ひと月に一度ぐらいのペースでホームに帰省するようになったレオナお姉ちゃんを捕まえて、話があることを伝えると、お姉ちゃんは少し驚いた表情を浮かべた後に、すぐに了承してくれた。
「珍しいな、リエトから話がしたいと言ってくるとは」
「お姉ちゃんなら最初に話しをする相手としては、最適かなと思って」
「確かに。私はリエトの唯一無二のお姉ちゃんだ。他にもリエトの姉役を名乗る輩がいるが、そいつらは論外だ」
「レオナったら、リエト君の事となるとすぐこれなんだから」
「私の友人たちは、すぐにリエトを構いたがる奴ばかりだからな。真の姉として、弟を守る義務がある。当然のことだ」
「ふふっ、レオナらしいわね。それでリエト君。レオナに相談ってことは、私は席を外した方が……」
「いえっ、ザラさんにも聞いて欲しいんです。レオナお姉ちゃんの近くで寄り添ってくれていた方の意見も聞かせてもらえると嬉しいので」
「……分かったわ。私に出来ることがあれば何でも言ってちょうだいね。遠慮はいらないわよ?」
「ありがとうございます、ザラさん。お言葉に甘えさせていただきます」
僕が感謝の念を込めて礼を言うと、ザラは微笑んでくれた。
「ふむ……店で話しをとも考えたが、酒を購入して外で聞くとしようか。この辺りで静かな場所といえば……よし、例の場所へ行くとしよう。あそこならゆっくりできる」
「賛成。夜景も良く見えるし、ちょうど良いわよね」
レオナお姉ちゃんの提案にザラさんが賛同し、日が暮れた夜空の下で僕たちは移動を始めた。
二人の後ろをついて行き、辿り着いた先は街の外れにあるちょっとした草原。
街灯も少なく、周りには建物も少ないので、明かりとなるものは月光と星々のみ。
僕たち三人以外に誰も居ないので、落ち着いて話すことが出来ると思う。
「ここならあまり人も来ないし、邪魔も入らないだろう」
「それじゃ早速乾杯する? それとも話をしてからにする?」
「乾杯にしましょう。僕の夢について語らなければいけないので」
「あら、それは大変。ならシラフでいるよりもお酒を呑んで気分を高めたほうが良さそうね」
ザラさんは手に持っていた袋の中から、瓶を取り出した。
中には様々な種類の酒が入っているようなのだが……数が多くない?
瓶入りだけで何本あるんだろうか……。
「さぁ、好きなのを選んで。お姉さんの奢りよ」
「では、薄麦ビールをお願いします」
「私のは適当に選んでくれ」
お姉ちゃんの注文を聞いて、ザラさんは手際よく瓶の蓋を開けて手渡す。
それを受け取って乾杯をしたあと、一口飲むと喉の奥へと流れ込んでいく。
この感覚が心地とても心地よい。
「お酒は美味しいですね。特にこういう時は」
「アルコールが呑める年齢になったんだもの。味を楽しめるようになって良かったじゃない」
「そのとおりだ。リエトとこうして酒を呑み交わせるのが、何よりの幸せだよ。なあ、リエト?」
「そうだね。こういうやり取りが出来る年齢になったんだなって思うと、感慨深いものがあるかも」
普段とは違う雰囲気の中で、みんなとお酒を交わす時間はとても楽しい。
「さて、そろそろリエトの話を聞かせてくれるか?」
「分かった。実はね……」
僕の夢について再確認するように喋りだし、次に謎の人物であるマダムについて説明していく。
僕自身がどう思っているのかを含めて伝えると、二人は真剣な面持ちで耳を傾けてくれた。
「なるほど、そういうことだったのか。確かに、それは私にとっても他人ごとではない問題だ」
「レオナの言うとおりね。リエト君はどうしたいのかもう決めてあるの?」
「はい。僕はその方とお会いしてみたいです。そして、僕自身の手腕を買われることで飛行船に関われたらと考えています。それが、今の僕にとってのチャンスかと」
僕の言葉を聞いたレオナお姉ちゃんは、腕を組んで考え込むように黙っている。
そんな彼女の姿を見ていたザラさんは、僕に向かって話しかけてくる。
「リエト君、もし仮にだけど。その話が叶わなかったとしたら、どうするつもりなのかしら?」
「叶わなかったらですか……うーん……また別の方法を探し出してみせます!」
降って湧いた話なので、実現する可能性は極めて低いだろうけど。
それでも、諦めずに模索し続けるしかない。
僕にだって、譲れない想いはあるのだから。
「……ふふっ。リエト君はやっぱり男の子なのね。諦めない心があるわ」
「僕なりに考えて出した答えなんです。レオナお姉ちゃんのように、夢を諦めず追いかけ続けるために」
「……リエト、お前は本当に立派に育ったな。姉として誇りに思うぞ。私も見習わないと」
「僕がここまで成長できたのは、出会ってきた皆さんのおかげです。本当に感謝しています」
お酒の席とはいえ、僕自身素直に自分の気持ちを吐露していた。
二人に対して嘘偽りのない言葉で、僕という人間を知ってもらいたかったから。
不意に伸びてきた手が僕の首に絡まると、引き寄せられるようにして抱きしめられた。
「ザ、ザラさん!?」
「もう! あんなに意地悪な質問をしたのに、リエト君ったらなんていい子なの! お姉さん、感動しちゃったわ。ぎゅーってしちゃうんだから」
そう言いながら、ザラさんは僕を離そうとしない。
むしろ強く抱き寄せてきているので身動きが取れなく、ザラさんの色々と柔らかいものが当たってきていて恥ずかしい。
「ザラさん! 少し呑みすぎではありませんか!?」
「あら? 私はお酒で酔ったりなんかしないのよ。知らなかったかしら?」
「一緒に呑むのは初めてなもので! というかそうなるとシラフでくっついてくるということでしょうか!?」
「そうねぇ、場の雰囲気にはのまれちゃったかな~。リエト君はこういう触れ合いはお嫌い?」
「イエ! ダイスキデス!!」
思わず片言になってしまった。
こんなことを言われたら断れるはずがない。
僕だって男の子、そして思春期真っ只中。
「ふふっ、リエト君の反応が可愛いわ。このまま連れ去りたいくらい」
冗談っぽく言っているものの、ザラさんであれば本気でやろうと思えば出来てしまうのが怖いところ。
「ザラ、それぐらいにしたらどうだ? リエトが困っているように見えるぞ?」
「あら? 私からだと嬉しそうな顔をしているよう見えるけれど?」
「リエト……」
お姉ちゃんから圧を感じるのは気のせいだろうか。
助けを求めるように視線を送ると、お姉ちゃんはため息をつきつつも、ザラさんを引き剥がしてくれた。
「全く、ザラは相変わらずなんだから。リエト、大丈夫か?」
「ありがとう、お姉ちゃん。平気だよ」
「ごめんなさいね、つい可愛くて。でも、リエト君を独り占めするのはずるいわよ? レオナ」
「私にとって大事な弟だ。ザラも大切なことに違いはないが、それとこれとは話は別だろ?」
「……この姉弟たちは、私の心を撃ち抜くような台詞をサラっと言うのよねぇ」
ザラさんの口から本音らしき言葉が漏れる。
お酒の勢いもあるのかもしれないけど、いつも以上に感情表現が豊かになっている気がする。
「今日はこのまま朝まで呑み明かすわよー! お姉さんがいくらでも付き合ってあげるわ!」
「はぁ、こうなったザラは止められそうにないな。リエトはどうする? 無理にとは言わないが」
「せっかくの機会だから、僕も付き合うよ。日頃のことでザラさんに感謝を伝えたいし」
「よし、決まりね。追加のお酒を買ってくるわね。レオナ、リエト君をよろしく頼むわ」
「ああ、任せておいてくれ。リエト、こっちへ来い」
「えっと、どうしたの?」
「私の隣に座ってくれ。久しぶりに姉弟水入らずで話したいこともあるからな」
言われるままに隣に座ると、肩を抱かれて頭を撫でられた。
「大きくなったな、リエト。背丈も体格もすっかり大人じゃないか」
「いつまでも子供扱いされるのも、ちょっと複雑な気分かも」
「私にとっては、いくつになっても弟だからな。お前は嫌か?」
「ううん、お姉ちゃんのことは大好きだよ。僕にとって自慢の姉さんだもの」
「そうか。私にとってもリエトが自慢の弟であることに変わりはない。お前は私にとっての光だ。リエトが自分の夢を追い突き進む姿は、私だけでなく多くの人の心を照らしている。そして、これからも私を照らす存在であってほしい。もちろん、リエトとっての私がそうであるようにな」
「……僕がこうして夢を追いかけられているのは、周りの人達に恵まれているからだと思っているんだ。レオナお姉ちゃんが操縦する飛行機から見た飛行船は本当に綺麗で凄かった。僕が目指しているものも、きっとお姉ちゃんと同じ景色が見られるはずだと信じている」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるな。私も負けていられないな」
「でも……」
僕はそこで一度言葉を区切ると、お姉ちゃんの瞳を見つめて言った。
「自分の夢の為に、大切な友達と別れなきゃいけない。それは寂しいことだと思う。レオナお姉ちゃんなら、わかるよね?」
僕の問いかけに、お姉ちゃんは黙り込んでしまう。
「過去に僕たちが経験したことを、友達に味わわせてしまうことになるんだ。お姉ちゃんも同じ気持ちだったんでしょ?」
「……そうだな。そのとおりだ。私はあの時、リエトをホームに置いていくしかない自分の無力さを痛感した。もう二度とあんな思いはしたくないと思った」
僕の言葉を聞いたお姉ちゃんは、僕の頭を撫で続けながら優しい口調で言う。
まるで子供をあやすかのように。
「だが、リエトは私がホームから離れる時に笑顔で見送ってくれたよな? あの時、私の想いを聞いて手を掴み引いたなら他にも手段があっただろう。けど、お前は私の気持ちを尊重してくれた。それがどれだけ嬉しかったか、リエトには想像がつくか?」
お姉ちゃんの言うとおり、僕はお姉ちゃんを見送る際に、笑ってみせた。
僕が泣くとお姉ちゃんが悲しむと思って、必死になって我慢して笑った。
今思うと、僕は泣いていたのかもしれない。
「きっと、お前の友達もリエトと同じような表情をすると思う。だからこそ、辛い決断をしなければいけない。次に会う時は笑える自分でいられるように、お互い頑張ろうって」
「……うん」
「それに、お前の友達はそんなに弱いのか?」
「まさか、みんな強いよ。僕なんかよりずっと」
「ならば、信じてやれ。友達が頑張っていることを。いつかまた会えた時には、胸を張って再会できるように。リエトが私に対してそうしたように、友達にも友達なりのやり方があるはずだ」
「友達の……やり方……」
「そう、ここから先はお前と友達にしか出来ないことだ。それを大事にしていけ。いいな?」
「わかった、やってみるよ。ありがとう、お姉ちゃん」
「礼を言うのはまだ早いさ。ほら、ザラが戻ってきたぞ」
僕とレオナお姉ちゃんのやり取りを見ていたザラさんは、どこか嬉しそうな顔をしながら僕たちの前に戻ってくる。
「随分と盛り上がっていたみたいね。私も仲間に入れてくれないかしら?」
「ザラさん、おかえりなさい」
「ただいま、リエト君。お酒を持ってきたわよ。今夜はとことん呑み明かしましょうね!」
僕たちはザラさんが買ってきたお酒を呑みながら、色々な話をしていく。
ザラさんは、レオナお姉ちゃんにちょっかいをかけられながらも、楽しげに会話をしている。
三人で他愛のない話を続けながら夜を過ごしていく。
これがいつまでも続くようにと、友達ともこう過ごせる日々がやってくるといいなと思いながら。