クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件 作:スイーツ阿修羅
【クラス転移から3日経った昼下がり】
【アキバハラ公国首都、ブイラッシュ宮殿地下の牢屋にて】
―
ギギギギギギィィ……
と、扉が開いた。
暗い牢獄が、パチンという音と共に照明の明かりに照らされた。
「……ひっ……」
隣で女子たちが息を飲む音がした。
あの戦いで、
俺達以外のクラスメイトは、おそらく遠くへ逃げ延びたハズだ。
少なくともあの戦いで、クラスメイトが死ぬ所は誰も見ていない。
「待たせて済まなかったな。勇者諸君。少し話を聞かせてもらおうか?」
牢屋の前へ現れたのは、赤髪のザザンの野郎だった。
「まったく、どこで記者が嗅ぎつけやがったのか、大衆に囲まれて大変だったぜ。いま宮殿の周りでは、「お前たちを公開処刑しろ」というデモが行われているまっ最中だ」
「……っ……」
俺の後ろでクラスメイト達が恐怖で息を飲むのを感じた。
捕まったのは七人だった。
男三人。女四人。
その他のクラスメイトはどこかへ逃げ延びていたハズだ。このザザンという男は俺達の生け捕りを徹底していたから、クラスメイトが死んだという話は誰からも聞いていない。
「それで、俺たちはどうなるんだ? ザザン」
俺は、死線で剣をぶつけあったザザンに訊いた。
「さぁ? それを決めるのは俺じゃねぇ。公国裁判が全てを決める。
しかしまぁ、お前たちは無自覚にしろ大罪を犯した。こちらの兵も何人も殺されているしな。
いまは世界中の全員が、お前たちの死を願っている」
ザザンがそう答えた瞬間。後ろで
「いやだ……いやだぁ死にたくないっ!! 私達は何にもしらなかったのっ! ただ生きることに必死だっただけなんだよぉっ!!」
発狂して、必死に助けを乞う
「助けてよっ! あなたは話のわかる人でしょう!? なんでもするからっ!! 私は生きて帰らなくちゃいけないのっ!!」
うるせぇ、泣いたって仕方がないだろう。
そう思ったが、口には出さない。
「……それでザザン、いったい俺たちに何の用だ?」
俺は仕切り直しにザザンに尋ねた。
「あぁ、そうだった。お前たちの食事を運んできたぜ。
そして
赤髪のザザンはそう言って、サンドイッチかホットドックに似た食べものが大量に入ったカバンを取り出した。
また、その中から灰色の紙束を取り出して、俺達に見せてくる。
「……さぁ、他の勇者たちの呼び名を教えてもらおうか?」
ザザンは、俺達クラスメイトたちの逃亡中の写真を出して、名前を教えろと言ってくる。
「……教える訳ねぇだろうが、バカ野郎」
俺は鼻で笑いながら吐き捨てた。
「……そうか。口を開かない場合。拷問して吐かせろと命令されているんだがな」
「へぇ……拷問かぁ、楽しみだなぁ……」
俺が仰々しく冗談めかして返すと、
「悪いがこれは大真面目だ。正直に答えろ。生かすにしろ殺すにしろ、召喚勇者の力を他国に握られる訳にはいかないからな。俺達が捕獲し、処理または利用させて貰う」
俺は自分の中の心臓がぞっとして、恐怖に染まるのを感じた。
「はは、なおさら言えねぇなぁ!
ダンジョンのボス【スイーツ阿修羅】を倒し、三つの【
処刑は俺様ひとりで十分だろうがっ!! 他の奴らに手を出すんじゃねぇっ!!」
俺は柄にもないことを叫んだ。
俺は基本的に自分のことを最優先する人間だ。俺がプロ野球選手になりたい、活躍したい。
他人の幸せや楽しみなんて二の次で良いと考えていた。
ただ……こんな世界に連れて来られて、元の世界に帰れなくて。
もう3日も、バットを振れていないのだ。キャッチボールもできていない。
これほど長くボールに触れられていないのは、10年前に野球をはじめてから初めてだ。
俺の夢は、破れた。
ここから元の世界に帰るのは難しいだろう。
……だから、もう、どうでもいい。
今まで自分のために生きてきたぶん、最後は他人のために死んだって良いんじゃないかと思えた。
「なるほど……それが現実的かもしれないな。しかし、五つの【特殊スキル】を持つお前を亡くすには惜しい。鍛え上げれば世界最強クラスの戦士になれるだろう。俺よりもはるかに優れた才能を持っている……」
「へぇ…… ハンデこみで負かされた相手に言われても、説得力がねぇんだよ」
ザザンの言葉に、俺はそう言った。
俺とザザンの剣には、絶望的な戦力差があった。
コイツは俺達を生け捕りにするというハンデを背負っていながら、俺の剣は完全に抑えこまれた」
「真実さ
負けたのは我々、攻略連合だった。
お前を殺すには惜しい。……しかし、それが落とし所というものだろう…… 俺はお前に敬意を払おう」
赤髪のザザンは、俺の顔をまっすぐに見据えてきた。
「……え? 何を言っているの
隣で
「決まりだな。俺のことは煮るなり焼くなり好きにしろ。全責任は俺にある。
だから他の勇者には危害が加わらないように取り計らってくれ」
俺はそう言って、深々とザザンに頭を下げた。
「
後ろでチームメイト。後藤駿太の泣きそうな声がする。
「だめ……
ぐちゃぐちゃの涙が俺の左肩を濡らし、触れる体温が暑苦しい。
「あぁ、善処する」
赤髪のザザンは真剣な目で、頷いた。
あぁ、これで良いんだ。
後ろのクラスメイト達は、心のなかで自分の運命に安堵する者、俺様の運命を悲しみ泣き崩れる者、ただ虚無顔で呆然としている者と人それぞれだった。
「暑苦しいよ。
嗚咽して発生もままならず、ガタガタと震えながら俺の身体にすがりつく
「嫌だ……死んでほしくないっ…… いかないで
私……私さ……もしかしたら、
……このドキドキが恐怖なのか恋なのか分からなかったけれどっ、
この涙が恋なのか同情なのかわからないけど……
私は……
ごほごほと咳込みながら、そんな気持ちを吐露してくれた
俺は胸のなかに熱いものがこみ上げるのを感じた。
それが目尻から溢れないように、ぐっと堪えて我慢する。
「…………」
何も言葉が出てこなかった。
好きなのかもしれない。死ぬなんて耐えられないと言ってくれた女の子に、かける言葉なんて見つからなかった。
そんな時、突然。
「……確かに悪くない案だと思います。ですが、
場違いな可愛らしい女の子の声がした。
その声は牢屋の向こうから。
一度ザザンが閉めた入口扉がギギギと音を立てて開き、2つの影が姿を見せた。
「何かいい案があるのですか? 姉さま?」
「もちろんです。死刑を偽装すれば済む話ですから」
入ってきたのは、白いドレスを着た二人の女の子だった。
一人はツインテール、一人は髪を結ばないまま。
小学生くらいだろうか? カツンカツンという足音とともに、こちらへと近づいてくる。
「誰だお前らは? ガキが入っていい場所じゃねぇぞここは」
赤髪のザザンが、ゆっくりと腰の剣を抜きつつ彼女たちの方を見た。
「"巫女"のリリィとユリィ、と言えば分かりますか?」
「なっ……!」
彼女たちが名乗った瞬間、ザザンは見たことがないほど動揺していた。
「な、なぜお前たちが……いったい何処に……」
「あたしとユリィの事情はあとで話しましょう。
「なんだと?」
赤髪のザザンは、得意げに語る金髪少女に聞き返した。
「はい。……公国の国民は別に、公開処刑が見たい訳ではありません。
大罪人が拷問され苦しんでいる刺激的なシーンが見たいだけなんです。
正義感を振りかざし、人が泣き叫ぶのを楽しむ残虐なエンターテイメントを正当化したいだけなんですよ。"世界の真理"に本当に興味があるのは、事情をしる者だけでしょうから……」
「……それは、そうかもしれない……
だが……まさかお前は……いや……なんでもない……」
ザザンは明らかの動揺した様子で、金髪少女と会話していた。
「……だから演技でも良いんです。映像でも構いません。
気が乗りませんが、目のこえた老人方でも楽しめる残酷なエンターテイメントを作りましょう。
それを映像で配布すれば、このデモも収まってくれるはずです」
「なるほどな。死刑を偽装すれば誰も殺すことなく国民の不満を解消できるということか」
「はい。しかし偽装する以上。
……場合によっては、半分拷問に近い苦痛を与える必要もあるかもしれません。よろしいでしょうか?」
金髪少女が、今度は俺の方を見て訊いてきた。
「だ、
隣で
「……構わねぇさ。死ぬよりはマシだろう」
「ありがとうございます。……このアキバハラ公国には、【痛覚を麻痺させるスキル】を持つ者も居ますし、世界最高クラスの回復魔法や医療技術が揃っていますから……
……ザザンさん。この案でいかがでしょうか?」
金髪少女は、赤髪のザザンへ問い返した。
「納得はした。しかし可能なのか? そんな事が。
……偽装だとバレたら、アキバハラ公国の信用が大きく失われることになるぞ?」
「そんなヘマはしませんよ。上には事情を話せば理解してもらえるはずです。
それに……さらに大きな事件で上書きすればいいじゃないですか? 例えば魔導停止とか?
というのは冗談ですが」
「……リリィ、お前は……どこまで……」
「姉さま?」
隣の白髪の少女が、金髪少女の顔を覗いて不思議そうな顔をしていた。
どうやら二人の少女は姉妹らしい。
「良かったぁ……大吾……」
ふぁぁ、というため息をついて、
途端に俺も緊張から解放されて、身体の力が一気に抜けた。
「……とにかく、その提案には感謝する。リリィ」
赤髪のザザンは、金髪少女に向かって深々と頭を下げた。
「いえいえ、あたしの脳みそではこのアイデアが限界でしたから…… ザザンさんも良く殺さずに彼らを保護してくれました。この世界では【特殊スキル】や【召喚勇者】は貴重ですからね」
リリィという金髪少女が、年相応の可愛らしい笑みを見せて、俺はハッとなった。
目の前にいる少女が少女であることを忘れるほど、彼女の言葉は理路整然で、引き込まれてしまっていた。
「……ねぇ…… 聞きたいんだけどさ。この世界から元の世界に帰る方法を、知っている人はいないの?」
俺の後ろの方から、
「今の所は分かりません。文献を調べてみようと思います。
……実は別の方々からも同じことを頼まれているので。
まずは公国の図書館で、ネラー世界へと行く方法を調べてみようと思います」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
リリィの愛想ある笑顔に、
「その代わり、しばらくは皆様に不自由を強いることになるかもしれません。少しだけスキルを用いて働いてもらうこともあるかもしれません。
ですができる限り早く、元の世界へ帰れるように尽力しようと思います」
そう言って、金髪少女リリィは俺達に向かって頭を下げた。
「さて、ザザンさん。お昼ご飯も届けて話も済んだみだいですし、一度ここを出ましょう。話たいことがあるんです」
「あ、あぁ、俺もだ」
リリィの言葉に、赤髪のザザンは慌てて立ち上がった。
そして三人は、牢屋の前から姿を消した。
どうやらあの金髪少女のアイデアで、俺たちはみんな。公開処刑を逃れる希望ができたらしい。
「とにかく、首の皮一枚って奴か……」
いずれにせよ。世界中のヘイトがいまこの俺に向いているには変わりないだろう。
本当に助かったかどうかは分からない。すべて嘘になるかもしれない。でも……
「良かったぁ、
「うぉぉぉん、
俺にすがりつき泣き崩れる女の子とチームメイトの二人がいて、俺は今まで感じたことのない種類の安心感に包まれていた。
その後ザザンが再び戻ってきて、クラスメイトの名前を問われた時は、本名ではなく適当な偽名を教えてやった。
これは
ザザンは、俺をいちおうは信頼しているらしく、俺の教えるクラスメイトの偽名を何の疑問も持たずに信じ込み、「協力感謝する」と頭を下げて去っていった。馬鹿め。
★★★
「ではユリィ。せっかくですから、今日は公国のプールに行ってみましょうか?」
アキバハラ公国の宮殿にて、ザザンと話を済ませたリリィは、ユリィの手を取り天井の高い廊下を歩いていた。
豪華なシャンデリアが降り注ぐ、無駄に荘厳とした宮殿の大回廊であった。
「あの、姉さま。
妹のユリィは、姉のリリィへそんなことを尋ねた。
二人に取って、
「あの場にはザザンさんがいましたからね。宝物庫から出てきたメンバー以外の、洞窟に取り残された
「なるほど、そういう事情だったんですね…… 捕まった彼らはこれからどうなるのでしょうか……?」
「それは……貴重な特殊スキル
しかし、あたし達は無力です。小細工や嘘でしか戦えない。
いくら努力しても、勉強をしても…… 超えられない壁や変えられない運命というものはありますから……」
「そんな……」
リリィの現実的な言葉に、ユリィは悲しそうな顔で絶句した。
「……あたしは無力です。力も才能もない……
いつも中途半端で迷ってしまう……
ごめんなさいユリィ。あたしは悪いお姉ちゃんです……」
「そんなことありませんっ!!」
力なく金髪を垂れるリリィに、ユリィが力強く反論した。
「姉さまは……リリィ姉さまは、わたしの憧れですっ!
私はお姉さまの顔が好きです。言葉が好きです。匂いや考え方まで大好きなんです……
そんなことは……」
「ユリィ」
お姉さまは、哀しそうに言った。
―ユリィ視点ー
リリィ姉さまは、私をたしなめるように、短く私の名前を呼んだ。
そうして表情を隠すように、私の首へと両腕を回し、私を冷たく抱きしめてくれる。
「姉さま……?」
いつもとは違う姉さま。
身体が震えて小さくなっている姉さまに、私は何も知らないふりをして首を傾げた。
本当は、全部分かってた。
分かっていた上で、私はずっと、無垢な妹を演じていた。
私はリリィ姉さまに、ずっと嘘を重ね続けている。
それは全て、姉さまがこれ以上傷つかないために。
私はそれでも、姉さまのことが大好きだった。
姉さまが苦しんでいる顔なんてみたくなかったのだ。
私は姉さまに、心の底から笑っていて欲しかったのだ。
「……ごめんね、ユリィ…… あたしはユリィが思っているほど、いいお姉ちゃんじゃないんだよ……」
うん、知ってる。
誰にも言えない罪悪感に耐えられず、罪の断片を懴悔するように、リリィ姉さまは消え入りそうな声を漏らした。
「そんなことありません。お姉さまは、いつでも私の憧れです。
自分のことをそんなに嫌わないでください……
お姉さまが姉さまのことをどう思おうと、私は姉さまのことを、ずっとずっと愛していますから……」
私は嘘を重ねる。
それは赦しの言葉か……あるいは呪いの言葉かもしれない。
私の吐いた毒りんごを、お姉さまは逃げも隠れもせず、正面から抱きしめて
「うん。あたしも愛してるよ……ユリィ……」
姉さまもまた、嘘をついた。
互いの触れられない部位、超えてはいけない一線。
まるで真実から目を背けたくて、外見や体裁や飾りをなぞるように、私たちは静かに互いの輪郭を撫であった。
「……プールに行きましょうか! ユリィ」
「はいっ! 楽しみです!」
私は笑顔で頷いた。
できることなら、騎士様も一緒にプールに行けたら良かったと思う。
私は騎士様の田舎の話を聞くのが大好きだった。
外の世界の物語。
川に潜って魚を取ったり、森で動物を捕まえたり、海の話や砂漠のお話。
騎士様はいま、どこにいるのだろうか?
無事なのだろうか?
私はリリィ姉さまとプールに入った。
昨日の晩、川で泳いだときは、
今日は姉さまと遊べて楽しかった。
目が見えない私だけれど、周りで沢山の人たちが楽しんでいるのが分かった。
気持ちの良い水しぶき、こぽこぽと鳴る水の中。
ウォータースライダーに乗るのが、とくに楽しかった。
私は気に入って、何度もお姉さまと一緒に高いところからすべり落ちた。
楽しかった。すごく楽しかった。
こんな幸せな日々が、ずっと続けばいいのにと、心の底から思った。
私は、お姉ちゃんが羨ましかった。
私が、お姉ちゃんだったら良かったのに。