クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件 作:スイーツ阿修羅
朝、太陽が昇る頃。
簡素だが美味しい朝ごはんを済ませた、俺と和奈は、荷物をまとめて、出発準備をした。
ギラギース地区の入り口まで、ユウちゃんが馬車で送ってくれることになった。
一般人が乗れる船は、午前中と夕方の二本しか無いそうなので。午前の便を目指して、出発するのだ。
ユウちゃんのお婆ちゃんが、玄関の前でお見送りをしてくれる。
「……昨日の回復魔法はありがとぅねぇ。
おかげでまだまだ長生きできるわぃ」
腕をブンブンと回しながら、不敵に笑う元気なお婆ちゃん。
だけど、俺も和奈も気づいていた。
携帯用の回復魔法の魔法陣を使ったのは、お婆ちゃんではない、と。
この家には、三人目の家族が居る。
匿っているのは獣族の誰か。
携帯型回復魔法陣は、その獣族の治療に使われたこと。
「はい。こちらこそ、泊めてくださり美味しいご飯まで頂いちゃって、ありがとうございました!」
俺は心から感謝を述べた。
「うむ。うちも、きみらの旅の無事を祈っておるわ」
そう言うお婆ちゃんは、少し、寂しそうに見えた。
ここに住む獣族の人に、会ってみたかったな。
そういえば、この二人は、獣族とのコミュニケーションはどうしているのだろうか?
人間語の話せる獣族なのか、
それともユウちゃん達が、獣族語を話せるのか?
分からない。
詮索すると面倒な気がする。
ユウちゃん達は、獣族の大切な人を、王国に処分されないよう、必死にこの家で匿っているようだからな。
『……お大事に、ね!』
そんな時だった。
俺の隣の女の子、浅尾和奈が、
お婆ちゃんのさらに向こう、家に向かって、獣族語を使って叫んだ。
俺でも意味が聞き取れた。
毎日聴いたフレーズだから。
フィリアが、治療が終わった患者に向かって、見送りの時に口にする言葉。
『お元気で』とか『ご自愛ください』みたいな意味の言葉だった。
「なに?」
お婆ちゃんが、目の色を変えて驚愕していた。
ユウちゃんも、驚きのあまりカバンを落とした。
次の瞬間。
ガラガラガラァァッ!! ピシャァァァ!
瓦造りの玄関扉が、勢いよく開かれた。
そして玄関の中から出てきたのは、獣族の青年だった。
獣族の青年は、強面で、年齢は俺より少しだけ大人っぽくみえる。
彼は、和奈の近くまでズンズンズンと歩み寄ると。
ガクリと膝を付き、項垂れて、手を地面に突き土下座をした。
『ありがとうございます。俺の命を助けていただき、ありがとうございます!』
これも、簡単な獣族語だった。
しかも綺麗な発音だから、一言一句聞き取れる。
獣族の青年は、地面に涙の水たまりを作りながら、感謝を全身で表現していた。
唖然としたユウちゃんとお婆ちゃんをおいて、
和奈と獣族の青年は、二言三言、獣族語で何かを話していた。
そして和奈は、獣族の彼に手を振って別れて、
「行こう。
と、出発の催促をするのだった。
ユウちゃんは、まだ開いた口が塞がらないようで。
「……獣族語が、話せるんですか?」
と、不安そうで、警戒した様子だった。
「心配しないで、私たち、獣族とは仲がいいから。ユウちゃんと同じように、匿ってる側の立場なの。
王国軍に通報なんてしないから、安心してね」
「信じます……」
ユウちゃんは、ごくりと喉を鳴らしてから、言った。
「獣族が居るって気づかれたのは、お二人が初めてです。もちろん、この村に訪れる物好き人なんて稀ですが。
どうやって気づいたんですか、どうすれば、もっと上手く隠せるでしょうか?」
そう問うユウちゃんに、俺たちは三人分の食器と、獣族の毛の話を始めた。
会話をしながら、馬車に乗り込み。
晴天の朝の下を、ガラガラと車輪か回り始める。
「なるほど、食器に、毛ですか。
掃除はしてるつもりなんですが、食器とは盲点でした……」
手綱を操りながら、ユナちゃんは真剣な表情だった。
「……あの獣族の人は、アモンって言います。
わたしが小さい頃、森の中で迷子になった時に、彼はモンスターの襲撃から助けてくれて、治療までしてくれたんです。
獣族の言葉は、まだ少ししか分からないですけど……彼はわたしの旦那です。
……だから、スラスラ獣族語の話せる和奈さんが、私にはすごく羨ましい……」
ユウちゃんが、少し寂しそうな微笑みを見せた。
「あ、そうだユウちゃん。これは伝えておいた方が良いかもしれない」
和奈が、突然思い出したように手を叩いた。
「あの獣族の、アモンさんがね、言ってたよ。
『命を救ってくれてありがとう』って
『これでまだまだユウちゃんと一緒に生きられる。そばで守ってあげられる』
だってさ」
「そうですか……そうですか。……ありがとうございます」
ユウちゃんは、進行方向を向きながら、僅かに声を上擦らせていた。
「わたしはなんて幸せ者なんでしょう……」
噛み締めるように、そう言って。
唇を噛んだユウちゃんは、目尻からポロポロと、静かな涙を溢れさせていた。
★★★
一時間は走っただろうか?
山道を下っていた俺たちは、視界の先に、木造建築がずらりと並んだ賑やかな街をとらえた。
ガロン王国、ギラギース地区。
大河に沿うように発展した。ガロン王国の南部では最大規模の都市である。
「……わたしが案内できるのは、ここまでです。あの橋を渡るには、住民票が必要ですから。
……身分証のないお二人は、あそこの受付で手続きを済ませなくては、いけません」
ユウちゃんが、名残惜しそうに、馬車を止めた。
「また遊びに来てください。次会うときには、子供が出来ていると良いなって、思ってます。
きっとケモ耳の生えた獣族の子供でしょうから、秘密を隠すのはもっと大変になりそうですが……」
「もしもの時は、獣族独立自治区を頼りなよ。南西部のアルム村って所に、優しい優しいフィリアさんっていうお医者さんがいるから」
俺は、そう伝えておいた。
「ありがとうございました」
「じゃあね!」
「ありがとう!」
別れの挨拶と共に、馬が鳴いて車輪が回る。ユウちゃんの馬車は橋の向こうへと渡っていった。
今日は食糧の買い足しついでに送ってくれたらしい。
「すごい、なんか、外国に来たみたいだね」
木とレンガを組み合わせた建築に、浅尾和奈は目を輝かせていた。
思い返せば、和奈はこの世界で、街を見るのは初めてだった。
「「船着場」に、「関所受付」って……ほんとに看板ぜんぶが、日本語なんだね。……不思議」
きょろきょろと目を輝かせながら、和奈は俺の手を引いていった。
周りにたくさんの人がいる。
皮のブーツを履いたリッチな人たちと、対照的なポロポロの服の人たち。
俺や和奈の服装は、その中間くらいだった。
地味だけど汚くはない服装。そもそも俺も和奈も、衣服は機能性重視だし。獣族独立自治区の服のレパートリーは貧しい。
「……大人二枚で、1200ガロンになります」
「つまり、ガロン金貨1枚と銀貨2枚だな」
簡単な荷物検査を済ませて、受付にて、二人分の切符を買った。
この世界の貨幣制度は、十進数なので助かるな。銅貨10枚で銀貨、銀貨10枚で金貨と等価になっている。
切符を見せて、長い長い橋を渡った。
木製の桟橋が、アーチを連続させて、大きな川の間をつなげているのだ。
「みて、これボトルシップってやつだよね。すっごっ!」
「なんか、現実世界にないものばっかだね。
……見てこれ! サッカーのボードゲームみたいなのがある!」
船が着いて乗り込むまでの2時間弱。
和奈に引っ張られて色んなお店を回っていると、待ち時間は一瞬で過ぎ去っていった。
……ギラギース地区は、三か月前とは見違えるほど、活気に溢れて賑わっていた。
黒竜の群れによる襲撃で、一時は焼け野原になったというのに。たった三か月でここまで復旧できるなんてな。
いちおう俺と直穂が、黒竜の群れを殺戮して、あの巨大龍を退治したから。
俺のお陰で、今のこの街の活気があるのだと考えれば、誇らしい気分になれるな。
「ん? あれ? なんだろう」
港へ戻る途中、和奈が大きな白い石像を指差した。
高さは七メートルほどだろう、広場の噴水の水より高い石像は、大きな剣を持っていた。
この顔の感じは、男性だろうか?
花束や手紙が添えられて、足元には投げ銭が溜まって、賽銭箱のようになっていた。
周りには数人の列が出来て、みな像に向かって手を合わせていた。
「白の剣士の英雄像……漆黒の巨大竜を討伐し、ギラギース地区を救った、名無しの英雄の像……」
「……あ、これ、俺だわ」
心あたりしか無かった。
漆黒の巨大竜というのは、三ヶ月前にマグダーラ山脈に行く途中、直穂との連携で倒したモンスター、【ブラックグレートドラゴン】のことだろう。
「ぶふっ、マジで? ……んー確かに、面影はあるかも? 全然似てないけど……」
「……なんか、こんな美形じゃないよな。俺の顔」
「そうだね。失礼かもしれないけど、そうだね。まぁでも、わたしは本物の方が好きかな」
和奈は、俺と俺の石像を、見比べながら言った。
「ちょっと私もお祈りしてくる! なんかご利益がありそう!」
「おい、あんま時間使うと、出発の時間遅れるぜ」
和奈は、俺の石像のまえで、パチパチと両手を合わせていた。
神社じゃないんだから。
そして、早足で坂を下り。
俺と和奈は、大きな蒸気船へと、乗り込んだ。
船の全長は150メートルくらいだろうか?
甲板には三本の煙突がついて、煙がぽんぽんと立ち上る。
甲板には救命用の小舟が並び。船内はホテルのような構造になっていた。
これから船は北上して行き。ちょうど日が沈む頃に、ガロン王国北西部……ナグサバ地区の港に着く予定らしい。
三本の煙突から煙を炊きながら、たくさんの人を乗せた船は、出発した。
大きな川を、煙を上げながら登っていく。
午前の日差しがキラキラと水面に反射して、ギラギースの街並みが、どんどんと後ろに遠ざかっていった。
「……ふー、気持ちいいー」
浅尾和奈は、木造の安全手すりから身を乗り出して、幸せそうに風に当たっていた。
白いTシャツがパタパタとはだけて、栗色のショート髪が激しく暴れる。
和奈の気持ち良さそうな横顔が、ふと、昨日のピンク色が夢の記憶と、重なった。
これはいけない。
俺は、遠くの景色へと目を逸らした。
……俺は目を瞑って、四方八方の、色んな人の話し声に、耳を澄ませた。
「……お父ちゃん……人がたくさん居る」
「昨日の夜の船が、雷で走れなかったから、今日は特に混んでるんだろうな」
「……おい、夜の来ない街アキバハラ公国から、光が全部消えたって噂は、マジなのかよ」
「……あぁ、街を巡る魔力の流れが途絶えて、一時的に街灯も冷凍機も、何もかも使えなくなったって話だ。……魔導停止って現象らしい」
「はっ、やつらは魔道具にばかり頼ってるから、そうなるんだ。自業自得って話だよ」
「おい、よせよ。そばで誰が聞いてるか分からねえんだぞ」
「ねーぇ、北の街までは、どれくらいで着くのぉ?」
「今日の太陽が沈む頃だなぁ」
……そこかしこから、日本語の会話が聞こえてくる。少し方言チックな訛りが多くて、古風な服装の人々が多くて、
まるで日本の地方の観光地へ、旅行しているような気分になる。
多少の違和感こそあれ、現実世界とほとんど変わらなかった。
この半年間、獣族に囲まれて、獣族語ばかり聴いて生きてきたから。
「元の世界が、懐かしくなっちゃうねぇ……」
和奈が、遠くの景色を眺めながらぼやいた。その通りだ。
無性に現実世界が懐かしくて、お父さんやお母さんのことを思い出して、
寂しくて、胸がきゅっと締まって、船風がやけに肌寒く感じた。
「……なんだか、修学旅行を思い出すね」
俺の方を振り返りながら、和奈がくしゃりと笑った。
「……たしかに、小学校の頃かな? 遊覧船とか乗ったなぁ……」
あれは何年生の頃だっただろう?
神奈川県、箱根湯本の大きな湖で、海賊船に乗った記憶。
「……せっかくだから、船内を見て回ろうよ!」
「だな」
和奈の提案に、俺も同意した。
人混み溢れる甲板から、逃れるように、
俺は左手で、和奈の右手を握りしめた。
離れ離れにならないように。
「ありがと」
和奈の右手は、ひんやりと冷たかった。
身体を横に傾けながら、人混みの間をくぐっていく。
こんなの、知らない。
こんなの、俺の知ってる修学旅行じゃない。
こんなのデート旅行だ。
あるいは初々しい二人の新婚旅行だろうか?
ぐらり
甲板が大きく揺れた。
足場がぐらりとふらついて、転んでしまいそうになる。
俺は和奈の身体をひっぱって、彼女が転ばないように支えたのだが、
結果的に、熱い抱擁をかます格好になった。
「……っ」
熱い。気まずい……
和奈の柔らかい胸が、二の腕が、俺の胸へと押し付けられて、
昨日の甘美な夢を思い出して、俺たちはたまらず身体を離すのだった。
妙な緊張感の、変な雰囲気になってしまったな。
「きゃあぁ!」
そんな時だった。
すこし向こうから、女の人の叫び声が、鼓膜をうるさく震わせた。
「……落ちたのか!?」
「今の揺れは、大きかったからな」
「助けないと、誰か……!」
「やめとけ! 下手に助けにいっても、被害者が増えるだけさ」
混乱は、一気に波及した。
みんな、船の手すりから身を乗り出して、水面を眺めながら騒ぎ立てていた。
誰か、船から落ちたのか?
俺と和奈は、騒ぎのする方を、覗き込んだ。
すぐ下の水面で、男の子が、波に飲まれて溺れていた。
船自身の起こす流れに、今にも飲み込まれてしまいそうだった。
……これは、一大事だな。
何か助ける方法はないか? 救助係はいないのか?
「……和奈」
どうしようかと、隣の和奈の方を見たとき。
すでにそこに、浅尾和奈はいなかった。
浅尾和奈は、白い手すりから、身を乗り出して、
約七メートルくらいの高さを、水面に向かって、ジャンプして川に飛び込んでいた。