一陽来復というユーハングの諺がある。
冬が終わり春が訪れることを表す言葉であり、そこから転じて物事が良い方向へと向かうという意味になるそうだ。
その言葉どおり、ここ最近は晴天が続き気温も徐々に上昇傾向にあり、草木も芽吹き始めようとしている今日この頃。
このところ連日のように続いていた曇り空も止み、ようやく青空が顔を覗かせるようになったことに安堵しつつ、洗濯物を干していた時の事だった。
「あれ、お客さんかな?」
ふと視線を向けた先に人影が見えたので、慌ててカゴを片付けてからその人物の元へと駆け寄っていくと、そこにいたのは二人の女性であった。
一人はくびれとおへそが見える露出度の高い服装をした女性だ。
そしてもう一人は……見間違えるはずもない。
最後に会ったのは二年ほど前だろうか。
あの頃よりも背が伸びていて体つきも女性らしさが増したようにも思うが、特徴的な髪色はそのままだ。
僕たちはお互いに向き合ったまま、しばらく無言で見つめ合っていた。
沢山聞きたい事があるはずなのに、沢山伝えたい事があるはずなのに、いざこうして再会してみると何を話せば良いのか分からなくなってしまうものだ。
それは相手も同じ気持ちらしく、その証拠に女性の顔には、困ったような笑顔が浮かんでいるのだから。
彼女からすれば、自分のわがままで僕を振り回す形になってしまっていると思っているのだろう。
……あぁ、だからあの時アレンは僕に頼み事をしてきたんだ。
確かに責任重大な役目だけれど、それがお姉ちゃんのためなら喜んで引き受けようじゃないか。
だって僕は、レオナお姉ちゃんの事が大好きなんだから。
一呼吸おいてから、僕は笑顔で口を開いた。
「お帰りなさい、レオナお姉ちゃん」
「……ただいま、リエト」
そう言って微笑むお姉ちゃんを見て、胸の奥底から込み上げてくるものがあったのを、どうにか我慢して言葉を紡いだ。
「あの、さ……また会えて、本当に嬉しい……よ」
「……私もだよ、リエト」
きっと僕の声は震えていたに違いない。そんな情けない姿を見られたくなくて、俯いてしまう僕に対してお姉ちゃんは優しい口調で語りかけてきた。
「ありがとう、こんな姉を待っていてくれて……」
その言葉に胸が締め付けられるような気持ちになる。
違うんだよ、僕が待っていたかっただけなんだ。
そんな気持ちを言葉にしようとして顔を上げた瞬間、ふわりと温かいものに包まれるような感覚を覚えた。
「……大きくなったな、リエト」
いつの間にか抱きしめられていた事に気付いた途端、抑え込んでいた感情が崩壊してしまったようで、気付けば涙が零れてしまっていた。
嗚咽混じりになりながらもなんとか声を絞り出すようにして答える。
「うんっ……うん……」
背中に回された腕に力が入るのを感じた直後、耳元で囁かれる優しい声音に身を委ねるようにして、僕はしばらくの間泣き続けていたのだった。
◇◇◇◇
ひとしきり泣いた後、我に返った僕は恥ずかしくなってしまい慌てて離れようとしたのだけれど、逆に強く抱き寄せられてしまい抜け出すことができなかった。
どうしたものかと思案していると、不意にレオナお姉ちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
「レオナったら、リエト君が苦しそうにしているわよ?」
その声に反応するようにして、慌てて僕を解放するお姉ちゃん。
言うまでもなく、声の主はもう一人の女性から発せられたものだった。
「初めまして、リエト君。私はザラ。よろしくね」
ザラさんはそう言うと手を差し出してきたため、僕も手を差し出して握手を交わす。
レオナお姉ちゃんと同じくらいに背の高い彼女は、とても優しそうな笑顔を浮かべており、何か母性のようなものを感じさせる人物だった。
続いて挨拶を交わしていく中で、お姉ちゃんとの出会いやこれまでの出来事を掻い摘んで聞かせてもらったりしていた。
「立ち話もなんだからホームの中でゆっくりと話しをしよう。院長先生はいらっしゃるのか、リエト?」
「ちょうどみんなを引率してピクニックに行ってるよ」
「そうか……それじゃあ待たせてもらうとしよう」
そう言いつつ先導する形で歩き出すと、僕たちも付いて行くように一緒に歩き出したのである。
◇◇◇◇
レオナお姉ちゃんにしてみれば、勝手知ったる我が家。
迷いなく応接室としても使われている部屋まで案内すると、僕らをソファに座らせてくれた。
「お茶を用意してくる。ちょっと待っててくれ」
そう言い残して部屋から出ていったお姉ちゃんを見送ったあと、残された僕とザラさんは、先ほどまでの話を再開させたのだ。
「お姉ちゃん、大変だったんだね」
「えぇ、でも今は少しづつ前を向いているわ」
「そっか……良かった」
ホッと胸を撫で下ろす僕を見たザラさんが、微笑みながら口を開く。
「やっぱり姉弟ね、二人ともよく似ているわ」
「そうですか? 確かに良く似てるって言われたことはありますけど」
今までの事をふと思い出したことをそのまま口にすると、ザラさんの口から言葉が返ってきた。
「そっくりよ、あなた達は」
その言葉の意味が良く分からず首を傾げると、ザラさんはクスリと笑いながら答えてくれた。
「お互いを思いやる気持ちが強い所とか、他人のために一生懸命になれるところとかかしらね」
そう言われてみると、思い当たる節がないわけではないけれど……なんだか気恥ずかしくなり頬を掻いてしまう。
「私も、そのおかげで助けられた一人だもの」
「それって空の駅でのお話ですか?」
「そうそう! あの時はびっくりしたわ。眉間にシワを寄せて一点だけを見つめて動かないんだもの!」
当時の様子を思い出したのか、クスクスと笑うザラさんにつられてこちらも笑顔になる。
「だからかな。どうしても気になっちゃって話しかけたのよね」
「そこから飛行隊を結成する流れになるんですから、運命的なものを感じますね」
二人揃って窓の外に目を向けると、どこまでも広がる青空に白い雲が浮かんでいた。
しばらくの間、ザラさんと二人でぼんやりと眺めていたら、背後から扉が開く音がしたので振り返ると、そこには片手にポット持ち、お盆にお茶を乗せて運ぶお姉ちゃんの姿があった。
「どうしたんだ? 二人して外なんか眺めて」
「ううん、なんでもないよ」
そう答えた僕を不思議そうに見つめるお姉ちゃんだったけど、それ以上は特に気にする様子もなくテーブルの上に人数分のカップを置いていく。
お礼を伝えて一口飲む、それを見届けてから自分の分を手に取ったお姉ちゃんは、テーブルを挟んで対面するように座った。
そして自身も一口飲むと、静かに息を吐き出したあとで口を開く。
「さて、どこから話したものか……」
そう言って目を伏せながら考え込むような仕草をするものだから、思わず声を掛けてしまったんだ。
「ゆっくりでいいよ。お姉ちゃんが伝えたいこと、最後まで聞くから」
僕のその言葉を聞いたからか、レオナお姉ちゃんの表情が少しだけ和らいだような気がしたんだ。
それから深呼吸を数回繰り返してから、意を決したように語り始めたんだ。
『リノウチ空戦』で起きた出来事。
仲間を守るために最善の行動をとったこと。
その結果として仲間の命を危険に晒したこと。
それら全てが自分自身への未熟さを痛感させられて、悔しくて仕方なかったこと。
複雑に絡み合った感情のせいで、素直にホームへと帰ることができなくなってしまったこと。
そんな話を聞かせてくれたんだ。
一通り話を聞き終えたところで、今度は僕が口を開いた。
「レオナお姉ちゃんが弱音を吐いているところなんて、初めて見た気がするよ」
僕のそんな言葉を受けて恥ずかしそうに俯く姿が、我が姉ながらなんとも可愛らしい。
「……だって私はリエトのお姉ちゃんだからな」
そう言うが早いかそっぽを向いてしまうレオナお姉ちゃんだけど、耳が赤くなっているのが丸見えだったりするわけで。
その様子を見ていたザラさんなんて、笑みが溢れるのを堪えきれないみたいだ。
それでもなお、必死に誤魔化そうとするところが実に微笑ましいというか何と言うか。
そんな不器用なところも含めて、お姉ちゃんのことが大好きなんだけどね。
「もう……お姉ちゃんは素直じゃないんだから」
ため息交じりに呟く僕に対して、ザラさんからフォローが入ったのだ。
「そこがレオナの可愛いところよねぇ」
同意せざるを得ないんだけど、当の本人は顔を真っ赤にしている始末である。
「そっ……そういう話は私のいないところで……後でしてくれっ!!」
居た堪れなくなったのか、とうとう両手で顔を覆ってしまったレオナお姉ちゃんを見て、ザラさんと顔を見合わせて笑い合ってしまったのだった。