時はゆっくりと、けれど確実に流れていくものだ。
レオナお姉ちゃんの帰省から始まり、ザラさんの歓迎会を三人で開いたり、友達たちの誕生会。
沢山の行事を経てきたわけだけど、あっという間に季節は巡り巡っていくわけで……。
それらを書き綴られた日記のような手紙の数々。
これらは全て大切に保管してある宝物の一つだ。
「(そう言えば……)」
ふと気になったことがあったので、確認のために引き出しから分厚い手紙を取り出して内容を確認してみることにしたのだ。
僕が勝手に命名した『ケイトレポート』についてである。
とんぼ便で赤とんぼを扱うことになった時や、お姉ちゃんから機体整備を任せてもらえる事になった事などを手紙にしたためて送ると、次に送られて来た時には必ずそれら飛行機に関する知識や技術に関してびっしりと書き込まれているのだ。
当初は教本のような感覚を覚えたけれど、やりとりを繰り返していくうちに少しずつかみ砕いた解説まで書かれるようになっていたのだ。
彼女の本好きも影響しているのか、はたまた趣味の領域なのかまでは分からないのだけれど、間違いなく彼女の熱意を感じることができる一品だと断言できる代物なのだ。
その事についてお礼も兼ねて何度も感想文を書いて送ったところ、最初の頃はとてもぶっきらぼうな感じだったのだけれど、次第に丁寧な文章に変化していったことに嬉しくなったことを覚えている。
『気にしなくていい』
『ケイトの知っている知識を書いているだけ』
『礼を言われるほどじゃない』
『ケイトは好きでやっていることだから。また何かあったら教えてほしい』
『ケイトの知識がリエトの役に立っているのなら、嬉しく思う』
「……ふふっ」
読み終えた後、ついつい笑みをこぼしてしまう。
まるで照れ隠しをしているような文面に見えて仕方なかったのだ。
もちろん、本人に直接確認したわけではないのであくまでも想像でしかないのだが、おそらく間違ってはいないと思う。
もし仮に違っていたとしても、別に構わないと思っている自分がいる。
僕にとって大切なのは、ケイトという名の少女との交流が今でも続いているという事実なのだから。
これからも続いていければいいなという想いを込めて、毎回の手紙にこう記している。
『また会おうね』と。
そして、その日が実現来るように頑張ろうとも。
◇◇◇◇
一昔前は、お姉ちゃんの将来について色々と心配していた時期があったんだ。
レオナお姉ちゃんが用心棒として働くことや、空賊と呼ばれる人たちと戦うことへの不安もあったんだけど、何よりも怪我をしてしまわないかどうかが一番気がかりだったんだ。
でも最近は、そんなことを考える機会も少なくなっていたように思う。
月に一度は、顔を見せて近況報告をしてくれるようになったし、傍にはザラさんっていう頼りになる人がいるからだ。
それにレオナお姉ちゃん自身も、あの頃より格段に操縦技術が向上していて、そこら辺のゴロツキ程度は相手にならないぐらいに強くなっていたんだ。
それでも以前より、護衛の仕事ではなく配達の仕事を優先的に受けるようになったことから察するに、レオナお姉ちゃんなりに考えていることがあるのかもしれない。
ザラさんと出会ってからは、お互いに支え合える関係になっているみたいだし、二人で相談しながら決めた結果なのかも。
何にせよ一安心できるような環境が整ってくると、今度は自分の将来についても考え始めるようになるわけで……。
「配達の仕事から整備員、ホームからの自立に、それから先は飛行船……かなぁ」
漠然とだけれど、夢への道筋みたいなものを考えることが多くなってきたように思える。
とは言っても、まだ明確な目標が定まっているわけでもないんだけどね。
「やりたいことかぁ……」
ぼんやりと空を見上げながら、独り言のように呟いてみる。
「というか! この状況でよくそんな呑気なこと考えていられるよね! リエトってば!」
「一応、自分の将来のことについて考えていたつもりなんだけどなぁ……」
「それよりも先に終わらせるべきことがありますわ!」
「エンマさんにまでそんなこと扱いされるなんて……」
「当然ですわ!」
「お強くなられまして……」
「ほら! お説教は後にして! この荷物の山を配り終えないと! エンマには無理言って来てもらってるんだから!」
「そうですわねぇ……」
「うへぇ……」
良いことも、悪いことも、何事もタイミングというのは重なるものである。
まさに今がその時であったのだろう。
とんぼ便のおじさんから呼び出されて向かった先には、山積みになった荷物たちの姿があった。
聞けば急ぎの依頼らしく、出来るだけ早く届けてほしいとのことらしい。
ただ、量が量だけに一人や二人では厳しい時に限って人手が足りないということで、急遽お手伝い要員として駆り出されたというわけだ。
エンマさんも短期間とはいえ配達の経験もあり、元々の能力も高いということで白羽の矢が立ったというわけだ。
「まずは仕分けですわね。キリエ、そちらをお願いできますかしら?」
「了解!」
「リエトはこちらの荷物をお願いしますわね」
「はーい」
三人それぞれが作業に取り掛かり始め、程なくして黙々と作業をこなす音だけが聞こえてくるようになった。
「それにしても凄い数だよね」
ふと気になったのか、キリエが口を開く。
三人がかりとは言えど、中々終わりが見えそうにない量の荷物の山を前にすると溜息が出てしまうのも無理はないだろう。
「一体、中身は何なのだろう?」
僕も気になって仕方がなかった疑問を口にすることにした。
普段ならこんな質問はしないのだけど、今は少しでもいいから気を紛らわせたかったのだ。
そんな僕の気持ちを察してか、二人もまた手を止めることもなく答えてくれた。
「そうですわね……あて先は病院が大半ですけれど、薬品や器具などもあるかもしれませんわ」
「後は赤ちゃん用のミルクかもねー」
なるほど……言われてみれば確かにそうだ。
特に哺乳瓶とか粉ミルクみたいな消耗品であれば、子供を持つ親にとっては切実な問題なのかもしれない。
「おじさんが慌てている理由も分かる気がする」
「えぇ。だからこそわたくしにもお声をおかけくださったのでしょう」
エンマさんはそう言うと小さく微笑んだ。
最近では凛とした雰囲気を纏うことが多い彼女だけど、こうやって微笑む姿は出会った頃から変わらない。
同世代の友達の中でも大人びていて落ちつきのある人だからか、とてもしっかりしているように見える。
比較対象が自分と、鼻歌を歌いながら仕事をしているキリエなので余計にそう思うのかもしれないけど。
「あ! エンマってば笑ったなー!?」
「あら? 笑っていましたか? それは失礼いたしましたわ」
「全然悪いと思ってないよね!? 絶対!!」
「ふふふっ」
まぁ、お茶会でもこんな感じで言い合いをしている風景をよく目にするんだけどね。
僕は二人の会話を聴きつつ、再び手元に視線を落とすのだ。
仕分けを終えて、配達まで済ませた頃にはもうすっかり夕方になり、流石に疲労の色が濃く出ており、三人で顔を見合わせながらとんぼ便の事務所で大きな溜息を吐くことになった。
とはいえ、依頼主である病院に大量の物資を届けたおかげか、その際に院長さんからお礼を言われたりもしたので、何だかんだと充実した一日だったように思う。
「いやー疲れたわー。あたし疲れちゃったなー! リエト、お茶淹れてよー」
「はいはい。エンマさんも飲みますか? 薄いお茶ですけど」
「いただきますわ」
僕たち以外は出払っている事務所の中で、勝手知ったる我が家の如く寛いでいるキリエの言葉に頷きながら立ち上がる。
僕がお茶を淹れている間も、二人は何やら話し込んでいるようだけど、内容までは聞き取れない。
何となく気になるけど、とりあえずは目の前のやかんに気を付けなければ。
「……それでさー、そのときのお婆ちゃんの顔が凄く怖かったんだよー!」
「あらあら……それは大変でしたわね」
「でしょー!? 本当にビックリしたんだから!」
「ふふふっ」
相変わらず仲が良いようで何よりだと思いながら湯呑みを三つ用意し、お盆に乗せて持っていく。
「はい、どうぞ」
「ありがとー!」
「ありがとうございます」
それぞれに手渡した後、自分もまたソファーに腰掛けて熱い茶を口に含む。
ふぅ……と一息つくと、キリエが口を開いた。
「んーやっぱリエトが入れてくれるお茶が一番美味しいよねー」
「そうかな?」
褒められて悪い気はしないんだけど、自分が入れたお茶と他の誰かが入れてくれるお茶とでは、何か違うのだろうか?
という素朴な疑問が浮かぶ。
「自分で入れるのとはやっぱり違いますもの。わたくしは好きですわ」
「それそれ! あたしも好きー!」
「そうなんだ」
時折、キリエは純粋無垢な発言と行動をとることがある。
普段はおちゃらけているような言動が多いものの、こうして素直に感想を述べてくるところが彼女の良いところだと思うのだが、如何せん思春期真っ只中の僕には素直な言葉が逆に強かったりするわけで……いや、別に変な意味じゃないからね?
ともあれ、彼女がそういう発言をするのは今に始まったことではないわけだし、気にしすぎるのは良くないかもしれない。うん。
そんなことを思いつつ、いつものように返す言葉を考えていると、とんぼ便のおじさんが戻ってこられたようだ。
「いやー悪かったね。急な依頼とはいえ、まさかあんなに大量にあるとは思わなかったもんでね」
「いえ、なんとか終えることは出来ましたから」
「そう言ってもらえると助かるよ。少しばかりだが色をつけておいたから、後で確認しておいておくれ」
「おぉー! おっちゃんもやるじゃん! 見直したよ!」
「キリエってば……すみません、いつもお世話になっています」
「いやいや、こっちも助かってるよ。それとさ、良い機会だから今回の報酬とは別に二人へ提案が──」
聞かされた内容は衝撃的だったけど、それ以上に嬉しかったことを覚えている。