レオナさんの弟さん   作:星1頭ドードー

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第39話 彼女の場合

 僕とキリエの休日が重なる日を確認し、その前日であるの仕事終わりの帰り道。

 僕らは予定が無ければ毎回一緒に帰宅している。

 予定が合っても付いて来たり、付いていったりすることがほとんどだけど。

 

「ふいー今日も疲れたぁ。空を飛ぶ回数が増えるにしたがって仕事量が多くなってる気がするよー」

「キリエは最近特に忙しそうだもんね。大丈夫?」

「平気へいきっ! この程度で音を上げるほどヤワじゃないよっ!」

 

 キリエはそう言って笑うが、彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 

「あっつ……ねぇリエト、アイスでも食べない? 奢るよ?」

「お言葉に甘えさせて貰おうかな」

「おっけー、任せて! 折角だし別の物を選んで半分こして食べよ?」

「うん、それでいいよ」

 

 アイスクリーム屋さんの前まで移動すると、キリエは慣れた感じで注文をして代金を支払う。

 

「はい、リエトの分だよ」

「ありがと、キリエ。ご馳走になります」

「念入りによーく味わいたまへー」

「はいはい」

 

 キリエは冗談交じりでそんなことを言うので僕は軽く受け流しながら、コーンの上に盛られたソフトクリームを口に運ぶ。

 口の中に冷たい感触が広がり、心地よい甘味を堪能しているとキリエは僕の顔を覗き込みながら問いかけてくる。

 

「どう? 美味しい?」

「うん、とても冷たくて甘くて美味しいよ」

「よかったー。新商品のベリー味を頼んでみたんだけど、当たりだったみたいだね」

「うん、キリエのオススメだから外れは無いと思っていたけど、大当たりだったよ」

「でしょう? ということで一口もーらい!」

 

 キリエはそう言うと僕の手を掴み自分の方に引きつけると、そのまま僕の持っていたソフトクリームを口に含んだ。

 

「ん、イケるねー。今度は私も頼んでみようっと」

「もう、いきなりはビックリするじゃないか」

「ごめんごめーん。ほら、私のを少しあげるよ。はい、あーん」

 

 キリエはそう言いつつ、自分が手に持っているソフトクリームを僕に差し出してくる。

 僕は差し出されたソフトクリームを素直に受け取ると、口に含む。

 

「ん、これも凄く美味しい。ありがと、キリエ」

「いえいえ、どーいたしまして。ところでリエト、最近なんかあった?」

「……急にどうしたの?」

「なんだろう、雰囲気が変わったっていうのかな? 上手く説明できないや」

 

 家路への途中、僕の雰囲気の変化を感じ取ったのか、キリエは不思議そうな表情を浮かべながらそう言った。

 なんというか、彼女は僕のことを本当に良く見ているなと思う。

 

「そう見えるのなら、それはきっとキリエがいつも傍にいてくれるからだね」

「むぅ、そういう風に言われると照れるなぁ……。リエト、なんだか大人っぽくなったよね?」

「そうかな?」

「そうだよっ。前はもっと子供っぽかったのに、背丈も気が付けば私より大きくなってるしさ。リエトってばいつの間にか立派な男の子になってるんだよ。私は嬉しいような寂しいような複雑な気分さ。ほら、こんなにも身長差がついちゃったじゃん……」

 

 キリエは僕の首元に頭を押し付けると、まるで駄々っ子のようにぐりぐりと動かしている。

 時折、彼女の柔らかい髪が当たって、少しくすぐったい。

 

「リエト成分を補給中~」

「何それ?」

「リエトニウムを摂取しているのさ」

「そんなの初めて聞いたなぁー」

「私が今作ったからねっ! 細かいことは気にしないの。リエトだって、自分のお姉さんの匂いを嗅ぐと落ち着くでしょ?」

「……否定は出来ないです」

「それと同じことだよ。だから今こうしてリエトの匂いを嗅いでいるの。リエトニウムを補充しているの。これは私にとって必要なことなの。分かった?」

「キリエの気持ちは何となく分かるけど、そろそろ離れてくれない? 歩けないんだけど……」

「やだっ! 離れたくないっ! しばらくこのままずっとこうしていたいっ!」

「えぇ……」

 

 キリエの言葉に嬉しい反面、この後のことを考えると困ってしまう。

 彼女は普段、明るく元気な性格なのだが、時として我を忘れて暴走することがある。

 それは自分のことであったり、他人のことであったりと様々だが、大抵の場合は誰かの為にバレないよう一生懸命になることが多い。

 

 その性格から親しくなった人たちからはとても慕われている彼女だが、自身はどこか一線を引いている節がある。

 恐らくは過去の出来事が原因ではあるのだが、詳しくは聞いていないので分からない。

 そんな彼女が時々見せる感情の爆発。

 

 それが今回の場合。

 これはきっと、本能的に何かを察してはいるのだけど、答えが分からなくて不安になっているのかもしれない。

 

「ねぇ、キリエ」

「……なに?」

「今夜、時間を貰えないかな? キリエと伝えたいこと、喋りたいことがあって」

「……うん、いいよ。場所はウチに来る? それとも別の場所がいい?」

「夜空が綺麗に見える場所を知っているんだ。そこでお酒を吞みながら話したい」

「お酒、呑むの初めてかも。どんな感じなのか楽しみ」

「じゃあ決まりだね。日が暮れたら迎えに行くよ」

「おっけー。楽しみにしてるから、ちゃんとエスコートしてよね?」

「勿論だよ」

 

 キリエは悪戯っぽく笑いながら、僕の首元から顔を離す。

 そしてお互いの顔を見つめ合うと、どちらともなく笑みが零れた。

 

 ◇◇◇◇

 そして迎えた夜。

 部屋へと尋ねに行き、現れた時のキリエの格好は、幼少期の頃を思い出させるパーカーとショートパンツを組み合わせた姿であった。

 

「こんばんは、リエト。今日は誘ってくれてありがとうね」

「こちらこそ、どういたしまして。突然だったけど大丈夫?」

「全然問題ないよ。むしろ大歓迎。夜って何して過ごせば良いのかよくわかんないし、こういう機会でも無ければ家に籠っているだけだしね」

「キリエらしいね」

「でしょー? リエトの私服姿を久しぶりに見たけどやっぱり似合ってんじゃん」

「そうかな? 自分だとあんまり意識したことが無いんだけど」

「リエトはカッコいいんだから、自信を持っていいよ。うん、いい感じ」

「ありがと。キリエも可愛いよ」

「お、言うようになったじゃないの。このこのー」

 

 キリエは嬉しそうに微笑みながら、僕の頬を人差し指でツンツンと突いている。

 上目遣いで見上げてくるキリエは、とても可愛らしく思えた。

 

「まっ、褒められて悪い気はしないね! ありがとっ!」

「どういたしまして。さて、それじゃあ行こうか」

「うん、行こっか。目的地は近いの?」

「ここから歩いて十分くらいの場所だよ」

 

 僕が手を差し出すと、キリエは笑顔を見せながら僕の手を握り返してきた。

 そのまま目的地を目指して歩き始めると、彼女は楽しげに鼻歌を歌い始めた。

 

「キリエは相変わらず歌うのが好きなんだね」

「もちろん。私の唯一の趣味だしね。リエトも一緒に歌ってみる?」

「僕は聞いていたいかな。キリエの歌声が好きだから」

「ふーん、そう? まぁ、リエトがそう言うなら別にいいけどさ」

 

 キリエは照れ隠しをするように視線を逸らすが、鼻歌は続きを奏で始める。

 彼女の性格を表すように、特徴的なリズムを刻んでいる。

 僕はそれを聴きつつ歩き続けると、目的地である草原に辿り着く。

 

「ここだよ。ほら、空を見上げてごらん」

「うわぁ……凄い……これって星の海?」

 

 満天の星が輝き、まるで星々が海を泳いでいるかのような錯覚に陥る。

 キリエはその光景に感動したようで、瞳を輝かせている。

 

「綺麗……こんなに沢山の光を見たのは初めてかも……」

「喜んでくれたみたいで良かった」

「凄く嬉しい。リエト、連れてきてくれてありがと」

「どういたしまして」

 

 キリエは暫くの間、目の前に広がる光景に見惚れていた。

 僕たちは言葉を交わすことなく二人で並んで座り、同じ時間を共有した。

 

「……」

「……」

 

 お互いに何も言わず、ただ黙って夜空を眺めている。

 しかし不思議と気まずい雰囲気はなく、心地の良い沈黙の時間が流れていく。

 

「ねぇ、リエト」

「なに?」

「私に伝えたいことってなに?」

「そうだなぁ、色々とあるんだけど……」

 

 持ってきた鞄の中から幾つもの瓶を取り出す。

 中身はビールやらワインやら、飲みやすそうなものを選んできた。

 そのうちの一本をキリエに向けると、彼女は興味深げに受け取った。

 

 彼女の分の栓を抜き、自分の分も用意する。

 

「まずは乾杯しよ? せっかくお酒を用意したんだから」

「それもそうだね。よし、それじゃあ」

『乾杯!!』

 

 キンッと瓶同士がぶつかり合い、涼やかな音が響く。

 初めてのアルコールを味わったキリエは、その刺激に目を丸くした。

 

「これがお酒の味……! ちょっと苦いけど喉にくる刺激が良くて美味しいね。癖になりそう」

「それはよかった。僕も始めて呑んだお酒がそれで、キリエと同じことを思ったよ」

「へぇ~、じゃあ私と一緒だね!」

 

 キリエは嬉しそうに笑うと、再びお酒を口に運ぶ。

 僕もそれに釣られるようにして、口の中に流し込む。

 

「オッサンたちがこの一杯のために生きてる! っていうのはよく聞くけど、確かに分かる気がする~」

「今日みたいに忙しい仕事終わりの一杯は格別かもしれないね」

「だよねー。あー、幸せだなー」

 

 キリエは酔いが回り始めたのか、顔がほんのりと赤く染まっている。

 普段はあまり見られないような、緩みきった表情を浮かべている。

 

「キリエはいつも頑張っているから、こうして息抜きができて良かったと思うよ」

「にへへ~、リエトには何でもお見通しって感じ?」

 

 キリエは僕に向かって微笑みかけると、肩にもたれかかってきて、頭を預けた形で密着してくる。

 普段よりも体温が高いような感じがするのは、やはり酔いが回っているからだろうか。

 

「キリエ?」

「ねぇ、リエト。私ね、ずっと考えていたことがあるの」

「うん」

「私は今まで一人で生きてきた。生きるために必死だった。でも、私一人じゃ絶対に無理だった」

「僕も同じだよ。姉さんがいなければ、周りの人達と出会わなければ生きてこれなかっただろうね」

「リエトもそう思うんだね。私もそう思ってる。思わせてくれる人と出会えたから、今があるんだよ」

「僕もそう思えるよ。キリエに出会えて本当に良かった」

「私もだよ。私と出会ってくれてありがとう。私を救ってくれてありがとう」

「そんな風に言われると照れるってば。でも、どういたしまして」

「えへへ、ありがと。照れてるリエトも可愛いぞっ! えいっ! えいっ!」

 

 キリエは嬉しそうに笑いながら、僕の頬を指先で突いて遊んでいる。

 完全に酔っぱらいのテンションだが、それが彼女らしいと言えばそうだ。

 

「もう。やめてよ、キリエ」

「やめないもんねー! リエトのほっぺ柔らかーい。もっと恥ずかしがっちゃえっ!!」

 

 キリエは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、更に僕の頬を突いている。

 彼女の指先が触れる度に、むず痒い感覚に襲われる。

 

「分かったから、降参だって」

「はい、私の勝ちー! ふっふーん、私に勝とうなんて百年早いんだから!」

「参りましたー」

「よろしい。素直なのは良いことだね!」

 

 キリエは満足そうに微笑みながら僕の両肩に手を置き、力を込めた。

 抗うこともなく僕の身体は押し倒されて仰向けになると、彼女は覆いかぶさる形で僕の胸に頭を押し付けてくる。

 

「キリエ、これは一体どういう状況なのかな?」

「ん~? 私もよく分からない」

「よく分からないのに押し倒すのはどうかと思うんだけど」

「細かいことは気にしない! リエトの胸板、硬いけど温かくて気持ちいいなぁ」

「そういう問題じゃないでしょ……」

「私にとっては大事なことだよ。リエトの伝えたいことをきちんと受け止める為にね」

「……キリエはずるいな」

「女の子はみんな狡い生き物なのさ!」

 

 キリエは得意げにウインクをすると、僕をぎゅっと抱きしめた。

 そのままの姿勢で暫く時間が経ち、やがて僕はゆっくりと語り始める。

 自分の夢について、それが実現出来るかもしれない状況が訪れていること。

 

 そして、その道を選ぼうとし、キリエとずっと一緒にいられなくなる未来が待っていること。

 

「そっか。リエトはそこまで考えてたんだ」

「ごめん。キリエを困らせるつもりはなかったんだ」

「ううん、謝らないで。むしろちゃんと教えてくれて、嬉しい。リエトの中に私も存在しているって分かって安心した」

 

 キリエは僕の言葉に耳を傾けてくれた後、再び優しく抱き締めてくれた。

 

「ねぇ、リエト。私からも一つだけ聞いてもいいかな?」

「もちろん。なんでも答えるよ」

「もし、私が配達屋を止めて違う形で空に上がるって言ったらどうする?」

「応援するよ。キリエがやりたいことをやるのが一番だと思う」

「もしもの話なのに、即答なんだ」

「キリエなら大丈夫だから。何かが起きたらすっ飛んでいくし、僕が何とかしてみせる」

「あはは、頼もしいね。それじゃあさ、リエトは私と離れ離れになっても寂しくないの?」

「そんなことはない。キリエと離れるのは寂しいし辛いよ。でも……」

「でも?」

「寂しさを和らげる方法だったら、知ってるよ」

 

 僕がそう伝えると、キリエは何かを思い出したかのように、小さな吐息を漏らす。

 

「……手紙」

「うん。僕の見てくる全てを手紙に綴ってキリエに送るよ。きっと面白い話も失敗する話も沢山あるはずだから」

「リエトの手紙かぁ。読んでみたいな。どんな内容なんだろう?」

「それは秘密。楽しみは取っておかないとね」

「むぅ、ケチんぼ。まあ、いっか。楽しみが一つ増えたってことで」

「キリエってば、意外と欲が無いんだよね」

「アリまくりだけど?」

「そうなの? よければ教えてよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。手紙も欲しいけど、たまには会いに来て欲しい。いいよね?」

「勿論だよ。約束する」

「それまで待ってる。楽しみにしてる」

 

 キリエは優しい声で囁くと、身体を動かして僕の額に唇を押し当てた。

 

「私、リエトの夢を応援するよ。空は繋がってるし、私はずっと見守ってる」

「ありがとう。キリエ」

「これからもよろしくね。私の大切な人」

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