しばらくの間、レオナお姉ちゃんがいなかった分を取り戻すかのように会話が弾んでいた。
僕がこの二年で体験した出来事や、生活についてだったりと話題は尽きなかったし、二人の話に聞き耳を立てていたりもした。
そういった他愛もない話でありながらも、今までの分を穴埋めするかのように会話を楽しんでいたんだ。
そんな中、不意に話が途切れたタイミングで、話題はこれからの事へと移っていった。
「お姉ちゃんたちはその……『コトブキ飛行隊』として活動をしていくんだよね?」
おずおずと切り出した僕に、二人は顔を見合わせたあとに頷いてみせた。
「そうだな、とはいっても現状は二人だけの飛行隊だ。出来る事は限られてくるだろうが……」
そこで言葉を区切ったレオナお姉ちゃんの代わりに、ザラさんが僕の目を見つめながら言う。
「けれど、一歩ずつ自分たちに出来る事をコツコツと積み上げていくつもりよ」
優しく微笑むザラさんの姿を見ていたら、きっとこの二人なら大丈夫だと思えたんだ。
それと同時に羨ましくも思ったりしたのだけど、それは口に出さずに胸の内に留めておくことにした。
その代わりというわけではないけど、僕にも手伝えそうな事を二人に提案してみたんだ。
「お姉ちゃん達の搭乗している飛行機って九七式だよね?」
僕の問いかけに二人が頷くのを見て言葉を続ける。
「だったらさ、機体の整備を僕に任せてくれないかな? あれからも倉庫に置かれている九七式を触り続けてきたし、これでもとんぼ便では整備員としてお給料を貰えるぐらいには経験を積んでこれたんだ」
僕の言葉を受けたザラさんは、両手を合わせながら嬉しそうな表情を浮かべている一方で、その隣に居るお姉ちゃんの表情は一点を見つめたまま固まっているように見える。
いや、違う。これは驚いているときの顔だ。その証拠に口が少し開いているもん。
やがて我に返ったのか、何度か瞬きを繰り返してからゆっくりと視線をこちらに戻してきたんだ。
「……いいのか?」
恐る恐るといった感じで聞いてくるレオナお姉ちゃんに、僕は力強く頷き返したんだ。
すると、次の瞬間にはこちらへ移動してきて、そのまま勢いよく抱きついてきたのだ。
「ありがとう! リエト! やはりお前は私の自慢の弟だ!」
そう言いながらクシャクシャに頭を撫でられてしまい、恥ずかしさのあまり顔が熱くなってきてしまった。
「ちょっと恥ずかしいよ……」
どうにか離れようと試みるのだが、力の差がありすぎて身動きが取れないのだ。
結局、されるがままになっていたのだけど、ふと視線を感じてそちらへ目を向けると、そこにはニコニコしながらこちらを見ているザラさんの姿があった。
「あらあらぁ~、仲が良いわねぇ。私も混ぜてもらおうかしら?」
そう言って近づいてきたかと思えば、お姉ちゃんとは反対方向から抱きしめられてしまったのだ。
完全に自由を奪われてしまって逃げることも出来ず、為すがままにされるしかない僕の心境といえば……。
「(あばばばっ!)」
それなりに成長期を迎え、それなりに思春期に差し掛かっている男子としては嬉しい反面、照れくさくもある状況なのだ。
ましてや相手はとっても美人さんなのである。
緊張しないわけがないじゃないかっ!
そんな僕をよそに、お姉ちゃんは抱きついた体勢のまま話しかけてくる。
「どうした? 急に黙り込んでしまって」
「べっ! 別に何でもないよっ!?」
慌てて返事をする僕の様子に、くすくすと笑う声が聞こえてくる。
どうやらザラさんは、全てお見通しのようだ。
「ふふっ、どうしたのかなー? お姉さんに話してごらーん?」
からかうような口調の彼女に促される形で、観念して白状することにした。
「その……恥ずかしいので……そろそろ離してください……」
最後の方は消え入りそうな声になってしまったが、しっかりと伝わったようだ。
それを聞いたザラさんは満足そうに頷くと、抱きしめる力を緩めてくれた。
でもお姉ちゃんには通じていないようで、相変わらず抱きつかれたままだ。
「遠慮するな。リエトは私の弟なんだから、もっと甘えてくれていいんだぞ?」
その言葉を聞いた途端に羞恥心が込み上げてきてしまい、顔を真っ赤に染め上げてしまう。
これ以上は例え相手がお姉ちゃんだとしてもたまらないと思った僕は、隙を見つけて強引に腕の中から抜け出すと、一目散に逃げ出したのである。
後ろから引き止めるような声が聞こえてきたけれど、今はそれどころではないのだ。
「こらっ! 待てっ!!」
「何で追ってくるのさ!?」
「姉の言うことを聞かない悪い弟を捕まえるためだっ!!」
「理不尽すぎだよぉっ!!」
唐突な追いかけっこが始まるが、結局僕はあっさりと捕まってしまい、そのまま引きずられながら応接室へと連れ戻されてしまったのだ。
その様子をザラさんは、お腹を抱えながら大笑いしていたのだけれども、助けてくれても良かったんじゃないのかなぁ……?
◇◇◇◇
その日は院長先生たちが戻ってきたことで、一端解散することになった。
レオナお姉ちゃんの帰省で、ホームは久しぶりに大騒ぎになのだ。
中には泣きながら再会を喜ぶ子もいたぐらいだしね。
急遽、お祝いを開くことになったので、ザラさんもお誘いしたのだけど丁重にお断りされてしまった。
「たまには家族水入らずでね?」とのことだ。
さすがは大人だなと感心してしまったんだけど、なんだか寂しそうな顔をしていた気がするんだ。
だから後日、改めてお礼を兼ねて何かを出来れば良いなと思っている。
理由なら幾らでも作れるってことを、身をもって学んできたからね。
それからというもの、本日の主役は困り顔を崩せないままお祝いは終了し、みんなそれぞれの寝床へと向かっていった。
僕もお姉ちゃんも、久しぶりに同じ布団に入って眠りにつくことにした。
とはいえ、そう簡単に睡魔が訪れるはずもなく、ちょっとした延長戦が始まる。
「眠れないのか?」
暗闇に包まれた室内で、不意に声をかけられた僕は思わずビクッと身体を震わせたあと、小さく頷いた。
「あはは……やっぱり分かっちゃうよね」
そう答える僕に、お姉ちゃんは優しい口調で語りかけてくる。
「あれだけソワソワしていたら、誰だって気づくだろうさ」
確かにそのとおりだと思うし、自分でも挙動不審だったと自覚しているほどだ。
ただ、どうしても気持ちが落ち着かなくて寝付けなかったのも事実なので、反論する気にはならなかった。
僕が何も言い返さないことを確認すると、再び声をかけてくるお姉ちゃん。
「何か気になることでもあるのか?」
「うーん……あることはあるんだけど、上手く言葉にならないというか……」
煮え切らない僕の返事に対して追求してくることもなく、お姉ちゃんは静かに続きを促してきた。
「ゆっくりでいいさ。話してみてくれないか?」
その言葉に背中を押されるように、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいくことにする。
「なんかさ、幸せってこういうことなんだなって実感したんだ」
今までの日々は決して楽ではなかったけど、こうして無事に生き抜いてこられたことは本当に幸運なことなんだと改めて認識させられたような気がする。
この広い空の下で生きている人たちは皆、様々な悩みや問題を抱えているんだと思う。
それでも前を向いて頑張っているんだよね。
それは決して当たり前のことなんかじゃないんだ。
だからこそ感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思うんだ。
だって、僕たちを支えてくれる人たちのおかげで、今があるんだからね。
「あはは……やっぱりよく分かんないや」
自分で言っておきながらなんだけど、全然まとまっていない気がして恥ずかしくなってしまった。
そんな僕を笑うでもなく、真剣な表情で見つめてくるお姉ちゃん。
「それでいいんじゃないか?」
「……えっ?」
思わぬ言葉に驚きの声を上げてしまう僕に向かって、さらに言葉を続ける。
「リエトが何を言いたいのか、私にはお前の気持ちがちゃんと伝わったぞ?」
「そっ……そうなんだ……」
予想外の反応に戸惑ってしまうものの、何とか平静を装って言葉を返すことが出来たと思う。
「辛いこともあったけれど、それ以上に楽しい思い出の方が多いもんな」
「うん、そうだね」
一緒に過ごした人たちのことを思い浮かべると、自然と笑みが溢れてくるんだ。
きっと、この気持ちだけはずっと忘れない。
残り10話前後で、私の予定している一区切りの地点に到達しそうです。