そういった出来事から一週間後のこと。
院長先生から台所の使用許可を貰って、キリエの為に作るパンケーキの練習をすることにしたのだ。
作り慣れてはいるので万が一もないとは思うのだが、念には念を入れて万全の準備で臨むことにしたのである。
レシピはホーム直伝のもので、ミルクを少し多めにすることでトッピング無しでも甘さを感じられるよう工夫されているのが特徴だ。
こうして出来上がるのは厚みのあるパンケーキではあるが……果たしてキリエはどう評価してくれるだろうか。
僕としてはもう少し見栄えをよくしたいところなのだが、そうなると食材の追加が必要になってしまいお金がかかってしまうので悩みどころである。
何か良い方法は無いかと考え込んでいると、こちらを見つめる視線に気付いた。
「にいにがおやつ作ってくれてる!」
「駄目よ、あれはリエトにいさんの友達用なんだから!」
目を輝かせている金髪の子が、その友達である黒髪に注意されてしまい項垂れる姿を見て思わず苦笑してしまう。
「二人ともこっちにおいで。いつも率先してホームの手伝いをしてくれてるんだし、偶には良いこともないとね」
そう言いながら手招きをすると、二人は嬉しそうに駆け寄ってきた。
本当に素直で可愛らしい子達だなと思う。
「ほら、温かいうちにお食べ」
二人に切り分けたパンケーキを差し出すと、満面の笑みを見せる二人。
こういうところはまだまだ年相応だなあと思うと同時に、微笑ましい気持ちになるものだ。
ふと気付くと二人がじっとこっちを見ていた。
何かあったのだろうか?
「どうしたの?」
「あのね、にいにが作ったおやつ食べるとすっごく幸せな気持ちになるの!」
「だから、もっと幸せになりたいなって二人で話してたの!」
なるほど、そういう事だったのか。
それなら期待に応えないといけないな。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、ユーカ、エリカ」
そう言って二人の頭を撫でると、二人とも気持ちよさそうに目を細めてくれるのだった。
◇◇◇◇
キリエの誕生日、当日。
ホームの手伝いは既に終わらせ、宅配の仕事も無事に終えたところだった。
「よしよし、それではあたしをお祝いする権利をリエトにあげようじゃないか!」
本日の主役は上機嫌でそんなことを言い出したかと思えば僕の手を取って走り出す始末だった。
行き先といえば当然ながらいつもの倉庫である。
到着するなり扉を開くや否や、中へと突入して行くキリエ。
「本当にここでよかったの? 他の場所にした方が良かったんじゃ……」
今更ながら尋ねる僕にキリエは振り向きもせずに答える。
念のために、院長先生から部屋の使用許可を貰ってはおいたのだが……。
「いいの! あたしが決めたんだから文句ないでしょ!」
いつもどおり九七式が中央に鎮座している倉庫で、飾りつけなんて一切無い殺風景な空間だ。
しかし彼女にとってはとても大事な場所なのだろうことは窺える気がした。
「それじゃ今から用意してくるから、お茶でも飲んで待っててね」
それだけ伝えると、僕はパンケーキを用意すべく台所へと向かうのだった。
◇◇◇◇
しばらくして出来上がったパンケーキをお盆に乗せて戻ってくると、倉庫の中は先ほどよりも暖かくなっており、机の位置が移動していた。
椅子が両側に置かれており、その一つはキリエが既に座っている状態だ。
「あ、お帰り!」
こちらに気づいたキリエが嬉しそうな表情を浮かべて出迎えてくれる。
テーブルの上には二つのカップが置かれていて湯気を立てていた。
どうやら僕が来るのを待っていてくれたらしい。
「うん、ただいま」
素直に嬉しさを感じつつ椅子に腰掛けると、向かい側に座ったキリエも同じように座り直す。
「ホームで作っているのと同じものだけど、今日はキリエだけが食べていいからね」
「ふあああ……すごいなあ、リエトはパンケーキも作れちゃうんだ……!」
感嘆の声を漏らす彼女は、ナイフとフォークを使いながら一口大に切り分けると、ゆっくりと口に運ぶ。
随分と一口が大きいなと思いながらも見守っていた僕の前で、キリエは満面の笑みを浮かべた。
「んん~~!! 美味しいっ!!」
幸せそうに微笑む彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなってくるというものだ。
この笑顔が見たくって作っているのだから当然と言えば当然だけれど、ここまで喜んでもらえるとこっちも作り甲斐があるというものだろう。
時折、視線が交差する度にキリエが微笑んでくるものだから照れくさくなってしまい頬が熱くなるのを感じた。
「ふふっ、リエトったら顔が真っ赤だよ? もしかして照れてるのかなぁ~」
いたずらっぽく笑う彼女に、更に顔が熱くなっているのを感じながら言い返す。
「……あんまりからかうなら、とっておきのおまじないをかけてあげないよ?」
「おまじない? 何それ気になるんだけど! 教えて!」
おまじないと聞いて興味を惹かれたのか、身を乗り出すように尋ねてくるキリエ。
僕はひっそりと温めておいた包装紙の中身を、キリエのパンケーキの上に載せるのだった。
「こ、これってまさか!!」
「そっ、バターだよ。これぐらいしか用意出来なくてごめんね」
すると彼女は首を横に振った後に笑顔になったかと思うと、顔を真っ赤にしながらこう言ったのだ。
「ううん、最高のプレゼントだよ! ありがとね、リエト!」
フォークとナイフを上手に扱いながらバターをパンケーキに塗りたくっていく姿は実に楽しそうであった。
そしてひと口サイズに切り分けたそれを頬張ると、いままで以上に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「(気に入ってもらえたみたいで何よりだ)」
彼女の満足そうな顔を見れただけでも頑張って用意した甲斐があったというものである。
その後も食べ進めていく様子を見守っていたのだが……唐突にその手が止まった。
「……どしたの? お腹いっぱいになっちゃった?」
尋ねるとキリエは恥ずかしそうに顔を赤らめてこう答えたのだった。
「いいのかな、こんなに幸せで。夢だったら覚めちゃわないかな……」
そんな心配事を溢す彼女を安心させるべく、僕はキリエの柔らかな頬を引っ張らずにはいられなかった。
突然のことに困惑する彼女の顔を見つめながら、僕は口を開く。
「大丈夫だって。その証拠に頬っぺたを引っ張られて痛いでしょ?」
「うん、ちょっとヒリヒリする」
「じゃあ現実だよ。ほっぺを引っ張れば痛いし、パンケーキを食べれば甘く感じるし、友達と一緒に過ごせば幸せな気持ちになれるよ」
そこまで言って一息つくと、今度は両手で頬を包み込むようにして撫でさすった。
くすぐったそうに目を細めるキリエを眺めながら話を続ける。
「ほら、こうやって触れ合ったりすれば温かいでしょ? これでもう分かったよね?」
そう言うとそっと手を離す僕。
少し名残惜しそうな表情をしているように見えるのは気のせいだろうか?
やがてキリエは小さく頷くと改めて口を開いた。
「ん、そうだね……確かに温かいや」
やっと安心したのか安堵の表情を見せる彼女を見てほっと胸を撫で下ろす。
「パンケーキ、冷めないうちに召し上がれ」
そう言って笑いかけると彼女も微笑み返してくれた。
「改めて。誕生日おめでとう、キリエ」
「えへへ。ありがとう、リエト!」
互いに言葉を述べた後、残りのパンケーキを口に運んでいくキリエだった。