レオナさんの弟さん   作:星1頭ドードー

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第21話 リノウチ空戦 そのいち

 ──『リノウチ』上空。

 

 待ち構えていた敵機の集団とポロッカ隊が先行して交戦を始めた頃、アレシマ率いる連合軍もその戦域に突入を開始する。

 

『<先行したポロッカ隊を援護します。各機攻撃開始!>』

 

 無線機から聞こえて来る命令によって、私たちも敵機に向けて銃撃を開始し始める。

 不意を突かれた形となった敵機のいくつかは、味方による弾幕を受けて撃墜されていく。

 しかし、中には上手く躱して反撃に出る者もいる。

 

 敵機から放たれた曳光弾が青空を切り裂き、無数の流れ星のように降り注ぐ。

 敵、味方、あらゆる機体が『リノウチ』の上空に広がり激しい空中戦を展開していた。

 

『<あれほど明るかった空が、こんなにも暗いものに変わるとは……>』

『<まるで嵐の中にいるみたいだ>』

『<数を数える気も起きないな>』

 

 各々が目の前の光景に対して思い思いの言葉を呟いていた。

 私もまた例外ではなく、ふいに眼下に広がる光景を見て驚いていたのだ。

 墜落した飛行機のせいだろうか、町のあらゆるところで火の手が上がると同時に、黒い煙が空へと昇っていくのが見えたのだ。

 

 火災の規模は大きくないように見えるものの、火の手は留まることを知らないように見えた。

 

『≪何も知らぬ連合軍共め……≫』

『≪奴らにとって我らは邪魔者以外の何者でもないのだ≫』

『≪これ以上の暴挙を許すわけにはいかぬぞ!≫』

 

 混戦する無線の中で、幾つか理解できない言葉が混じっていたが、その言葉を発する者たちは皆一様に敵意を持っていることは明白であった。

 

 正義と悪。

 解放者と侵略者。

 混沌とした戦場では、誰もが自分に都合の良いように動いているように思えた。

 

 ある者はただ単に破壊を楽しみたいだけの快楽主義者であり、別の者は己の欲望を満たそうとする為に力を振るう強者で、また別の者達は誰かを守る為に身を挺しているのかもしれない。

 皆がそれぞれの思惑を持って戦っているのに変わりはないのだろう。

 

 それらが全て混じり合った時、空に円環を描きながら飛び交う飛行機群が生まれたのである。

 

『レオナ! ムサコ! ヒガコ! 死んでも群れから置いていかれたらいかんがね!!』

 

 先頭に立つナカミズが、後方の私たちに檄を飛ばす。

 追って追われてを繰り返している内に距離がどんどん開いていくため、誰かが孤立しないようにしているのである。

 そしてこの時、私たちはナカミズの後ろについて飛んでいたのだ。

 

 ナカミズ機の機銃掃射によって敵機の一機が撃ち落とされるが、まだ残っている機体はこちらに接近してくる。

 残った敵は三機ほどであったが、こちらも無傷ではない。

 一機は私が仕留め、残りの二機を仕留めたムサコ機、ヒガコ機は共に被弾をしていた。

 

 しかし、損傷こそあれど飛行には支障はないようだ。

 

『クソッ! キリがない!』

『機体がボロボロになるよりも先に、発動機が熱暴走で止まりそうよ~』

 

 皆が口々に悲鳴を上げていた。

 無理もないだろう。

 いくら銃弾を浴びせても次々と湧いて出てくるのだから……。

 

 疲労困憊の中、最後の力を振り絞って応戦を続ける一同であったが限界を迎えるまでそう時間はかからなかった。

 そこへ追い打ちをかけるように、敵側の混雑した無線が入る。

 

『≪船長……見送りはもう充分だ……世話をかけたな……後は俺たちに任せてくれ≫』

『≪ああ……すまない……最後まで見送れなくて……≫』

『≪いいってことさ……その代わりに死ぬなよ……必ず生き延びろ……約束だぞ……≫』

『≪分かってるさ……お前らも生きて帰れよ……≫』

 

 どこからともなく聞こえた声が耳に入るとともに、誰かが叫ぶ。

 

『<おい! リノウチの飛行船が体勢を戻し始めた! 何かが来るぞ!!>』

 

 全員がその声に反応し、一斉に視線を同じ方向へ向ける。

 ポロッカ隊の猛攻により沈みかけていた一隻の飛行船が、バラストから何から何まで投棄し、立て直し始めているではないか。

 

『<一体、何をするつもりだ!?>』

 

 その疑問に対する答えは、再び聞こえた声によって明らかにされる。

 

『≪『桜花(おうか)』より『桜雀(さくらすずめ)騎士団』へ、これより友軍を援護する>』』

 

 宣言とともに、飛行船から六つの機影が飛び立つ。

 太陽の光が反射する零戦二一型は、『リノウチ』側と認識させる装飾すらされず、無骨な銀色であった。

 ただ一か所だけ、尾翼に描かれたシルエットを見て、私は思わず息を呑んだ。

 

「桜の……花びら……」

 

 硝煙と黒煙、歓喜と悲鳴、炎と血の赤が支配する戦場に、似つかわしくない鮮やかな色が、『リノウチ』の宙を舞い始めた。

 

 ◇◇◇◇

 青い空が黒と灰に染まっていく戦場の最中、その全てを背景として舞い踊るのは『桜の花弁』。

 それはまさに、季節外れの春の訪れを告げるに相応しいものであった。

 その六機は瞬く間に戦場の空を駆け抜け、戦闘空域に入ると、他の飛行隊を寄せ付けない圧倒的な機動力で敵機を落としていく。

 

 一つ舞えば味方機が風に吹かれて消え、二つ舞うと地に触れて溶けるように消えていく。

 まるで、地上に咲いた華の如く優雅で儚い存在だ。

 儚く美しいモノが無数に空を彩っている様子はどこか幻想的で、争いという血生臭い世界にいることすら忘れさせてくれるような気がした。

 

 だがしかし、私の視界に映る光景は決して美しくもなければ夢幻でもない。

 これは現実なのだ。

 今まさに私たちが命のやり取りをしている最中なのである。

 

『<まずい! 円環が崩れてきたぞ!>』

『<全機散開しろ! 再び乱戦だ!>』

 

 無線を通じて味方機の叫び声が聞こえる。

 先ほどまで整然と並んでいた飛行機の隊列は乱れ、今では見る影もないほどに崩れている。

 

「なんて無茶苦茶な戦いなんだ!」

 

 私は悪態を吐きながらも必死に機体を操る。

 周囲を見れば仲間たちも同じ様子だ。

 もはや誰も余裕などないと言わんばかりに叫び声を上げている。

 

 それでもなお、彼らは戦い続けているのだ。

 

『おみゃーら! うちの声が聞こえとるか!』

「なんとかな!」

 

 無線機から聞こえてきたナカミズの声に、私たちは短く返事を返す。

 

『弾薬も機体も限界だ! この隙にいったん退いて補給せなあかん!』

「無理だ! 囲まれてる!!」

 

 私は叫んだ。

 周囲には数え切れないほどの敵機がいる。

 それぞれが各機体の後ろを取り合い、照準を合わせて射撃をしようとすれば、その僅かな隙に別の敵機からの攻撃を受けてしまう。

 

 最早、狙いを定めて攻撃することなど不可能な状況であった。

 しかも厄介なことに、敵の数が一向に減らないのである。

 こちらがどれだけ弾幕を張ろうとも、怯む気配すらなく攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

『<ちくしょう……! あいつら本当に人間なのか!?>』

『<このままじゃ全滅してしまう!>』

『<援軍は来ないのか!? もう持ちそうにない!>』

 

 私たちの無線からは悲痛の声が次々と聞こえてくる。

 それも当然である。

 敵機に攻撃を仕掛けようとすれば別方向からの攻撃を受けて逆に自分たちが被害を受けてしまい、かといって回避行動に専念していると、周りが見えなくなり仲間からも孤立してしまうといった負の連鎖が続いているのである。

 

「どうすれば……!」

 

 焦燥感に駆られる中、ナカミズの言葉が耳に届く。

 

『レオナ! 『一心不乱』じゃ! とにかく前だけ見て突っ込め!!』

 

 ナカミズは普段とは打って変わって真面目な声で叫んでいた。

 その声音は、まさしく真剣そのもので冗談やハッタリの類ではないことがすぐに分かった。

 だからこそ……私もそれに応えなければならないと思った。

 

「了解!」

 

 一言応えてから私は呼吸を浅く、長く整えると操縦桿を強く握り直した。

 その瞬間、私の中で何かが切り替わる感覚があった。

 先程まで感じていた恐怖や不安は、どこかへ消えてしまったかのように。

 

 そして、目の前に広がる景色がスローモーションのようにゆっくりと流れていくように見えた。

 敵機の位置、速度、高度に至るまで全てが手に取るように分かるような錯覚に陥るほどである。

 補足した敵機に向けて引き金を引くと、銃口から発射された曳光弾が光の尾を描きながら吸い込まれるようにして向かっていく。

 

 放たれた弾丸は、そのまま相手の主翼を直撃した。

 

『いける! 生き残りてゃー奴はうちらの元に集まれ! 勝利して生きて帰るために力を貸せ!』

 

 無線機から聞こえるナカミズの声はいつになく力強かった。

 その声は不思議と皆の心に響くもので、士気を高める結果となる。

 

『<僚機をなくした者は、あの傭兵部隊のところへ向かいなさい!>』

 

 そんな中、また別の声が混ざる。

 声の主は、アレシマ部隊の彼女であろう。

 彼女の言葉は冷静だったが、その中には焦りの色も含まれていた。

 

『<まだ飛べる者だけでもいいわ! 早く行って!>』

『<隊長さんの言うとおりだ! あそこなら助かるかもしれん!>』

 

 彼女の言葉を聞いた周囲の者たちは口々に叫びながら一目散にこちらへ駆けていく。

 この判断が吉と出るか凶と出るかは分からないが……他に選択の余地はなかったのだろう。

 たとえ絶望的な状況であっても、少しでも生き残れる可能性があるのならそこに賭けるのは決して悪いことではないはずだ。

 

 少なくとも私はそう思う。

 そして私の呼吸は、さらに浅く、短くなっていった。

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