風が頬を撫でるたびに、肌寒さを感じるようになる時期がやってきた。
レオナお姉ちゃんから貰った作業着も、身体に馴染み始め油汚れが目立ち始めている。
『リノウチ空戦』と呼ばれる戦いが終わりを告げて三か月が経過しようとしていた。
一通の手紙が届き、送り主はレオナお姉ちゃんだと分かると嬉しさのあまり跳び上がりそうになるが、身体を落ち着かせる。
急いで封を開けると、中には簡潔に書かれた便箋が一枚だけ入れられていた。
内容は短く纏められており、自身の無事と近況報告などが主であり、最後には帰郷が少し遅れる旨が書かれていた。
理由について詳しくは書かれていなかったのだが、お姉ちゃんのことだからまた無理をしているんじゃないかと心配になってしまう。
そして……。
「(ナカミズさん……)」
安否確認が出来ていないナカミズさんのことも気掛かりだ。
あの人がそう簡単に僕たちの前から消えてしまうとは思えないけど、やはり不安は拭いきれない。
しかし、今は待つしかないことも理解しているつもりだ。
だから僕は、自分にできることをしよう。
レオナお姉ちゃんが帰ってきた時に、胸を張って出迎えられるように。
◇◇◇◇
三か月の間、僕の周囲にも変化が起きていた。
エンマさんと出会い、桜が散り、キリエと買い食いしたアイスの味、お茶会が室内に場所を移し、ケイトからの手紙の厚さが確実に増していることを実感する日々の中で、僕に新しい仕事が出来たのだ。
それは、飛行機の整備である。
きっかけは、配達元へお仕事を貰いにキリエと向かった先の格納庫での出来事だ。
『赤とんぼ』と呼ばれる機体が不調を訴えており、発動機の動作が不安定になっているとのこと。
担当の整備士が別件で不在らしく、詳しい調査も出来ない為、今日の仕事は無いと言われてしまった僕たちだったが、そこで諦めないのがキリエだ。
「リエトなら何とか出来るんじゃない?」
「そこで僕に話しを振るの!?」
突然の提案に驚いてしまう僕であるが、そんな様子を尻目に彼女は言葉を続ける。
「ほら、この間だって九七式の発動機を分解して元に戻してたじゃん! 今回も同じようにやればいいんだよ!」
「……マジで?」
「マジで!」
力強く答える彼女の様子に圧倒されながらも、僕は赤とんぼの所有者に事情を説明することにした。
ホームに置かれている九七式の整備をしていること、詰め込み式ながら知識を持っていることを説明していると、一人の男性が言葉を返してくる。
「知っているよ。ホームの子が頻繁に図書室へ出入りしているのは有名だからね。キミのことなんだろ?」
「多分、そうだと思います」
「髪を結った子が飛行訓練をしていた時に、傍で整備をしていたのを見たこともあるからね」
レオナお姉ちゃんのことだ。見られていたことに少し恥ずかしい気分になりながらも、目の前の男性に視線を戻す。
「どうでしょうか……?」
「……うん、そうだね。担当者が戻るのもまだ先になりそうだし、やってみるかい?」
「はい!」
こうして僕は初めて赤とんぼに触れることになったのだ。
ちなみにだが、この話を切り出した張本人であるキリエはと言うと……。
「それじゃあ、頑張ってね~!」
と、言い残して帰ろうとしたので、慌てて引き留めて助手をしてもらうことにしたのだ。
脚立に乗りながら二人で発動機のカバーを取り外し、一か所ずつ丁寧に部品を検査していく。
部品を取り外したり、付け直したり、ネジを緩めたり、締め直したりを繰り返していく中で、あることに気付いたのだ。
「あれ……? これ、もしかして……」
「どうかしたのかい?」
「プラグが随分と汚れてますね……」
燃料噴射装置の部分に付着していた汚れを見つけて思わず声が出てしまう。
清掃をする為、キリエに布巾を取ってもらい綺麗に拭き取っていく。
ひとまずこれで応急処置は完了かな?
カバー以外を全て元に戻して発動機を起動してもらうと、動作、出力共に安定して作動してくれたようだ。
ホッと胸を撫でおろしていると、隣にいたキリエが汗を拭いながら声を掛けてくる。
「お疲れさま~。リエトにコキ使われちゃったよー」
「ごめんごめん、でも助かったよ。ありがとう、キリエ」
お礼を言いながら手持ちにあった水筒を彼女に手渡すと、嬉しそうにそれを受け取るのだった。
「にへへ~」
「どうしたの、ニヤニヤしちゃって」
「なんでもないでーす」
ご機嫌な様子で水を飲む彼女を不思議に思いながら眺めていると、男性から声を掛けられた。
「助かったよ、お前さん達のおかげで仕事が再開できそうだ」
「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせて頂きました!」
感謝の言葉を返す僕に対し、男性は報酬の入った封筒を差し出してきた。
「これはほんのお礼だよ。受け取ってくれ」
「へっ!? い、いいんですか!?」
「当たり前だろ? 手伝ってくれたんだしな」
そう言いながら笑う男性の表情に嘘偽りはないように思えたので、感謝を伝えつつ素直に受け取ることにした。
その後に交わした会話の中で、僕に臨時の整備員としての仕事を任せてくれることが決まったのだ。
きっかけというものは、案外どこに転がっているのか分からないものであると実感させられたのである。