エンマさんがお嬢様学校へと旅立ち、僕も自立をしたことで生活は大きな変化を迎えた。
ホームの手伝いが無くなると、空き時間が大きく出来たのである。
仕事場においても、赤とんぼの整備を繰り返していくにつれて経験が積めるようになり、作業が捗るようになると、他の機体にも触れる機会が増えていった。
自警団の九七式の整備を頼まれたり、来訪者の機体に不備が発生すると呼び出しがかかる。
そういった依頼をこなすうちに、少しずつではあるが、周囲からの信頼を得られている実感が湧き始めていた。
エンマさんとの約束も果たす為、週に一度はご両親とお会いしてお茶を頂きながら近況報告を受ける。
大半はエンマさんから言われていた通りの状況であり、悪党どもの詐欺紛いの行為と判明したため、大義名分を発動して却下させて頂く。
そのたびにしょんぼりとするエンマさんのご両親なのだが、これがまた新しく話がやってくるとすぐにお金を貸そうとするのだから、遠慮はしなくて良いと判断した。
けど、本当に優しいご両親であり、ご家庭の事情に口出しをするような僕に対しても笑顔で接してくれるのだ。
僕にとって、一般的な家族というものがよく分からないけれど、こんな風に過ごせるのであれば、悪くはないと思う。
庭先に存在するソメイヨシノの手入れについては、キリエに手伝ってもらうこともある。
桜はこの家を象徴する存在であるのだが、僕ら三人が出会った頃を境に花をつけることが少なくなった。
それでも、枯れることなく存在し続ける姿はどこか美しくもあり、不思議なものだと思った。
「リエトー、枝の剪定ってこんなもんで良いのー?」
「良いよー、手伝ってくれてありがとね、キリエ」
「別にこれくらい気にしないって。それよりもさ、そっちの作業は終わったの?」
「うん。周囲の土を徐々に入れ替えて、新しい肥料を入れれば終わりかな。あ、でも、この前みたいに雑草を抜いてくれてると助かるかも」
「了解っと。にしても、相変わらず広いなー」
「そうだねー」
僕とキリエは二人で並んで庭先の芝生に腰を下ろしていた。
空を見上げてみると、そこには真っ青な青空が広がっている。
雲ひとつない晴天は、僕たちの心を映しているかのように穏やかであった。
「そいやエンマから手紙が届いたね。なんでもルームメイトがスッゴイお嬢様らしいじゃん」
「特待生のエンマさんと同室になるぐらいなんだから、相当だと思うよ」
「そんな子と一緒にいて大丈夫なのかなぁ?」
「友達になれたって書かれていたし、仲良くしているんじゃないかな。僕たちも会える日が来るかもしれないから楽しみにしてよう」
「ま、それもそうか。んじゃ、私の分の返信も書いといてねー」
「分かったよ。じゃあ、僕は作業を再開するけど、キリエはどうする?」
「んー、ここで昼寝してもいい? お日様ぽかぽかだし」
「いいよ。作業が終わったら起こすね」
「おっけー」
キリエは仰向けに寝転ぶと気持ち良さげに目を細める。
僕も同じように寝転がりたいところだけど、作業を終わらせてからにしよう。
◇◇◇◇
空き時間に帰省したレオナお姉ちゃんの機体整備を行うのだが、前から気になっていることがある。
それは主翼面において被弾した後を、お姉ちゃんは綺麗に消そうとはしないのだ。
今の僕であれば主翼の全交換も可能なのだが、レオナお姉ちゃんは『このまま』と希望を受けている。
それとなく本人ではなく、ザラさんに聞いてみたことがある。
「これは戒め。後悔を忘れないための証。リエト君は『一心不乱』のレオナを見たことはある?」
「いえ、話で聞いたぐらいで詳しくは」
「私も最初はムサコとヒガコから話を聞いただけなんだけど、コトブキ飛行隊を結成した後も何度かあったのよ。それでね、私は止めたの。一人で飛んでいるわけでは無いんだから危ないことは止めなさい、と」
「それで……?」
「レオナは聞かなかった。私には止められなかったの。だから、せめて私はレオナが『一心不乱』が発動した時は、全力でサポートするの。それが、私に出来る唯一のことだから」
遠い目をしながら語ってくれたザラさんの姿は、今でも覚えている。
ザラさんはレオナお姉ちゃんのことを本気で心配していたのだと。
お姉ちゃんのことを本当に大切に思っているんだと、この時に初めて感じられた。
共に空を飛ぶわけではない僕には、できることは少ない。
だから、せめて自分に出来ることと言えば、レオナお姉ちゃんの機体を完璧に仕上げるだけだ。
そして、お姉ちゃんを支えてくれるザラさんの機体も同じぐらいに丁寧に。
◇◇◇◇
最近、ラハマで話題になっている噂がある。
それは、この町で物資輸送会社を立ち上げようとする人物が存在しているというのだ。
その中でも一番興味を引かれたのは、その人は飛行船を建造、所有をして大規模な輸送を事業化しようとしている点だ。
ラハマでは飛行船を所有するほどの富豪など存在しないし、町所有の飛行船も存在しない。
だが、その人物は大規模の輸送をラハマを拠点に事業として成り立たせようとしている。
噂が真実だとすれば、相当なやり手に違いない。
もし本当ならば、僕の夢が実現する可能性だって出てくる。
その方と直接お会いして話を聞いてみたい。
自分の技術で、その方から合格点を貰えるのかどうか。
そんな思いを抱きながら、今日も目の前にある仕事に精を出すのだ。
◇◇◇◇
「……という噂が流れているんですけど、名前までは分からないんですよね」
「とはいえだ。リエトの未来を左右する大きな分岐点になると僕は思うよ。機会があるなら逃す手は無いと思うけど?」
そう言って僕の部屋でお茶を飲むのは、アレンである。
手紙に話のタネとして記したところ、届いた翌日に僕と会いに来てくれたので、こうして二人きりで話すことになったんだ。
直接会うのは何時ぶりだろうか、アレンとは年単位で顔を合わせていなかった気がするが、手紙のやり取りは途絶えずに続いていたので、そこまでの久し振り感はない。
依然と同じように振舞えるアレンの存在は、僕にとって大変ありがたかった。
「アレンは何かご存知ですか?」
「僕が知っている人と同一人物なら女性だったはずだよ。確か、マダムと呼ばれているとか」
「マダム……。なんか、お洒落ですね」
「そうだね。ただ、謎が多い人物でね。彼女自身は表舞台に立たないんだよ。良く言えば人を扱うのが上手い」
「そうなんですか」
「リエトのやりたいことを実現させるのであれば、彼女の力を借りるのが最善じゃないかな。空賊が蔓延る空での輸送に用心棒は切っても切れない話であり、そうなれば機体の整備も必要になる。利害一致の関係になるわけだし」
「でも、どうやって接触したら良いものか」
「それについて協力は惜しまないさ。僕も彼女に会ってみたいし、まずは探りを入れてみようか」
「可能なんですか、アレン?」
「こうみえても顔は広いほうなんだ。任せておいて」
「ありがとうございます!」
「気にすることはないよ。それとリエトは説明すべき人たちが居るんじゃないかな?」
頭の中で幾人ものの人が一瞬で浮かび上がり、独り言のように名前を呟いていると、アレンは愉快げに笑った。
「リエトの考え込む姿を見ているのも楽しいけど、ひとまずはレオナとキミの相棒に伝えるべきだと僕は思うよ。特に相棒ちゃんは何かと心配しているようだし」
「キリエが、ですか?」
お茶を飲み、一息つきながら頷くアレンの姿。
意外な言葉が出てきたことに驚きを隠せない。
ここ最近のキリエは、何事にも動じない印象が定着しているからだ。
「まあ、遠目から見ていたら、だけど。彼女なりにリエトのことを考えているのは間違いないだろうね。だからこそ、彼女の気持ちを無下にしないように、しっかりと向き合うべきだよ」
アレンの言葉を聞き、キリエの顔を思い浮かべる。
いつも明るく振る舞っていて、顔見知りになると容赦なく接してくれるキリエ。
僕が困っていたら真っ先に駆けつけてくれ、時には厳しく叱ってくれたりと、本当に頼りがいのある友達だと思う。
僕自身、キリエに助けられたことが何度あったか数えきれないほどだ。
そんなキリエの気持ちを無下にするなんて、あってはならないことだろう。
「分かりました。今度会う時に考えを伝えてみます」
「うん、それがいい。さて、お茶ご馳走様。突然押しかけて悪かったね」
「いえ、僕としてもアレンと久しぶりに話ができて良かったです」
「それは良かった。また時間が出来たらゆっくりと話をしよう。今度はお酒でも飲みながらね」
「楽しみにしておきます」
アレンを駐機場まで見送った後、僕は帰路の途中で今後の事について考えていた。
レオナお姉ちゃんに話したいこと、キリエに伝えたいこと。
どちらも大事なことで、早く伝えたほうが良いことは確かだ。
ただ、伝え方はどうするか。
お姉ちゃんに関しては、単刀直入に話したほうが良いだろう。
キリエに対しては……難しいところではあるが、素直に自分の想いを伝えるべきかもしれない。
頭の中をぐるぐると巡らせる。
キリエはどんな顔をして聞いてくれるだろうか。
怒られるかもしれない、呆れられてしまうかもしれない。
それでも、伝えなければならない。
彼女をまた一人にさせてしまうかもしれない、僕の夢のことを。
目標、週末までに完結。