クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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★5.5膜の最終話となります。
★あとがきも書いたため、長文になってしまいごめんなさい。



七十三発目「バッドエンドなんかじゃない」

 

―フィリア視点―

 

 冒険から帰ってきた翌日、お父さんの葬式が行われた。

 すがすがしいほど晴れた夏空の下で、アルム村の住人だけじゃなく、多くの獣族たちが駆けつけてくれた。

 

 父さん――小桑原啓介(こくわばらけいすけ)という医者の功績は偉大だった。

 この村に来てたった七年間で、獣族たちの死亡率を大幅に下げたのだ。

 交通網や農業、魔石産業を発展させて、簡易的な文字の普及に平和への呼びかけ、

 人間に恨みを持つ反乱軍に対しても、たびたび説得を試みていた。

 

 オレだけじゃない。たくさんの人が父さんに救われた。

 オレがこの一週間、父さんを救うために必死で薬を取りに行っていた間……

 父さんはこの村で、枯渇した薬剤をやりくししながら、独立自治区の何千人を救っていた。

 

「……すげぇなぁ、父さん。……ほんとに敵わねぇよ……」

 

 それでこそ、オレが心の底から尊敬してやまない小桑原啓介(こくわばらけいすけ)だ。世界一の医者だった。

 

 最後の一夜、家族みんなで過ごせて良かった。

 昨日の夜のことを、オレはこれから一生忘れないだろう。

 

 ……これから……か。

 

 ふと、帰宅していた足が止まった。

 心の奥がずしりと重くなって、オレはその場に立ち尽くしてしまった。

 

『フィリア姉……?』

 

 手を繋いでいたマナトの声で、オレはハッと顔を上げた。

 

『……大丈夫、じゃあないよね?』

 

 冒険の帰り道で、オレとマナトは兄弟になった。

 オレ達は二人とも、大切な家族を二人ずつ失った仲だった。

 

『……ありがとう。心配してくれて。マナトはどうだ? ここに来てどんな感じだ?』

 

 オレは可愛い弟に、気の抜けたような笑顔で答えた。

 兄弟なら、お姉ちゃんのほうがしっかりしないとな。

 ……亡くなってしまったニーナやヨウコの代わりに、オレがマナトを幸せにするんだって約束したもんな。

 

『ここは本当に、獣族の楽園なんだな…… 出会う人がみんな獣族。まるで夢の世界だ……お父さんとお母さんが言ってた通りだ……』

 

『うん、はじめて来たときは感動するよな』

 

 世界中どこを見渡しても、獣族は人間に奴隷にされたり迫害されたり、散々な扱いを受けている。

 7年前、オレは父さんと母さんに拾われて、命を助けられ、マグダーラ山脈経由で独立自治区にはじめて踏み入ったときは、心の底から感動したものだ。

 

『……ニーナ姉やヨウコ姉ちゃんにも見てほしかった…… 父さんと、母さんにも…… 俺一人にこの楽園は大きすぎるよ……』

 

 繋いだ手がキュッと握られて、切ない声でマナトが言った。

 

『……大丈夫だ。ちゃんと見てるよ。ニーナ姉もヨウコ姉も、お父さんもお母さんも、空の上からマナトを見守ってくれている、そう約束してくれてたじゃないか』

 

 ギュ、と身体を寄せて、オレはマナトの頭を撫でた。

 そうだ。きっと誠也(せいや)も父さんも、今のオレを見守ってくれているはずだ。

 そうなんだろう?

 

『うん……』

 

 マナㇳは青い空を見上げてから、すぐにまた顔を俯けた。

 太陽が高く登り。初夏の日差しが照りつける。

 暑いな……

 吹き出る汗に紛れるように、オレはまた静かに涙を零した。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 葬式が終わり、家に帰ると、すぐに慌ただしい日常がはじまった。

 元医局長小桑原啓介(こくわばらけいすけ)に変わり、新医局長はフィリア、つまりオレになった。

 怪我人、風邪、定期検診、薬の開発……従業員への指示出し。

 

「……フィリア、何か手伝えることはないか?」

 

「あぁ行宗(ゆきむね)。この木箱を一緒に運んでくれると助かる」

 

 お昼下がり、行宗(ゆきむね)が疲れた目で階段を降りてきた。

 

「……朝よりはだいぶ元気になったんだな。……無理してないか?」

 

「……そりゃあすげぇ疲れてるけど、今は頑張らないと…… あぁそうだ。行宗(ゆきむね)には話があったんだ。時間が出来たら二人きりで話がしたい」

 

「ここじゃ話せない内容なのか?」

 

「うん」

 

 マナ騎士団とか直穂(なおほ)さんの話は、絶対に人前で話すなと父さんから念を押されたからな。

 

「……俺も時間が出来たら、この世界の地理とか歴史とか勉強してみようと思うんだが、どうすればいいと思う?」

 

「……あぁ、それならいい本がある。それも含めて、後で話そう」

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「最初に伝えておいていいかフィリア、実は俺と和奈(かずな)直穂(なおほ)は、10日前にこの世界に召喚された召喚勇者なんだ」

 

 個室で二人きりになった直後、行宗(ゆきむね)がとんでもないことを口にした。

 

「は、はぁ? なんだってっ!!?」

 

「し、しずかにっ……聞かれたら不味い」

 

 オレは慌てて両手で口を塞いだ。

 

「俺と直穂(なおほ)はずっと、故郷に帰りたいって話してただろ? 俺達の故郷っているのは、この世界とは違う世界のことだ。

 元の世界に帰る方法を探して色んな人を頼ったけれど、仲間と逸れて直穂(なおほ)と別れて、仲間の指名手配が出ていたり、散々な結果なんだ」

 

「……そうか、そういうことだったのか……」

 

 今まで感じてきた違和感の全てに納得が言った。

 行宗(ゆきむね)たちが基礎スキルを知らなかった事も、この世界の地理を知らなかったことも、強力な特殊スキルを持っていたことも、 召喚されたばかりの勇者だとすれば納得がいく。

 

「俺はクラスメイトみんなで、元の世界に帰ることを目指してる。……まだやれると信じている。だからフィリア、何か知っていることがあれば、俺に教えて欲しいんだ」

 

 行宗(ゆきむね)は真剣な目つきだった。オレを信用して話してくれているのがよく分かる。

 

「……昨日。オレの父さんが話してくれたんだが……

 オレの父さんも召喚勇者だっと言ってた。行宗(ゆきむね)たちと同じ、ネラー世界からこの世界に来てる。

 ……そして父さんは、この村に来るまで、マナ騎士団の一員として働いていたらしい」

 

「……は? え、今なんて言った……?」

 

「この世界に召喚されて、マナ騎士団に20年以上在籍していた父さんでさえも、ネラー世界に帰る方法は分からいと言っていた。

 オレ自身もネラー世界に行く方法なんて聞いたことがねぇ」

 

「………な、えっ? 待て待て……頭のなかを整理させてくれ……」

 

 行宗(ゆきむね)はひどく混乱した様子で頭をかきむしっていた。

 

「……時間は十分あるんだ。オレの知っていることは全部話すから、行宗(ゆきむね)の話も聞かせてくれ」

 

 ……そうしてオレと行宗(ゆきむね)は、腹を割って話し合った。

 行宗(ゆきむね)達がこの世界に来てからの物語は、驚くほど濃密であった。

 

「なぁ、行宗(ゆきむね)、ネラー世界って一体どんな感じなんだ?」

 

「……俺達の世界、ネラー世界には、魔法なんて存在しない。

 かわりに高度な科学がある。

 誰でも空が飛べる乗り物があったり、遠くにいる人と話せたり、動いて見える絵本があったり。……俺達の世界ではそれをアニメっていうんだが、絵が本物みたいに動いて、物語の世界をまるで現実世界みたいに見ることができるんだ」

 

 行宗(ゆきむね)が、遠くを懐かしむようにそう言った。

 

「そうか……俺もネラー世界の絵本が大好きだから、いつか読んでみたいな!

 だけど、アニメって言葉だけなら聞いたことがあるぜ。

 ……アキバハラ王国にそういうものがあるって、聞いたことがある気がする……」

 

「え……? この世界にもアニメがあるのか!」

 

 行宗(ゆきむね)はぱぁっと目を輝かせて、オレの方に身を乗り出してきた。

 

「……オレは行ったことはないけど、アキバハラ公国の魔法技術は世界一だ。

 この書斎の本もほとんどがアキバハラ公国出版だからな」

 

 そう言って俺は、暗い書斎を見渡した。

 

「そうだ行宗(ゆきむね)、この国の歴史を知りたいんだろ? ならおすすめの本があるよ」

 

 オレは立ち上がり、本棚から古いシリーズを探し出した。

 

「……「漫画でよく分かる五大英雄伝」って、え? この世界には漫画まであるのか!?」

 

「あぁ。この世界に白菊ともか様が降臨した1700年前、ネラー世界から大量の勇者が召喚されたから、その人達がこの世界に、行宗(ゆきむね)たち世界の言語や文化を持ち込んだんだと思う」

 

「……白菊ともかが、この世界に降臨した……!?

 まさか、ともかちゃん(・・・・・・)も昔に……この世界に召喚されていたってことなのかっ!?」

 

ともかちゃん(・・・・・・)!? ななっ、なんて口を聞いてるんだっ!

 白菊ともか様は悪神タナトスを打ち倒し、この世界を滅亡の危機から救ってくれた女神様なんだぞ!?

 この世界では、どんな人間も獣族も、女神様にだけは最大の敬意を払っているんだ」

 

 白菊ともか様は1700年前、大量の勇者を引き連れてこの世界に降り立った女神様である。森羅万象の創造主であり唯一神。

 劣勢に追い込まれていた人間に力を貸して、悪神タナトスを討ち滅ぼした。

 ともか様がいなければ、この世界はとっくの昔に滅びてしまっていたはずなのだ。

 

「この世界の”白菊ともか様”は、俺の知っているVtuber”白菊ともか”と同一人物なのか……?」

 

 行宗(ゆきむね)がブツブツと呟いた。

 

「ぶいちゅーばー? さぁ、オレにはよく分からないけど、この世界の白菊ともか様のことは、その本にほとんど載ってるはずだ」

 

「そうか……ありがとうフィリア、すぐにでも読んでみるよ」

 

 行宗(ゆきむね)は全五巻のそれを大切に胸に抱え込んだ。

 

「なぁ行宗(ゆきむね)、お前はこれからどうするつもりだ?」

 

「……言ったとおりだ。まずは和奈の回復を待ちながら、この世界について勉強してみることにするよ。

 その後は、そうだな……

 今のところは、アキバハラ公国に向かってみるつもりだ」

 

「……そうか、ならあとしばらく、よろしくな」

 

「あぁ、よろしくフィリア」

 

 オレたちははそう言って、そろそろ頃合いとばかりに互いに立ち上がった。

 

「……フィリア、今日は疲れただろ? ゆっくり休むんだぞ」

 

「……行宗(ゆきむね)こそ、昨日は徹夜したんだってな、隈がすごいことになってるぞ」

 

「まあ、な」

 

「おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 オレは書斎の前の廊下で行宗(ゆきむね)と別れた。

 行宗(ゆきむね)は階段の方へと向かった、浅尾(あさお)さんの病室へと行くのだろう。

 さて、オレも自分の部屋で寝ようかな?

 

『……フィリア姉、もうお話は終わったの?』

 

「わっ!」

 

 背後からマナトの声が聞こえて、オレは素っ頓狂な声を上げた。

 

『う……びっくりさせんなよ……』

 

『ごめん……驚かするつもりは無かったんだ……』

 

 マナㇳはシュンと声色を落とした。

 薄暗い廊下で所なさげに、廊下の壁に背中を預けていた。

 ずっとオレが出てくるのを待っていたのだろうか?

 

『マナト、今日はオレと一緒に寝るか?』

 

『……うん』

 

 オレが訊くと、マナトはホッとしたような顔で頷いた。

 可愛いな、とオレは思う。

 男の子に可愛いだなんて感想は、大抵の場合は怒らせちゃうと思うけど。

 まぁ逆に女であるはずのこのオレは、可愛いさなんて欠片もないがな。

 

 オレとマナトは手を繋いで寝室へ向かった。

 

 オレにはまだこの村に、お母さんやジルクや近所の方といった友達がいるけれど、マナトには誰も身寄りがいないのだ。

 マナトの心の支えになれるのは、今はオレしかいないから、

 ニーナやヨウコに怒られないように、お姉ちゃんを引き受けたからには責任を持って、マナトの面倒を見ようと思った。

 それにオレ自身、マナトの存在が心の支えだった。

 オレよりもずっと悲惨な目に遭った男の子が、まだ生きようと前を向いているのだから、

 オレもしっかりしなくちゃいけない。

 マナトの姿を見るだけで、オレのなかに生きる気力と責任感が溢れてきていた。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

  父さんが亡くなってから、一週間が過ぎた。

 

 医局長としての仕事にようやくなれてきた気がする。

 この一週間オレは、医局長としての責任や重圧で押しつぶされそうだった。

 

 父さんの背中があまりにも大きすぎて、何をするにしても、父さんとの実力差を痛感する日々だった。

 医療技術も、責任感も、人望も、まだまだオレは父さんに遠く及ばない。

 

 和奈(かずな)の回復経過も順調だ。

 まだ布団で寝たきりだけど、徐々に手足を動かせるようになってきている。

 

 行宗(ゆきむね)は毎日力仕事を手伝ってくれて、本当に助かっている。

 直穂(なおほ)に去られたトラウマが原因で、行宗(ゆきむね)はあの日から、賢者になれなくなってしまったらしい。

 しかしさすがは召喚勇者、特殊スキルがなくとも、もともとの力も強かった。

 

 

 父さんが死んで、二週間たった。

 

 最近、獣族独立自治区で、妙な噂が流れている。

 

「独立自治区で蔓延した感染症は、人間達が獣族を殺すために流した毒なんじゃないか」

 

 という噂だ。

 

 その主張の根拠は、北東の川沿いの村から感染が始まったという事実らしい。

 その川は人間の居住域から流れてきているから、人間が感染源を放流したのではないかという疑いが膨らんでいったのだ。

 

 医療従事者のオレ達は、混乱が過激化しないよう必死に否定を重ねたけれど、

 オレの言葉を信じてくれている人は少なかった。

 ご近所さんしか居なかった。

 これがもし父さんの言葉だったなら、誰もが耳を傾けて、噂を止めることができただろう……

 オレにはまだまだ人望がなかった。オレは父さんの代わりにはなれない。

 

 それに医者のオレは、その噂がおおかた真実であると気づいてしまっていた。

 

 感染症の病原体、あれほど高度な構造の菌類が、この辺りに自然に存在しているなんてあり得ない。

 あの感染症は、魔力濃度の高いダンジョンの奥から取ってきたものか、人工的に開発されたものか、

 少なくとも、何者かが意図的に感染させた可能性が高い。

 

 噂が真実である可能性は、十分に高かった。

 

 ……なぁ、誠也(せいや)、オレはどうすればいいんだ。教えてくれ……

 獣族と人間が手を取り合って仲良くできる世界、なんて言ったけど……今のオレじゃ、同族内の噂すら止められない。

 

 噂によって、人間向けた憎悪が膨れ上がり、獣族反乱軍はより一層勢力を広げていた。

 このままでは本当に不味い。いずれ戦争に発展してしまう。

 

 争いを止められる人間はいま、オレしか居ない。

 行宗(ゆきむね)は人間だから、反乱軍の説得なんて頼めるはずがない。

 誰かに頼ろうと思っても、オレの話を聞いてくれるのは治療で忙しい家族と、身体の弱い村の人達だけだった。

 

 ……父さん、オレはどうしたら良いんだ?

 父さんなら、この流れ止められる?

 オレは目の前の患者に精一杯で、間違った方向に進んでいく独立自治区を、ただ傍観することしか出来なかった。

 

 

 父さんが死んでから、18日がたった。

 

 ついに恐れていたことが起こった。

 獣族反乱軍の夜間作戦、川下の人間の村を急襲し、虐殺、火の海にして滅ぼしたらしい。

 ガロン王国軍の援護も間に合わず、獣族の犠牲はほとんどゼロだったらしい。

 

 父さんが避魔病(ひまびょう)になり、身体が不自由になってから、

 この独立自治区で反乱軍は、徐々に勢力を拡大していった。

 たった一年前までは、独立自治区の各地で煙たがられる、所詮不良の集まりだったのに。

 戦争を知る大人たちは鼻で笑い。反乱軍と言っても隠れながらの活動をしていたのだが、

 今日の反乱軍の凱旋には、多くの獣族たちが激励を送っていたという。

 

 感染症による大量の病死、そして小桑原啓介(こくわばらけいすけ)の死。

 それらが獣族達の不満に火をつけ、人間に対するの怒りが膨れ上がった結果なのだろう。

 

 いけない方向に、どんどんと進んでいる。

 誠也(せいや)は何度もオレに話してくれた。

「戦争だけは、二度と絶対にしてはいけない」、と。

 わだかまりを解消し、獣族と人間が仲直りするのが、オレと誠也(せいや)の誓った夢だった。

 

 次の日。

 

 オレはただ一人きりで、高い崖の上から、フェロー村を一望していた。

 そして、静かに泣いていた。

 

 

「……誠也(せいや)は、フィリアならできるって、言ってくれたけど……

 やっぱりオレには無理だよ……」

 

 この二週間と少し、ずっとずっと、心が折れそうだった。

 医局長としての重圧に押しつぶさそうになりながら、日々の仕事を何とかこなすのが精一杯だった。

 

 もうオレは医者見習いじゃなくて、一人前の医者だったから、絶対に失敗は許されなかった。

 患者の手術が恐怖だった。

 メスを持つ手がガタガタと震えて、想定外の何かが起きるたびに酷く吐き気を催した。

 全責任はオレにある。教えてくれる人も、頼れる人ももう居ない。

 オレが自分で考えて、自分で答えを出して、みんなに答えを教えてあげないといけない。

 

 父さんは、こんなプレッシャーの中で、医者をやり続けて生きてきたのか。

 

 ……あんなに楽しくて、やりがいを感じていた医者の仕事が、今はたまらなく怖くて苦しい。

 毎日、目が覚めると憂鬱だった。

 身体が重くて、起きる気力が沸かなくて、頭痛と吐き気に苛まれながら、朝ご飯を無理やり口の中へ押し込んでいた。

 

 医者という立場から逃げ出したいという気持ちが、日に日に大きくなっていくのを感じていた。

 

 ……もし今、ここから飛び降りれば、楽になれるだろうか……?

 

 オレは崖の上から、下の景色を見下ろした。

 崖の中腹には、オレの家である診療所が見えた。

 ここは、診療所からさらに崖を登ったてっぺんの場所。

 アルム村全体を一望できる、絶景の場所だった。

 

 ……ここから一歩踏み出せば、誠也(せいや)と父さんの居る場所へ、行けるのだろうか?

 

 死んだあとに行ける場所……神の世界……

 神の世界には諸説があって、勇者達が生まれるネラー世界か、それとは別の神様だけが暮らす世界か、どちらを指すのかで解釈が分かれるけれど。

 どちらが正解だとしても、今一歩踏み出せば、父さんや誠也に会えるのだろう……

 

 頭ではいけないと分かっていても、考えずには居られない。 

 オレは、こんな自分がどうしょうもなくて、大嫌いだった。

 限界だった。逃げたかった。楽になりたかった。

 何も見ず、何も感じず、何も聞かず、

 ただ何もなく穏やかに、綺麗な場所で永遠の眠りにつきたかった。

 

「父さん、誠也(せいや)……」

 

 二人が居なくちゃオレは、どう生きて良いのか分からないんだ……

 

「お願いだ…… 父さん、誠也(せいや)……

 オレにもう一度、生きる理由を教えてくれ……」

 

 オレは張り裂ける思いで、空に向かって嘆いた。

 オレの願いや葛藤は、大きな青空へと吸い込まれていった。返ってくるはずもない。

 

「……ふぅー……」

 

 オレは深く深呼吸をした。

 そしてパチンと両頬を叩いた。

 

「……頑張ろう。二人のためにもオレは頑張るしかないんだ。

 ……誠也(せいや)と約束した平和な未来を、オレは絶対に諦めない」

 

 オレは自身を鼓舞して、崖に背中を向けて歩き出した。

 

「大丈夫、まだやれる。……まだオレは頑張れる」

 

 ……父さんも誠也(せいや)も、どんなことがあっても、最後まで絶対に諦めない人間だった。

 二人のお陰で今のオレがあるのだから、頑張らなくちゃだめなんだ。

 

 歩きだして、診療所に戻ろうとしたその時。

 

 背中から、力強い風が吹いた。

 

 びゅぅぅうう!!

 

 崖を登って加速した風、オレの衣服が大きく靡く。

 

 温かい夏の風に、オレの背中はぶっきらぼうに叩かれた。

 

 思わずギュッと目を閉じる。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「……え?」

 

 声が、聞こえた。

 聞こえた気がした。

 オレの大好きな、誠也(せいや)の声の幻聴だった……

 

 夏の風は、まるでオレの背中を押してくれたみたいに、びゅうと木の葉を巻き上げ空へ登っていった。

 

「……『お腹』……?」

 

 たしかにそう聞こえた。

 オレは疑問に思いながら、自分のお腹に手を当てた。

 

「………………………あ」

 

 そして、あることに気がついた。

 

「…………あ……あっ……あっ……」

 

 そういえば、最近来てない……

 

回復(ひーる)……」

 

 オレは震える声で回復魔法を唱えた。お腹のなかにいる存在を確かめるために、

 

「………あぁ、あぁ……」

 

 間違いない。

 オレと、誠也(せいや)の子供だった。

 

「うぅ………あぁ……ああああっ!!」

 

 オレはもう嬉しくって切なくって、自分のお腹を両腕で抱きしめるようにして大粒の涙を流した。

 

 誠也(せいや)が死ぬ半日前、雪山帰りの温泉にて、オレと誠也(せいや)は一度だけ肌を重ねたのだ。

 疲れも眠気も吹っ飛ぶくらい、白い湯気に煽られながら、オレ達はあの棚田温泉で、最初で最後の子作りをした。

 まぶたを閉じれば、あの時の会話が、今も鮮明に蘇る。

 

『フィリア、結婚してくれ。私の子供を産んでくれ」

 

 そうせがむ誠也(せいや)に対してオレは、

 

『誠也のじゃねぇ、オレ達二人の子供だろっ!? いいさ産んでやる、何人だって産んでやるよ!』

 

 なんて大声で叫んだっけ。

 

 …………

 

「うあぁあああっ……! うぐぅぅうう…… ぁああっ、あぁあっ……!!」

 

 嬉しくて、幸せすぎて、もう涙が止まらなかった。

 そうか誠也(せいや)、オレ達は、ちゃんと結婚してたんだな。

 たった一度きり、最初で最後の一晩で、

 誠也(せいや)はオレに、子種を残して行ってくれた。

 

「……せいやぁっ……みでるかっ……おれたちのごどもだっ……!」

 

 もうオレは何もかもを失ったと思っていたけれど、違った。

 誠也(せいや)はオレに遺してくれていたのだ。

 誠也(せいや)の生きた証、オレと誠也(せいや)の愛の証、そして、オレのこれからの生きる意味を……

 

「……おれのおながのなかにきてくれで、ほんとにほんどにありがどうな……ぜったいおれ、たいせつに、ずるからぁぁあっ!!!」

 

 お腹の中のまだ小さな赤ちゃんへ、オレは語りかけていた。

 

 なぁ、聞いてるか? オレがお母ちゃんだぞ。

 お前は男の子か女の子か、どっちなんだろうな?

 どっちだって良いさ。どうか元気に生まれて来いよ。オレはお前と会えるのを楽しみに待ってるからな……

 オレは、お前がお爺ちゃんおばあちゃんになる頃までずっと、安全に幸せに暮らせる世界を作りたいんだ。

 ……それが、死んだお父さんがオレに託した、最後の約束なんだ。

 ……でも、オレひとりの力じゃ、どう頑張ってもみんな止めるのは無理みたいだ。

 オレは父さん、お前のお爺ちゃんみたいに万能じゃないから、誰かの力を借りないといけない。

 ……まだまだ、色んな人に頼ってみるよ。何としてでも戦争だけは止めてみせる。

 お前の未来は、オレが、お母ちゃんが守るからな……

 

 

「ねんねんころりよ、おころりよ。 おまえはいいこだ、ねんねしな……」

 

 こんな歌だった気がする。

 昔、オレと一緒に住んでいたお爺ちゃんが、いつもオレが寝る時に歌ってくれていた歌。

 もの心がつかない頃の記憶だけど、何度も聞いていたからか、不思議とその子守唄だけは覚えていた。

 

 オレは多くの人に大切にされながら、愛させながら育ってきた。

 そしてオレは恋をして、愛しあって、母になった。

 

 嬉しい気持ちと切ない気持ちがぐちゃぐちゃになって、涙とともに流れ落ちていく。

 

 誠也は最後の最後でオレに、大きなプレゼントを残してくれた。

 

 もう、死にたいだなんて思わなかった。

 オレにはもう、守るべきものがお腹にいるから、

 オレはもう大丈夫だ。どんなことだってやってやる。

 

 オレは医者だ。

 小桑原啓介(こくわばらけいすけ)の娘であり弟子、

 誠也(せいや)の妻でこの子の母親、フィリアだ。

 

 





「第5,5膜 遺された者たちの子守唄(ララバイ)編」
【完結】


「クラス転移したオレのスキルが【マスター◯―ション】だった件」
【第一部 完結】


 次回から、
「間膜 ナロー世界と束の間の安寧」 
 が始まります!
 そして第二部、第六膜へ!!

 基本的にこの作品は、第三部までの三部構成の予定です。
 この第一部は、「先の展開への伏線」を貼りつつ、「直穂との出会い別れ」と、「フィリアという女の子」について、描いてみました。
 連載開始時は3ヶ月で第一部を書き切ることを想定していましたが、なんとびっくり一年半もかかってしまいました。
 でも、想定の何倍も面白く書けて良かったです。
 第二部、第三部はなるべく短くまとめようと思いますが、どうなるかは正直未知数な部分もあります。
 「ガロン王国」と「アキバハラ公国」、まだまだ描けていない部分がたくさんあります。特に第三部、最終章の面白さにはめちゃくちゃ自信があるので、ぜひ最後まで追いかけてくれると嬉しいです。
 私も絶対、最後まで完結させます!

第一部完結記念 特にお気に入りの章アンケート

  • 第一膜 日給19億円!?驚異の日雇いバイ
  • 第二膜 ドキドキ♡異世界ダンジョンハーレ
  • 第三膜 寝取られ撲滅パーティー編
  • 第F膜 奪われたオレのはじめて編
  • 第3.5膜 フィリアはお医者ちゃん編
  • 第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編
  • 第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編
  • 第5.5膜 帰郷──遺された者達の子守唄
  • 選べない!!全部!!
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