ない。

 

 ……考えるな、オレ。

 

 ……今は、他のことは何も考えるな。

 

 ……冷静になれ。

 

 ……オレは医者だ。目の前の患者に集中しろ。

 

 (おとうと)弟子のジルクが持ってきてくれた気管呼吸器を、浅尾さんの口内から挿入して、強制的に気管を確保した。

 布団をめくって、すみやかに触診を行った。

 浅尾さんの腹部は風船みたいに膨れ上がり、皮膚が今にも張り裂けそうで、赤く腫れ上がっていた。

 当然だ。たった一週間で、出産直後の妊婦のようにお腹が膨れ上がったのだ。

 

 薬の効き具合を見てから、オレはお腹に清潔な細いナイフを当てて、縦に切り込みをいれた。

 真っ赤な血が、冷たく溢れて流れ落ちる。

 となりの行宗(ゆきむね)は、目を逸らして俯いていたけれど、オレに動揺はない。何度も見てきた。

 

 ……まるで女神様に導かれるように、オレは淡々と肉を斬った。

 こんな感覚ははじめてだった。

 次に何をすればいいか、どう斬るのが最適か、脳内で言語化する前に手が動いていた。

 周りの雑音が、ほとんど何も聞こえなかった。

 

 そういえば、父さんが昔、ゾーンとか言ってたっけ?

 

 それを聞いたときオレは半信半疑だったけれど、体験してようやく分かる。

 

 全く失敗する気がしない。

 一つのミスが命取りになる最難関の手術なのに、なぜだか今のオレには、九九の掛け算よりも簡単なことに思えていた。

 

「【回復(ヒール)】……」

 

 回復魔法で、切断部分を治癒していく。

 同時に吸魔石を魔力石に替えて、ゆっくりと浅尾(あさお)さんの体内に魔力を注入していく。

 

「……これで一段落だ。【天ぷらうどん】は取り除いた。脈も強まってきているし、手術は成功だ」

 

 オレがそう言うと、隣の行宗が安堵のため息を吐いていた。

 

「……良かった……ありがとうなっ……!!」

 

 涙ながらに安堵する行宗(ゆきむね)の姿をみて、オレの心臓はとてつもなく暖かくなっていた。

 

「……呼吸を取り戻せるのは早くても三時間後だ。サルファメルファの脳髄の麻酔は強力だからな……

 それまで気管呼吸器は外せないし、ずっと誰かが見てないといけないけど……」

 

 オレがそう言うと。

 

「浅尾さんの経過は俺が見ておく。

 だからフィリアは啓介(けいすけ)さんと話してこい。 もう啓介さんはいつ死んでもおかしくない……

 まだ話し足りないこと、たくさんあるだろ?」

 

 (おとうと)弟子のジルクに気を遣われて、オレは嬉しいやら悲しいやら全身が震撼していた。

 

「うん…… ありがとうジルク、オレは、ちゃんと父さんに会ってくるよ」

 

 オレは後をジルクに任せて、荷物をまとめた。

 

「……行宗(ゆきむね)も早く寝ろよ?

 浅尾(あさお)さんが目覚めるのはしばらく先だ。

 あと、一緒に冒険に行ってくれて、ありがとな」

 

 浅尾(あさお)さんの右手を握り続けている行宗(ゆきむね)に、オレは声をかけた。

 

「……いや、まだしばらく眠れそうにないや、俺は。

 フィリアも、お疲れさま。おやすみ……」

 

 行宗(ゆきむね)の言葉に、オレも「おやすみ」と返してから、

 病室を出て階段を降りた。

 

 もう完全に日付が変わって、夜中に押しかけていた患者さんの数も減っていた。

 独立自治区で流行ったという感染症は、まだまだ独立自治区の各地で感染が拡大しているらしい。

 

 父さんはありあわせの薬草と回復魔法で、新しい治療法を編み出したけれど、オレたちが持ち帰ってきたマグダーラ山脈の薬剤を使えば、もっと良い薬を作れるはずだ。

 明日にでも、文献を調べてみようと思う。

 

 そうこうしているうちに、オレは父さんの病室まで歩き着いた。

 ガチャリと扉を開けると、部屋のなかにはベットに眠る父さんと、枕元に腰掛け薬を調合する母さんがいた。

 

「……父さん、母さんっ……!」

 

 オレは二人の元へと駆け寄った。

 母ジュリアは、驚いたようにオレの見て、それから涙をポロポロと流した。

 

『……お帰りなさいフィリア、そしてごめんなさい。

 あなたは約束を果たしたのに……母さんが不甲斐ないばかりに、啓介さんはもう……』

 

 申し訳なさそうに痛々しい表情を浮かべる母さんに、オレは居ても立っても居られなくなって、その身体へと飛び込んだ。

 

「母さんは悪くないよっ! 悪いのは全部父さんだっ!!」

 

 そうだ。言ってやった。

 

「……病人のくせにっ……

 オレがせっかく薬を持ってきたやったってのにっ!!

 感染症で助からないだ? いったい何やってんだよっ!?」

 

 自分のなかの弱い感情が、溢れ出して止まらない。

 母さんを慰めて、父さんを責めたつもりが、いつの間にかオレは力なく泣いていた。

 母さんの胸のなかで、頭を撫でられながら泣いていた。

 

「フィリア……すまない……」

 

 父さんの啜り泣く声が聞こえた。

 そうだ、悪いのは全部父さんだ。

 この一週間、父さんがベッドの上に引き篭もっていれば、感染症になんて罹らなかった。

 父さんは、まだまだ長生きできた筈なんだっ!!

 

「……オレの患者のくせっ……休んでろって言ったのにっ!

 感染症を分析して、新しい治療法を生み出して!

 ……たくさんの命を、救うなんて……

 それで、自分は死んじゃうなんてっ!!

 そんなのあんまりだろっ!!」

 

 そんな事言われたら、オレは、父さんを責められないじゃないか。

 独立自治区の大勢の命と、父さん一人の命……

 どちらか選べと言われて、オレは結局、父さんを選べないだろう……

 だってオレは、父さんと同じ医者だから……

 

「……でもオレは、父さんとずっと一緒に居たかった。

 ……まだまだ教えてもらいたかった。オレはまだ、半人前だから……」

 

 マグダーラ山脈まで命懸けで往復したのも、獣族独立自治区を飛び出したのも、

 全ては、目の前の父さんを助けるためだったのに……

 その途中で、誠也(せいや)が死んだ。

 オレのはじめての恋人だった。

 

 まだ昨日の出来事だ。

 温泉宿の棚田温泉。

 誠也(せいや)と二人きりで湯船に浸かって、明るい未来を想像したのは、たった一日前の記憶なんだ。

 

 あれからたった一日。すべてが壊れていった。

 

「……嫌だよ、もう……

 オレの大切な人は、みんなみんな居なくなるんだ……

 ……どうして……こんな……」

 

 そしてオレはカラダの力が抜けて、ガタンと膝をついた。

 冒険帰りからの手術で、心も身体ももうヘトヘトだった。

 

「……そういえば、誠也(せいや)、って名前で合ってるか? 

 あの男とはどうなったんだ?」

 

 父さんは無遠慮にも、オレに突然そう聞いてきた。

 たぶん、オレの将来の心配をして訊いているんだろう。

 昔から父さんには、恋愛とは無縁だったオレが将来幸せになれるのかとか、余計な心配ばかりされていた。

 

 本当は、父さんと母さんに紹介する予定だったんだ。

 

 誠也と一緒に「オレたち結婚します」って、

 そしたら父さんは渋い顔をしてなかなか結婚を認めてくれなくて、母さんが父さんを説得して、

 誠也(せいや)は地面に頭を着けて、『必ず私がフィリアさんを死ぬまで幸せにします!』って、土下座で頼み込んで……

 

 ふふっ。

 想像したら、少し可笑しくて口元がニヤけた。

 それから凄く悲しくなった。

 現実は、残酷な運命だった。

 

「……誠也(せいや)は、死んだよ。

 マナ騎士団のギルアって奴と戦う中で、マルハブシの猛毒って液体を飲んで、殺されたんだ……」

 

「……え??」

 

 両親が心底驚いた顔をした。

 寝室に緊張が張り詰めた。

 

「……マルハブシの猛毒……行宗(ゆきむね)たちはそう言ってたんだが、そんな毒はどんな本にも載ってなかった……

 一定時間の身体能力の上昇と引き換えに、死を与える巨悪な毒だ。

 父さんは……」

 

 そこでオレは父さんに目を向けた。

 そしてオレはギョッとして言葉を詰まらせた。

 父さんは見たことがないような情けない表情で、涙をポロポロと流していた。

 

「……もちろん、よく知っているさ……

 マルハブシの猛毒を開発したのは、俺なんだから……」

 

「え……?」

 

 父さんの口から出た言葉に、オレは耳を疑った。

 

「……すまない。……すまないフィリア……

 俺は、父さんは……お前の思ってるほど聖人じゃないのだ……

 ……俺はたくさんの罪を犯した……どれだけ償っても償いきれない罪だ……」

 

「……そんな、昔の、ことなんだろう?」

 

 オレの声は震えていた。

 失望でも怒りでも混乱でもなくて、ただ衝撃を受けていた。

 

誠也(せいや)が死んだのは、俺の造った毒のせいなんだよ……フィリア……

 マルハブシの猛毒は、俺が作った。

 ……マナ騎士団、剣聖第八位、シャイニング・ジョーカー。

 それが俺の昔の名前だ。

 俺はその名前で医者として、10年ほど、アキバハラ公国にスパイとして潜入していた……」

 

「え……!?」

 

 俺はまた驚きを隠せなかった。

 シャイニング・ジョーカー。

 その名前は、ほとんどの人間が知っている。

 世界中の難病を治療した。世界最高の名医。

 彼の本は山程読んだ。

 それでもオレは、「父さんだって負けてない」だなんて、思っていたけれど、

 まさか同一人物だったなんて……

 

「……ギルアと言ったな。お前の想い人を殺した奴は……

 ギルア……噂だけなら聞いたことがある。

 マナ騎士団の最古参で、剣聖第四位……女癖と趣味が悪い奴だとな……」

 

 あぁ、

 間違いないな。

 父さんは、ギルアと同じマナ騎士団だった……?

 マナ騎士団という名前は、名前だけなら誰もが知ってる。

 

 1700年前にアキバハラ公国によって滅ぼされたマナ王国の、少数精鋭戦力。

 とくに最優の十人には剣聖の称号が与えられて、剣聖一位ともなれば人間離れした強さを誇ったという。

 しかし、マナ騎士団は、1700年前に、国とともに滅んだはずなのだ。

 

「……良いかフィリア? 今俺が話したことは、絶対に人前で口に出すな。

 マナ騎士団は1700年前に滅んだ。それがこの世界の歴史だ。

 現存を知っている人間はそれだけで殺される…… マナ騎士団は世界各地に潜んでいるんから、どこで聞かれているかッ……! ガハッ……ゴホッ……!」

 

 言葉をまくし立てた父さんは、突然咳き込み血を吐いた。

 

啓介(けいすけ)さん、身体に障ります! 落ち着いてください!!』

 

 父さんの肩を抱いて宥める母さん。

 

「……父さん。だったら教えてくれ。マナ騎士団って一体何だ?

 どうしてオレ達は襲われて、誠也(せいや)は殺されなくっちゃいけなかったんだ……?

 それに直穂(なおほ)……オレの友達も、戦いの後で姿を消したんだ……」

 

 オレは聞いておかなくちゃいけない。

 父さんなら、何か知っているかもしれない。

 直穂(なおほ)の失踪には、マナ騎士団が関わっている可能性が高いからな。

 

「……目的は、分からない……

 13才、中学生になったばかりの頃、俺は日本という国から、つまりネラー世界から、この世界に勇者として召喚されたんだ」

 

「……え??」

 

 勇者、召喚!?

 

「……それってつまり! 父さんは白菊ともか様と同じ、神の世界から来たのか!?

 ……召喚勇者なんて、現代にも居たのかよ。ってことは、ステータスの魔法も使えるのか!?」

 

「あぁ、もちろん、使えるさ……

 『ステータス・オープン』か、懐かしい響きだ……」

 

 父さんは目を細めてぼーっと虚空を眺めてから、再び話を始めた。

 

「それから15年間。俺はマナ騎士団の奴隷だった。

 上の命令に逆らった同僚は消えていった。

 マナ騎士団の目的は明確には分からない。俺たちはただ、上の命令に従うだけだ……

 俺は7年前、人体実験の道具にされていたジュリアを……母さんを連れて、死を装って逃げ出したんだ。

 ……そしてマグダーラ山脈に向かう道中、フィリア、お前に出会った」

 

「……っ!!」

 

 俺は、すべてが繋がっていく感覚がした。

 父さんや母さんがオレに過去を話さなかった理由も、父さんが人間の侵入しづらい獣族独立自治区を目指した理由も……

 オレは父さんの長い人生の内、後半部分しか知らなかったのだ。

 

「……それが、俺がフィリアと出会うまでの物語だ……

 いいかフィリア、マナ騎士団には絶対に関わってはいけない。その名を口に出してはいけない。

 関われば間違いなく殺される」

 

 父さんが真剣な目つきで訴えてきた。

 隣の母さんは身体を硬直させて、青ざめた顔だった。

 

「……でも、行宗(ゆきむね)はきっと直穂を探しに行く。

 だから教えて欲しいんだ。父さん。

 マナ騎士団の本拠地か、それか基地でもいい。

 奴らはどこに居るんだ?」

 

 正直、ギルアみたいな化け物と再び接触するのは恐怖でしかないが……

 オレ達はもう。マナ騎士団と関わってしまった。

 オレの旦那は、マナ騎士団のギルアに殺されたのだから……

 オレは敵討ちするつもりなんてないけど、行宗(ゆきむね)が再び直穂(なおほ)と会うために、

 オレは父さんに聞かなきゃいけない……

 

「マナ騎士団の本拠地の正確な位置は分からない、

 あそこは転移魔法陣で巧妙に入口を隠させている上、窓もない施設だった」

 

「転移魔法陣って……」

 

「人の手で加工された転移魔法陣は、ダンジョン外へも転移できるんだ。

 もちろんこれも、一般には周知されていない秘匿事項だ」

 

 …………

 それはつまり、奴らは世界を瞬間移動できるということ。

 ………そう言えば、行宗たちが何か言っていた気がする。

 マグダーラ山脈に着いて、転移魔法陣に向かう途中に、同じような話を……

 

「……俺が話せるのは、それくらいだ。

 ……この世界で22年生きてきたが、俺には一体、なにが正解か分からないんだ……

 だから、全てを話す事はできない。許してくれ……

 ……フィリア、お前は俺の娘だから……

 おばあちゃんになるまで幸せに暮らして欲しいんだよ、俺は……

 危ない目に遭ってほしくない。悲しい気持ちにさせたくない」

 

 父さんの声が震えはじめて、目尻から溢れた涙が枕を濡らしていた。

 

「……すまないな。フィリア……

 せっかく俺のために、好きな人を失ってまで、薬を持ってきてくれたのに……

 俺はフィリアの願いには応えられないっ…… 俺は父親失格だ……」

 

 苦しそうな顔で、自責する父さん。

 母さんは静かにそんな父さんの頭を撫でていた。

 

「……そんな事ねぇよっ! 父さんは立派な父親だっ!

 小桑原啓介(こくわばらけいすけ)は、オレが世界で誰よりも尊敬する偉大な人だっ!

 たとえ父さんでも、バカにするなんて許さないっ!!」

 

 オレは父さんに訴えかけた。

 なに女々しく泣いてるんだよっ!

 俺の尊敬した父さんは、頑固で情熱に溢れる男だ。

 俺の憧れた父さんだ!

 ……オレの初恋は、たぶん父さんだったから。

 

「なぁ父さん……もっと明るい話をしようよ。

 せっかく久しぶりに、家族で一緒に寝られるんだから……」

 

 父さんが避魔病にかかってすぐ、オレは獣族独立自治区を飛び出して、一人でマグダーラ山脈に向かった。

 行宗(ゆきむね)たちに出会って一度戻ってはきたものの、半日経たないうちに再出発したからな。

 家でゆっくりできるのは、2ヶ月半くらいぶりになる。

 

「……父さんが昔、なにをしたかなんて知らないけど。

 少なくともオレは、父さんに命を救われた。生きる希望を貰ったんだ。

 父さんがこの独立自治区で、たくさんの命を救うところを見てきた。

 ……父さんがオレを拾ってくれたお陰で、オレは今でも生きている。

 父さんがオレに医者を教えてくれたから、患者さんの笑顔が生きがいになった。

 父さんがオレに人間語を教えてくれたから、オレは誠也(せいや)と仲良くなれたんだよっ……!」

 

 言いながら、視界いっぱいが涙で滲んだ。

 そうだ。その通りだ。

 

「全部ぜーんぶ、父さんのお陰なんだからっ!!」

 

「フィリア……ありがとう……」

 

 父さんは、情けない声で泣いていた。

 

「母さんも、ずっとオレの心の支えだったよ……

 悲しいときや苦しいとき、いつもオレを慰めてくれた。

 毎晩オレに絵本を読みきかせてくれた。

 男の子たちに虐められたときは、すぐさまオレを助けてくれた。

 ……それになにより、母さんの作るご飯は、どんな高級料理よりも美味しいんだ!」

 

『うぅ……フィリア……』

 

 母さんは、口元と目元を両手で抑えていた。

 

「……今言わないと、一生後悔しそうだから、言うよ。

 父さん、母さん、今までオレを育ててくれて、ありがとう。

 ……そして、父さん。

 オレが父さんの後を継ぐよ。

 父さんに負けないくらいの医者になってやる。

 父さんの作ったマルハブシの猛毒も、必ず治療法を見つけてやるさ。

 そしたらオレが、世界一だろ?」

 

「あぁ……」

 

 父さんが、クスリと笑った。

 

「お前ならできるさ。立派な医者になれる」

 

 憑き物のとれたような晴れ晴れした顔で、オレにそう言った父さん。

 全身がぶわっと熱くなった。

 嬉しいやら切ないやらで、また一気に涙腺が込み上げてきた。

 

「……ちょっと、待っててくれ、すぐに戻るから」

 

 オレはそう言って、涙を拭いながら2階へ駆け上がった。

 真夜中の診療所、手のひらの上の火魔法を頼りに、オレは書斎の本棚を探った。

 

「あった……」

 

 大量の医学本の奥に隠れて、絵本の詰まったき箱を引っ張り出した。

 埃をかぶった木箱の中には、白雪姫、赤ずきんちゃん、シンデレラに人魚姫の絵本。

 オレが小さい頃大好きだった絵本だ。

 

 オレは素早く10冊ほど抱え込んで、また階段を駆け降りた。

 

 ガチャリ、と再び寝室へと戻る。

 

「……なにか、持ってきたのか?」

 

 入って早々、父さんに訊かれた。

 

「あぁ、絵本だよ。白雪姫とか赤ずきんちゃんとか。

 今夜は、オレが父さんと母さんに読み聞かせたいんだ」

 

 オレはそう言って、両親の側へと歩き寄った。

 

「……懐かしいな。フィリアが子供の頃は大好きだったもんなぁ」

 

『そうですね。ふふ……

 なかなか満足してもらえなくて、まだまだ続きが読みたいと駄々をこねられて、世話のやける子供でした……』

 

「え、母さん、そんな事思ってたのか?」

 

 母さんの発言に、オレはかなりショックを受けていた。

 ……でもまあ確かに、昔のオレは母さんの読みきかせてくれる物語が楽しすぎて、毎晩まだまだ読んで欲しいと、駄々を捏ねていた、気がする……

 申し訳ないことをしたかもな。

 

「はは、フィリアは絵本が大好きだったからな」

 

「今でも好きだよ、父さん……」

 

 ペラリとページをめくると、懐かしい紙の匂いがした。

 

「……実はな、これらの絵本は全部、俺の故郷の物語なんだ。

 ネラー世界。俺が勇者召喚される前に住んでいた世界。

 俺も小さい頃、お姉ちゃんが毎晩絵本を読み聞かせてくれてな。

 (めぐみ)姉ちゃんって言うんだが、登場人物の演技が本物みたいに上手くて、俺も寝る前の時間が大好きだった……」

 

「……へぇ」

 

 この絵本が、父さんの故郷のネラー世界で創られた物語だったなんて。

 知らなかったよ。

 

「13才の頃突然この世界に召喚されてから、22年。

 (めぐみ)姉ちゃんとはそれっきり、生き別れだ。

 ……だからまぁ、この絵本の物語は俺にとって、(めぐみ)姉ちゃんの形見なんだ」

 

 懐かしむように、父さんは絵本に視線を落とす。

 そうか、それは残酷だな。

 召喚された勇者にも、元の世界に家族があって。

 ……でも父さんは、この世界で生きていくしかなかった。

 

 できる限り、心を込めて読もう。

 そう思った。

 父さんのお姉ちゃんみたいに、うまい演技はオレには無理だろうけれど、

 それでも、精一杯やろう。

 

 そしてオレは全力の演技で、赤ずきんちゃんを音読しはじめた。

 

「……むかしむかし、ある村に、小さな女の子がいました。

 いつもお気に入りの赤いずきんを被っていたので、村のみんなからは、赤ずきんちゃんと呼ばれていました……」

 

 オレが、父さんと母さんに絵本を読み聞かせていた。

 それは小さい頃とは立場が逆で、

 

 懐かしくて、楽しくて、

 とびきり幸せな時間だった。

 

 小さな病室のなか、コツコツと刻む古時計の秒針音と、柔らかく響くオレの声、静かに燃えるランプの音。

 

 楽しい時間は、あっという間にすぎていった。

 

 まず、父さんが眠りに落ちて、うとうとしていたオレと母さんも、明かりを消して眠りについた。

 そばに敷布団をしいて、三人近くで眠りに落ちた。

 

 幸福感と切なさのなかで、ゆっくりと意識が闇に溶けて、

 次に目が覚めた時、父さんの心臓は鼓動を止めて、冷たくなって生き絶えていた。

 

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