強行軍ともいえたイジツ横断の旅は、無事ラハマへ帰還することで幕を閉じた。
ドタバタとした旅ではあったが、無事に帰って来れたことに安堵する。
「ムサコさん、ヒガコさん。本当にありがとうございました! お二人のおかげで僕の夢が叶いました!」
「なに、いいってことよ。アタシらだって良い思いさせてもらったからな! それに、リエトの夢はこれからだろう?」
「そうよ~これからは~夢の先のことを考えないと~燃え尽きちゃうわよ~?」
「そうですね。お二人の言うとおりです。先のことを考え始めなきゃいけないですが……」
「……流石に疲れたよなぁ。ヒガコー、今日はラハマで一泊しようぜ。日も暮れてきたし、ちょうど飯時だからいいだろう?」
「モチロンよ~ヒガコお腹ペコペコ~」
「うっし! そんじゃここで解散だ。リエトもちゃんと歯磨いて寝ろよー!」
「リエト君~まったね~」
二人はそう言って駐機場から町中へと繰り出して行った。
僕はというと、未だ歓喜と浮遊感にとらわれる気持ちを抑えきれずにいた。
「長かったような短かったような……。ようやくここまで来たんだなぁ……」
「感慨深げだねぇ、リエト」
「……キリエ?」
「こっちこっち、視線を下に向けて」
周囲を見渡して探していた僕に対して、ズボンの裾を掴みながらキリエは話しかけて来た。
言われたとおりに足元を見ると、いつの間にやら足を抱えた状態で地面に座る彼女の姿があった。
なおも裾を引っ張り続けるキリエに促されるまま、僕もその隣に腰を下ろした。
「こんなところでどうしたの? 仕事終わり?」
「それもあるけど……。うーん、んー、んんーん……なんだ、その、うん」
キリエは何かを言い淀んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……待ってた」
「僕を?」
「……うん」
「あー、その、ありがとう。凄く嬉しい。待たせちゃったよね?」
「別に謝る必要なんかないよ。私が好きで待っていただけだし」
「それでもだよ。ありがとう、キリエ」
「……ど、どういたしまして」
照れ隠しなのか、キリエは幾度も肩を押し付けて来る。
そのまま攻撃を食らい続けるのも悪くはないけど、僕も同じように反撃させて貰おう。
押しくらまんじゅうのような攻防が続き、夕日が作り出す僕たちの影はゆらゆらと揺れていた。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なに?」
「どうしてここで待っていてくれたのかな? 家に居てもキリエなら僕が帰ってくるのはなんとなく分かると思うんだけど」
「それ、分かってて聞いてるでしょ? いじわる……」
「ご、ごめん。調子に乗りすぎました。僕が悪かったです、許してください」
「……はぁー、私ってやっぱ、リエトに対して滅茶苦茶甘くなってる気がする」
大きなため息を吐きながら、僕の肩に頭を預けながらキリエは呟いた。
「自覚はあるんだよ? でもさ、しょうがないじゃん。こうなった自分もそう悪くないと思ってるから余計に困るっていうかさ……」
彼女の口から溢れ出る言葉に耳を傾けつつ、僕はキリエの背中を撫で続けた。
「……もう、普通なら顔面に蹴りを食らわせてもおかしくないことをされてるのに、全然怒れないし。むしろ心地良いくらい」
「それは良かった。でも、僕としてはキリエに嫌なことをしたくないからさ、文句がある時は遠慮しないで言ってくれると嬉しいな」
「文句を言われて嬉しいとか……やっぱりリエトは変わってるよ」
「そんなことはないよ。駄目な部分は直したいと思っているから」
「そういうところが、ほんとにずるい」
「えっと……?」
「なんでもない。それじゃ、お言葉に甘えて。リエトのバカ」
「はい、馬鹿です」
「……ばか、あほ、すけこまし、たらし、むっつり、へんたい」
「ごめんなさい、最近ようやく自覚して来ました」
「……でも、好き」
キリエは僕を罵倒する言葉を並べていくが、最後に付け加えられた言葉を放つときは、頬を赤らめながら僕を見つめて言った。
「…………」
「……なにか反応して欲しいんですケド。これでも初めて想いを伝えたつもりなんだけど」
「いや、その、なんていうか……不意打ち過ぎて」
「…………」
「無言で器用に脛を蹴るのはやめてもらえませんか!?」
「うっさい! リエトのバーカ! バーカ!」
「はい! 僕は馬鹿です! なのでこれ以上は勘弁して下さい!」
「ふん! 自業自得だもんね!」
「はい! 仰る通りです!」
「…………」
「痛い! 今度は頭突きですか!」
「なんかムシャクシャしてきた! この! このっ!」
「ちょ! 痛い! 痛いですって! やめてくださ──」
キリエの勢いがある頭突きにより、僕たちは重なるように地面へ倒れ込んだ。
「いったぁ……。キリエ、大丈夫?」
「…………」
返事をしない彼女の代わりに、怪我をしていないか確認するために視線を顔から下へと移す。
幸いにも目立った外傷は無く、ほっとすると同時に安堵のため息を漏らした。
これだけ騒いでいるのにもかかわず誰もやって来ないことを考えると、周囲には僕たちしかいないのだろう。
「……ねえ、キリエ」
「……なに」
「僕の夢、叶ったよ」
「知ってる」
「まだ伝えていないのに、よく分かったね」
「だって、信じてたもん」
「そっか……。そうだよね」
「うん」
「……これでやっと飛行船に乗ることが出来ます。ありがとう、キリエ」
「こちらこそ。本当にありがとね。……それで、これからどうするつもり?」
「うーん、そうだなぁ。とんぼ便の皆に挨拶をして、ホームへ報告しに行く予定ではあるけど……」
「……?」
「まずは、お世話になった人たちにお礼の手紙を書いてみようと思います。僕がこうして夢を叶えられたのは、みんなのおかげであるわけだし」
僕の人生は多くの方々に支えられてきた。だからこそ、きちんとお礼を伝えたいのだ。
直接伝えられたら一番良いのだろうけど、そう簡単にいかないのがこの世界の現状だ。
手紙であれば時間を掛ければ相手に届くし、何より想いが文字として残る。
それに……会うことが出来ない人に向けても、自分の気持ちを明確に残せて、伝えられる。
「まっ、リエトらしくていいんじゃない?」
「キリエも一緒に書いてみます?」
「私はいいや。むしろ、早くリエトの手紙を読んでみたい!」
「そう言って貰えるのは嬉しいけど、僕がラハマを離れるのって早くても一年半ぐらい先なんだよね」
「……はぁ!? そんなに先なの!? っていうかその間はどうするのさ!」
キリエは驚きを隠せない様子で僕に詰め寄ってきた。
「どうするも何も、それまでは今まで通りの生活をしていくしかないかなぁ。とんぼ便での立場は臨時整備員に戻されちゃうだろうけど」
「焦った私がバカだった……。いや、でも、早く手を打たないとエンマが……」
「エンマ? 彼女となら帰り道で会ってきたけど……」
「なにそれ! 聞いてないんだけど!」
「それはいま伝えたから仕方ないかと……」
「ちゃんと言えよ! 言わなくても伝わるとか思ってるでしょ!」
「さっきはちゃんと伝わったよね!?」
「あれは例外だから! あんなのは滅多に起こらないから! 絶対的カクシンを持って信じてたから出来たことであって、普通は無理なの!! 繋がりあい響きあう奇跡だぞ!!」
「いや、まあ、その、うん」
「うん、じゃねぇよ! ああもう、なんでこんな奴のこと好きになっちゃったんだろ。今すぐ過去に戻ってこのスケコマシを私しか見えなくなるまで蹴り飛ばしてやりたい!」
「蹴る前に相談してくれても良いんですよ?」
「絶対にしない!!」
「ですよねー」
「そもそも! エンマを呼び捨てで呼んでる時点で何かあったでしょ! まさか告白されたのか!? したのか!?」
「えっ、いや、あの、それはですね……」
「答えによっては容赦しない。場合によってはこのままリエトをぶん殴る」
キリエは馬乗りの体勢になり、拳を握りしめながら殺意を滲ませた瞳を向けてくる。
これは殴られるかもしれない。
いや、間違いなく殴られる。
しかし、ここで嘘を吐いても意味が無いし、仮に吐いたとしてもすぐに見抜かれてしまうだろう。
それならば、素直に答えるのが一番だ。
「はい、お互いの気持ちを言葉にして伝え合いました」
「よし、死ね」
「待って! お願いします! ちょっとだけ話をさせて下さい!」
「うるへー! これ以上、結果なんて聞きたくないんだよぉ!」
「落ち着いて! キリエ! あくまで確認をしあっただけですから!」
「それを告白と言わずとして何んだよ! エンマとイチャコラしてきた話をするつもりだろ!!」
「そんなことしませんよ! エンマに伝えた気持ちは、キリエにも抱いていますから!」
「じゃあ、なにさ! いまから私を抱きしめて告白してキスしたあと結婚するって言うの!? まさか! 私とエンマを両方嫁にする気なのか! そうなのか!?」
「違いますから! 大切に想っているのは確かですけど、まだ気持ちに対して明確に名前が付けられないんです」
「何が名前じゃい! 好きなら好き! 愛してるなら愛し……」
キリエはそこまで言いかけて、口をつぐむ。
そして、少し考えるような仕草をした後、顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
「……あーうん、確かに順序は大切だわ。ごめん」
「いや、別に謝るようなことでは……」
「でも、リエトのそういうところは嫌い」
「ごめんなさい」
「……本当に私のことを大切に想ってくれてるの?」
キリエは僕に問いかけるように呟く。
その声はどこか寂しげであり、不安げでもあった。
僕たちは互いに想い合っているのにも関わらず、お互いに臆病なのだ。
だから、一歩を踏み出せない。
でも、踏み出すべき時は、今なのだ。
「もちろんです」
僕は上体を起こし、キリエの目を真っ直ぐに見つめ、彼女の手を取り、強く握りしめながら、はっきりと言葉を紡ぐ。
「僕はキリエのことが好きです」
「……うん」
キリエも僕を見つめ返し、優しく微笑み返してくれた。
「私もリエトが好きだよ」
彼女は僕の頭を抱えるとそのまま引き寄せ、自身の胸に抱き寄せる。
柔らかさと温かさを感じつつ彼女の鼓動を聞くと、とても心地が良く、安心感を覚えることが出来た。
「……キリエの心臓の音、早鐘を打っているのがよく分かります」
「当たり前じゃん。緊張しているんだもの」
「僕も同じ症状になっています」
「そうなの? 全然、感じられないんだけど」
「だって、キリエが僕を抱き寄せたせいで顔が見えません」
「あっ、そういえばそうだね。……どうする?」
「どうするとは?」
「このまま顔を埋めたままでもいいし、離れることだって出来るよ」
「……もう少しだけ、このままでいたいです」
「分かった。いいよ」
「ありがとうございます」
僕がキリエの胸元に頬を寄せると、彼女は僕を強く抱きしめてくれる。
まるで、僕のことを離さないと言っているかのように。
「キリエは優しいね」
「なにさ、急に」
「僕のことを甘やかしてくれる」
「……そりゃ、好きだからね」
キリエは僕の頭を撫でながら、恥ずかしそうにしている。
……可愛い。
「……リエトの匂いがする」
「汗臭かったりします?」
「ううん、大丈夫。むしろ、すごく良い香りがして、こうしていたくなる」
「そうですか。良かった。僕もキリエニウムを補給出来ている気がするので嬉しい限りです」
「それ、よく分かる。私もリエトニウムを摂取している気分になっちゃってる」
「キリエニウムとリエトニウムは相乗効果でより強い力を生み出していくのですね」
「そうだよ。だからリエトは私を選ぶべきなの。私よりも魅力的な女性はいないからさ」
「自分で言い切る辺りがキリエらしい」
「事実だし。ってかさ、私たちっていつもこんな会話ばかりしているよね」
「そうですね。でも、それが僕ららしくていいかなって思います」
「まぁ、それもそうだね」
キリエは楽しそうに笑いながら、僕の頭を再び抱き寄せる。
先ほどと同じように彼女の柔らかい膨らみに収まり、呼吸をする度に甘い匂いが心を満たす。
幸せだ。
「キリエは僕のこと、いつから好きでした?」
「……秘密」
「どうしてですか」
「……なんか悔しいから」
「……ふぅん。そうですか」
「なんだよ、その反応。気になるなら、リエトも教えてよ」
「……内緒」
「私には聞いたのに、自分もダメとか許さんぞ!」
「じゃあ、おあいこということで」
「ずるい! こうなったら、意地でも聞き出してやる!」
「ちょ!? キリエ!?」
「覚悟しろよ! 私が満足するまで質問責めにしてやるからな!」
「そんな!?」
僕の言葉など聞かずにキリエは、嬉々として話しかけてくる。
お互いの気持ちを確認し合っても、そう簡単に関係性が変わるわけではない。
それでも、この想いと向かい合い、答えを伝えるのが大切だと考えている。
未来のことなど誰にも分からない。
だからこそ、今を全力で。