「アレンの野郎……人を便利屋か何かと勘違いしやがって!」
『まぁまぁ~ラハマへ訪れる予定はあったんだから~良いじゃない~』
「師弟ともども、お二人には多大なるご迷惑を……」
翌朝、ラハマの駐機場に現れたのは、二人の郵便屋さん。
ムサコさんヒガコさんに有無を言わさず、僕は再び鍾馗の荷物として連れて来られてしまったのだ。
「リエトはいいんだよ。将来がかかってるんだから。問題はあの呑んだくれだ! どこでアタシらの居場所を嗅ぎつけてきたんだか」
『ムサコが空賊たちも利用する酒場で大暴れしたのが、いけないんじゃな~い?』
「あいつらがしつこく絡んでくるんだぜ! そりゃあアタシたちが魅力的過ぎるのが悪いんだけどよぉ」
「確かに。僕から見ても魅力的なお二人ですから」
「……リエト、むやみやたらに女を褒めると後悔することになるぞ?」
「例えば?」
『クイズ~私の好きなところ百個言ってみてとか~開催されちゃうわよ~』
「そ、それは流石に大変……困難……無理ではないと思うけど……」
「まっ、そういうタイプも存在するってことさ。アタシたちはそのまま受け取っておくよ。ありがとな、リエト」
『リエト君も~あっという間に男の人に成長しちゃって~ヒガコびっくり~』
「出会った頃は、まだ男の子って雰囲気だったのにな」
「そうですかね? 自分ではよく分からないのですが」
『ふふふ~そうよぉ~。今は立派な男の人よ~』
「出会ったのが『リノウチ空戦』からしばらくしてだから……そっか……。月日が経つのは早いなぁ」
『あららぁ~? なぁに~?』
「何だよ、ヒガコ。アタシが感傷に浸っちゃ悪いのか?」
『べつにぃ~。ムサコは昔からケンカ事ぐらいしか興味が無かったのに~男の子から一通のお手紙を貰っただけで~すっかりと人生を変えちゃうんだもの~。そのきっかけを作ったのがリエト君なわけでしょ~? 思い出にも浸るわよねぇ~って思っただけよ~』
「な、なに言ってんだよ! べ、別にそんなつもりは……! ってか、なにをニヤついてんだ!」
「僕ですか!?」
「そうだよ! お前以外に誰が居るってんだ!」
「いませんけど! 後ろも見ずに断言されても困りますよ!」
「うっせー! そういう事にしておけ!」
「理不尽すぎる……!」
『あらあら~からかいすぎちゃったかしら~』
僕が抗議すると、ヒガコさんは無線を通じてケラケラと笑い始める。
一方で、珍しく頬を膨らませて不満げにしているムサコさんの姿があったのだ。
◇◇◇◇
僕が連れてこられた場所は、『アレシマ』という名の街。
『イケスカ』から南西方面にある町であり、商業都市とでもいうべきか。
ここから南東方面には、あの戦いの名称として付けられた『リノウチ』という町が存在した。
過去形なのは、町に瘴気が発生したことによりブユウ商事はリノウチ復興事業から撤退を決め、今では誰も立ち入ることのない廃墟と化しているからだ。
それだけでなく、『リノウチ』が討伐していた原生生物が周囲の街へ被害を及ぼすようになり、結果的に近隣の町も人の出入りが減っているらしい。
この事が記載されていた新聞は、相変わらず日付が半年以上も遅れてラハマに届いている。
「どうした、リエト?」
「名前だけは聞いたことのある町に来たので、少し考え事をしていました」
「なるほどね。ま、とりあえず今日の仕事を終わらせるのが先決だ。アレンとマダムがいるのは、この先にあるオーシャン・サンフィッシュホテルさ。駐機場からちょっとばっかり歩くけど、身体をほぐすのには丁度いいだろ?」
「確かにそうですね。心の準備も出来て助かります。案内よろしくお願いしますね」
「おうよ」
そう言うと、ムサコさんは僕の前に出て、歩き出す。
僕は彼女たちの後を追いかけるようにして、共に歩みを進めた。
ラハマとは違い、建物が規律正しく並び、道行く人々は多い。
「夕方が近いのに、活気があるんですね」
「ここはデカイ町だからな。ラハマとは比べ物にならねーよ。観光客相手に商売をする奴も多いからな」
「言われてみれば、確かに出店とかが多いですね」
「お、見えてきたぞ」
彼女が指差したのは、建物が立ち並ぶ中に佇む大きな建造物。
入り口付近には一人の女性が立っており、僕らに気が付くと深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました。中でマダムがお待ちしております」
「お世話になります」
「リエト、頑張ってこいよ!」
「がんばれ~」
僕はムサコさんヒガコさんと別れ、何故かウェイトレス姿の女性の誘導に従って建物の中へと入っていく。
女性に案内された部屋の前で、彼女が扉をノックをしてからドアを開ける。
「失礼いたします。お客様をお連れしました」
「ご苦労様。ありがとう」
「いえ。では、私はこれで」
「お仕事、お疲れさま」
「恐縮です」
部屋の中に入ると、そこには一人の美しい女性が座っていた。
僕は彼女に対して会釈をしながら、部屋の奥へと向かう。
「初めまして。僕の名前はリエトと申します」
「初めまして。私は『オウニ商会』の社長を務めている『ルゥルゥ』と申します。本日は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
『ルゥルゥ』と名乗った女性は、立ち上がり僕の挨拶に丁寧に応じてくれた。
そのまま手を差し出されたので、一言だけ断りを伝えてから握手を交わす。
彼女は微笑みながら、僕を見つめている。
「貴方のことはアレンから聞いたわ。何でも飛行船に搭乗したいが為に、噂話から私を見つけ出したとか」
「友人の力添えあってこそです」
「随分と行動力のある方なのね。私も驚いているのよ。まさかこんな若い子が私の元へ来るなんて」
「若輩者故、至らぬ点もあるかと思いますが、整備士として腕は磨いております」
「なるほど。確かに腕の良い整備士は歓迎するわ。けど、それを証明できるものはあるのかしら?」
「この場であれば、手袋を外した手を見せることくらいしか……」
「……それもそうね。リリコ、いるかしら?」
『はい。ここに』
「整備班長を呼んで来て頂戴」
『承知致しました』
部屋の外で待機していたのだろう。
リリコと呼ばれた女性は、部屋から出ていく。
指示を出した後に、社長である『ルゥルゥ』は再び僕に話しかけてくる。
「貴方の腕前については、『オウニ商会』で整備班長を任せたナツオにその手を見せれば整備士としての腕を見ればわかるわ。ただ、私が知りたいのはその先よ」
「その先……?」
「えぇ。私の元に来るということは、少なからずとも何か理由があるはずよ。貴方が飛行船に乗る為の動機が」
「……本当に些細なきっかけですが」
「聞かせてもらえるかしら?」
「分かりました」
僕の夢について、社長さんに話すことになった。
姉の操縦する飛行機に搭乗し、空で見た飛行船の美しさと素晴らしさ。
そして、いつか自分も飛行船に乗ってみたいと思ったこと。
それを可能にさせる為にはどうすれば良いのか、考えた末のことを。
「……なるほど。それで私を探し出してまで、会いに来たということなのね?」
「はい。あの時の感動を、どうしてももう一度味わいたくて。自身で出来ることを学び、経験を積み、技術を磨き上げ、その上でここまでやって来られました」
「貴方の夢を叶える手助けを、私がしてあげられると思うの?」
「はい。その為に、社長さんの手助けが出来るよう努力をしてきました」
「……なるほどね」
僕の話が終わると同時に、再び扉からノックの音が聞こえ、一人の女性が現れた。
「失礼します。お呼びでしょうか、マダム」
「あら、早かったわね。こちらにいる子が整備士志望でやってきたのだけれど、整備班長から見てどうかしら?」
「……これはまた、珍しい子が来たものですね」
ナツオと呼ばれる女性と目が合うと、彼女は僕に向かって笑みを浮かべる。
「私はナツオだ。『オウニ商会』で整備班長を任されている。よろしく頼むぜ」
「リエトと申します。よろしくお願いします」
僕とナツオさんはお互いに挨拶を終えた後、早速ではあるが僕は手袋を外して手のひらを彼女に見せる。
その様子を見ていた社長さんは口を開いた。
「班長、どう思うかしら?」
「確かに。この見た目でこれだけ傷と油まみれの手をしている子は、なかなかいないでしょうね」
「私も見て良いかしら?」
「どうぞ」
僕が許可を出すと、社長さんは僕の手を取り、真剣な眼差しで僕の手に注がれていた。
「あの……あまり綺麗な手とは思わないかもしれませんが」
「そんなことはないわ。職人の手をしているもの」
「マダムのおっしゃるとおりです。それに、お前の努力の証でもある」
「そう言っていただけると、嬉しい限りです」
「最初に断りを入れて手袋で隠していたのは何故かしら?」
「傷と油まみれの手なので、不快かと思いまして」
「そうだったのね。でも、もう大丈夫よ。自信を持ちなさい。貴方は十分に資格を持っている」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げると、ナツオさんが社長さんに話しかける。
「マダム、私からも質問させてもらってよろしいですか?」
「構わないわよ」
「リエト、整備したことのある機体を教えてもらえるか?」
「はい。まずは……」
僕は二人に対して実際に整備をした機体などを答えていく。
九七式から始まった旅路は、赤とんぼや隼、そして零戦と続き、最後に鍾馗へと辿り着く。
「ふむ。空冷エンジンの機体は、幅広く整備しているようだな」
「はい。ありがたいことに実機を触らせてもらい、勉強させてもらったおかげであります」
「……ん? お前さん、修理屋で働いているんじゃないのか? 実機なら嫌でも触れる機会が有るだろ?」
「いえ、普段は配達屋で整備員をしております」
「……そこの配達屋は走り屋集団か何かなのか?」
「いえ? 普段から赤とんぼを使用して配達を行っていますが?」
「知識はどこで仕入れたんだ? 技術は? 経験は?」
「知識は、僕をここへ導いてくれたアレンという方と、その妹さんから。技術は育った施設にある九七式で。経験については配達屋で整備士をしていたら、他から依頼されて機体の修理をすることもあります」
「……マジか」
「はい」
ナツオさんは驚きを隠せない様子だったが、一方で社長さんは落ち着いた表情のまま僕を見つめている。
「貴方は、自分の知識と技術、経験に誇りを持てるのね?」
「はい。それらは僕の夢を実現させる為の全てであり、誇りです」
「そう……分かったわ」
社長さんは僕から視線を外すと、目を瞑り、ゆっくりと息を吐く。
そして、目を開くと僕にこう告げてきた。
「リエト、今日から貴方は夢の先について考えなさい。『オウニ商会』所属になる以上、飛行船に搭乗しただけでは終わらせないわよ?」
「えっ?」
「貴方を『オウニ商会』の一員として迎い入れさせて頂きたいと考えております。お返事を聞かせてもらえるかしら?」
社長さんの一言に、全身が震えるような感覚を覚える。
夢が叶う瞬間が、今まさに訪れたのだと実感する。
「はい! よろしくお願いします!」
「決まりね。それでは、改めて自己紹介をさせていただきます」
そう言うと、彼女は姿勢を正し、凛とした声で語り始める。
「私は『ルゥルゥ』この『オウニ商会』の社長を務めている者よ。これからマダムと呼ぶように。よろしく頼むわね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」
マダムは微笑みながら、僕に手を差し伸べてくる。
彼女の瞳には希望に満ちた光が宿り、とても力強い印象を受けた。
僕と握手を交わした後、マダムはナツオさんに話しかける。
「ナツオ、彼のことは任せても良いかしら? 整備班の一員に加えてあげてちょうだい」
「承知しました。とはいえ、まだ片手人数程度の班ですが?」
「数を揃えるだけなら誰でも出来るわ。私はこの事業を成功させる為に優秀な人材を求めているの。彼がその一人になってくれることを期待しているわ」
「なるほど。それは責任重大ですが、問題ありませんよ。コイツはなかなか見所がありそうだ」
「頼もしい限りだわ。よろしく頼むわね、ナツオ。リリコはいるかしら?」
『はい。ここに』
「アレンと彼を連れてきた女性たちを呼んできてもらえるかしら?」
『了解いたしました』
「リリコが戻ってきたら歓迎会を開きましょう。まだ本格始動している訳じゃないから小規模のものになるけれどね」
「楽しみにしています」
「さて、改めて伝えるわ。リエト、『オウニ商会』へようこそ。貴方を心から歓迎するわ」
「はい! よろしくお願いします!」
マダムは僕に笑顔を向けて歓迎の言葉を口にしてくれた。
ナツオさんも僕を見て笑みを浮かべている。
彼女との出会いによって、僕の新たな道が開かれようとしている。