クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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八十三発目「歌姫アイリス」

 ー浅尾和奈視点ー

 

 私はまた汗びっしょりになっていた。

 病み上がりというのもあるだろうが、なにより背中に負った、行宗の質量である。

 男の子というのは、こんなにも重いのかと、驚かされる。

 行宗は、完全に気絶して、意識がない。

 呼吸は問題なさそうにみえるけれど、それも時間の問題かもしれない。

 彼は最後に、「30分」と呟いた。

 きっと、30分がタイムリミットだ。

 行宗(ゆきむね)の身体に毒がまわって死んでしまうまでのタイムリミット。

 

「…………」

 

 私は行宗(ゆきむね)を背負って、もと来た道を引き返していた。

 アルム村に向かっても、30分には間に合わない。

 だから、私は覚悟を決めた。

 獣族反乱軍に、助けてもらうしかないのだと。

 

 もと来た道を引き返し、命を狙ってきていた相手に助けを乞うのだ。

 言わずもがな、怖い。怖かった。

 話を聞いてもらえる間もなく、殺されるかもしれない。

 運よく話が出来たとして、果たして和解できるのだろうか?

 ……考えても嫌な想像しか浮かんで来ないから、私は頭をからっぽにしようと頑張った。

 とにかく、行宗を救うには、一縷の望みに賭けるしかないのだ。

 

「…………」

 

 前方の草むらから、複数人の気配がした。

 私は息を飲み混んだ。

 暴れる心臓に負けないくらい、思い切り息を吸い込んで、叫ぶ。

 

『聞いてください! 私たちは敵ではありませんっ!

 フィリアちゃんの家族で、獣族の仲間です!』

 

 獣族語で、大声をあげる。

 声を張るのが久しぶりすぎて、肺がきりきりと痛んだ。

 直後……

 10数本の矢が、私めがけて襲いかかってきた。

 

「ッ……タァ……!」

 

 横に飛び、矢の集団は避けたけれど、バランスを崩して転び、身体を地面に強打した。

 

『私の名前は、小桑原恵(こくわばらめぐみ)

 小桑原啓介の娘でっ! フィリアの姉ですっ!』

 

 どこか記憶に残っていた名前で、私はハッタリをかますことにした。

 

『……なっ……それは本当か?』

『馬鹿野郎、でまかせに決まっているだろうが!』

『聞いたことがないぞ? フィリアに兄弟が居たなんて……?』

 

 草むらの向こうから、獣達の声。

 

『雑兵だけ前に出よ。……奴の全身を拘束するのだ。総員警戒を怠るな。怪しい動きをすれば、躊躇なく撃ち抜け!』

 

 リーダー格らしい男の、厳格な声がする。

 

『抵抗の意思は、ありません……

 私達は獣族のために、命をかけて戦えます。

 赤と白の仮面の集団は、私達の敵なんです……!』

 

 私が両手を上げて、無抵抗を示した。

 縄と拘束具を手に持った獣族が四人、警戒した様子でこちらへとやってくる。

 

『……私はどうなっても構いません。この人を助けてください。毒で死にそうなんです。お願いします……』

 

 私は、震えながら嘆願した。

 行宗を助けてくださいと。

 そして私と行宗は、手足をぐるぐる巻きにされて拘束されることになった。

 

 

 ★★★

 

 ちょうどその頃、獣族たちが別のことで、何やら騒がしくなっているのが聞こえた。

 

『どうやら、ジャイガ様が合流されたようだ』

『今にお前に審判が下されることになるだろう……』

 

 私を拘束した男たちは無機質な声で言って、私のそばから駆け足で離れていった。

 

 入れ替わるように、白髮の短髪の青年が、堂々と姿を表した。

 年は、ひょっとすると私達と同じくらいだろうか?

 そうか彼が、獣族反乱軍のリーダー、ジャイガ。

 フィリアを幼少期に虐めていた男か。

 

『こいつがフィリアの姉だって?』

 

 ジャイガは、一人私を見下ろした刹那、ペッと唾を吐きかけた。

 

『バカ言うんじゃねぇよ、あいつに兄弟はいねぇ。俺はあいつの幼馴染だ』

 

 ボロボロの革靴で私の頭は踏みつけられて、硬い地面に押し潰されそうになる。

 

『言え! お前は何者だ! 他にも仲間がいるはずだ! 居場所を吐け!』

 

 ジャイガはキインと金属音を立てながら刀を引き抜くと、そのままグサリと、私の太ももを貫いた。

 

「ぎゃぁ、ぁがぁあああっ……いぎいぃぃぃいっ!」

 

 痛い痛い痛い痛い、死ぬ……殺される。

 正常な思考を奪われて、私は痛みと恐怖のあまりに泣き叫んだ……

 何も考えられない……右の太もものなかで、刀をぐりぐりと回されるたびに、失神しそうなほどの痛みで全身が痙攣していた。

 

「和奈……」

 

 耳元で囁かれた。

 行宗の声だった。

 私の絶叫がうるさくて、目が覚めてしまったのだろうか?

 行宗が、私の名前を呼んでいる。

 お陰で私は、少しだけ冷静な思考を取り戻した。

 

『……私の、仲間は、獣族ですっ。……私は獣族を助けたいっ! 命をかけて……あぐっ……戦えますっ……!』

 

 私は、声を絞り出した。

 ジャイガの剣先の動きが、はたと止まる。

 

『そうか……この程度では拷問にならないようだな……』

 

 あぁ、駄目だ。まったく話を聞いちゃくれない……

 もういっそ、魔法で暴れまわって、逆にこちらから脅迫してやろうか?

 行宗を解毒しないと、皆殺しにするぞ、って。

 私のレベルなら、魔法の爆発でこの拘束を解いて、形勢逆転することだって、不可能じゃないはずだ。

 ……いや、何を考えているんだ私は。

 そんな事すれば、マナ騎士団と同じになってしまうじゃないか。

 フィリアたちに、顔向けできない。

 

『まってっ、まってよジャイガっ……!』

 

 そんなとき、遠くから、小さな男の子の声がした。

 

『こらっ、ジャイガ様に向かって何を言い出すのよっ』

 

 女の人の、慌てたようにたしなめる声がする。

 

『あぁ? なんだよ』

 

 ジャイガが私の腿から剣を抜き去り、イライラした様子で振り返ったようだった。

 

『……その人間の話を、聞いてあげてよっ! 俺はっ、その人間に助けて貰ったんだっ! 魔法で足を治療してもたったんだっ!

 俺には、むずかしいこと分かんないからさぁ、分からないけどっ。話だけでも聞いてあげてよっ!』

 

 あぁ、そうだ。

 この声は、さっき私が回復魔法で治療してあげた獣族の男の子の声だった。

 私は、視界いっぱいを涙でぐちゃぐちゃにしながら、

 ここぞとばかりに大声を叫んだ。

 

『……ジャイガさんっ。あなたが恐れているように、私達はすごく強いっ…… 

 私なら! この拘束を抜け出して、ここにいる全員を皆殺しにすることだって、難しくない、と思うっ……!』

 

『だろうな』

 

 驚く様子もなく、ジャイガは言った。

 私達の周囲からは、『やはり危険だ』とか、『今すぐ殺せ』とか、『危ないです離れてくださいジャイガさん』とか、ものすごい叫びが飛び交っている。

 

『でも、私は抵抗せずに、自ら捕まるなんて真似をしたっ! それは獣族を殺したくなかったからだっ!

 解毒を頼むだけなら、脅すなりなんなり簡単な方法はいくらでもあった!

 でもこの方法を選んだのは、きっとあなた達と和解して手を取り合えるって、信じたからだっ!

 私たちはすごく強いっ! だからこそ、私達は獣族を敵から守る力があるっ!

 ……お願いします。私達を仲間として信用してください……』

 

 私は、心の底から頼みこんだ。

 これで駄目なら、もうどうしようもないだろう。

 周りの獣族たちは、私についてあれこれと騒ぎ立てていたけれど、

 不思議と私は、このジャイガという男は、実はもの分かりの良い男なのではないかと思うようになっていた。

 おかしいな。この男はちっとも私の話を聞いてくれていないというのに。

 

『……悪かったな。こうでもしなくちゃ、信用できなかったんだ……』

 

 ジャイガが、申し訳なさそうに小声で漏らした。

 

『……いいだろう! 合格だ! 彼女は足を刀で貫かれても、一切の抵抗を見せなかった。

 彼女は紛れもなく、小桑原啓介の娘だ。我々獣族の同士である!

 襲撃者との戦いにおいて、彼らは強力な戦力になるだろう!』

 

『おぉぉおおおおっ!』

 

 ジャイガが高らかに宣言すると、そこらじゅうから雄叫びのような声があがった。

 

『……ありがとう、ごさいますっ……!」

  

 私は、吐き出すように感謝を叫んだ。

 安心と感激のあまり、全身に鳥肌を抱えながら。

 

『アイリス!

 この人間の男が毒を食らって危険な状態だ。

 彼女の足の治癒とあわせて、頼めるか?』

 

 ジャイガは「アイリス」という名前を呼んだ。

 

『えー? 父さまのお望みなら、ボクは構わないけどさ…… ほんとに信用していいの?』

 

 

 特徴的な声の女の子がぶつぶつと呟きながら近づいてくる。

 

『……あぁ。この二人は人間だが、敵じゃない。一緒に戦ってくれる仲間だよ』

 

『……わかった。父さんがそこまで言うなら』

 

 そう言って、女の子は、眉を顰めながらも私の顔を覗き込んできた。

 左目に眼帯を覆った。隻眼のダブルツインテール獣族少女だった。

 青いグラデーションの髪に桃色のアクセント、黄色く輝く凛々しい瞳。

 髪は染めているのだろうか? 

 私が出会ってきた獣族の髪色は、みんな例外なく地味だったけれど。

 この娘の髪色だけは、絵の具の原色のように鮮やかだった。

 まるでコスプレイヤーだ。

 アニメ世界から飛び出してきたような派手少女が、目の前にいた。

 

『……男の人から、助けてください。毒で死にそうなんです……』

 

 私は彼女に、急いで治療に取り掛かるように嘆願した。

 

『……ボクの力は、魔法じゃないから時間はかかるけど……

 お前の心配はいらねぇ、二人同時に治せるよ』

 

 アイリスは、表情を変えずにそう言って、背中のポケット?から何か薬のようなものを取り出して飲み込む。

 そして、すーっと空気を吸い込んで。

 

『……私は、願う…… 我が主よ…… 森羅万象の創造神……白菊ともか様よ……』

 

 囁くような声で、アイリスは歌い出した。

 私は呆気に取られていた。

 彼女の歌声は、喉が枯れているのか、どこか掠れて痛々しかったけれど、

 囁き声だと思えないほど力強く、私の心の全てを奪った。

 

 私の太ももの出血が止まった。

 全身からダルさが抜けて、頭の痛みが晴れていく……

 よし、これなら、手が動く……

 私は、自分の太ももに、手を触れた。

 

「【回復(ヒール)】……」

 

 その瞬間……

 

『ごほっ、かはっ、ケホカホッ……』

 

 アイリスが、咳き込みだした。

 苦しそうに肺を抑えて、歌うことすらままならない。

 

『だ、大丈夫? もしかして私の魔法のせい?』

 

 私は狼狽して、即座に回復魔法を取りやめた。

 

『いいえ……これは私の持病です…… だからお願い、あなたの力で、私の胸に治癒をして……』

 

 アイリスは涙を堪えながら、かろうじてメロディを続けていた。

 そうか。彼女のスキルは、歌うことなんだ。

 でも彼女は、声に持病を授かっている。

 彼女にとって歌うことは、自分の体を傷つけることに他ならないのではないだろうか?

 それは何て残酷なスキル……

 

『【回復(ヒール)】』

 

 私は、緑色の治癒の光で、アイリスの胸を包み込んだ。

 

『ありがとう……小桑原啓介さんの娘さん……

 あなたのおかげで、私は歌い続けることができる……』

 

 アイリスの金色の瞳に、少しだけ光が灯ったように感じた。

 それから10分間ほど私は、彼女の歌声が見せる、夢のような世界にいた。

 周りの声は聞こえなかったし、何も目に入って来なかった。

 

 歌が終わって、私は初めて、私たちの周りから獣族達がほとんど居なくなっていることに気がついた。

 

『これで……毒は抜けたはずだ……』

 

 朝びっしょりで、青白い顔のアイリスはため息をついた。

 

『ありがとう、アイリスさん。お水飲む?』

 

 私は両手でお椀を作って、冷たい水を魔法で満たす。

 【水素(アクア)】、と。

 

『おぉ、お前、気がきくな!』

 

 アイリスは少し活気を取り戻して、私の手のひらに顔を突っ込んでゴクゴクと喉を鳴らした。

 まるでペットに餌をあげているみたいだ。

 失礼ながら、そんな光景が脳内で重なった。

 

「……和奈、ありがとう……」

 

 背中越しに聞こえた、彼の声に、

 私の心臓はぴょんと飛び跳ねた。

 

「行宗……! どう? 毒は大丈夫なの?」

 

「あぁ……たぶん…………うん、

 ステータスオープンしても、毒の表記は消えてるよ」

 

 あぁ、良かった。良かった。

 

「良かったぁあぁぁぁっ!」

 

 私は堪えきれず、行宗に思い切り抱きついた。

 抱き上げて、その存在を確かめるように、強く強く両腕で背中を締める。

 

「痛い痛いっ、力強いって和奈っ」

 

「あ、ごめん……つい」

 

 私は途端に冷静になって、行宗から距離を取ろうとする。

 しかし、あれ? 離れられない。

 気づけば私は、行宗に腕を回されて、抱きしめ返されて、離れることができない状況だった。

 

「……ぜんぶ、聞いてたよ。

 俺は簡単な獣族語しか分からなかったから、会話の内容は全然分からなかったけど……

 痛かったよな……怖かったよな……

 本当にありがとう、和奈」

 

 泣き出しそうに、彼の左手が、私の頭をやさしくやさしく撫で回す。

 

「うん……怖かった。……すごく頑張ったんだよ、私っ……」

 

 私は、彼の優しさに、甘えてしまうことを選んだ。

 とくんとくんと心臓が鳴る。

 彼の身体を手繰り寄せて、いろんな触れ方を試すように、身を捩らせて互いの体温を確かめ合った。

 

「「…………」」

 

 それ以上は、互いに何も言わなかった。

 ただ私は彼の胸の中で、ゆっくりと頭を撫でられる。

 首と首がぴとりと重なって、熱くて冷たくてたまらなかった。

 言葉ではなく、身体で気持ちを伝え合う。

 こんな感覚は、久しぶりだった。

 思い返せば、行宗とハグをするのは初めてだった。

 この三ヶ月間、一緒の部屋で寝ていたけれど、スキンシップに関しては、互いに気遣い遠慮してきたように思う。

 行宗は、直穂の彼女だから……

 少し、背徳感は拭えなかったけれど。

 今くらいは、許されるはずだ。

 人の体温を感じていると、びっくりするくらい安心する。

 まるで天国にいるような夢見心地だった。

 どうかこのまま、何も考えることなく、もう少しだけ……

 

 

『お前らまさか夫婦か? くそぉ、イチャイチャしやがって…… モテないボクへの当てつけかぁ?』

 

 アイリスが、ギロリと鋭い眼光で歯噛みしながら、そう言った。

 

『え? ち、違うよ……! 私たちはただの友達だよっ!』

 

 私は慌てて弁明した。

 

「どうした和奈? 何て言われた?

 あぁそうだ。君にもお礼を言わなくちゃ、えっと名前は……?」

 

「アイリスちゃんだよ」

 

 行宗が耳元で気まずそうに尋ねてきたので、私も小声で囁き返した。

 

 

『くそぉっ…… 恋人でも無いのにっ、耳元で愛を囁くなんてぇ、

 このビッチがっ……いままで一体何人の男をたぶらかしてきたんだっ……』

 

 アイリスは汚物を見る目で私を蔑む。

 

『私はっ、ビッチじゃないよっ! 

 とにかく、この男の人も、助けてくれてありがとうって言ってるからっ』

 

『そうか、ふーん。どういたし、まして』

 

 アイリスは行宗のほうをチラリと見て、すぐにふいと目を逸らした。

 そうか、ははーん。なるほどね。

 アイリスはどうやら、男の人が苦手なのね? 可愛い……

 いや……考えすぎかな? 

 人間だから、苦手意識があるだけかもしれない。

 

「……しかし、マナ騎士団は……赤と白の仮面集団は、一体どこに消えたんだ……?」

 

 行宗が、独り言のように首を傾げていた。

 

「ねぇ行宗、アイリスちゃんとしばらく二人で話してもいいかな?」

 

「うん? あぁ、良いんじゃないか?」

 

「ありがと」

 

 私は、アイリスと交流を深めることにした。

 彼女には不思議な魅力があった。

 仲良くなれそうな気がしたのだ。

 

『……なあ、小桑原啓介の娘、

 お前、回復魔法が使えるなら、ボクと一緒にきてくれないか?』

 

『え? どこに?』

 

 アイリスに肩をつつかれて、私は後ろを振り向いた。

 

『ボクは早く、ゼピアで怪我した仲間達を助けにいかなくちゃいけない。まだ助けられる命は少なくないはずだ』

 

 あぁ、そっか。そうだよね。

 マナ騎士団の襲撃による、北の街ゼピアのあの惨状だ。

 あの焼け野原には、今もなお怪我を負った獣族たちが、数多く苦しんでいるのだろう。

 

『またその歌声を使う気なの? あんなに苦しそうだったのに、これ以上歌って本当に大丈夫?』

 

『ふん、バカなこと言うなよ。今歌わなくていつ歌うってんだ。

 ボクの歌には、人を幸せにする力があるんだ。今がその時だ!

 でも……ボク一人じゃ限界があるから、お前にも頼みたい。

 えぇっと、お前の名前、なんだっけ?』

 

小桑原(こくわばら)(めぐみ)……だよ』

 

 私は、どこかで聞き覚えのある、この偽名を口にした。

 あぁ、そうだ。

 この名前は、現実世界にて、

 たしか隣のクラスの、不登校だったの女の子の名前だ。

 入学式から、一度も登校したことがないという、

 1年4組の小桑原恵ちゃん。

 

『そうか、(めぐみ)。と、そっちの男は?』

 

 アイリスに行宗について尋ねられて、私はどう答えようかと思案した。

 

「行宗、アイリスちゃんが、北の街の怪我人たちを助けにいかなくちゃいけないって……」

 

「あぁ、そりゃそうだな。俺も行くよ。

 フィリアがいると心強いんだがな」

 

「そうだね……ああ、そうだ。ねえ行宗、しばらく私の名前は、小桑原(めぐみ)って呼んで」

 

「小桑原、(めぐみ)……?」

 

 行宗は、難しそうな顔で首を傾げた。

 

「うん、私の名前は小桑原(めぐみ)、啓介さんの娘で、フィリアの姉。今はそういう設定で誤魔化してるからさ」

 

「なるほどな。わかった」

 

 行宗は、全て理解してくれたようだった。

 

『何をこそこそ話してるんだ。怪しい、羨ましいぞっ! 行くなら早く着いてこいっ!』

 

 アイリスがジトリと睨みながら催促してくる。

 

 私と行宗は、アイリスの後に着いて行った。

 私は近くにいた数人の怪我人を、すみやかに回復魔法で治療してから、

 準備された馬へと、馬主の後ろに跨った。

 

 北の街から、あまり離れた場所ではないはずだ。

 ブヒヒヒンと馬が鳴き、いざ出発という時に。

 

 なにやらザワザワと、後ろのほうが騒がしくなった。

 

『大変ですっ、南のほうから、煙が……!』

 

 獣族の男が血相を変えて駆け寄ってくる。

 

 南……南………

 南って、え?

 私は、反射的に振り返った。

 

 煙が上がっているのを見て、私の心臓の温度は、一気に凍りついたように引き攣っていた。

 

『大変だ……今すぐ行かないとっ! アルム村には、父さんと母さんが、フィリアさんを迎えに戻ってるのに!!』

 

 聞きたくない事実が、アイリスの口から紡がれた。

 そうだ。煙が上がっている方角は、間違いない。

 私たちが三ヶ月を過ごした村、アルム村の方角に違いなかった。

 

「行宗ぇっ……アルム村がっ……フィリアちゃんがっ!」

 

 私は泣き出しそうになりながら、半ばパニック状態で行宗にしがみついた。

 アルム村が襲われている。

 今から助けに行って間に合うだろうか?

 フィリアにマナト、ジルク、ジュリアさん……村のみんなは無事なのか? 今から向かって間に合うのかな?

 

「大丈夫だ……大丈夫だ……死んでる訳ねぇ。フィリアは強い女だ……こんなところでくたばるわけねぇだろうが……!」

 

 行宗も、必死に自分自身に言い聞かせているようだった。

 そして、行宗は、真剣な目つきで、

 両腕で、私の肩を力強く掴み上げた。

 

「かず……

 いいや、(めぐみ)……

 頼みがある……

 もう一度だけ、俺のオカズになって、くれないか?」

 

 行宗は、辛そうな、痛々しそうな顔で言う。

 やめてよ…… そんな辛そうな顔するの。

 こっちまで申し訳なく思えてしまう。

 

「ばーか、当たり前でしょ。親友だもん。

 ……これ以上、誰も殺させやしない!

 私たち二人で、獣族のみんなを守り抜くの!」

 

 彼の耳元で、確かな声で囁きながら、

 バチンと縮まった背中を叩いた。

 

 私たちは、二人で急いで森の中に入った。

 私は頭を空っぽにして、自分の上着に手をかけた。

 恥ずかしさも、罪悪感も、今は要らない。

 ただ、戦うことだけ考えろ。

 

「……行宗、愛してるよ。

 あなたのことが好き、大好き……

 頑張れ、頑張れ、行宗ならちゃんとできるよ……」

 

 嘘で、誤魔化した言葉を、彼を煽るように紡いでいく。

 

 私たち二人の関係は、最初から最後まで、何もかもが間違っている。

 けれど、どうしてだろうか?

 

 私は変な女の子だ。

 

 単なるエロス。

 情緒もへったくれもない無骨な関係を、

 私は案外心地よく感じていたのだ。

 

 まったく私はイケない女だ。

 

 直穂に合わせる顔がないや。

 

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