駐機場には一機の見慣れぬ機体が置かれており、その近くでエンマさんが荷物を纏めている姿が見えた。
キリエと共に声をかけながら近寄ると、彼女はこちらを振り返って微笑む。
「あら、二人とも。早かったのですね。もう少しゆっくりしてくると思っていたのですが」
「僕の場合は住む場所が変わるだけで町には残るしね。でも、エンマさんは寮生活を始める為にここを離れてしまうから見送りたかったんだ」
「ま、そういうわけだよ。カンシャしたまへー」
「はいはい。ありがとうございますわ、キリエ。リエトも感謝致しますわ」
エンマさんはクスっと笑うと、僕達に向けて深々と頭を下げた。
「それにしてもさー、わざわざ送迎機が来るなんて大袈裟すぎない?」
「あら? これでもわたくし特待生なので、普通の生徒よりも優遇されているのですよ?」
「通知が届いた時は三人で大騒ぎしたよね。僕とキリエは飛び上がって喜んだのに、当の本人は至って冷静だったからビックリしたよ」
「ふふっ、日頃の積み重ねが大事だと改めて実感しましたの。わたくしも、キリエとリエトの二人が頑張っている姿を見たからこそ、頑張れたのかもしれませんね」
そう言って、エンマさんは自分の胸元に手を当てる。
キリエはその言葉を聞くなり、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「なんか面と向かって言われると照れるんだけど……。てかさ、こうやって別れ際に言われると、本当に行っちゃうんだなって感じがするよ。また会えるのかな……」
「キリエの気持ちはよく分かります。わたくしも同じ思いですから。ただ、今は離れてしまっても同じ空の下。いつの日にか、また会える機会もあるでしょう。それまでお互い、元気で過ごしましょうね」
「うん。そうだね。私もエンマに負けないように頑張らないと。……よし! 湿っぽい話は終わり!」
キリエはエンマさんに抱き着くと、彼女の身体をギュッと抱きしめる。
突然の抱擁に驚いた様子のエンマさんだったが、すぐに笑顔を浮かべるとキリエを優しく包み込んだ。
お互いにその存在を確かめるようにしばらく抱きしめ合った後、キリエはゆっくりと離れていく。
「手紙を送りますから、きちんと返信するのですよ?」
「あーあーそういう細かいのはリエトに任した! 私は字が汚いし!」
「気持ちが込められていれば、あまり気にしないと思うけどなぁ」
「私が気にするの! だから全部任せた!」
そう言い切ると、キリエは僕の背中をポンと叩く。
呆れ顔で見つめるエンマさんがこちらに視線を合わせ、僕たちは同時にため息をつく。
話しを切り替えるように、彼女は僕に問いかけた。
「リエト、貴方にお願いしたこと覚えていますわよね?」
「ご両親とソメイヨシノのことだよね? 大丈夫、忘れていないよ」
「よろしい。あれからわたくしと共に桜について学び、財産狙いの悪党どもを可能な限り捻り潰してきた甲斐がありますわ。期待しておりますよ?」
「あははは……相変わらず別方向で無茶ぶりするよね、エンマさんって」
「当然です。あの時、貴方はわたくしに誓ったではありませんか。『エンマの力になりたい』と。ならば、わたくしは全力を持って応えるまで。例え、それがどんなに困難な道であっても」
「いやいや、リエトはそんなこと言ってないし。脅して協力させたのエンマだし。ていうか、アレ本気だったんだね……」
キリエはジト目でエンマさんを見つめた後、ため息をついた。
「結構大変な役目をリエトへ押し付けてるのに、もうちょっとご褒美があってもいいんじゃないかなーって思うんですけど」
「そうですわね……確かにわたくしの想像以上の働きをして頂いたのは事実です。では……」
何かを考え込むように腕を抱えながら、エンマさんはチラリと僕の方を見る。
そして、小さく笑みをこぼすと、自分の人差し指を自身の唇に当てた。
幾度か力が込められた指は、唇を歪めていき、形を変える。
まるで、キスをしているようにしか見えない仕草だったが、次第に人差し指は唇からゆっくりと離されると、僕の唇へと押し付けられた。
エンマさんの柔らかな指の感触が伝わり、少しだけ湿った感覚が広がる。
何が起きたのか分からず固まっていると、エンマさんはクスッと笑い声を漏らす。
「ふふっ、無理矢理お願いした事は、これで許していただけるかしら? それとも、まだ足りません?」
「ちょ!? 何それズルくない!?」
「いやっ!? その! 僕は見返りを求めてやるわけじゃなくて!」
「分かっておりますわ。だからこそ、わたくしは貴方を選んだのですもの。ただ、貴方なら必ずやって頂けるという確信があったのも確か。それだけのことですわ」
「おい!! また私の存在を無視するのか!? 喧嘩なら喜んで買うぞ!!」
「キリエは静かにしていてくださいまし。今、リエトと大切な話をしている最中なのですわ」
「よし買った! 十倍にして返してやんよ!!」
「エンマも煽らないで。ほら、キリエは落ちついて。ね?」
「嘘つけ!! 絶対楽しんでるだろ!!」
「キリエは黙っていて下さいませ。話が進まないではないですか」
「エンマのせいだろうが!!」
「はいはい、そこまで。そろそろ出発するみたいだよ。エンマさん、本当にありがとう。一緒にここまで来れたことに感謝してます」
「ふふっ、どういたしまして。わたくし達は友達同士。これから先もまだまだ……ですわよね?」
「もちろん。きっと、キリエも同じことを思っているはずだよ」
「……はぁ。なんか一人で騒いで疲れてきた。エンマ、気を付けてねー」
「えぇ、キリエもお元気で。リエトをよろしく頼みましたわ」
「はいはい、頼まれなくてもリエトとはずっと一緒だっての」
エンマさんは僕たちに背を向けると、滑走路の方に向かって歩いていく。
僕たちから離れていく彼女の後ろ姿を眺めていると、不意にエンマさんが立ち止まり振り返った。
「最後に一つ。お手紙、楽しみに待っておりますから。お返事、忘れずにお願いしますわ」
エンマさんは嬉しそうな表情を見せると大きく手を振って去って行った。
その姿が見えなくなるまで、僕たちは彼女を見送ったのだ。