──ラハマ駐機場
僕は目の前に置かれている赤とんぼの状態を確認するべく、機体の周囲をドタバタと走り回っていた。
「発動機よし、計器類異常なし、燃料漏れなしっと……」
一通りの確認を済ませたところで大きく深呼吸を一つ。
よしっ、大丈夫そうだな。
「リエトー、こっちは準備できたー!」
背後から掛けられた声に振り返ると、そこには飛行帽を被りゴーグルを掛けているキリエの姿があった。
彼女は僕の視線に気づくとニヤリと笑い、親指を立てて見せた。
「どう? 似合ってるっしょ?」
「うん、いいんじゃない?」
「ちぇーっ、ノリが悪いなぁ!」
「僕に何を期待してるのさ?」
「ほら、あれだよアレ! パイロットへの第一歩を踏み出すあたしを見て~ってやつ!」
「そんなキャラだっけ……キリエって」
「いいじゃんかー! 憧れるじゃーん!!」
「分かった、分かったよ。順番とはいえ先に赤とんぼの操縦席に座れるなんて羨ましいな~」
「むふふ~! 羨ましかろう!!」
「はいはい、凄いですねー」
「ちょっとぉ!! もっと心を込めて言ってよぉ!!」
「……はぁ」
思わず溜息が出る。
そもそも何故こうなったかといえば、前回発生した緊急依頼をこなした後、とんぼ便のおじさんからこのような提案をされたからだ。
『もし良かったらなんだが、二人とも赤とんぼを飛ばせる訓練を受けてみないかい?』
『それってどういうこと?』
『実は以前から考えていたんだが、まだその頃は幼かった君たちを乗せるわけにもいかなくてね』
『なるほど……』
『だけど二人の配達の仕事ぶりを見て、キリエちゃんが意外と教え上手だということも、リエト君の整備員としての腕前も評判だ』
『意外とってなんだよぉ!?』
『ふふふっ、親切丁寧に楽しく教えてくださいましたわ』
『というわけでどうだい? 良ければ二人で飛んでみるというのは?』
『……いいの? おっちゃん?』
『勿論だとも。君たちの頑張った成果で得た機会だ。それに君らが飛ぶ姿を是非とも見てみたいしね』
『だってさ! どうする? リエト!』
『そりゃ決まってるよ。よろしくお願いします!』
そうして、僕とキリエは訓練生となり、早速今日から本格的な指導が始まったというわけだ。
エンマさんに関しては、やはりご令嬢の立場が問題であり、一緒に訓練を受けることは叶わなかったが……。
『数年もしないうちにお嬢様学校へ入学することになりますから、お気になさらずに。ね?』とはエンマさんの言である。
「じゃあそろそろ始めようか」
「はーい!」
元気の良い返事を聞きながら、僕は発動機の始動準備に掛かる。
操縦席に座るキリエは、流石に緊張しているのか表情が固いように見えるが、後方席のおじさんからの指示にはきちんと耳を傾けて作業を行っているようだ。
やがて点火と共にプロペラの回転数が上がる音が鳴り響き、エンジンの唸り声が響く中、僕はタイミングを見計らって車輪止めを外して合図を送ると、キリエはゆっくりと操縦桿を前に倒した。
機体は滑走路を走り出し、端の方まで近づいたら速度を落としてから反転して戻ってくる。
これを何度か繰り返していくのだが、徐々に機体の扱いに慣れてきたのかスムーズになっていくのが分かった。
そしていよいよ離陸の時を迎える。
先ほどよりも速度を上げつつ滑走路を走る赤とんぼの機体が、ついに浮き上がった。
「(おぉ……!)」
僕が見つめている先でゆっくりと上昇していき、機体は上空へと舞い上がっていく。
地上からの高度は約五十クーリルといったところだろうか?
まだまだこれからなのだが、既に感動を覚えている自分がいることに気付く。
きっと操縦席に座るキリエも同じ気持ちなのだろうと思い、無線機に耳を傾けると興奮した声が聞こえてきた。
『すごい! すごーい!!』
『あ、あんまり身を乗り出さないようにね!』
『分かってるよー! でも本当に凄いよこれ! あたし空飛んでるんだぁ!』
興奮しているキリエをよそに、不安げな後部席のおじさんの声が耳に届く。
『大丈夫かい? 一応、安全帯はあるけど、あまり暴れないように頼むよ』
『りょーかいっ! 空を自由に飛べるなんて最高だよねー!』
確かに空を飛ぶ感覚というものは……キリエの場合は二度目になるのだろうか?
今まで感じたことのない高揚感を覚えるものだと思う。
何よりもこの経験は彼女にとっても大きなものになるし、将来に向けて良い糧となることは間違いないだろう。
『おっちゃん! ありがとねー! おかげで空を飛べたよ!』
『はっはっは! それは何よりだよ。これからは嫌というほど飛ぶことになるんだから、今のうちに慣れておくんだよ?』
『あはは、そっかぁ。そうだね! 頑張るぞー!』
無線越しではあるがキリエの元気な声を聴いて安心すると同時に、僕も頑張らないとという気持ちにもなるわけで。
彼女が操縦する機体が、再び滑走路に降り立つ姿を見ながら改めて気合を入れ直したのだ。
◇◇◇◇
「ふぅ……」
「お疲れ様。二人とも初めてとは思えんほど飲み込みが早いな」
「えへへ~それほどでもあるかなぁ~!」
「キリエってば調子に乗りすぎだよ」
「え~褒めてくれてるんじゃん? 素直に言葉を受け取る主義になったので! 誰かさんのせいでね!」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた僕は、何も言い返せず押し黙るしかなかった。
そんな僕の様子に満足したのか、キリエは上機嫌になりながら続けた。
「ま、何にせよこれであたしの夢の第一段階達成ってわけだね!」
「第一段階? というか夢って何のこと?」
「あっ! 言っちゃった!? 内緒だったのにぃ~」
「別に隠すようなことでもないじゃんか」
「そうだけどさぁ~」
照れているのか頬を赤くしながら俯くキリエだったが、直ぐに気を取り直して顔を上げる。
「まっ、とりあえず目標が出来たわけですよ。あたしにもね」
「ほうほう?」
「その為には飛行機の操縦方法とか色々覚えないといけないんだけど、本日第一段階が無事達成出来たわけよ」
「ふむふむ。それで第二段階ってのは?」
「……ひーみーつ! 秘密です!」
「えぇー、その言われ方だと気になるなぁ」
「大丈夫だって! そのうち分かるよ!」
そう言って悪戯っぽく笑うキリエの表情はとても楽しげだ。
これはまた何か企んでいるのだろうか……?
それともただの思い付きなのか。
どちらにせよ、僕たちは初めて自分の操縦で空中散歩を満喫したのだ。
これからは町中の配達以外の仕事が増えるかもしれないけれど、それはそれで楽しみも待っていると思えば頑張れるというもの。
レオナお姉ちゃんも最初の頃はこんな気分だったのかもしれない。
ようやくだけど、少しずつお姉ちゃんに追い付こうとしているのかな……なんてことを思いながら、僕らは家路につくのであった。