リエトが帰って来ない。
厳密に言えば、早朝ナカミズに連れ去られたのを見送ったきりだ。
『アレンの所へ連れて行くわ』と言っていたけど、それっきり何の連絡もない。
夕方になっても帰ってこないものだから、流石に心配になった私は一度様子を見に行こうとしていたところ、発動機の音と共に上空を飛行しているナカミズの機体を発見した。
それを見て安堵したと同時に、彼女に対して文句の一つでも言ってやろうと思い立ち、機体を追いかけることにした。
「おーう、レオナ! 出迎えご苦労様だがね!」
私が機体へ追いついた時、そんな台詞と共に操縦席から顔を出すナカミズと目が合った瞬間、嫌な予感が走った。
「……ナカミズ、リエトはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
恐る恐る尋ねてみると、案の定というべきか、帰ってきた答えは私の予想を遥かに上回るものだった。
「アレンの所に預けてきたけん。帰って来る頃には大きゅう成長しとるはずだぎゃー」
その言葉を聞き、目の前が真っ暗になる感覚を覚える私に対し、ナカミズはそのまま言葉を続ける。
「ちょいと空で話をしよう思って連れて来たんだけんどね、なかなか面白いもんを持っとったんで勉強させてもらおう思ってにゃあ」
機体から飛び降りて降りてきたナカミズは、まるでいたずらっ子のような笑顔を見せた。
それを聞いて思わず頭を抱えたくなった私だが、何とか冷静さを保ちながら彼女に尋ねる。
「一体、リエトに何をするつもりなんだ?」
まさかとは思うが、ロクでもないことを考えているんじゃなかろうか?
そんな不安を抱きつつ尋ねると、彼女はニヤリと笑みを浮かべたまま答える。
「なぁに、目標を決めたのならそれに見合った知識を身につけさせるだけだわ」
自信満々にそう言い放った彼女を前に、私は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
「レオナ、大切な弟を大事思う気持ちは分かるけれどね、あの子だっていつまでも子供じゃにゃーさね。自分で考えて判断できるはずだわ」
それは分かっているつもりだ。
それでもやはり、まだ小さなあの子を置いてきてしまったことに罪悪感を感じていたし、何よりも一人で心細い思いをしていないだろうかと心配だった。
「……分かったよ」
渋々了承すると、ナカミズはケタケタと笑った後で言った。
「あれはまちぎゃーのう逸材だわさ。今のうちに正しい方向へ導いて、将来的にうちらの仲間に加えてゃーもんだぎゃー」
そう言った彼女の顔は冗談などではなく本気そのものだったので、思わず私も息を呑んだ。
普段はどこかふざけたような言動が多い彼女が見せる真剣な表情にはそれだけの威力があったのだ。
「レオナ、これはあんたの為でもあるんよ」
そう付け加えた彼女は更に続ける。
「うちらではレオナのストッパーになることは出来ん。あんたは勝手に暴走して突っ走る傾向があるでよ」
それは確かに事実だ。私自身自覚はあるし、よく無茶をして周りに迷惑をかけていることも承知している。
反論できなかった。
……だけど、それならどうすればいいのかまでは分からなかった。
だから……私は珍しく尋ねたのである。
「それとリエトを仲間に加える事に何の関係があると言うんだ?」
私の質問にナカミズは待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。
「
「……つまり、リエトは私のブレーキ役になると言いたいのか?」
「
なるほど、言いたいことは大体理解できた。
しかし……。
「リエトには飛行船という夢が出来た。それなのに私のせいでそれが叶わないなんてことになったら、それこそあいつにとって良くないんじゃないか?」
自分のせいで弟の夢を潰えてしまうことの方がよほど耐えられない。
私がそう言うと、ナカミズは呆れたようにため息をついた後、こう言った。
「なら答えは
そこまで聞かせられた時点で、私には彼女の意図することを理解出来た。
「……私が変わらなければならないということなのか?」
恐る恐る尋ねると、彼女は大きく頷く。
「その通りさね。レオナに足りとらんものは度胸や技術なんかじゃにゃーんだわ。あんた自身の中にある焦りとか負い目とかそういう類のものだ」
それを言われてしまえば返す言葉もなかった。
自分でも薄々感じていたからだ。それを指摘されたことでショックを受けたのも事実である。
黙り込んだ私に、ナカミズはさらに続けて言う。
「このままだったら、あんたは近い将来、必ず大きな過ちを犯すことになるだろうね」
「そっ……そんなこと……」
ない。と言いたかったが、言えなかった。
これまでの経験上、断言できないことを自覚していたからである。
言葉に詰まる私を見て彼女は再びため息をつくと、今度は穏やかな口調で語りかけてくる。
「別に今すぐどうこうしろ言っとるわけじゃにゃーね。まだ時間は残されとる。それにうちは『一心不乱のレオナ』が嫌いじゃにゃー。ムサコも、ヒガコもな。ただ焦って自分を見失ってほしにゃーだけだぎゃー」
そう言って微笑む彼女の表情は、普段とは打って変わって優しげなものに見えた。