あの一件以来、僕たちは定期的にエンマさんの家でお茶をしながら色々な話をするようになっていた。
楽しかったこと、失敗したこと、取り留めない話題ばかりであったが、それでも十分だったと思えるくらいに充実した日々であると考えている。
そんな日々を僕は手紙にしたためては、文通相手の友人へ送っていた。
とはいっても、お互いに居場所が分かるのはアレンとケイトのみであり、ケイトとは頻繁に連絡を取り合っている。
彼女は相変わらず本の虫であり、学んだことを事細かに教えてくれるので、もはや手紙と呼ぶよりもレポートのような内容になっていることは否めない。
しかし、僕としてはそういったケイトの真面目さが好ましかったりする。
「(さて、そろそろ次の手紙を書かないと)」
いつものようにペンを持ち直して書き始めようとした時のことだった。
不意にノックの音が響き渡る。
日も暮れてしばらく経つ時間に珍しいと思いつつも扉を開けると、そこには見知った顔が立っていた。
「やっ。久しぶりだね、リエト」
「アレン? こんな時間にどうしたんですか?」
突然の訪問に驚きつつ尋ねると、彼は困ったように笑いながら頭を掻いた。
「いやぁ、それがね。例の『アレ』に関することで現地調査をしていたんだけど、見事に不発でさ」
「無理はないんでしょうけど、なかなか進展しないですね」
言うまでもなく、僕とアレンの間で通している、『アレ』とは、『穴』のことである。
僕たちの間では専らこの呼び方が定着しているわけだが、理由は簡単。
誰がどこで聞き耳を立てているか分からないからである。
そもそも『穴』という呼称は誰が最初に言い出したのか定かではないが、今のところその存在を知る人々の中では共通認識となっているようだ。
とはいえ、名称こそ定着したもののその実態については謎に包まれており、僕自身、存在を確認したことはないため実在に関しては半信半疑のままである。
だって、その方が幸せだと思っちゃうもん。
閑話休題。
アレンを談話室へと案内した僕は、彼と向かい合って座りながら話を始める。
「まっ、早々に答えが出るわけもなし。それよりも違う話をしようよ」
そう言ってアレンは話題を変えるように明るい表情を見せると、ケイトとの話を聞かせてくれた。
僕と文通を始めた彼女は、それを切っ掛けにジャンルを問わず学術書に手を伸ばし始めたらしいのだが、最近は機械工学について学ぶようになったとのこと。
ケイトにとっても興味深く面白さを感じたらしく、目を輝かせながら本を読んでいるらしいのだ。
「きっかけは何であれ、自分の好きなことを学ぶっていうのは良いものだねぇ」
感慨深そうに語る彼の様子からは、嘘偽りなくそう思っていることがうかがえる。
「僕のところに送られてくる手紙がレポートのような内容で、時折なんて返せばいいのか困ることがあるんですよ」
「それだけ、ケイトはキミに心を許している相手だと言えるんじゃないかな? 兄の僕が言う台詞じゃないけど、妹は友達がいなかったからねぇ」
台詞の割に楽し気な雰囲気のアレンであるが、ふと何かを思い出したような表情を浮かべると、一転して真剣な表情になった。
「そういえば、最近レオナの様子はどう?」
「残念なことに、アレン達と出会った時以降は、帰省していません。手紙は届きますが……」
そこまで言って言葉を切った僕を見て察したのか、アレンは小さくため息をついた後で口を開く。
「そっか……まぁ、彼女の性格を考えれば仕方ないとは思うけどね」
そう呟く彼の表情はどこか寂しげなものに見えた気がしたが、すぐにいつもの調子に戻ってしまったため確認できなかった。
「あっ、そうそう。レオナに対して手紙を書いてるんだよね? 今も続けてるのかい?」
思い出したように尋ねる彼に、僕は頷いてみせる。
それを見た彼は何故か嬉しそうに微笑んだ。
「どうかしましたか?」
不思議そうに首を傾げる僕に、アレンは優しい口調でこう言った。
「もしよければ、その手紙を僕が届けてあげようか?」
「アレンはレオナお姉ちゃんの居る場所が分かるんですか?」
「ふふっ、僕を誰だと思っているんだい。僕にはちょっとした情報網があるんだよ」
得意げに胸を張って答える彼の言葉を聞いた僕は、思わず感嘆の声を上げた。
「凄いです! 是非ともお願いしたいです!」
「それじゃあ決まりだね。レオナに渡す手紙を預かる代わりに、僕からの頼みを聞いてくれるかい?」
「もちろんです!」
即答した僕を見た彼は、小さく笑うと言葉を続けた。
「レオナが戻ってきたら、『お帰りなさい』って声を掛けて欲しいんだ。きっと喜ぶと思うよ」
「それだけでいいんですか?」
あまりに簡単な内容であったため、驚いて尋ね返すと、彼は少し困ったような表情を浮かべてから答えた。
「うん、それで充分だよ」
その返事を受けて納得した僕は頷くと、早速とばかりに部屋から便箋の入った封筒を取り出すと、アレンの前に差し出す。
「えっと、これはレオナお姉ちゃんに。こっちはナカミズさんに。あとムサコさんとヒガコさんの分もお願いします」
「ナカミズは聞いていたから分かるけど、他の二人までとは」
「はい。お姉ちゃんがお世話になっている人たちですから」
その言葉に驚いた表情を浮かべたアレンだったが、それも一瞬のこと。
「リエトらしくていいね」
そう言うと、穏やかな笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇◇
アレンに手紙を託してひと月が経過した頃だろうか。
田舎町のラハマでさえも、何やら慌ただしさを感じるようになりつつあった。
一体何が原因なのだろうか? そんな疑問を抱きつつも変わらず日々を送っていたある日のこと。
レオナお姉ちゃんから手紙が送られてきた。
届いた手紙を受け取った僕はすぐさま中身を確認した。
すると、そこには衝撃的な内容が記されていたのである。
──────
拝啓、リエトへ。
ホームで元気に暮らしているか? 何か変わったことはないか? 半年以上も帰省出来なくてすまないと思っている。
私は今とある場所に滞在している。
詳しい場所は教えられないが、ラハマからはとにかく遠いところだということは言っておくぞ。
だが、心配するな。決して悪い場所にいるわけではないからな。
アレンが突然私たちの元に現れて、リエトから手紙を預かってきたと聞かされた時は驚きと同時に本当に嬉しかった。
何よりも、ナカミズやムサコにヒガコの分まであるとは思わなかったよ。
ナカミズはともかく、二人の驚いた顔をリエトにも見せてやりたかったよ。
みな喜んでくれていたけれど、一番喜んでいたのは間違いなく私だろう。
散々茶化されて大変だったんだぞ。まったく。
でも、今こうしてお前に手紙をしたためることが出来たことは素直に嬉しい。
感謝している。ありがとう。
次の戦いが終わったら、今度こそ帰るつもりだ。
お土産を沢山用意するから楽しみにしていてくれ。
それと最後に一言だけ言わせてくれ。
お前は私の自慢の弟だ!
──────
手紙を読み終えた僕は、そっと閉じた。
そして、ゆっくりと立ち上がると窓から外を眺める。
日が落ちつつある空の色は徐々に赤みを帯びていき、遠くの方から闇が迫り始めていた。
それはまるで、今の僕の心の中を表しているようで、言いようのない不安感に襲われる。
「(これじゃあまるで……)」
果たしてこの先、何が待ち受けているのか?
漠然とした恐怖を感じながらも、僕はただ待つことしか出来なかった。
後に僕は知ることになる。
レオナお姉ちゃんが飛んでいた空の出来事を。
時を置かずして、『リノウチ空戦』と名付けられた空戦が行われていたことを。
次回からしばらくレオナさん視点が続きます。
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