レオナさんの弟さん   作:星1頭ドードー

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第34話 麦わら帽子と白いワンピース

 イジツにおいて、日時の正確性はあまり重要視されていない。

 例えば今が何時何分なのかといったことを正確に把握している者は、殆ど居ないと言っていいだろう。

 もちろん、時計は存在するし日付だってカレンダーを見れば分かるのだが、何かの役職に就いている者以外は、あまりそういった細かいことは気にしないのだ。

 

 僕が暮らしているラハマにおいても、日の出から日没までの時間を大まかに区切り、それぞれの時間帯で仕事をしている。

 一日に幾度か鐘が鳴り、それに合わせて生活していくのが基本だ。

 僕も仕事柄、時間には正確な方だと思う。

 

 しかしそれは、あくまでも機械を相手にする話であって、人間相手だと話は変わってくるのだ。

 

「手紙だけで約束の日を決めるのは、やっぱり難しいかなぁ」

 

 一人呟きながら、手に持っている手紙を眺めていた。

 それは、ケイトと再会する為の約束の手紙であり、彼女と交わしたものだ。

 僕とケイトの連絡手段はいつも決まって手紙を利用したものである。

 

 この世界には無線技術を応用して作られた通信機も存在するが、個人間でのやり取りに利用できる程の普及率ではなかった。

 当然、僕のような幼い立場の者が色々な面で利用出来るはずもなく、必然的に手紙を利用することになる。

 そうなると問題になるのが、こういった待ち合わせの取り決めについてである。

 

 ムサコさんヒガコさんが始めた郵便屋のおかげで以前に比べれば随分と便利になったとはいえ、やはり手紙でのやり取りは時間が掛かる。

 特に今回のように、お互いの予定を確認してから決めなければならない場合は尚更だ。

 

「……どうしよう?」

「んなもん、深く考えずに会いにいけばいいじゃないか?」

「そうよ~、誰かと会うことに悩む必要なんてないわ~」

 

 相談相手になってくれているのは、いうまでもなくムサコさんとヒガコさん。

 二人の使用している『鍾馗』の機体整備を行うついでに相談を持ちかけたところ、あっさりとそう返されてしまった。

 

「そうは言われても、流石に突然というわけにもいかないでしょう」

「別に構わねえだろ? 私らだってレオナと再会した時はいきなり会いに行ったぞ?」

「その時もレオナがずーっと謝ってばかりいたから、結局は飲み勝負をしてお店の棚からお酒が無くなったのよね~」

 

 懐かしいわ~と、頬に手を当てながら話す二人。

 どうやら僕の知らないところで色々とあったらしい。

 

「とにかく、一度会えば後はなんとかなるだろ」

「そうね~、それにケイトちゃんならきっと大丈夫よ~」

「そうだといいんですけど……」

 

 ケイトと再会出来たら、まず最初に何を話せばいいのだろうか?

 僕がそんなことを考えていると、不意にムサコさんと目が合った。

 彼女はニヤリと笑うとおもむろに口を開く。

 

「仕方ねぇな、私らが一肌脱いでやるよ」

「え? 一肌脱ぐってどういう……」

「ふふん! こう見えても私らは元用心棒! そして今では最速の郵便屋! ひと一人配達するぐらい朝飯前さ!!」

「ち、ちょっと待ってください! それじゃあ、まさか……!?」

 

 嫌な予感を覚えつつ、恐る恐る尋ねると彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

「おうとも! 鍾馗の整備を終わらせて、すぐに出掛けるぞ!」

「さすがはムサコ~、頼もしい~」

「いや、でも、まだ……」

「やかましい! 覚悟を決めやがれ!」

 

 僕が抗議の声を上げる間もなく、問答無用と言わんばかりの勢いで背中を押される。

 そのまま半ば強制的に荷物扱いをされて、ケイトの元へと連れて行かれることになった。

 

 ◇◇◇◇

 アレンとケイトが住む家は、ラハマから少し離れた所にある。

 空路輸送が盛んなこの世界においては、飛行機で移動する距離というのは大したことではない。

 だからといって、気軽に行けるかといえばそういう訳でもない。

 

 空賊だって現れる可能性もあるし、空路から外れてしまえば、そこは荒野が広がる危険な場所なのだ。

 そのような空を二人は自由に飛び回り、今日も手紙や小物を運んでいる。

 

「まっ、今回は人間を運ぶことになったんだがな!」

「……着いちゃった」

「うふふ~私は先にケイトちゃんの準備をしてくるわね~」

「じ、準備ですか……?」

「年頃の女性が身だしなみを整えるのは、当たり前のことじゃないの~?」

「そ、そうですよね! 年頃の……女性……」

「ほら、お前も髪を整えたりとか、服に乱れが無いか確認したりしておけ。もう何年も会ってないんだろう?」

「……分かりました。言われたとおりケイトとはしばらく会っていないですし、しっかりしないといけませんね」

「よし、その意気だ。ついでに髪型を私とお揃いにするか?」

「そ、それはまたの機会に……」

「そりゃザンネン。まぁ、無理強いすることは無いか」

 

 ぶっつけ本番でムサコさんのトサカ頭と同じ髪型にされるのは勘弁願いたい。

 僕は彼女から差し出された手鏡を使って自分の髪を入念にチェックする。

 

「……こんな感じでしょうか?」

「ああ、私より男前に見えるぜ」

「それは褒められているのか、よく分からないですね……」

「はっはっは! 細かいことは気にすんなって!」

 

 豪快に笑い飛ばすと、彼女は僕の背中を叩きながら言う。

 そうしていると、雑音混じりではあるが聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

『ムサコ~リエト君~聞こえるかしら~?』

「お、ヒガコか。感度良好、バッチリ聞こえてるぞ」

『二人ともまだ駐機場にいる~?』

「はい、いますよ。今ちょうどこちらの準備も終えて……」

『あら、よかった~。あのね、ケイトちゃんがそちらへ会いに行こうとしてるのよ~』

「あの引きこ……本の虫のケイトが自らだと……?」

『ええ、リエト君が会いに来てくれたのが本当に嬉しか……あら? 言っちゃダメ? そう~ごめんなさい~』

 

 どうやらケイトとヒガコさんの間で何らかのやりとりがあったようだ。

 

『だからそこで待っててあげてほしいのよ~。お願いできるかしら~?』

「はい。もちろん構いませんけど」

『ありがとう、助かるわ~。あとはよろしくね~』

 

 通信を終えるとムサコさんと顔を見合わせる。

 すると彼女は口角を上げて不敵に微笑むと、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。

 

「さぁて、お邪魔虫は退散しますかねー」

「お、お邪魔虫ってなんですか!?」

「せっかくの再会に水を差すほど野暮じゃねえってことだよ。時間潰してくるから、終わったらソレで連絡してくれ」

「ちょっ、ムサコさ……」

 

 僕が止める間も無く、彼女は颯爽と去って行ってしまった。

 後に残されたのは僕と二人が搭乗する鍾馗だけ。

 どうすれば良いのか分からないまま立ち尽くしていると、やがて背後に気配を感じた。

 振り返るとそこには、僕が知っている姿よりもずっと大人びたケイトの姿がある。

 

「久しぶり、リエト」

「ケイト……」

 

 久しぶりに会うケイトの表情は、相変わらず感情を読み取ることはできない。

 それでもどこか気恥ずかしそうな雰囲気を感じ取り、思わず僕まで照れ臭くなってしまう。

 何か言葉を発しようと思うのだが、何も思い浮かばずただ見つめ合うばかり。

 

 確かこういう時は、素直に思ったことを口に出すのが一番だったはずだ。

 

「……綺麗だね」

「……」

 

 なんとか絞り出して出てきたのは、何の捻りもない月並みな感想。

 幼い少女から美少女へと成長したケイトを前にして、緊張していたせいかもしれない。

 そんな僕を見て、ケイトは僅かに口元を緩める。

 

「……ありがとう」

「うん、本当、その服装もとても似合ってるよ」

「お世辞でも嬉しい」

「お、お世辞なんかじゃないよ!」

「分かっている。冗談。リエトも……」

 

 ケイトはそのまま僕の胸を指差すと、そのままトンと叩く。

 まるで心臓を射抜くような視線。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「格好いい」

「あ、ありがと……」

 

 ケイトは昔から変わらない。

 僕を褒めてくれる時は、必ず真っ直ぐに瞳を見るのだ。

 

「身長も伸びた、筋肉も付いたみたいだ。それに……」

 

 僕の手を取ると、両手で包み込むように握ってくれる。

 ケイトの手は温かく柔らかい。

 

「リエトの手は、職人の手でもある」

「ありがとう。ケイトに言われると自信になるよ」

「マメもある。頑張っている証拠。偉い」

「まだまだ未熟だけどね。ケイトの手助けもあって、ここまで来れたんだよ」

「ケイトは少しだけ手伝いをしただけ。リエトの努力の成果」

「そうかな? ケイトのおかげだと思うんだけどなぁ」

「ケイトは好きでやっていること。ケイトだけでは成り立たない」

「それなら僕も同じだよ。ケイトのおかげで今の自分があると思っているんだ」

「……お互い様」

「そうだね。二人で一緒に頑張ってきたからこそ、こうしてまた会えたんだ」

「リエトには感謝している。リエトがいたから、ケイトは頑張れる」

「大袈裟だって。僕はケイトの力になれていたのかな?」

「勿論。いつもケイトを支えてくれて、ありがとう」

 

 ケイトが小さく微笑むと、長い髪が揺れ、甘い香りを漂わせる。

 幼い頃に何度も経験したことのある匂いだが、今ではその感覚も懐かしい。

 空いている片方の手を彼女と同じように握り返すと、ケイトは一瞬驚いた様子を見せるが、すぐに表情を元に戻し再び僕の手を握る力を強めてくれた。

 

 幼いころに約束した再会の場所とはちょっぴり違うけれど、僕らは再び出逢うことができた。

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