投稿されていなかった前半部分の内容を掲載しました。
『リノウチの英雄』を見送ることしか出来なかった私とナカミズの肉体は、既に限界を迎えていた。
特に私の体力は既に尽きており、視界は霞み始めているし呼吸も荒い。
搭乗している九七式も限界が近いようで、時折異音を発するようになっていた。
「……ナカミズ、大丈夫か?」
『心配せんでも生きとる。レオナこそ大丈夫なんか?』
「大丈夫と言いたいが……正直厳しい」
『奇遇だにゃー。うちも同じ意見だわ』
ナカミズが力なく笑いながらそう言うので、私も釣られて笑ってしまう。
『……レオナ、無理して笑わんでもええがね』
「ナカミズだって笑っているじゃないか」
『こんな状況に追い込まれたら、誰だって笑うしかのうなるわな』
「……それもそうだな」
『まあ、うちはレオナと飛べるならどこでも楽しいけどな』
「……それは私も同じだ」
私たちは再びカラ笑いをすると、少しだけ元気を取り戻すことができたような気がした。
『レオナ』
「……なんだ?」
『おみゃーの積み重ねてきたもの、見せてくれてありがとよ』
「急にどうしたんだ……?」
『レオナのおかげで命拾いしたかんな。礼ぐりゃー言わせろや』
「大袈裟な奴だな……ナカミズがきっかけをくれたからだよ」
『おみゃーのそういうとこ、うちは好きわ』
「なっ!?」
妙に素直なナカミズから突然そんなことを言われてしまい、からかわれていると分かっていても驚きを隠すことができなかった。
『あははは! 顔真っ赤やんけ!!』
「そ、そんなんじゃない! というか顔色なんて分からないだろ!!」
『いんやぁ? おみゃーの表情は手に取るよーわかるで? わっかりやすいしな! 照れるな照れるな!』
「くっ……!」
ケラケラと笑う彼女に私は顔を真っ赤にしたままそっぽを向いた。
彼女のこういった不意打ちには、未だに慣れない。
『まあまあ、そう怒らんでくれや』
「怒ってない!」
『うちらのこと助けてくれた時もそうじゃったけど、なんちゅーか素直で裏表がにゃーところとか見てて気持ちがええんじゃ、許してくんねーかな?』
「……はぁ、分かったよ」
『あんがとさん』
「その代わり、今度また私をからかうような真似をしたら許さないからな!」
『分かっとるって』
「……本当かな?」
『本当やって。だもんで今すぐ『リノウチの英雄』に指定された場所へ向きゃー。ムサコもヒガコもそこへ辿り着いとるからな』
「……うん?」
『ほら、早く行かんと機体も肉体も持たんぞ?』
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 急にどうしたんだ!」
『……こっちに向かって、『リノウチ』所属を示す零戦五二型が近づいて来た』
その言葉に、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
既に弾薬も底を尽き、機体も肉体も満身創痍となっているこの状況で、敵側の戦闘機がやってきたとなれば、次に何が起こるのか想像に難くないからだ。
そして、その考えは当たってしまった。
『リノウチ』所属を表す零戦五二型の機体から放たれた機銃掃射によって、主翼を掠めた九七式はバランスを崩し始めた。
このままでは地面に叩きつけられると判断した私は、咄嗟に操縦悍を握り直して姿勢を立て直そうとする。
しかし、もはや気力だけで飛んでいる状態なのは、明白だ。
『あぁ……クソッ。あの五二型、『中身』は別物だぎゃー』
ナカミズの悔しそうな声が無線機越しに聞こえてくる。
「どういう……ことだよ!?」
『『リノウチ』の人間は手負いを深追いするような連中じゃにゃー。このドサクサに紛れて機体を盗みでゃーた空賊か、あるいは……』
そこまで言ったところで、言葉を濁すナカミズ。
恐らくその先の言葉は、私にも予想できた。
「裏切り者か……」
思わず呟いてしまう。
この状況下で空賊の仕業であるならまだマシだったかもしれない。
だが、もし空賊以外の何者かが裏切ったのであれば……。
『はぁー想像しとった以上に面倒くせゃー争いだったな。ま、しゃあないわなぁ』
こうしている間も、後方からは『所属不明の零戦五二型』から銃撃を受け、幾度となく機体を削り取られている。
それでもなお、私たちは飛ぶことを止めなかった。
いや、止めることなどできなかったという方が正しいのかもしれない。
もはや意地と矜持のみで空を飛び続けているといっても過言ではなかったのだから。
だが……それも長く続くわけもなく……。
一瞬だけ途切れた集中力、それと同時に意識が遠のき始めていくのを感じた時にはもう遅かった。
敵機の照準に捉えられている事に気づいたときにはもう遅い。
「(ああ、ここまでか……)」
何かを悟った瞬間、走馬灯のように過去の記憶が脳裏に蘇る。
もう回避する術はなく、このまま被弾すれば間違いなく墜落するだろう。
覚悟を決めてその時を迎えようとしていた、その時である。
『レオナァァァ!!』
こちらに向けられた敵機の銃弾は、怒号にも似た叫び声と共に、私へ機体ごと覆い被さる形で交差したナカミズによって防がれたのだ。
「……ナカミズ? ナカミズ!!」
名前を呼ぶ声は虚しく空に響き渡り、彼女からの返答はなかった。
無線機から聞こえてきたのは、小さく笑うナカミズの声と共に雑音が入り交じる音だった。
それが意味することは一つしかない。
「ナカミズ……? なんで……」
何故彼女が身を挺してまで私を守ったのか理解できないまま、私は再び回避行動を開始する。
これに何の意味があるのか分からない。
私も撃墜されるまでの時間が僅かに伸びるだけだということは分かっているつもりだ。
けれど、どうしても考えてしまう。
ナカミズの真意を。
私を助けるために自らを犠牲にした理由を。
それを知るまでは……私は死ぬわけにはいかないんだ……!
後ろから再び追いかけるようやってくる零戦五二型からの攻撃を避けるため、機体を左右に振って急旋回を行う。
当然の如く追い縋るように機銃を撃ってくるものの、なんとか躱しきることができたようだ。
だが敵機の数は増えていき、次第に逃げ場を失っていくのが分かる。
翼は徐々に捥がれ、オイルが機体から外へ漏れ出し、死期が迫っていることが実感できる。
もはや万事休すかと思われたときであった。
後方に位置していた零戦五二型が煙を上げて撃墜されたのが見えたのである。
何事かと後ろを振り返ると、そこには真っ赤な塗装が施された五式戦が飛んでいた。
正確無比なその射撃は、取るに足らないと言わんばかりに次々と撃ち落としていったのだ。
気が付けば、私に襲い掛かってきた所属不明機は全て撃墜されていた。
五式戦は私の上を通り抜け、翼を軽く振ったあと、そのまま何処かへと飛んでいくのだった……。
◇◇◇◇
生き残った私は、最後の力を振り絞り、『リノウチの英雄』に指定された場所へと向かい、機体を無理やり地上へと下した。
周辺には、幾つものの機体が不時着していた。
どの機体も傷だらけで、中には主翼が折れ曲がっているものまであった。
私は頭を動かすぐらいしか体力が残されておらず、操縦席でぐったりしたまま動けずにいた。
搭乗している九七式も所々から煙が吹いており、いつ爆発が発生してもおかしくなかった。
脱出しなければ、と頭で考えても身体が言うことを聞いてくれない。
こんな状態では敵に見つかってしまうかもしれない……そう考えていると何者かの声が聞こえ、防風がこじ開けられる。
「おい! 大丈夫か、嬢ちゃん!」
視線を向けてみれば、『リノウチ』側の人間だと分かる。
私はどうなってしまうのだろうか?
不安を感じていると、何かが差し出される。
「ほら、掴まれ! 脱出するぞ!」
それは人の手であった。
よく見ると彼の背後には他の仲間らしき人たちの姿があり、皆一様に心配そうな目で私を見つめていた。
彼らからすれば敵側の私に何故?
迷いながらも差し出された手を掴もうとするのは、私はまだ生きたいという意志があるからだろう。
しかし腕が上手く上がらない。
それを見てか彼は後方にいた仲間たちに声を掛けると、搭乗席に身を乗り出して私の手を掴み引っ張り上げてくれた。
「誰か手伝ってくれ! このお嬢ちゃんは自力じゃ動けそうにないんだ!」
彼の言葉に人が集まり、補助を受けながら私は九七式から脱出することが出来た。
肩を借りて離れた岩場まで移動し、そこで腰を下ろす形となる。
「あり……がとう。でも……敵側である私を……何故?」
何とか声を出して感謝の言葉を述べると、彼が少し困った表情をしながら笑い出す。
「確かに俺たちは敵同士だが、だからと言って見捨てるわけにはいかないからな」
「どうして?」
「どうしても何も、同じ空の下で生きる者同士じゃないか」
当たり前のことだろ?
と笑う彼を見て、不思議な感情が湧き上がってくるのを感じた。
他の人達をよく見てみれば、リノウチ側の人間も、連合軍側の人間も、両軍で雇われた傭兵の面々らしき人間も、皆が笑顔でこちらを見ているではないか。
これが今もまだ戦争をしているということを忘れてしまいそうになる光景だ。
『レオナ!!』
聞き慣れた声が響き渡り、誰かに抱きしめられる感触が伝わってくる。
声の主はムサコとヒガコであり、どうやら私が不時着したのを見て駆け付けてきたようだ。
「二人とも……無事だったんだな……」
「レオナとそこにいるオッサンたちのおかげでな。それより、怪我はないか?」
「うん……大丈夫だ……」
二人が心配そうにこちらを見つめてくるため、安心させるように笑ってみせると二人共ほっとした表情を見せた。
ふと視線を逸らしてみると、私を助けてくれた人達もこちらを見て微笑んでいる。
「でも、ナカミズが……」
「アイツがそう簡単にくたばるわけないだろう! 大丈夫、絶対に生きているさ!」
ムサコが荒々しく頭を撫でてくれる。
それは慰めているようでもあり、励ましてくれているようでもあった。
そんな空気の中、一人の男が空を見上げながら叫ぶように口を開く。
「『桜花』と『天上の奇術師』の一騎打ちが始まったみたいだ!!」
その声に反応するように、皆の視線が空に向けられる。
視線の先には、零戦二一型と五式戦が空を舞っていた。
時折、響く銃撃音やプロペラ音がこの空域に居る者全員の気持ちを高ぶらせる。
「あれが噂に聞く『リノウチの英雄』か……」
「『天上の奇術師』……やはり只者じゃない」
「どっちも人間離れした機動だぜ……」
私たちの遥か頭上を飛ぶ二つの機影は、どちらも異次元な動きを見せていた。
一方は相手を翻弄するかのように不規則な動きを行い、もう一方は相手の動きに合わせるように動きを変えていく。
互いに互いを挑発し合うような動きは、まるでダンスを踊るかのような動きにも見えてしまうほどだった。
「なんて動きだよ……!」
「こんな空戦、二度とお目にかかれないかもな……」
気が付けば、周りでは多くの人間が観戦しており、誰もが彼らの戦いに見入っていた。
それ程までに両者の動きが洗練されており、見るものを魅了するような動きだったのだ。
私もまた、その一人なのかもしれない。
「……凄い」
自然と口から漏れ出た言葉は、誰に届くこともなく消えていった。
それからどれだけ時間が経っただろうか?
私はずっと上空で行われている戦闘から目を離せずにいた。
空で見ていた時とは比べ物にならないほどの反応速度で動く機体と、それに追従できる技量を持つパイロットの存在。
その両方を兼ね備えた人物が戦場で二人も存在し、敵対しているのだと思うと心が震えるような感覚に陥っていく。
「あの動きを真似しろと言われても無理だろうな……」
思わず誰かが漏らす言葉、それを咎めるものは誰もいない。
何故なら今この場に居る全員が同じような気持ちになっているのだから。
だが、それも終わりを迎えようとしていた。
「五式戦が後ろを取る時間が増えてるぞ!」
「『桜花』は大丈夫なのか!?」
「『天上の奇術師』が追い込んだ! これで決まりか!!」
戦況を表す言葉が飛び交う中、私の意識は朦朧とする中にあった。
身体に力が入らず、意識が飛びそうになるのを必死で堪えることしか出来なかったのだ。
「(あぁ……ダメだ……最後まで……)」
薄れゆく意識の中で、それでも視線だけは上に向けており、決して目を離すことはしない。
それが私の最後の意地だった。
やがて、五式戦が零戦二一型の後ろを確保。
完全に背後を取ったと思われた瞬間、一陣の風と共に零戦二一型が消えた。
……いや、消えたのではない、風に機体を任せて無理やり急上昇したのだ。
五式戦から放たれた機銃の弾が空を切るが、即座に機体を反応させ機首を上げることで追撃を仕掛ける。
しかし……零戦二一型は、機体を破損させながらも百八十度反転し、二機は対峙し合った。
周囲からは声にならない悲鳴が上がる。
これで勝負は決まると同然だと誰もが思った次の瞬間──
『終戦!! 終戦だ!! 全機即座に戦闘を停止せよ!!』
無線機から聞こえる声は、連合軍側のものだった。
突然の出来事にその場に居た者達は動きを止めて呆然とするばかりである。
それは空の上でも同じことのようで、零戦二一型と五式戦は、何事もなく交差していた。
『現時刻を以て戦争は終結した! これ以上の戦闘行為は無意味である! 繰り返す! 戦争は終結した!』
その言葉を聞いていち早く我に返った者が数名おり、彼らは慌てて互いの顔を見合わせていた。
そしてすぐに無線で連絡を取り合い始めるのだった。
……私は瞼を閉じ、意識を手放した。
本作をお読み頂きありがとうございます。
予定では2月中に区切りが付く予定でしたが、逆立ちしても無理な事に今更気が付きました。
よろしければ、もうしばらくお付き合い頂けると幸いです。