クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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七十二発目「おかえりなさいの日常」

 

 しばらくして、私の涙が落ち着いた頃、行宗(ゆきむね)くんは私に水を淹れてくれた。

 行宗(ゆきむね)くんが「アクア」と呟くと、残された左手から水が溢れて、コップを満たしていった。

 水の魔法だ。いつ覚えたのだろう。

 

「……いったん水飲んで、落ち着こう、和奈(かずな)……」

 

 優しく差し出されたコップに、私はすがるように口をつけた。

 しかし、人の手のひらから出てきた水なんて、衛生上大丈夫なのだろうか?

 そんな一抹の疑問が浮かびつつも、私はその水で喉を潤した。

 ……おいしい。ちゃんと水だった。

 全身に染み渡るような冷たさだった。

 

「……誤解するような言い方をしてごめん。直穂(なおほ)は死んだ訳じゃないんだ。

 きっとまだこの世界のどこかで生きてる。……直穂(なおほ)は俺に手紙だけ残して、きっと自分の決断で、俺達の元から姿を消したんだ」

 

 え……?

 どういう、こと?

 

直穂(なおほ)が残した手紙には、こう書いてる。

『万波行宗へ、私のことは忘れてください。私のことは探さないでください。あなたが大嫌いです。さようなら。二度と会うことはないでしょう。浅尾和奈(あさおかずな)を幸せにしてあげてください。新崎直穂(にいざきなおほ)より』

 ……ふふ、もう何度も読みすぎて、覚えちゃったみたいだ」

 

 行宗(ゆきむね)くんはいつもの自虐するような切ない顔でそう言った。

 え? え? 何を言ってるの……?

 文章も状況も意味も分からなかった。

 大嫌い? 私を幸せにって、どういうつもり……

 

「……なんで? 喧嘩でもしたの? ふたりとも、あんなに仲が良かったのに……」

 

 私は深刻にならないよう明るい声を意識して尋ねた。

 でも、私の作った笑顔はぎこちなかった。

 

「……仲はずっと良かったよ。

 この一週間の冒険で、たくさんキスやハグをして、イチャイチャしてた。

 一緒の布団で寝たり、一緒にお風呂に入ったり、結婚の約束だってした。

 一昨日の夜は、同意の上でのセッ◯スもした。……直穂(なおほ)が俺を嫌いだなんて、絶対にあり得ない……」

 

「……ふーん。そっか。……でも、ならどうして……?」

 

 平然を装って相槌をうったが、私の心臓はドクンドクンと暴れまわっていた。

 セッ◯ス!? したの!?

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)くんがっ!? 嘘でしょう……!?

 生々しい想像をしてしまって、身体中が熱くなっていった。

 そりゃ私も、キスまでくらいは経験があるけれど、まだ処女だ。

 半年前まで中学生だったのだ。今までの彼氏とは健全なお付き合いをしてきたけれど……

 まさかまさかのお突き合いだなんてっ!? 高校生の恋愛ってそうなの!?

 

「俺にも正解は分からない。……ここから話すのは俺の推測と勘なんだが……

 直穂(なおほ)は誰かに脅されて、ついていくしか無かったんじゃないかと思う。

 おそらく直穂(なおほ)を連れ去った組織は、マナ騎士団だと思ってる。

 一昨日の夜、マナ騎士団のギルアって男に、俺達は襲撃されたんだ。

 その戦いで誠也(せいや)さんが命を落として、俺も右腕を失った。

 ギルアの目的は、あの時は見当もつかなかった。

 でも一つだけ違和感があったのが、直穂(なおほ)だけが大きな怪我をしていなかった所だ。

 俺に対しては刀を使い、殺す気で斬りかかってきたのに、直穂(なおほ)に対する攻撃はほとんどが素手だった気がする。

 もしかしたら、直穂(なおほ)を殺したくない理由があったからなのかもしれない。

 俺は、ギルア含むマナ騎士団の目的は、直穂(なおほ)の誘拐だったんじゃないかと推理してる」

 

 マナ騎士団って、なんだっけ?

 行宗(ゆきむね)くんから前に聞いた気がする。私たちを地獄のボス戦に送り込んだ存在……

 

「マナ騎士団って、私達を異世界に召喚した、あの赤白装束の名前だよね? 名前は確か、ギャベルとシルヴァだっけ?」

 

「うん。あのラスボス【スイーツ阿修羅】を倒すために俺達が現実世界から召喚されたみたいに、奴らは戦う駒を求めているんじゃないかと思うんだ。

 直穂(なおほ)の【自慰(マスター◯ーション)】スキルは強いからな。

 近接攻撃のみステータス上昇三倍の"賢者"に対し、直穂(なおほ)の"天使"は広範囲の閃光攻撃。ステータスも四倍上昇……

 オ◯二ーしないと戦えないデメリットを差し置いても、ぶっ壊れのチートスキルだ。 直穂(なおほ)が狙われるのも納得がいく」

 

 なるほどね。

 しかし……そもそもなんで?

 私は、ふと思いうかんだ疑問を口にした。

 

「あのさ。少し話がそれちゃうんだけど、どうして【自慰(マスター◯ーション)】スキルは一つのスキル名に対して、天使と賢者の2種類があるんだろ? 男女差とか?」

 

「……うーん、どうなんだろ? ステータスウィンドウを開いても、表記はどっちも【自慰】らしいからな。男女差ってのもあり得る話だ……」

 

 

 

「それにまだ疑問も残ってる。直穂(なおほ)の【自慰(マスター◯ーション)】スキルは、ギャベルやシルヴァには見られていないんだ。

 この推測が本当だとして、奴らが一体どこで直穂(なおほ)のスキルを把握したのか疑問が残る。

 それに俺達はマグダーラ山脈からの帰り道で、王国軍に見つからないように道なき道を歩いてきた。見つけるのは至難なはずだ。……ギルアが俺達を狙っていたとして、どうやって俺達の居場所まで辿り着いたんだ……?」

 

 ……………

 

 行宗(ゆきむね)くんはうーんと頭を考え込んで、病室には沈黙が生まれた。

 外で鳥の鳴く声がして、私は視線を車窓へ向けた。

 

行宗(ゆきむね)くん……私なんかに構ってていいの?

 本当は今すぐにでも、直穂(なおほ)を探しに行きたいんじゃないの?」

 

 私は行宗(ゆきむね)くんに尋ねた。

 私の命を助けてくれたのは心の底から嬉しいけれど、私の存在が行宗(ゆきむね)くんの足を止めているなら、それはすごく申し訳ない。

 胸の奥が苦しくてたまらなくなる。

 

「……助けに、行きたいよ。今すぐ直穂(なおほ)に会いたい、寂しいよ……

 きっと本音で話したほうが、和奈(かずな)も自分を責めなくてすむだろうから、正直に言うよ。

 いま俺の隣にいるのが、和奈(かずな)じゃなくて直穂(なおほ)だったら良かったのにって、俺は思ってしまっている……

 俺も最初は、和奈(かずな)をフィリアたちに任せて、直穂(なおほ)を助けに行く選択を選ぶつもりだったんだ……」

 

 ………うん。

 

「本音が聞けて、私は嬉しいよ……」

 

 え……?

 どうして私は、また、泣いているのだろう?

 

「……なら、どうして……そうしなかったの……

 どうして直穂(なおほ)じゃなくてっ、この私を選んだの……?」

 

 自分の涙の意味が分からなくって、私はひどく混乱していた。

 胸が張り裂けそうになりながら、私は声を絞り出した。

 

「なんでだろうな……?

 直穂(なおほ)の手紙の最後の一文か、嫌な予感がしたからか……

 ……直穂(なおほ)の居場所は分からないけど、和奈(かずな)の居場所は分かっていたから?

 何となくだったのかもしれない。

 あの時の正解なんて今でも分からない、ただ……

 ……俺はいま、和奈(かずな)の方を選んで良かったと思ってるよ……」

 

「え……? それは……どうして」

 

 私はぱっと行宗(ゆきむね)くんのほうを見た。

 

直穂(なおほ)が居なくなって、心の中にぽっかりと穴が開いたみたいに何かが欠けて。俺は正気を失いかけてた。

 あそこで直穂(なおほ)を探す選択をしていれば、きっと俺は直穂(なおほ)以外のことを考えられなくなって、自暴自棄の視野狭窄になっていたと思う……

 いまこうして、ひさしぶりに和奈(かずな)と話したお陰で、俺は正気を取り戻した気がする。

 少しだけ日常に帰ってこれた気がするんだ。

 俺の話を聞いてくれてありがとう。お陰でずいぶん気持ちが楽になったよ。

 和奈(かずな)だけでも、俺を待っててくれて……一人きりにしないでくれて、俺は本当に嬉しいんだ……」

 

 突然、そんな言葉を向けられて、

 心傷気味の私が、泣かないはずがない。

 

「……っ、ばかっ、ばか行宗(ゆきむね)っ……わざとだろっ、わざと泣かせにきてるだろっ……!」

 

 私は表情が見られないように、顔を窓のほうに振り向いた。

 くっそ、嬉しい……嬉しい。

 この一週間、ずっと苦しかったのが嘘みたいだった。

 楽しい、嬉しい……

 生きてて良かった。

 

 そんな時……

 

「……ん、あ……!」

 

 私はとんでもないことに気がついた。

 嘘……嘘でしょう? こんな時にっ!!

 不味い……尿意が、一気に……

 

 ちょろちょろちょろちょろ……

 

 決壊した。

 私は目からは涙を流しながら、布団のなかで、股からおしっこを漏らしてしてしまっていた

 

(あぁ………あーー……あぁぁ……)

 

 身体が動かせない私は、この一週間、おむつみたいなものを履かせてもらっているけれど。

 けど、それが問題なんじゃなくって……

 

(あぁ、恥ずかしい……

 私、行宗(ゆきむね)くんと話しながら、見られながら……

 嬉ションしちゃってる……)

 

 穴があったら入りたい。

 もう顔中が真っ赤だった。顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

 

「……これからの予定だけど、和奈(かずな)が元気になるまではここに住んで、この世界のことを勉強したりして過ごそうと思う。

 直穂(なおほ)の事とか、クラスメイトのことは、焦っても仕方ないから。和奈(かすな)はしばらく自分のことだけ考えれば良いよ」

 

「うん、分かった…… ありがとね。行宗(ゆきむね)くん」

 

 ちょろちょろちょろちょろ、

 

 布団の下で漏らしながら、平然とした声で返事をする。

 微かな水音が行宗(ゆきむね)くんに聞こえてないかどうかヒヤヒヤして……背筋がぞくぞくと鳥肌がたつ。

 太ももの根本までが湿ってきて生暖かいのが気持ち悪い……

 まったく、私が特殊性癖に目覚めたらどうすんだ。

 

「……ふ、ふぁあぁあっ。 ひと安心したら一気に眠くなったわ。……悪いけど、俺、いったん寝ていいか?

 敷布団は持ってきて貰ってて、この部屋で寝るから、何かあれば遠慮なく声で起こしてくれていいから」

 

 行宗(ゆきむね)くんはそう言って、腰掛けていたイスから立ち上がった。

 フラフラと歩く行宗くんは、確かに凄く疲れて眠そうだった。

 あれ? まさか、もしかして、

 私の目が覚めるまで、起きてずっと待っていてくれてたの?

 

「う、うん、もちろんだよっ。

 ずっも私の手を握ってくれててありがと……行宗(ゆきむね)くん。

 お疲れ様、おやすみなさい」

 

「うん、おやすみなさい」

 

 私は布団にもぐる行宗(ゆきむね)くんに、おやすみの挨拶をした。

 そしてふと肝心なことを思い出し、付け加えるように彼に尋ねた。

 

「ねぇ、ジュリアさんやジルクくんは家に居ないの? 今日はやけに一階が静かだけど……」

 

 普段の診療所なら、バタバタと足音がしたり、患者さんの話し声が常に耳に入ってきていた。

 

「……うん。

 フィリアの父さんの小桑原啓介(こくわばらけいすけ)さんが、ついさっき亡くなったんだ。

 この家のみんなは今、啓介(けいすけ)さんの身体を焼きに行ってるんだ」

 

「……そ、そうだったんだ。そっか……

 ……フィリアちゃんは結局、好きな人もお父さんも失うことになったんだね……」

 

 あまりにも救われない結末。

 全てを救おうとあがいたのに、フィリアちゃんは全てを失ってしまった。

 

「……今朝あった時、死んだ目をしてたよ。

 ……かける言葉が見つからなかった……

 簡単に立ち直れるはずはないけど……フィリアがまた前を向いて笑えるように、俺もできるかぎりのことをするつもりだ……」

 

「私も……もちろん手伝うよ。フィリアちゃんは私の命の恩人だしね……」

 

 静かな病室で、はぁと息をついた。

 困ったなぁ。

 しばらくおむつを変えて貰えない。

 このぐしょぐしょのまま、我慢しつづけなければいけないのか?

 

 行宗(ゆきむね)くんにオムツの交換をしてくれなんて頼めるはずもなく……私は何も言えなかった。

 しばらくして、行宗(ゆきむね)くんはすやすやと寝息をかきはじめた。

 その寝顔は、まだ子供っぽくてあなどけない。

 

「……ふーー」

 

 窓に目を向け、青空を見上げた。

 もう日は高く、初夏の暑さに、私の背中はじんわりと汗をかいていた。

 天井を見上げながら、いろんなことを考える。

 

 これからどうするのか?

 私たちはどうなるのか?

 

 いろんな不安が頭の中に浮かんできては消えていくなかで、不思議と私の心は穏やかだった。

 風の匂いが気持ちいい。この世界の全てが気持ちいい。

 一週間ぶりに取り戻した視界と嗅覚と聴覚で、私は世界の美しさを存分に堪能した。

 

 私は……生きてる……

 

 寝たきりで身動きの取れない私でも、おっぱいの真ん中ではとくとくと、心臓の鼓動が、確かに時を刻んでいた。

 

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