僕たちは用意された椅子に座り、目の前にいる少女……『エンマ』さんが手慣れた手つきで紅茶を用意する様子を眺めていた。
しばらくするとふわりと漂う茶葉の香りが鼻をくすぐり、自然と心が安らいでいくのが分かった。
きっといい茶葉を使っているのだろう。そうに違いない。
そんなことを考えていると、不意に声を掛けられたので意識を現実へと引き戻される。
「どうぞ」
彼女の言葉と共にカップが置かれる音を聞いた直後、僕の隣に座るキリエが口を開いた。
「ありがと~」
続けて僕もお礼を言うと、彼女は柔らかな笑顔を浮かべた後で向かいの席に着いた。
「さっきはごめんね。急に木登りなんてしちゃって……」
キリエがそう言うとエンマさんは首を横に振りつつこう答えた。
「いえ、こちらこそ驚かせてしまい申し訳ありませんでした。ですが、もう二度と桜の枝を折ってしまわないようにお願いいたしますね?」
穏やかな口調で語りかけてくるエンマさんの言葉に、僕らは揃って頷いた。
すると安心したのか彼女も笑顔になり、胸を撫で下ろしていた。
その間にも、時折吹く風が花を散らしていき地面を埋め尽くすようにして落ちていく。
「きれいだなぁ……」
ふと呟いた僕に対して二人は同時に頷く。
そんな様子を見ていたエンマさんは、微笑みながら言葉を返してくれた。
「ご先祖さまから代々受け継がれてきたこの景色が、わたくし大好きなのですわ」
そしてまた花吹雪が舞う中、彼女は言葉を続けた。
「それに、桜の花びらが舞うことでお二人と出会うことができたのですもの」
微笑みながら言うエンマさんのその言葉は、とても印象的だった。
「ところでお二人は、こちらにいらっしゃる前は何をなさっていたのですか?」
何気ない質問を投げかけられた僕たちは、顔を見合わせてからそれぞれ答えを返すことにした。
「聞いてよエンマ! 配達が終わって一息ついたと思ってたら、リエトが空き地の草むらで寝転がり始めたんだよ!」
「いやぁ、ポカポカ陽気で気持ちよかったからつい……それにキリエだって隣で寝そべってたじゃないか」
僕が言い返すとキリエは口を膨らませながら反論してきた。
「うぐっ!? そ、それはそうだけどさ~。もう少し場所を考えて欲しいというかなんというか……」
そんな風に言い合いを続けている間にも、エンマさんは不思議そうな表情をしていた。
「一つよろしいでしょうか?」
『なに?』
僕とキリエの声が重なる。
「お二人は、配達業をなされているのでしょうか?」
『うん』
再び重なった声の後、しばし沈黙が続く。
最初にそれを破ったのは、エンマさんだった。
「わたくしとお年は近いでしょうに。一体なぜ……?」
困惑の表情を見せるエンマさんを見て、隣にいるキリエもまた首を傾げる。
「なぜって言われても……。自分のことは自分でやんないと」
「でも、少しは誰かに頼るのも悪くないのでは……?」
更に困惑するエンマと、不思議そうな顔をするキリエ。
「えーっ、そんなのやだくない?」
「やだい……でしょうか」
キリエの独特な言葉の略し方か、はたまた考え方によるものなのか、戸惑うエンマさん。
その話を紅茶を頂きながら耳を傾けている僕は、出会った頃のキリエみたいだと首を傾げつつも二人の会話を聞いていた。
「絶対やだ! 自分のことは自分! 誰にも決められたくないし!」
力強く言い放つキリエに対し、エンマさんは……。
「わぁ……」
何故かキリエを見つめながら感嘆の声を上げていた。
「あっ、ごめんなさい。その、素敵な考えだと思いまして……」
エンマさんが謝りながらも、褒められて嬉しそうにしているキリエだが、一方で気まずそうな表情を浮かべている。
「どうかされましたの、キリエ?」
「……ごめん、エンマ。今の半分は本当で、もう半分は少し違うんだ」
「少し……違うのですの?」
不思議そうに尋ねるエンマさんに、キリエはゆっくりと話し始める。
「エンマに言った言葉は本心だよ。実際にあたしは今までそうやって生きてきて、後悔はしてない」
でもね、と言ってキリエは空を見上げる。
「どっかのお人好しと出会っちゃってさー、そいつに感化されちゃったらしくて、一人で肩肘張ってるのが馬鹿らしくなっちゃったんだよねー」
そう言いながら横目でこちらを見てくるものだから、なんだか照れ臭い気持ちになってしまう。
僕はそんなキリエ対して何も言えないまま黙って聞いていた。
やがて満足したのか、彼女は視線を戻しながらこう言った。
「だからさ、自分のことは自分で決めるまではいいけど、誰かに頼るのはアリかなって……そう思うようになったわけ。それで今に至るってわけなんだけど……」
そう言って一度区切った後で、キリエは再び言葉を続ける。
「あたし、ずっと一人で生きてきたようなものだからさ、これからもそれでいいって思ってたんだけど……やっぱり寂しいものは寂しかったみたい……」
最後にポツリと呟いた一言に思うところがあったようで、エンマさんはキリエの手を優しく握っているのが見えた。
「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって……」
「ううん、気にしないでいいよ。今は楽しいし、幸せだから平気」
そう言うキリエの表情はとても穏やかで、本当に気にしていないのだと分かった。
「お二人の関係が羨ましいです。わたくしにもそういうお友達がいたなら……」
言いながら俯いたエンマの表情が曇ったことに気が付いたキリエは、エンマの手によって握られていた手を握り返す。
「何言ってんのさ? こうしてお茶して、お喋りして、一緒に笑ったりして……これでもまだ友達じゃないって言うの?」
「えっ……?」
キリエから突然の言葉を投げかけられて驚いている様子のエンマに対して、今度は僕が声を掛ける。
「キリエが桜の枝を折ったせいで、僕まですっごい怒られたけどね」
「あぅ、それはゴメンってばぁ」
「……ぷっ。あはははっ!」
縮こまりながら謝るキリエの姿のせいなのか、はたまた僕らのやりとりがおかしく見えたのか、エンマさんが堪えきれず笑い出したことで、僕らは一斉に彼女の方へと視線を向けることになった。
「ふふふっ、申し訳ありません。ですが、あまりにもお二人のやり取りが微笑ましくて、つい笑ってしまいましたわ」
笑いすぎて目の端に涙すら浮かべている彼女を前に、僕とキリエは思わず顔を見合わせた後、互いに小さく吹き出してしまう。
「まっ、エンマが笑ってくれたんなら、いっか」
キリエの言葉に僕も頷く。
するとエンマさんは嬉しそうな表情でこう言ってきた。
「改めてわたくしからお願いします。わたくしのお友達になっていただけませんか?」
それに対して僕たちはこう答える。
『もちろん、喜んで!』
そして、どちらからともなく再び笑みが浮かぶのであった。