ホームの手伝いに配達の仕事。
そこへ新しく『とんぼ便』で使われる赤とんぼの整備が加わったことで、僕はそれなりに忙しい日々を送っていた。
院長先生が手伝いの負担について気にかけてくれたり、とんぼ便の方が配達の仕事を調節したらと助言をして下さったのだが……。
僕にはどちらも必要であり、同時に大切な時間なのだ。
ユーカやエリカと遊ぶ時間も、キリエと仕事終わりに話し込むのも、僕にとってかけがえのない日々の一部なのである。
「だからといってお忙しいことに変わりないのでしょう? リエトのお身体が崩されてしまうのではないかと、わたくし心配ですわ」
お茶会でエンマさんからも心配されてしまった。
彼女の指摘はもっともで、ここ数週間は働きづめになってしまっているのは確かだった。
それでも、僕が今やっていることは必要なことだと思っているし、出来ることが増えていくとやりがいを感じている部分も確かにあったのだ。
そんな考えを伝えると、エンマさんは小さくため息をついてからこう言ってくれたのだ。
「そこまで言うのなら止めませんわ。ただ、無理だけはしないでくださいましね?」
その言葉に頷くと、彼女は優しく微笑んでくれたのだった。
お茶会が終了してエンマさんと別れてからじきに、キリエが俯いたまま話しかけてきた。
その表情は少し暗いように感じられた。
「ねぇ、リエト」
「ん?」
「もしかして、リエトが忙しいのってあたしのせいかな?」
唐突に投げかけられた質問に対して、僕はどう答えていいのか分からなかった。
「そんなことないよ」と答えるのは簡単だけど、それではキリエの場合、納得してくれないだろうとも思ったからだ。
なので、僕は少しだけ本音を口にすることにした。
「確かに最近忙しくなってるのは事実だけどさ、きっかけを作ってくれたキリエには凄く感謝しているんだよ」
「そうなの? 整備を押し付けちゃった形になってない? 配達終わりのお喋りとか、あたしリエトの邪魔になっていないかなって思っちゃって……」
僕に対して辛辣だった頃から感じていたが、キリエは人一倍周りのことを気にする性格なのかもしれない。
だからだろうか、今の彼女がどこか寂しそうに見えたのは……。
そう思ったら自然と言葉が出てきてしまったんだ。
「友達とお喋りするのを邪魔なんて思ったことはない」
「えっ……?」
「整備の仕事も凄く勉強になるし、ここを頑張れば僕の夢に近づける気がするんだ」
「……それって飛行船に関わる仕事に~って言ってたやつのことだよね?」
「そうだよ。九七式以外の整備も出来るようになっておけば、いつか飛行船の整備だって関われるようになるかもしれないでしょ?」
「……あははっ! なんかリエトらしい理由だね~! それならもっと頑張らないとだ~!」
僕の言葉に笑いながら励ましてくれるキリエの笑顔を見て思う。
「(やっぱり笑ってる方がキリエらしくて可愛いよね)」
そんなことを考えてたら恥ずかしくなってきたので、誤魔化すように話題を変えながら帰宅したのであった。
◇◇◇◇
休日を迎えたある日のこと。
身体に疲労感を覚えていた僕は、いつもよりもゆっくりとした動作でホームの手伝いをしていた。
今日は予定もないし、午後は昼寝でもしようかな? と考えていた時のことだった。
「お! いたいた!」
聞き慣れぬ声に振り向くと、そこには居たのは……なんていうか……ちょっと変わった格好をした女性が二人立っていたのだ。
一人は耳に大きなピアスをつけた女性で、もう一人は全体的にフリルの多い服を着こなした女性である。
少なくとも、僕の記憶にはこんな知り合いはいないはずだけど……。
「えっと……どちら様でしょうか?」
そう尋ねると、目の前の二人は一瞬驚いたような顔をした後で、互いに顔を見合わせると笑いを始めたのだった。
何がそんなに面白いのか分からずにいると、ようやく落ち着きを取り戻した様子の二人から自己紹介をされる。
「悪い悪い、私の名前はムサコ。それでこっちに居るのが……」
「ヒガコよ~。ムサコとは双子の姉妹なの~。よろしくね~」
ムサコさんにヒガコさん。
それはレオナお姉ちゃんの仲間の方であり、僕が手紙を書いた方達の名前でもあった。
思わぬ出会いに驚きつつも挨拶を交わすと、彼女たちをホームへ案内しようとしたのだが……。
「私らの見た目じゃ子供たちが怖がるだろ? どっか店に入ろうぜ」
という提案により、僕たちは近くの喫茶店へと移動することになったのである。
◇◇◇◇
「そうか。レオナの奴、まだ帰ってきてないんだな」
注文を終えて席に着くとムサコさんとヒガコさんが話し始めたので、僕は静かに耳を傾けることにした。
どうやら二人がここへ来たのは、僕たちの様子を見るためだったらしい。
「ま、アイツのことだから元気でやってるだろうけどな」
そう言って笑うムサコさんの隣で、ヒガコさんも微笑みながら頷いている。
「あの、レオナお姉ちゃんは今どうしてるんですか?」
気になって尋ねてみると、今度は逆に質問をされてしまった。
「リエトはどこまで知ってるんだ?」
「えっと、お姉ちゃんから一通の手紙が届きまして……」
手紙の中身を掻い摘んで説明すると、二人とも間違いないと納得した様子で頷いた。
「なるほどな。それなら話は早いか」
「レオナにはね、少しだけ考える時間が必要だと思ったのよ~」
二人の話に出てきた『考える時間』という言葉の真意は分からないけれど、今のレオナお姉ちゃんにとって必要な行動なのだろう。
そして、お姉ちゃんが大変な時に自分は何も出来ないんだなと思ってしまい、少し落ち込んでしまう。
そんな僕の心情を察したかのように、ムサコさんはこう言ったのだ。
「落ち込む必要なんかないぜ? お前は自分に出来ることをやってるんだからよ」
「そのおかげでヒガコ達もやりたいことが出来たんだから~」
やりたいこと……? なんだろう? と思っていると、双子姉妹は揃って口を開いたのだった。
『私らはこれから郵便屋を始めるつもりだからな!』
え? と呆気に取られている間にも、彼女達の話は続いていく。
「リエトから手紙を貰っただろ? それが切っ掛けだよ」
「あの争いが始まる前に読んで~、終わった後に読み直したらね~、何だか胸の奥がポカポカしてきたのよね~」
そう言うと、二人はお互いに手紙を取り出して見せてくれた。
見覚えがある字であるのは当たり前だ。
僕が書いたものなのだから。
「あ、それ……!」
驚く僕に、二人は楽しそうに笑っている。
「あの時は色々あったからな。私たちのことを思って書いてくれたんだろ?」
「うふふ~、とっても嬉しかったわ~」
改めて言われるとなんだか照れくさい気持ちになってしまう。
「それで二人で考えて決めたんだよ。これからは私たちが色々な人たちに想いを届けようってさ」
「だからね~、まずは身近な人から始めようと思ったのよ~」
そう言いながら、二人は鞄の中からもう一つの手紙を取り出して、僕に差し出した。
「これは……?」
「私たちの初めての『郵便配達』さ」
「手紙を書くのは初めてだったけど~、ヒガコ達なりに一生懸命に書いたのよ~」
そう言われて受け取った手紙に書かれていた宛名は、僕の名前が書かれていた。
驚いて顔を上げると、そこには優しい笑顔を浮かべた二人がいた。
その表情を見た僕は、なぜだか無性に泣きたくなってしまったんだ。
何気ない行動一つで僕も誰かの助けになれているのかな? って思えたからかもしれない。
それとも、ただ単に自分のしたことが認められたような気がして嬉しかっただけなのだろうか。
理由は自分でも分からなかったけど、堪えていたものが一気に溢れてきたみたいで涙が止まらなくなってしまったんだ。
「ありがとう……ございます……」
「……こちらこそ。涙腺が弱いところまでレオナそっくりだな!」
からかうようにそう言ったムサコさんの表情はとても優しかった。
「姉弟なんだから似てて当然じゃない~」
僕の隣に移動してきたヒガコさんがそっと抱きしめながら頭を撫でてくれる。
その温もりはレオナお姉ちゃんとは違うものではあったけれど、優しさは同じように感じたのだった。