レオナさんの弟さん   作:星1頭ドードー

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第12話

 こうしてレオナお姉ちゃんたちを見送ってから、再び季節が巡り、肌寒い風が吹き始めたある日のこと。

 配達を終えた僕は、キリエさんと一緒に九七式が置かれている倉庫へ向かっていた。

 

「ううっ! 風がちべたくなってきた……!」

「倉庫に着けば風ぐらいは凌げますから。少し急ぎましょうか」

 

 二人して駆け足で向かう中、キリエさんが突然足を止めるものだから危うくぶつかりそうになった。

 どうしたのだろうと不思議に思っていると、キリエさんが声を上げる。

 

「あれ、こんなに大きな家ってあったっけ?」

 

 彼女が指さす方向に視線を向けると、周囲とは佇まいが異なる立派な建物が目に入った。

 庭もあり、そこには立派な樹木が立っていたりもしている。

 

「配達区画が違うから知らなかったのかな? あそこは代々続いている旧家のお家だよ」

「へぇー、お屋敷とか庭にあるでっかい木といい……裕福な家なんだね」

「うん、まぁ……」

 

 言葉を濁しながら頷くと、不思議そうに首を傾げているキリエさんと視線が重なる。

 

「どうかした?」

「いや、何でもないよ。それよりも早く行こう? このまま立っていたら風邪を引いちゃうよ」

「それもそだね。じゃあ、今日も頑張ってお勉強しますか!」

 

 元気よく拳を突き上げるキリエさんに釣られて笑いながら、僕達は倉庫に向かったのだった。

 

 ◇◇◇◇

 ホームに顔を出して帰宅したことを伝えてから、いつもの倉庫へと向かう。

 早く早くと急かすキリエさんの様子に苦笑しつつも簡易鍵を外し扉を開けると、颯爽と中へ飛び込む彼女。

 僕も中へ入り周囲を見渡せば、いつもと変わらない倉庫に安堵する。

 

「水を沸かしてお茶を用意するから、適当に座って待ってて」

 

 僕がそう言うと、適当な場所に腰を落ち着けた彼女は、早速お喋りを始めるつもりらしい。

 いつものように他愛もない話に花を咲かせつつ、お湯が沸いてお茶を淹れると一息つくことに。

 ちなみに、今日の話題はパンケーキについてだ。

 

「あぁ……一度でいいからお腹一杯パンケーキを食べたいなぁ……」

「気持ちは分かるけど無理でしょう。僕たちにはパンケーキを買うお金もないし」

「それは分かってるけどさぁ……」

 

 パンケーキを食べられない悲しみに打ちひしがれながらも、キリエさんは話を続ける。

 そんな中、ふと気になったことがあったので尋ねてみることにする。

 

「そういえばさ、キリエさんってパンケーキ好きなの?」

 

 すると彼女は少し考え込むような仕草を見せた後に答える。

 

「んー……分かんない。今まで考えたことなかったかも」

 

 意外な答えに驚いていると、今度は逆に質問される。

 

「そういうリエトはどうなの?」

「僕? うーん、そうだねぇ……」

 

 少しの間悩んだ後、思いついたものを言葉にしていく。

 

「ホームの後輩たちの為に作ることはあっても、自分の分もあげちゃうからなぁ」

 

 そこまで言ったところで自分の考えを改め直すように首を横に振る。

 

「でも、いつかはゆっくり食べてみたいとは思うよ」

 

 それを聞いて嬉しそうに笑うキリエさんを見て、僕は気恥ずかしくなり頬をかく。

 ふと、頭を過ったことがあった。

 それを口にすべきか迷ったものの、思い切って尋ねることにする。

 

「ねぇ、キリエさん。確か誕生日が今月とか言ってなかったっけ?」

 

 僕が尋ねると、キリエさんは興味なさそうに応える。

 

「ん? あー、そーいえばそうだっけ」

 

 まるで他人事のように言い放つ彼女の態度に驚きつつも呆れてしまいそうになる自分を叱咤し、言葉を続ける。

 

「折角の誕生日なのに、何か予定はないの?」

「ないね~……そもそも誕生日なんて気にしたことないし」

 

 本人がそう言えばそうなのだが、それではあまりにも寂しすぎるのではないだろうか? 

 そんな考えが顔に出ていたのか、彼女は少しだけ困ったように笑った後で口を開く。

 

「だって、あたしはあたしで勝手に育ってきたんだもん。今更何かを祝ってほしいだなんて思わないし、むしろ鬱陶しいぐらいだ」

 

 詳しくは知らないが、言葉の端々を拾い考えると、キリエさんも僕たち姉弟のような生き方をしてきたのだろうか? 

 

「……ま、どーせ今年も代わり映えしない日常を過ごすだけだろうしね」

 

 何も期待しないと言わんばかりに溜息を漏らすキリエさんを見ていて思うことがある。

 

「(せめて僕だけでも彼女を祝福してあげられたらなあ……)」

 

 自意識過剰かもしれないけれど、生まれた日という特別な日に一人きりというのは悲しいと思うのだ。

 キリエさんの言葉どおりに受け取れば、何か理由を付けて誘えば彼女の誕生日は一緒に居ることも出来るはず。

 あとはもう一つ、何かが出来ればいいのだけれど……。

 

 ……パンケーキ。

 そうだ! パンケーキならどうだろう? 

 プレゼントになるかどうかは微妙だけど、もしかしたら喜んでくれるかもしれない! 

 お店で作られたものは無理でも、ホームで作るぐらいの物なら材料を揃えられれば何とかなるかもしれない……! 

 そうと決まれば行動あるのみ! 

 

「ち、ちょっとリエト! 倉庫を走り回って何をしようとしてんのさ!」

「溜め込んだへそくりをかき集めているんです!」

「何それ意味わかんない!?」

「キリエさんの為ですよ!」

「あたしの……?」

 

 きょとんとした表情で首を傾げるキリエさんに頷いてみせる僕。

 

「そうです! 僕がキリエさんの誕生日に美味しいパンケーキを作り上げてご馳走します!」

 

 突然の宣言に呆けていた様子のキリエさんだったが、次第に感情が爆発してしまったようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? 別にオネダリしたくて言ったわけじゃないんだよっ!!」

 

 珍しく取り乱しているように見えるけれど、僕からすれば予想できていた反応だったので慌てることはない。

 しかし、僕の気持ちとしては是非とも受け取ってもらいたいところである。

 そこですかさず説得を試みることにした。

 

「遠慮しないでください。これは日頃お世話になっているお礼なんですから」

「だからそうじゃないんだってばっ!! っていうか同情しないでよね! そういうの大嫌いなんだけど!」

「そんなつもりはないですってば! 本当に感謝しているんですよ!」

「うるさいうるさーい!! 大体、世話なんかしてるつもりないし! いまだに敬語で名前を呼んでくれないし!!」

「え?」

「あっ……」

 

 しまったといった様子で口元を押さえるキリエさんと、目をぱちくりさせている僕の姿。

 しばらく見つめ合ったまま沈黙の時間が流れ、先に口を開いたのは僕だった。

 

「……キ、キリエ?」

 

 おずおずと名前を呼んでみると、彼女は顔を背けてしまった。その頬は赤く染まっている。

 まさかとは思うが、照れているのか……? 

 いや、きっと違うだろう……多分……恐らく……きっと……。

 頭の中で様々な可能性を巡らせていると、彼女が小さな声で呟いた一言を聞いてしまう。

 

「……いきなり呼び捨てとか……ずるいじゃん……」

 

 どうやら彼女にとって不意打ちだったようだ。

 その様子を見た僕は嬉しくなって思わず笑顔になってしまう。

 

「仕事先の先輩だから敬意を払わないといけないと思ったんだけど……キリエが嫌なら止めるよ」

 

 僕がそう言うと、慌てた様子で反論してくる彼女。

 

「べ、別に嫌なわけじゃないって! ただ、何て言うかその……急にだったからビックリしただけ……!」

 

 顔を真っ赤にしながら必死に弁解しようとしている姿が可愛くて、つい笑みが溢れてしまう。

 

「な、何がおかしいのさ!」

「ごめんごめん、キリエの反応が可愛かったから」

 

 素直に感想を伝えると、さらに顔を赤くして俯いてしまうキリエ。

 何だか小動物みたいで可愛い。

 

「うぅ~……!」

 

 唸り声を上げながら睨んでくるものの迫力は全く感じられない。

 やはり可愛いだけである。

 

「そっか、キリエは名前で呼ばれる方が嬉しいんだね」

 

 確認するように尋ねると、彼女は無言でこくりと頷いた。

 

「じゃあこれからは名前で呼ぶようにするよ、キリエ」

 

 仲直りの握手代わりに右手を差し出すと、彼女もゆっくりと握り返してくれる。

 まだ少し顔が赤いような気がするけど気にしないことにしよう。

 それよりも大事なことがあるのだから。

 

「ところでさ、改めてお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

 改まった口調で切り出すと、キリエの方も真剣な面持ちになって頷く。

 

「……いいよ」

 

 ありがとう、と礼を言うと改めて本題に入ることにする。

 

「僕にキリエの誕生祝いをさせてほしいんだ」

 

 真っ直ぐに目を見つめながら言うと、一瞬怯んだような様子を見せたキリエだったがすぐに調子を取り戻す。

 

「……そんなこと言われたって、あたしは何も返せないよ?」

 

 気まずそうに顔を逸らすキリエを見て僕は小さく微笑む。

 僕たちはまだ子供で、出来ることなんてほんの僅かで、何もないのかもしれない。

 だけど……それでいいと思ったのだ。

 

 それに──

 

「そんなことないよ。今まで色々手伝ってもらったし、僕たち友達でしょ? これくらい当然だよ」

 

 気恥ずかしくて目を逸らしてしまいそうになるけれど、僕は自分の気持ちを伝えたくて一生懸命に言葉にしていく。

 キリエは一瞬だけ驚いた顔を見せたものの、やがて照れくさそうに微笑んでくれた。

 そして……。

 

「ふふっ、あはははっ!」

 

 唐突に笑い出す彼女に戸惑う僕を他所に、目尻に溜まった涙を拭いながら呼吸を整え始めるキリエ。

 そんなに可笑しかったのだろうか? 

 いや、でも今は笑ってくれているので良しとしようかな。

 

 ひとしきり笑った後で大きく深呼吸をすると、どこか吹っ切れたような表情をしたキリエと目が合った。

 

「あーあ、もう仕方ないなあ……せっかく覚悟を決めてたのに、なーんか馬鹿らしくなっちゃった」

 

 やれやれといった様子ではあるが、そこに悲壮感のようなものはないように思えた。

 彼女の言葉の意味を図りかねていた僕だったが、不意に手が伸びてきたかと思うと──ぽふっ。

 

「え……?」

 

 気が付けば、僕は彼女の腕の中にいた。

 ふわりと鼻腔をくすぐるキリエの甘い香りと柔らかな感触に鼓動が早まるのを感じたのだが、同時に彼女の手が震えていることにも気が付いた。

 どうして震えているのか気になって尋ねようとしたのだが、その前に彼女が言葉を発する。

 

「……あたしの名前、呼んでみてよ」

 

 囁くような声だったが、確かに聞こえたその願いに応えるべく口を開く。

 

「……キリエ」

 

 それを聞いた彼女は満足そうに頷くと、優しく抱き締めてくれたのだった。

 

「……ありがとね、リエト」

 

 少しだけ照れ臭そうにな声で礼を言ってくるキリエに、僕もまた応えた。

 

「どういたしまして」

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