「まったく二人ともじれったかったな!」
「アレンが居たら朝まで酒盛りだったのに~」
見られていた。
ケイトとのやりとりを全て大人たちに観察されていたことを、僕は後から知った。
「ケイト……綺麗だね……」
「リエトも~格好いいわ~」
「やめて……やめてぇ……恥ずかしいから……」
「仕方ないだろ? 可愛い弟分をからかうのは姉の特権なんだぜ?」
「それ、レオナお姉ちゃんに聞かれたら怒られると思いますよ?」
「ははは! 大丈夫だって! 少し睨まれるくらいだからよ!」
見た目どおり豪胆な性格をしているムサコさんは、僕の言葉など意にも介さずケラケラと笑っている。
本来の予定には無い行動を二人は取ってくれたようで、僕とケイトが再会できた時間はほんの僅かであった。
それでも、僕にとってはこの上なく幸せなひとときだったと言えるだろう。
ケイトにとってもそうなのであれば、それ以上望むことはない。
「最後に抱きしめてやりゃ満点をくれてやれたのにな!」
「それは流石に無理ですってば!」
「そうかー? アタシならそっちの方がグッとくるけどなー」
「ムサコさん基準ではどうか分かりませんけど、少なくともいまの僕にはハードルが高すぎです」
「ま、そりゃそうか!」
「でもでも~手を握り返してもらったケイトちゃんは幸せいっぱいって感じだったわ~」
「アイツも顔には出さない割に、雰囲気は丸わかりだしなー」
「ふふ、可愛らしいわよね~」
「ケイトは昔からそういうところがあるから……」
「リエト君の前だと特にね~」
「確かにそうだなー。ケイトはリエトの前では、年相応の少女に見えるしな」
「どういうことですか?」
「つまりな、リエトの前だと普段よりも素直になれるっていうか……」
「普段はしっかり者なのに、リエト君を目の前にすると、甘えん坊になっちゃうのよねぇ~」
「そうそう。アレンのとはまた違った感じの甘え方だよな」
この時点で僕の顔は真っ赤で、頭からは湯気が吹き出しそうになっていた。
そんな僕の様子を面白おかしく見ていたムサコさんとヒガコさんは、僕の反応を見て満足したのか、やがて大きく背伸びをする。
「さてと、そんじゃあそろそろ行くとするかね」
「あ、ありがとうございました! おかげでケイトに会えました!」
「良いってことよ。これからもうちらの郵便屋をご贔屓に頼むぜ!」
「はい!」
二人の後ろ姿を見送りながら、僕は心の中でもう一度お礼を言う。
彼女たちの機体が小さくなるまで見届けると、ようやく僕の視界は元に戻った。
辺りは一面、夕焼け色に染まっており、僕以外の人影はない。
気合を入れ直す為に、頬をパンと叩いてから僕は町中へと戻るのだ。
◇◇◇◇
ホームの共同部屋に置かれていた僅かな私物を鞄の中に詰め込むと、少しだけ空白ができた部屋を見渡す。
最初にここへ来た時の年齢は、いくつぐらいだっただろうか。
その時の記憶は曖昧であり、思い出すのは難しい。
ただ、両親を失った悲しみと、僕の手を握り締めてくれたレオナお姉ちゃんの存在だけは鮮明に残っている。
それから月日が流れ、お姉ちゃんがホームから自立し、ついに僕の順番がやってきたというわけだ。
『リノウチ空戦』とまで呼ばれた大きな争いでは、多くの命が失われ、多くの孤児が生まれた。
その余波は、田舎町であるラハマにまで及んでいるのだ。
孤児院に預けられる子供たちの数は年々増えており、施設の維持費の問題もあり、新たな受け入れ先を探すのは困難を極めている。
そんな中、僕が自立する年齢に達したことで、いよいよ新しい場所へ移らなければならない時が来た。
でも、これで新しく他の誰かに救いの手が差し伸べられるのなら、それはそれで嬉しいことだと思える。
「にぃにぃぃぃ!! 行かないでぇ!!」
「そんなに泣かないで、ユーカ。僕だって離れるのは辛いんだぞ?」
「やぁだあああああ!!」
ユーカはテコでも動かないと言わんばかりに、僕の腰に足を回して抱き着いたまま離そうとしない。
出会った頃と比べたら随分と喜怒哀楽の表現が豊かになったと思う。
きちんと成長しているんだなと、僕はユーカの頭を撫でた。
「やだやだやだあ!!」
「同じ町に居るんだから、会おうと思えばいつでも会えるじゃないか?」
「でもぉ……にぃにぃと離れたくないもん……」
「私も……リエト兄さんと離れるのは寂しいです……っ」
「エリカまで泣くなって……。ほら、二人とも笑ってくれないと、僕も悲しい気持ちになっちゃうよ」
僕にしがみつくユーカは泣きじゃくり、その隣に寄り添うように立っているエリカも涙を堪えている。
二人とも、こんなに感情表現ができるなんてとても素晴らしい事だと思う。
「リエト兄さん、ずっとここに居てください……」
「僕もそうしたいんだけど、次にやって来る子の為にも、いつまでも世話になるわけにはいかないんだ。分かってくれるかな?」
「うん……わかってる……けど、やっぱり、にぃにぃと一緒にいたいよぅ……」
「ユーカもエリカも優しい子だね。でも、僕も頑張らないと、他の子たちを救えないんだよ」
「にぃにぃはどうしてそんなに優しくできるの? 私だったら、きっと耐えられないよ……」
「僕がこうして頑張れているのは、色々な人達が教えてくれたからなんだ」
「色んな人が……?」
「そう。レオナお姉ちゃんとか、院長先生とか、あとは……」
「リエト兄さんのお友達ですか?」
「そうだね。みんな大切な友達だよ」
「……いいなぁ。私もにぃにぃみたいなお友達ほしいなー」
「すぐに出来るさ。それに、最初の友達はすぐ傍に居るだろう?」
「あっ、そっか! エリカはいつも傍にいてくれるもんね!」
「そうよ。私はいつだってユーカの傍にいるわ!」
「うん! えへへー。にぃにぃ、また帰って来てね? 絶対だよ?」
「もちろんだよ。指切りげんまんしようか」
『ゆびきりげーんまーん!!』
「約束したからね!? 破ったら針千本飲ますんだから!」
「分かったよ。それじゃあ、またね」
『また帰って来てね!』
二人の少女は満面の笑みを浮かべ、手を振りながら僕を見送ってくれた。
この日の光景は、今でもはっきりと覚えている。
僕にとって、忘れることの出来ない一日となったのだから。
「あ、お帰りー。遅かったねー、やっぱりチビッ子たちに引き留められてた?」
「……なんでここにキリエが居るのかな?」
「なんでって、同じ屋根の下で暮らすことになるんだし。普通に来るよ?」
僕の新しい住処となる共同住宅の部屋の扉を開けると、そこにはキリエの姿があった。
しかも彼女は当たり前のように備え付けのベッドの上に寝転んでいる。
「ここは僕が住む部屋なんですが?」
「細かいことは気にしなくて良いじゃん。てーか角部屋は良いよね。私の部屋と交換して欲しいくらい。日差し良好、景色も良いし、最高じゃん。ねぇ、今度遊びに行ってもいい?」
「借主よりも先に部屋に入るのはどうかと思いますよ。あと、ダメって言っても来るでしょう? 既に来ているぐらいなんだし」
「おっ、よく分かってんじゃん。流石は我が友。話が早くて助かるわー。そんなリエトに一人暮らしの心得を教えてしんぜよう!」
キリエは勢い良く起き上がると、ビシッと僕を指差して、そのまま人差し指を左右に振りつつ語り始める。
実際、僕よりも早く独立した彼女。
とんぼ便で赤とんぼを使用した配達係を担当するようになり、お給料が上がるや否や、早々に部屋を借りて一人暮らしを始めた。
キリエの事情は僅かだが知っているし、機会を得たならば彼女ならそうするだろうとは思っていたけれど。
そのおかげかどうかは分からないけど、僕の住まい探しはスムーズに進んだのは確かだ。
「まずは家賃の支払いを忘れないこと。これ鉄則ね。後々になって滞納したりしたら大家さんに迷惑かけちゃうし。次に掃除と洗濯。家事全般は基本中の基本。それから、何かあった時の為にも合鍵を作って私に渡しておくこと。ここまでで何か質問は?」
「はい。何故、合鍵をキリエに……?」
「あーあーキコエマセン! はい、次の項目いくよー」
キリエは耳を塞いで話を聞こうとしないので、僕は早々に諦めることにした。
こういう時のキリエは絶対に口を割らない。
経験上それは知っていた。
「次、最大重要事項! 今日の私を見て何か思うことはないかね?」
「今日? 別に何もなかったような気がしますが……」
「鈍感か! もっと目線を下に向けろ!」
キリエに言われるまま視線を彼女の顔から下に移すと、彼女が身に着けている服が目に映った。
「あれ、キリエ。その格好は……?」
「ふふん。気付いたようだね。では答え合わせといこう。正解は……」
キリエはその場でクルリと回転しながら、自分の服装を僕に見せつける。
そして、ドヤ顔をしつつ、自信たっぷりに答えを告げた。
「新しい服を買いましたー!!」
両手を上げて喜ぶキリエ。
確かに彼女の言う通り、その服は今までキリエが着ていたものとは違ったデザインをしていた。
赤いコートから見える鎖骨と足のラインはキリエの魅力を引き立てていて、とても似合っている。
「どう? 似合ってる? 可愛い? カッコイイ? どっち?」
「よく似合ってます。目の前で会話をしている時は可愛いですけど、仕事中であれば格好良いんだろうなって想像出来ます」
「お? おぉっ!! そうかそうか。つまり、私は可愛いだけじゃないってことだ!」
キリエは腕を組みながら満足そうに何度も首を縦に振る。
褒められたことが余程嬉しかったのか、普段の彼女とは少し違う一面を見せた。
「リエト君。君は実に素直な男だ! トクベツにコートの中で着ているものを見せてあげようじゃないか!」
「遠慮しておきます」
「なんで即答するのさ!? ほら、見ろよ! インナーだってちゃんと買ってきたばかりなんだぞ!」
「僕! 男の子!! 思春期!!」
「うるさいなぁもう……。はい、じゃあおさらいでーす」
キリエは頬を膨らませながらも僕から一歩距離を取ると、そのまま再びクルッと回って見せた。
「どう?」
「可愛いです」
「よし、合格!」
キリエは親指を立ててウィンクをすると、そのまま僕の手を掴み部屋の外へと引っ張っていく。
「そんじゃエンマの見送りに行こ! きっと寂しがっているはずだし、私もちょっとは話したいしさ!」