僕のお姉ちゃんは、とても世話焼きさんだと思う。
ホームに来てから数年が経ち、自分で出来るようになった事も沢山あって、僕が出来ることでレオナお姉ちゃんに迷惑をかけたくなかったけど、お姉ちゃんはなかなかそれを良しとしない。
むしろ、今までよりもっと過保護になってしまったような気さえする。
ただ、僕が何かを始めようとする時は、止めるようなことはせずに見守ってくれているんだけど、時々『それで良いのか?』と言いたげな表情を向けてくる事がある。
僕にはその意味が良く分からなかったけれど、何となく察せられることもある。
きっとお姉ちゃんは、僕に少しでも多くのことを学んで欲しいんだろうと思う。
「でもなぁ……」
今日も今日とて、僕はいつものように畑の世話の傍ら、孤児院の裏手にある空き地で一人空を眺めていた。
見上げる空は、青く澄み渡っているものの、上空を通り過ぎるのは白い雲ばかり。
飛行機の姿は一機たりとも見かけない。
そうそう、最近のレオナお姉ちゃんは、空いた時間の隙間に院長先生から許可をもらってホームの片隅に眠っている飛行機で飛び方を訓練している。
この世界では、飛行機を飛ばせないと不自由なことばかりだ。
町と町の往来に、陸上を使用した移動方法がほとんどなく、長距離の移動となると空路が主流になるからだ。
空を飛ぶことは、生きていく上で欠かすことのできない重要な要素であると同時に、それだけで生計を得る手段になり得るのだ。
その為、飛行機の操縦技術を持っているか否かは、この世界で生きる上での必須条件と言っても過言ではないだろう。
もちろん個人によって得意不得意はあるだろうし、好き嫌いもあるだろう。
それでも誰もが飛行機に関する技術を身に着けていることが多いのも事実だ。
かく言う僕も、将来の為に勉強をしている。
お姉ちゃんが使用している飛行機の整備をする為に必要な知識を得るため、町にある図書室を利用して本を読んでいるのだ。
最初はホームの子供であるということで敬遠されていたけど、最近はそんなこともなくなってきている。
これも多分、院長先生やレオナお姉ちゃんのお陰だろう。
お姉ちゃんは、僕以外の様々な人達とも交流を深めている。
結果としてレオナお姉ちゃんの弟である僕が孤立することがなくなり、他の子供たちとも会話を交わす機会が増えた。
今ではすっかりホームのお姉さん役になっているようで、年下の子達の面倒もよく見ていた。
「いや、別に良いんだけどさ。寂しくなんかないし」
そんな時だ。
僕を嘲笑うかの様に、アホウドリの群れが鳴きながら頭上を横切っていった。
なんだか馬鹿にされた気もした僕は投石器を素早く取り出し、石を入れてから縄を大きく回し始める。
狙いは届く範囲ではあるが、遠い的だ。当たれば運が良い程度だろう。
勢いよく放たれた石が風を切り裂き、大空を舞うアホウドリへと飛んでいく。
しかし、結果は外れること無く見事に命中した。
墜落した鳥を見に行くと、そこには息絶えたアホウドリの姿があった。
「ごめんなさい、ありがとう」
感謝の言葉を伝えつつ、早速捌いて食料にするべく血抜き作業を行う。
ホームの子たちと食べれば、量は微々たるものだが、それでも栄養のある物を食べないとね。
本日の食事当番として、お肉を手に入れられたのはとても嬉しいことだ。
◇◇◇◇
僕たちにとって一番の脅威は『空腹』であることだと理解している。
お腹が空いたら動けなくなるし、頭も働かなくなる。
イライラしたり悲しくなったり……とにかく負の感情が増える。
だから僕たちは食べ物を大切にしなければならない。
毎日、ご飯が食べられるありがたさを忘れてはいけない。
「……そのありがたさを忘れている、わるーい弟がいるのだが」
声が聞こえたので視線をそっちに向けると、案の定レオナお姉ちゃんがいた。
片手にパンの入った袋を持ち、反対の手は腰に当てて頬を膨らませている様子から察するに怒っているみたいだ。
「ほら、リエトの分だぞ」
素直に謝るべきだと判断して謝ろうとしたところ、急に目の前に差し出されたパンを受け取るように促される。
戸惑いながらも受け取ってしまった後、改めて謝罪しようと口を開く。
「あ、あの……!」
「ちゃんと謝ったら許してあげよう」
「はい! ごめんなさい!」
「よろしい」
満足そうに微笑む姿に安心したのか、自然とこちらも笑顔になってしまう。
すると頭を撫でられてしまった。恥ずかしいけど嬉しい。
そのままの状態で手を合わせていただきます。
「今日もこの子の整備をしてくれていたんだな。ありがとう」
「うん。どういたしまして」
『飛行機は何時でも飛ばせるように』と図書室にあった本の一文から、整備をしておく事を日課としていた。
とは言ってもレオナお姉ちゃんが飛行訓練を始める前と、終えた後に重点をおいて行っているからそこまで大変ではない。
それでもお礼を言われることが嬉しくて、もっと頑張ろうって思えるんだ。
「なあ、リエト。お前は将来何になりたい?」
モゴモゴと口を動かしながらパンを食べていると、突然そんなことを言われた。
「……え?」
「将来の夢だよ。夢。何かなりたいものはないのか?」
質問の意図が理解できないままに答えようとしたが、口の中に物が入っているせいで上手く話せないでいると、察したお姉ちゃんが水筒を渡してくれた。
それを受け取り、一口飲んでから答えることにした。
「んー……わかんない」
正直な気持ちだった。だって考えたこともないのだから。
夢があるのならそれを叶える為に努力すればいい話だけど、そもそも夢というものが漠然としていてよく分からないのだ。
それに、今まで生きてきた中で夢中になれる事があったかと言われればそうでもないわけで、寧ろ今まで過ごしてこれたこと自体奇跡なんじゃないかとすら思えてしまう。
「リエトらしい答えだな。安心もするし心配にもなるよ」
「えぇー」
どこか複雑な表情で見つめてくるお姉ちゃんに、僕は困惑するしかなかった。
「レオナお姉ちゃんこそどうなの? 将来の夢とかあるの?」
話題を変えようと咄嗟に口にした問いに、レオナお姉ちゃんの表情が変わったような気がした。
でも、それは一瞬のことですぐに元の表情に戻る。
「うーん、そうだな……早く一人前のパイロットになって、自分の力で生きていきたいかな」
「なにそれカッコいいじゃん」
「そうか? でもまあ、こんな世界だからな」
笑いながら言った言葉だったけど、僕には寂しそうに聞こえた。
この時はまだ知らなかったけど、この世界の情勢は決して良くない方向に進んでいた時期だったのだと思う。
そして、レオナお姉ちゃんが言っていた事は嘘じゃなかった。
この幸せな場所に居られる時間にも限りがあり、ここを離れなければならなくなった時は、近くまで迫っていたんだ。