アレンの家で詰め込み式の授業が始まり、僕はこの数日間で二人から沢山の事を学ばせてもらった。
九七式も含めた飛行機の構造についての知識だったり、発動機の内部構造やその原理なんかについても。
それらを分かりやすく教えてくれるアレンは、流石だと言わざるを得ない。
驚きだったのが、飛行船に関してはケイトが僕に教えてくれたことだ。
僕が今まで学んできた内容以上に詳しく説明してくれたものだから、当初は本当に驚いた。
「でも、料理中くらいは頭の休憩をさせて欲しいなーと思ったり」
「駄目、アレンから余計な思考をさせる暇を与えるなと言われている」
いつもどおりの表情で即答されては、こちらも黙るしかない。
ホームの手伝いをしていたおかげか、半自動的に調理器具を動かしながらも耳に伝わるのは、ケイトの語り口だ。
「イジツに存在する飛行船は、ユーハングの技術を応用して製造されたイヅルマのものを基準とした飛行船が大半を占めている。その中でも大型に分類される船がある」
僕の作業が終わるのを待っているのか、少し間を空けてから彼女は続けた。
「一つは全長二百八十クーリルを超えるもので、飛行甲板に加えてクレーンも備えられている。運用方法も他の飛行船とは違う」
「その理由は?」
「この船はユーハングの言葉で表すと、『工作艦』と呼ばれるタイプに属する。戦闘に参加することはなく、災害や空賊によって損傷した飛行船の自力帰還を助けること、修理用の機材や部品、時には他の街で飛行船を建造するための資源を積み込み、各地へと飛び回ることを目的としている」
なるほど、そういった役目を持つ船もあるのかと納得した。
「一番多いタイプの飛行船は、全長二百二十クーリル程度、所有者は主に物資輸送を担う商会などの民間組織、あるいは街の行政機関が主となっている」
あの時、僕が空で見かけたのはこちらの飛行船だったのだろう。
「また、用途に応じて改装されたものも存在する。搭載する戦闘機の数を増やしたり、速度を向上させたり、要人を運ぶためのゲストルームを備えたりと、その形態は様々」
「戦闘機を増やす場合ってどうするの?」
ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
すると、ケイトは小さく頷きながら答えた。
「貨物を可能な限り減らし、搭載機の間隔を詰める。更に燃料、弾薬を増やせば可能ではあるが、それを行うメリットは無いに等しいと言える」
「それはまたどうして?」
「飛行船を飛ばす為の燃料、人員、そして搭乗員を賄うだけの食料が必要となる」
「つまりは、それらの管理に必要な金額も、また莫大なものとなるわけか
「そう。だからこそ一部の例外を除いて、ありえない選択と言える」
「そっかぁ」
ケイトの言葉に相槌を言いながら、いつも持ち歩くようになったノートにメモを取っていく。
内容は教えてもらった事と、自分が理解している内容を噛み砕いて書き記したもの。
こうして整理しておけば、後々読み返した時に分かり易くなるという寸法だ。
キチンと予習をしないと、詰め込み式学習だから知識がひっきりなしに脳へ押し付けられて、記憶に残らず忘れてしまいそうなのだ。
そんな僕の様子を見て、ケイトが何か言いたげな顔をしていることに気が付いたので、尋ねてみることにする。
「どうかしたの?」
「ケイトの説明で理解出来ているのか不安になった」
表情を変えず、されど視線を逸らしつつそう答えるケイトの様子から察するに、どうやら心配してくれているようだ。
思わず笑みがこぼれてしまった僕に対し、彼女は居心地悪そうに身体を揺すった。
それを見て、僕は彼女に感謝の気持ちを伝えることにした。
「大丈夫だよ。ありがとう」
「……お礼を言われるようなことはしていない」
そう言いながら顔を背けられてしまったけど、きっと照れているに違いないと思うことにした。
だって、耳が赤いんだもの。
◇◇◇◇
「さて、今日は少し趣向を変えてみようか」
唐突にアレンはそんなことを言い出した。
どういうことだろうと思いながらも、僕は彼の言葉に耳を傾ける。
「『ユーハング』という言葉は知っているかな?」
「確か、大昔に突如この世界やってきて、突然消え去ったという人達のことですよね?」
アレンの問いに答えつつも、いまいち要領を得ずに首を傾げる。
僕の様子を見た彼は、小さく笑い声をあげると説明を始めた。
「ざっくり言えばそうなるかな? 彼らがどのような技術をイジツに持ち込んできたのか詳細までは分からないが、少なくとも日頃僕たちが使用している飛行機に関する技術の多くは、彼らに由来するものだとされているね」
「へぇ、そんな人たちがいたんですね」
「特に有名なのは『零戦』と呼ばれる機体だね。派生型が多く存在するし、生産数も多くて入手が比較的容易い機体でもあるんだ」
零戦と言えば、以前ケイトと会話をした時にも話題に挙がったことを思い出す。
「たしか『零式艦上戦闘機』でしたっけ」
「そうだよ。彼らの世界には『海』が存在し、飛行船の代わりに『航空母艦』なる船が海に浮いているらしいよ」
「壮大すぎて想像できないですね……」
海が消え去ってしまった僕らの世界とは、文字通り次元が違う話だ。
でも同時に興味も湧いた。
いつか自分の目で見ることができたら、どんなに素敵だろうかと思わずにはいられないほどに。
「ふふっ。本来の目的から逸れた話をしているのに、リエトは楽しそうに聞いてくれるなあ」
そう言ってアレンは優しく笑った。
彼の笑顔を見ると安心する。自然と僕も笑顔になるからだ。
「もう少しだけ続けてもいいかい? これも大切な話だからね」
もちろん! とばかりに頷くと、アレンは微笑みながら続きを話し始めた。
彼が話す内容は、僕にとってどれも新鮮でとても興味深いものだ。
「僕は今でも飛行機乗りとして仕事をこなしているけど、最近はユーハングの研究も始めたんだ」
「それでナカミズさんから研究家と呼ばれたりするわけですね」
「そういうことさ」
そう応えるアレンの表情は、どこか誇らしげだった。
そして話はユーハングについてより深く掘り下げていく。
彼らは何故イジツへやってきて、突然消え去ったのか。
その方法は定かではないが、おとぎ話では『穴』からやって来たとあるそうだ。
まるでまじないか何かのような話だと思いつつも、確認する術がないため真偽不明のままである。
「質問してもいいですか?」
「構わないよ」
僕の問いかけに穏やかな笑顔で応じるアレンに尋ねたいことを口にする。
「もし、ユーハングがやってきた方法が分かれば、イジツでも同じことが可能なのでしょうか? 例えばおとぎ話のように、『穴が開く』とか」
我ながらおかしな質問をしているなと思う。
現象を確認出来ないのだからおとぎ話になっているというのに、そんなことならばとっくに誰かが行っているだろうし、第一いつ開くだなんて誰が予想出来るというのだ。
不可能だとしか思えない。
しかし、予想に反してアレンは真面目な表情で頷いた。
「出来るかもしれないね」
「……はいっ!?」
驚く僕に、彼は説明を続ける。
「まず一つ目に、おとぎ話が事実かどうか。これに関しては当時を知る人が残した書物や、世代を超えて語り継がれていれば確認できる可能性は十分あり得るだろう」
頷く僕を見て彼は微笑んだ後、さらに説明を続けた。
「二つ目に。仮に『穴』が存在すれば、もしかしたら僕たちの知らないところで、今も開いているのかもしれないということ」
「あ……っ!」
そこで初めて気付くことができた。
今まで見たことのないものが、ある日突然現れるなんて有り得ないことだと思ってしまったけれど、人目のつかない場所ならどうだろうかと。
寂れた土地、廃止された空路、破棄された町。
それはきっと誰にも知られない場所でひっそりと、ずっと前から存在しているのではないか……ということを。
それに気付いてしまった時、背筋をゾッと冷たいものが通り過ぎた気がした。
まさかとは思うけど、今こうして生活している中で『穴』が開いていたり……?
そんな疑問を抱いた瞬間、急に不安になって周りを見渡してみるものの、どこにもそんなものは無かったし、ましてや誰も騒いでいない。
「大丈夫だよ。今のところは何も無いからね」
いつの間にか傍に立っていたアレンさんが僕の頭を撫でながらそう言ったことで、ようやく安心した僕は安堵のため息を吐いたのだ。
「リエトの発想は面白いね。実は僕の研究テーマの一つにしているんだよ」
「そ、そうなんですか? 僕としては気づかない方が幸せだと思っちゃうんですけど……」
思わず頬が引きつってしまう。
だってそうだろう? 未知の部分が多すぎる上に、不確定要素も多いんだから。
もしも本当にそんなことが出来るのなら、それはもう奇跡を通り越した何かとしか言いようがないじゃないか。
それはさておき、そんな話を聞いた僕が次に気になることは決まっているわけで……。
「あのー、アレン?」
「ん? なんだい?」
「ユーハングの話題をした理由ってひょっとして……?」
恐る恐る尋ねると、彼は笑って答えた。
「リエトからの質問は想像以上だったけど、おかげでいい勉強をさせてもらったよ」
やっぱりそうだったのか……と心の中で呟いていると、彼はこう続けた。
「僕の考えすぎかもしれないけど、リエトには念のために伝えておこうと思う」
「……念のためですか?」
「うん、念のためだ」
言葉の意図が分からずに首を傾げる僕に向かって、彼は更に言葉を続ける。
「リエトのその考えは、僕以外の前では口に出さない方がいいかもね」
「どうしてです?」
不思議に思って聞き返すと、アレンは珍しく少し困った様子になった。
「今のイジツはユーハングの置き土産をめぐり小競り合いが続いている状態なのは知っているかい?」
「それは……時折、耳にしていました」
最近よく聞くようになった単語を思い出しつつ答えると、アレンは苦笑しながら話を続ける。
「だから、余計な火種を生みかねない情報は伏せておいた方がいいかと思ってね」
なるほど、言われてみれば納得できる話だ。
ただでさえ争いごとが好きな人間がいるくらいだもの、万が一情報が漏れてしまえば厄介極まりない事態になりかねないわけだ。
「分かりました。気を付けます」
僕が素直に頷くと、アレンは安堵したような表情を見せたあといつもの笑顔に戻る。
「変な事を言って悪かったね。お詫びと言っては何だけど、散歩がてら空の旅にでも出かけようか」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「『赤とんぼ』で飛ぶ空は直接風を感じられて気持ちいいから、いつもと違った楽しませ方を教えてあげよう。ケイトを呼んで来てくれるかい?」
はーい! と元気に返事をすると、アレンは再び優しい笑顔をこちらに向けてくれたのだった。