私が初めて戦場で経験した最初の出来事は、今でも鮮明に覚えている。
誰とも分からぬ相手に後ろを取られ、必死に撒こうと飛び回っていたところ、不意に現れた友軍機によって敵機は撃墜されたのだ。
一体何が起こったのか理解できず混乱したものの、結果的に助かったという事実は変わりようがなく、助けてくれた人物に感謝の念を抱くのは当然であったと言えるだろう。
その人物こそがナカミズであり彼女とはそれから長い付き合いになるのだが、この時はまだお互いの名前すら知らなかった。
この縁があり、ムサコとヒガコという双子の姉妹と出会い、親しくなるきっかけとなったのだから全くもって面白いものだ。
彼女たちとの出会いについて話せばキリがない為割愛するとして、今は目の前の問題を解決すべきであろう。
日々、激化の一歩を辿るイジツ。
そのきっかけと言うべき事件があったのは、一つの街が起こした行動によるものだった。
山に囲まれた大きな町は、かつて豊富な地下資源によって栄えていたものの、度重なる自然災害、地上に生息する生物たちと衝突を繰り返し、次第に疲弊していくようになる。
そんな折に起きた喜劇と悲劇。
それがあの街、『リノウチ』の結末だった。
◇◇◇◇
アレシマと呼ばれる大きな街がある。
ここは私の住むラハマよりもインフラが整備されており発展もしており、空輸業者をはじめ、用心棒や飛行隊などを管理する航空運輸局もあることから多くの飛行船、飛行機の駐機場が存在し、常に人で賑わっている。
この街の経済はイジツの一端を担うと言っても過言ではなく、イケスカ、ショウト、ポロッカに次ぐ都市なのだそうだ。
しかしながら、そんな活気溢れる街の様相とは裏腹に、裏ではマフィア同士の抗争が絶えず繰り広げられているのも事実である。
そんなアレシマの一角にある駐機場。
普段であれば旅行客を迎え入れるための設備の一つとして活用されている場所なのだが、現在は数え切れないほどの戦闘機が並び、異様な雰囲気を漂わせていた。
彼らは皆、機体の整備や補給のために訪れた戦闘機パイロットたちであり、機体の前ではそれぞれ仲間同士、あるいは顔見知り同士で雑談に興じたりしながら時間を潰している姿が見られた。
私たちも例外ではない。
「相変わらず物々しい空気だなも。冗談一つでも口にしたら喧嘩でも始まるんじゃにゃーか?」
「流石にそれはないと思いたいが、注意は怠らない方がいいだろうな」
軽口を叩くナカミズに対して、私は警戒を促すように言葉を発した。
確かにナカミズの言う通り、いつ何が起こるか分からない緊張感が漂っていることは確かだが、それとは別の意味でも緊迫した空気が辺り一帯を支配していたのだ。
「お偉いさんがオーシャン・サンフィッシュホテルに集まって会議をしているって噂は本当みたいだな」
「一体何を話しているのか、ヒガコ気になる~」
「うちら用心棒には関係ない話だ。あまり首を突っ込むとロクなことにならないさ」
「分かっているわよー。言ってみただけだって」
ムサコとヒガコが会話を交わす中、私は空を眺めながら考え事をしていた。
「(争いが始まるのだろうか……)」
この一年間、あちらこちらで小競り合いが起きており、その度に私たちのような用心棒稼業の人間は駆り出されていたのだが、最近は以前にも増して激しい戦闘が行われている。
大規模な戦闘こそ発生していないものの、それでも毎日のようにどこかで争いが起きているような状況が続いていた。
このままいけば近い将来、大規模な争いが発生するかもしれない。
もしそうなった場合、私たちはどうなってしまうのだろう?
用心棒として生計を立てている以上、このような考えは切り捨てなければならないのだが、やはり考えてしまう。
無事に生き延びることができるだろうか?
リエトを独りぼっちにさせてしまうのだろうか?
それとも……。
「怖い顔をしとるね」
ハッと我に返ると、目の前にはナカミズがいた。
どうやら思いのほか深く考え込んでしまっていたようだ。
「すまない。少し考え事をしていた」
「何か悩み事でもあるんか?」
「……いや、大したことじゃない」
そう言って話を終わらせようとする私だったが、ナカミズはなかなか引き下がろうとしない。
それどころか、私をじっと見つめたまま動こうともしないので、これは答えるまで解放してもらえないだろうと考えた私は仕方なく口を開いた。
「……最近は考えさせられることが多くてな。これからのこととか、色々だ」
私がそう告げるとナカミズは少しだけ真面目な顔付きになった。
ナカミズはこう見えて意外と鋭いところがある。
いや、意外に思うのは失礼に当たるかもしれないが、実際その通りなのだから仕方がない。
「すまない、変なところを見せてしまったようだ」
謝罪の言葉を口にすると、彼女は首を横に振り口を開く。
「悩めるうちは悩んでおきゃあええ。ただし地上でな。空で悩むと頭がおかしなるにゃー。そんな暇なんてありゃあせんがな」
彼女の言葉は不思議と胸に染み渡った。
きっとそれは彼女なりに私のことを思ってくれているからだと思う。
だからこそ素直に頷くことができたのかもしれない。
ナカミズは私の隣に移動し、話を続ける。
「用心棒とはいえ、やっぱり争いになるのは嫌なもんだね。みんな無事で生きていられたらどれだけええことかね」
私もまた頷いて応える。
「そうだな。だが我々は雇い主の命に従い戦うだけだ。それ以上でも以下でもない」
「真面目だにゃ~。まあそこがあんたのええところでもあるがね」
そう言いながら微笑むナカミズを見ていると、何だか心が軽くなったような気がした。
そして同時に、ある思いが胸の中に芽生えたことに気が付く。
私はその気持ちを抑えきれなくなり彼女に伝えることにした。
「なあ、ナカミズ」
「どうしたんよ、藪からスティックに」
「…………」
「今のは完全にうちが悪かった。ごめん。だもんでその無言やめて」
「……実は頼みがあるんだが」
「え、無視? おーい、レオナ。うちが悪かったで許しいて欲しいがね」
必死に訴えかける彼女をよそに、私は大きなため息を一つ吐いた。
大切な人のことを他の人に任せようとしているだなんて、私も知らずに周囲の空気に当てられてしまっていたのかもしれない。
やはりリエトのことは、私自身が責任を持って面倒を見るべきなのだろうな。
その為にも、まずは目の前のことに集中すべきだと考えを改めることにした。
「ごめんなせゃー! お願いだでこっち向いてくれ!!」
◇◇◇◇
ムサコが口にしていたとおり、オーシャン・サンフィッシュホテルでは大規模な会議が行われていた。
議題となっている内容は、今後予想される空域での戦闘についてである。
アレシマより南東方面に位置するリノウチ。
そこに至るまでの道筋に占拠された町や集落があることから、今後の戦況において重要な地域の一つとされていた。
そこでは毎日、小規模な戦闘が断続的に行われており、双方が一歩も譲らぬ戦いを繰り広げていたのである。
しかしながらここ最近になって、状況は少しずつ変化の兆しを見せていた。
争いに便乗する形で出没していた空賊たちが姿を見せなくなったのである。
もちろん、完全にいなくなったわけではない。
相変わらず彼らの行動によって損害を被る人々はいたものの、以前よりも襲撃回数は激減したと言っていい。
一体何故なのか、と様々な憶測が飛び交っていたが、結局のところ理由は誰にも分からないままであった。
◇◇◇◇
そんなある日、私たちの元へアレンが現れた。
争いの隙間を縫って訪れたらしく、彼の搭乗する九七式は機体各所に汚れが目立つ状態となっていた。
しかし彼はそんなことを気にする素振りも見せず、いつもと変わらない態度で私に声をかけてきたのだ。
「やあ、レオナ、ナカミズ。元気にしているかい?」
「アレン? どうしてここに……?」
「新しい本が入荷していないか見に来たんだけど、この様子だとなさそうだね」
慌ただしく動く人並みを見て、彼はそう言って肩を竦めてみせた。
争いが本格化する前であれば、まだ本の流通があったようだが、最近ではそれも難しくなってきているらしい。
本を買うお金があれば食料を買い、衣類を買った方が、当然ながら安く済むからだ。
「こんな時までアレシマに来る物好きなんておみゃーぐりゃーなものだ」
「おや、そんなことを言っていいのかな、ナカミズ?」
「何がじゃーよ」
ナカミズは眉を顰めながら答える。
それに対し、アレンは笑みを浮かべたまま何かをカバンから取り出した。
「リエトから手紙を預かってきたんだ。はい、これ」
手紙を目にした途端、ナカミズの顔色が変わった。
先程までの態度とは打って変わり、アレンから差し出された束になっている手紙を受け取ると、素早く中身を確認していく。
視線が下へと降りていくにつれて、表情がコロコロと変わっていくのを見て思わず笑いそうになってしまう。
「おっ、アレンじゃないか……って、ナカミズの奴、どうしたんだ?」
「随分と楽しそうにお手紙を読んでるみたいね~」
遅れてやってきたムサコとヒガコが現れ、私の隣に並んだ二人は不思議そうにナカミズの様子を見ていた。
そんな視線に気付いたのか、ナカミズはハッとした表情を見せるなり手紙をポケットにしまい込む。
まるで何かを隠すような仕草だったが、残念ながらもう手遅れだった。
「いや! これは予想以上に嬉しかったとかではのうて! アイツは何枚書く気だとか! 毎月送ってくるつもりかとか! そんなつもりではにゃあよ!?」
慌てふためく彼女の姿に一同の視線が集まる中、ナカミズは誤魔化すように早口で言葉をまくし立てる。
その様子を眺めながらムサコが茶化そうとして口を開いた瞬間、横から新しい手紙が現れた。
「やっ、二人とも。元気そうだね。はいこれ、リエトから君たちへの手紙だよ」
にっこりと微笑みながらアレンが差し出したそれを見て、ムサコは目を丸くしながら驚いていた。
「面識のない私たちの分まであるのかよ!」
「やーん、ヒガコ感激~」
確かにそうだ。
私を通じての二人しか知らないはずなのに、わざわざ手紙を書くだなんてリエトも律儀な奴だ。
隣で目を輝かせながら手紙を読んでいる仲間たちを横目に、私はわざとらしく咳ばらいをしてアレンと向き合う。
「アレン、その、なんだ。リエトから私に対して何かこう……」
「もちろん、レオナの分も預かってるよ」
「そっ、そうか……!」
彼が差し出してきた手紙を受け取り、私は思わず口元を緩ませてしまう。
恐らく今の私の顔はだらしない表情をしているに違いないだろう。
慌てて顔を引き締めようとするが、上手くいかずに頬は緩んだままだった。
「本当に嬉しそうな顔をするねぇ」
アレンが優しい笑みを湛えたまま語りかけてくるので、ますます恥ずかしくなってしまう。
それを悟られまいと視線を逸らしたが、もう遅いようだ。
「いやいや、張り詰めてた顔が緩んでさ、いい笑顔してたものだからつい、ね」
「う、うるさいぞ、アレン」
恥ずかしさのあまり睨みつけると、アレンは少し困った様子を見せた後に両手を上げて降参の姿勢を取った。
そして小さく咳払いをすると、いつもの飄々とした態度に戻り話を続ける。
「まあ、それはさておき。喜んでくれたようで何よりだ」
「……ああ、そうだな。ありがとう、アレン」
私は素直に感謝を伝えて頷く。
別に意地を張る理由もないからだ。
そもそも彼に隠し事をしたところで無意味なことは既に分かっているのだから。
「ところでアレン、今回はいつまで滞在していられるんだ?」
「今日中には帰る予定だからそこまで長くはないかな」
「ざんね~ん。ヒガコ、お返事書きたかったなぁ」
ムサコからの質問に答えたアレン、その返事を聞いてあからさまに肩を落としているヒガコだが、機会はあるはずだ。
「住所はレオナが知っているし、落ちついたら返事でも書けばいいんじゃないかな?」
「それより直接会いに行くのもいいかもな。前回は野暮用でレオナについていけなかったことだし」
「会えるなら直接会いたいわぁ!」
ヒガコの反応を予想していたかのように、ムサコは笑いながら提案し、それに賛同するようにナカミズも声を上げる。
それに対して私も同意するように頷いてみせる。
「今の仕事が落ち着いたら、皆でリエトに会いに行こうか?」
私がそう言うと、三人はすぐに賛成してくれた。
それぞれが笑顔を浮かべており、誰もが同じ気持ちであることがよく分かる。
リエトからの手紙は、それだけの気持ちにさせてくれるものを秘めていた。
「……これでちょっと安心出来たかな」
私たちを見つめながら安堵のため息を洩らすアレンの呟きが、静かに響き渡る。