クラス転移した俺のスキルが【マスター◯ーション】だった件   作:スイーツ阿修羅

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九十四発目「眼帯少年とその正体」

 

「かずなぁぁぁっ!?」

 

 俺は絶叫した。

 浅尾和奈は、大きな水飛沫をあげて、飛び込んだ。

 溺れている男の子の元へ。

 

 じゃぼぉぉぉん!!

 

 そうして、俺は思い出した。

 浅尾和奈は、最近ベッドに寝ているところばかり見ていたから、おとなしい印象だったけれど……

 本来の和奈は、違う。

 彼女は超のつくほどお人よしで、困っている人を放っておかなくて、後先考えずに飛び込んでしまうのだ。

 

 夢中になった時の和奈は、危機感や恐怖心が欠如しており、ほんと、危なっかしくて肝が冷える。

 

 

 俺は慌てた。周囲を見渡した。

 何か捕まえられるもの、ロープでも無いだろうか?

 ひとしきりあたりを見渡して、ようやく俺は、天啓を得る。

 ……そういえば、バッグのなかに、探索用のロープがあるじゃないか!

 

 俺の隣に置き去りにされた、和奈のバッグの中を開いた。

 ごそごそと中身を漁りながら、左手で、ロープの感触を探り当てる。

 

 あった。

 

 全長20メートル強のロープだ。

 ロープの両端には、金属性の輪っかがつけられ、引っかかるようになっている。

 

 俺はロープの片方を、木製の柱を見つけてぐるぐる巻きに縛って固定した。

 

「……和奈っ!」

 

 浅尾和奈は、溺れる男の子へと辿り着き、大きなおっぱいで男の子の顔を抱きしめていた。

 ……まったく、けしからんな。

 

「おい、そのロープの先に、この浮きをつけるんだっ!」

 

 そのとき、背後から、突然お爺さんに話しかけられた。

 眼光の鋭いお爺さんが、両手に掴んだまさに浮き輪を、俺の身体へと押し付けてきた。

 

「はいっ!」

 

 ドーナツ型で、硬い素材の浮き輪だった。

 ロープをぐるぐると円環に巻いて、固結びを2回する。

 よし、あとはコレを、うまく投げるだけだ。

 万年補欠の元中学野球部の力を、見せてやるさ。

 

「和奈っ!捕まれっ!」

 

 思い切り、和奈に向かってロープを投げる。

 

 和奈は振り向きざま、器用に身体を捻って、ロープの付け根あたりに手をかけた。

 それから、浮き輪を握り直して、男の子の身体を浮き輪の内側に入れてやっていた。

 

 

 ……船が、ブレーキをかけて、失速していく。

 騒ぎに気づいてくれたのか? 誰かがつたえて止めてくれたのか?

 とにかく、ナイスタイミングだ。

 俺はロープを引いて、船のほうへと手繰り寄せた。

 俺の後ろには、浮き輪をくれたお爺さん。

 さらに後ろに、金色髪のイケメンの男、筋肉モリモリマッチョマン男が、ロープを引くのを手伝ってくれた。

 四人がかりなので、かなりのスピードで、ロープを引きつけることができた。

 

「……行宗、ありがとうっ!」

 

 無邪気な大声で満面の笑みの和奈に、俺はやれやれと安堵のため息を吐いた。

 

 和奈の救助は順調に進んでいた。

 順調なハズだった。

 

「お、おいおい、ちょっとアレ見てみろ!?」

 

 慌てた悲鳴が、すぐ後ろの金髪イメケンから発せられた。

 何事か、と、前を向く俺。

 川面を別に和奈と男の子には、なんの異常も見られなかった。

 

「あ……」

 

 俺は絶望した。見てしまった。

 大きな黒い魚影が、和奈のすぐそばへと迫っていたのだ。

 目を凝らさないと分からない。

 川面が少し暗くなった領域、黒い陰が、和奈の背後へと忍びより。

 

 ザパァァァン!!

 

 そいつが姿を現したのは、一瞬だった。

 細長い体躯に、鋭い牙、身体を覆う広沢の鱗。

 しかしまんまるとした頭部は、不自然なほどに大きくて。

 その生物を一言で形容すると、頭でっかちで残念デザインの龍だった。

 

 残念龍が顔を出した影響で、船の甲板がぐらりと揺れて、高い水しぶきに襲われた。

 

「ぎゃぁあ!」

「へぇぇ」

「うぉぉぉお!」

 

 悲鳴、絶叫、物珍しさに声をあげる人、目を輝かせる少年。

 船の上で、さまざまな人のさまざまな反応が見られるなかで、

 

 俺は、左手に短剣を握っていた。

 やるしかない。やらなきゃ和奈が喰われてしまう。

 恐怖心を無理やり振り払い。俺は決死の覚悟を決めて、

 

 レベル68の全力を足に込めて、甲板を割る勢いでジャンプした。

 

「うわぁぁああぁ!!」

 

 叫び声を上げて、ドラゴンのデカい顔面に飛びかかる。

 左手で、短剣を振りかざし。

 和奈が襲われる前に、俺がこの龍を倒すのだ。

 

 ……よし、届く。

 殺れる。

 

 俺は、ジャンプの勢いを利用しながら、龍のこめかみへ、短剣の先を突き立てた。

 

 ガツンッ!

 

 龍の鱗の、欠片が弾けた。

 ただ、それだけだ。

 龍の頭は、小さなヒビが割れただけで、痛くも痒くもないだろう。

 

 ……まるで効いちゃいない。

 終わった……

 俺は、自分のレベルを過信しすぎていたらしい。

 

 眼の前にいるのは、体長が二十メートルはあるだろう。

 残念デザインでも、腐っても龍だ。

 ドラゴンとか龍ってのは、どんなゲームでだって強キャラだ。

 

 身体が、全く動かなかった。

 すべてがスローモーションになり、思考速度が加速していく。

 

 世界の音が鳴り止んだ。

 何も聞こえない。

 心臓の音だけが、エンジンみたいに五月蝿かった。

 

 ギィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

 

 そのとき、突如として、全てを吹き飛ばす金属音がした。

 ドラゴンの大きな目が、見開いた。

 そして、ドラゴンの身体に、紅い中心線のような直線が刻まれたと思ったら。

 

 ブシャァァァァァァ!!

 

 ギュォォォォ!!

 

 視界いっぱいを、血飛沫が覆い尽くした。

 ドラゴンの悲鳴で、鼓膜が大きく震撼して。

 何が起きたのか分からないまま、俺は川の中へとダイブした。

 

 ごぽごぽごぽごぽぉぉぉ!!!

 

 水圧を感じながら、目をつむり、三秒後。

 水面から顔が上がった。

 

 頭を振って水を払い、ハッと目を開けたとき。

 眼の前には、龍の顔が、真っ二つに割かれて浮かんでいた。

 

 ……死んでる……?

 

 今、いったい何が起こったのか?

 

 訳の分からないまま、ぼーっと立ち尽くしていると。

 

「行宗ッ! なに、今のっ!」

 

 背中越しに、浅尾和奈の声がした。

 

「……このモンスター、行宗が斬ったの?」

 

 和奈は、溺れていた男の子を両腕で抱えながら、びしょびしょの髪で訊いてくる。

 

「いいや、俺じゃないよ。一体誰が……」

 

 俺は首を振った、そのとき、

 

「貴方が殺したことにしてくれないか?」

 

 今度は前方から、知らない声がした。

 残念龍の死骸から、ハスキーな男の子の声がした。

 

「え?」

 

「どうも、こんにちは」

 

 ずずず、と、残念龍の死骸が揺れて、

 その裏側から、眼帯の男の子が姿を現わした。

 長くて黒い髪で、白い制服を着て、

 右手には剣を握った、華奢な男の子だった。

 

「君がこの龍を斬ったのか?」

 

「あぁ。そうだ。そうなんだが……

 行宗って、呼ばれてたよな。

 ……貴方が龍を斬ったことにしてくれないか? ボクはあまり目立つのは苦手なんだ」

 

 眼帯の男の子は、どこか気まずそうな表情で、俺の目を見てそう言った。

 

「……そう、あなたが助けてくれたんだね。ありがとうございます」

 

 浅尾和奈が、眼帯の彼に感謝を告げる。

 

「俺がこの龍を倒したことにって、それは別に構わないけど。

 いま、君は手に剣を握っているし、俺は剣を持っていない。

 この光景を第三者が見れば、誰がどう見ても、龍を斬ったのは君だって思われないか?」

 

「た、たしかに、それもそうだな。行宗。しばらくこの剣を持っていてくれないか?」

 

 眼帯の男の子は、ぎこちない表情で、むき出しの剣を水中に隠しながら俺に手渡してきた。

 

「分かった」

 

 剣を受け取った俺は、なんとなく、

 船の乗客に見せつけるように、剣先を天高く突き上げてみせた。

 

「うぉぉぉぉぉぉ」「わぁああぁあっ」

 

 途端に、船の甲板から歓声が湧き上がった。

 よくやったぞとか、勇者だ、とか。

 どうやら上手く、俺がこの龍を倒したのだと、勘違いしてくれたらしい。

 

「……感謝する。行宗さん」

 

 眼帯の銀髪少年は、片目を瞑って感謝を述べた。

 

「うっ……ふっ……」

 

 和奈のほうから、啜り泣く声がするので目をやれば、

 

「大丈夫。もう怖くないよ」

 

 和奈が両胸で抱きしめて、溺れていた男の子が啜り泣くのをあやしていた。

 ちょっとだけ、ドキリとしてしまう。

 濡れてぺったりとついた和奈の上着、おっぱいの形が強調された双丘に、啜り泣く男の子の顔が埋められて。

 

 思わず、目を逸らしてしまう。

 この光景は、目に毒だ。

 下半身にとっても毒だ。

 いやある意味では栄養とも言えるだろうか。

 

「おーい、早くヒモに捕まれぇっ!」

 

 船の方から、大声がして。

 俺は和奈が掴んでいた浮き輪を掴んだ。

 

 浮き輪に結ばれたロープが引かれて、俺と和奈と男の子二人は、船の上へと引き上げられた。

 

「はぁ、はぁ、ふぅぅ……」

 

 甲板によくやく足がついて、どっと疲れが押し寄せてきた。

 俺たちの周囲には、野次馬が沢山溢れていたが、無事を確認して満足したのか、徐々に多方に散りつつあった。

 引き上げてくれてありがとうございます。と感謝を述べた俺は。

 

「和奈、相談もなしに飛び出すのはやめてくれ、心臓に悪いから……せめて一声かけてくれよ」

 

「ごめん……」

 

 優しめのトーンで、浅尾和奈を嗜めた。

 しゅんと小さい声で反省する和奈だった。

 そうしていると、ドタバタとこちらに駆け寄る声がした。

 何事かと振り返れば、そこには屈強な筋肉むき出しのムキムキ男が立っていた。

 目尻からは、大粒の涙を流しながら。

 

「……ありがとうごぜぇやす。心優しく強い方々、おらはこの子の父親なんどす。ちょいと目を離したら、川へ落ちとったんで、肝が冷えで……

 だんが、女の人が飛び込んでぐれで、男のひどが龍を斬ってくれで、わが子を助けでくださって。本当にあだまがあがらねぇです。ありがどうごぜぇやす。いっだぃどうやっでお礼をすればぁよいですかぁ」

 

 訛りだろうか。

 東北地方の訛りっぽい声の屈強男は、溺れていた男の子の父親を名乗った。

 

「……パ、パパ、怖かった、怖かったよぉぉ」

 

 溺れていた男の子は、和奈の腕を振り解いて、ムキムキの父親の胸筋へと鞍替えした。

 泣きながら、ひたすらに感謝を告げられるのだが、

 何だろう。何かおかしい。気がする……

 嘘をつかれているような感覚だろうか? 芝居を見せられているような感覚だろうか?

 ……いや、まさかな。これが演技なわけないだろう。

 俺は小さく首を振った。

 

「……こんの下の階に、シャワー室があっだど思うます。……皆さんは、着替えは持っでおりますか?」

 

 水でびしゃびしゃの俺たちを見て、屈強男が心配そうに訊いてくる。

 

「あぁ、俺と、彼女のぶんの着替えは大丈夫だが……」

 

 俺は、ちらりと眼帯少年の方を見た。

 

「心配無用だ。ボクも着替えくらいは持っている」

 

 と彼は答えた。

 

「そちらの溺れていた少年……えぇと、君の名前は何と申す?」

 

「ぼくは、マナト……って言います」

 

「そうか、マナト。貴方の着替えはちゃんとあるのだろうな?」

 

「はい。ちゃんと持ってます」

 

 溺れた少年と、眼帯少年が、子供同士らしくない畏った会話をしていた。

 しかし……

 思わず和奈と、顔を見合わせた。

 この溺れた少年、マナトって名前なのか……

 マナト、マナト。

 獣族独立自治区のマナトと、似た発音で同じ名前。

 だがしかし、二人に関連性があるとは思えないな。

 

「……………」

 

 和奈が、難しい顔をして、顎に手をあて考え込んでいた。

 

「なら、シャワー室へいぎまじょうが」

 

 屈強男の掛け声で、俺たちは船内へと二列になって歩き出した。

 その道中。

 

「おい、なぁ、行宗。このあと時間は暇か?」

 

 突然、耳元で、眼帯の少年に耳打ちをされた。

 思わず身震いをしてしまう。

 中性的で、吐息混じりの濡れ声は、男の俺ですらトキメイてしまいそうだった。

 

「別に、何の予定も入ってないが」

 

「そうか。できれば、ボクと行宗と和奈と、三人きりで話したい事があるんだが……」

 

 眼帯少年のイケメンボイスは、さらに耳元で頭に響いた。

 男声のASMRなんて、男の俺にとっては、むず痒くて耐え難いのだが。

 なぜだ。なぜだっ、彼の声は。

 俺まで恋する乙女になってしまいそうだ。

 

「な、なぁ。君は、

 どこかで俺に会ったことがあるか?」

 

 彼の雰囲気には、どこか懐かしい気配があった。

 ふと、初対面だとは思えない感覚に陥り、思わず口から出た言葉。

 

「そう。やはり、気づかれましたか。

 この男装を見破るとは、流石です。行宗さん。

 お久しぶりです。リリィです。数ヶ月前にお会いして、洞窟でたくさんお世話になりました。リリィです。覚えていませんか?

 浅尾和奈さんも、無事みたいで何よりです」

 

「は?」

 

 

 俺は思わず、眼帯少年を二度見した。

 リリィ、リリィ!?

 リリィって言ったか!?

 この世界に来た翌日の洞窟で出会った。金髪ツインテールのリリィさん。

 一緒に温泉型モンスター【天ぷらうどん】を倒した。黒髪長髪ユリィちゃんの姉。

 ……和奈が血を吐いた朝に別れて以来、ずっと会えていなかったけれど。

 

(リリィさんっ!?)

 

 口に出す前に、華奢な手のひらで口を抑えられた。

 

「大騒ぎしないでください。……お忍びで家出(いえで)して来たので、こうやって変装して旅してるんです……」

 

 眼帯の少年、改め、変装したリリィさん?は、囁き声でそう告げた。

 あぁ、確かに、口元に触れる華奢な手のひらは、女の子の手だと言われたほうがしっくりくる。

 しかし、声が違う。

 俺の知っているリリィさん?の声とは、明らかにワントーン低いのだ。

 

「え、な、なにしてんのっ、二人っ!」

 

 俺とリリィさん?の、密着した光景に、気づいた浅尾和奈は驚いていた。

 

「お話は、あとで落ち着いてしましょう」

 

 そう言って、身体を離す眼帯少年、改めリリィさん。

 俺はコクリ、と、うなづくしかできなかった。

 

 ――――――――――――

 

「さて……」

 

 シャワーが済んだ後、屈強男とマナトくん(溺れていた人間の男の子のほう)と別れを告げて。

 

 シャワー室の近く、男女共用トイレの中に

俺たち三人で入った。

 俺と和奈と眼帯の少年。

 

 ばさり、と眼帯を取り、銀髪のカツラ?を取ると、あら不思議。

 魔法が解けたみたいに、あるいは魔法がかけられたみたいに。

 銀髪眼帯少年のなかから、見慣れた金髪ロングの少女が現れた。

 

「リリィちゃんっ!? ええっ!?」

 

 事情を知らない和奈は、びっくり仰天声をあげていた。

 

「しーっ! 静かにっ」

 

 リリィさんは、慌てた様子で口に指を当てる。静かにしなさいのゼスチャーだった。

 こういう仕草も、言語と同様に、異世界と日本で、あまり違いは無いように思う。

 

「……あの、お久しぶりです行宗さん、和奈さん。

 新崎直穂さんは一緒じゃ無いんですか? 

 それに行宗さんは、右腕が無いのは、一体何があってっ!」

 

 中性的な低い声が、変声機を使うように、聞き覚えのある女の子の声に、変貌した。

 声を変える魔法だろうか? 俺はまた衝撃を受けた。

 しかし驚く暇を与えないほど、リリィさんは、堰を切らしたように、早口で質問を捲し立てた。

 

「マナ騎士団って、覚えてるか?」

 

 尋ねる俺。

 

「え? は、はい! 行宗さん達をこの世界に召喚して、ヴァルファルキア大洞窟のラストボスと戦わせた悪の組織、でしたよね」

 

「新崎直穂は、たぶん、マナ騎士団に誘拐されたと思ってる。

 俺の失った右腕は、三ヶ月前、マナ騎士団の剣聖第四位……ギルアって男と戦ったものだ……」

 

「……そう、なんですか。直穂さんが……」

 

 リリィさんは、ショックを受けた様子で言葉を詰まらせていた。

 

「でも、まだ、きっと直穂は生きているはずだ…… マナ騎士団の目的は恐らく、直穂の持つ特殊スキル、【自慰(マスター◯ーション)天使(エンジェル)】の力だろうから。

 リリィさん、何か情報は得てないか? マナ騎士団についての情報は」

 

 俺の質問に対し、リリィさんは、瞳を悩ましく揺らしながら、迷った様子で口を開いた。

 

「……公国に帰ってから、公立図書館でマナ騎士団について調べてみました。

 ですがその前に、伝えておかなければなりません。

 岡野大吾さんって、分かりますか?

 行宗さんたちのクラスメイトで、数ヶ月前に公開処刑の新聞が出回ったと思いますが……いちおう安心して下さい。

 岡野大吾さんは生きてます」

 

「「えっ!?」」

 

 俺と和奈の、驚きの声が重なった。

 

「彼の特殊スキルは、貴重だから殺すには惜しいと、わたしから説得したんです。

 それを聞き入れてもらって、公開処刑は緻密に偽装して行われました。

 今は岡野大吾さんを含め、七人ほどの召喚勇者が、アキバハラ公国で保護されています」

 

 あぁ、そうか。

 岡野大吾は、殺されていなかったのか。

 俺は安心した。安堵した。

 ずっと溜まっていた痛みが溶けて、自然と涙が溢れ出しそうになる。

 

「ううっ……!!」

 

 それは和奈も同じだったらしく。震えた声で、リリィさんの身体へと抱きついていた。

 

「ありがとう、リリィちゃん……いつもいっぱいありがとう。私たちと、大吾のことも、助けてくれてありがとうねぇっ……」

 

「いえ、わたしに出来ることなんて、ごくごく限られてますから……本当は、もっと……

 ……和奈さんも、病気が無事みたいで何よりです」

 

「うん。今にも死にそうだったけどね。行宗と直穂が、私に薬を持って来てくれたの……」

 

 和奈は、リリィさんの小さな胸に、泣きついていた。

 そんな和奈をあやすように抱きしめて、頭をさわさわと撫でるリリィさん。

 

「良かったね。行宗。まだクラスの誰も死んでないよ。あとは直穂ちゃんを見つけるだけだ……!」

 

 和奈が、俺の方を見て、そう言って。

 

「うん。良かった」

 

 と返事した瞬間、涙で視界がぐにゃりと歪んだ。

 

 ――――――――

 

「そういえば、リリィちゃん。

 ユリィちゃんは、元気にしてる? ここには居ないみたいだけど……」

 

 ふと、浅尾和奈がそう尋ねた。

 すると、リリィさんは、唇を噛んで。

 表情に暗い影を落とすのだった。

 

「ユリィは……行方不明です。

 一ヶ月ほど前に、わたしのそばから居なくなって……

 どこに行ったのか、どこに消えたのか? 全く検討もつかなくって……

 だからこうして未練がましく、当てのない旅行をしてるんですよね……」

 

「行方不明……居なくなったって……」

 

 今度は俺たちが、言葉を詰まらせる番だった。

 

「なぁ、もしかすると、ひょっとして。

 ユリィが誘拐されたって、直穂と同じ現象じゃないか?」

 

「え?」

 

「ほら、二人とも強力な特殊スキルを持っているだろ?

 あの、神獣マルハブシを消し飛ばす閃光だったり、マナ騎士団剣聖第四位のギルアを殺した天使の力だったり。

 マナ騎士団が、特殊スキルの能力を欲しがって、二人を誘拐したとすれば、納得がいく」

 

「誘拐……たしかに、理には適っているかもしれませんね……」

 

 そう言うリリィさんの声は、歯切れが悪く、明らかに元気がなく上の空だった。

 

「俺と和奈はさ、ガロン王国の王都に行って……」

 

 そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。

 王都に行って、王宮に忍び込んで、クラスメイトを救出する。

 そんな話を、リリィさんにして大丈夫なのか?

 国都への潜入なんて、

 下手したら、ガロン王国を完全に敵に回すような、アウトローで非常識な作戦。

 いくらリリィさんだとしても、この作戦情報を伝えるのは、リスキーじゃないか?

 

「ガロン王国で、マナ騎士団の手がかりを探そうと思うんだが……

 リリィさんも、一緒に行かないか?」

 

 暗い表情のリリィさんを、可哀想に思った提案だったが。

 

「はい。わたしも王都を目指していますから、ぜひお供させてください」

 

 リリィさんは、そう言うと、静かに口元を緩めて、控えめに笑った。

 

 





【あとがき】
 コロナウイルス&鬱病で、二週間以上も寝込んで、執筆できませんでした 
 大学新学期が始まりますが、更新頑張っていきたいと思います!
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