月日は何を告げることもなく流れていき、僕が所属する『オウニ商会』は正式にラハマを拠点として活動することになった。
イヅルマより『工作艦』と呼ばれる船がやって来て、飛行船の造船も開始されるのだが……。
なんというか、アレンから知識として聞いてはいたけれど、想像以上に大きい。
「こんなにも大きな船を造れるなんて、凄い技術があるんですね」
「そうね。イヅルマには秘匿とされる技術が山ほどあるみたいだけれど、その中でも『工作艦』は別格と言われているわ」
隣にいらっしゃるマダムが淡々と答える。
「もし興味があるのなら、断りを入れておくから見学でもしてきたらどうかしら?」
「お気持ちは嬉しいですが、僕の初飛行船はマダムの船と決めていますので」
「変なところが義理堅いのね。別に私の船でなくても構わないでしょうに」
「気分的な問題ですよ。それに、マダムの船以外だと、僕は素直にはしゃぐことが出来ないと思いますから」
「あら、それは光栄なことね。まだ形が見え始めてきたばかりなのに、そこまで想われているとは思ってなかったわ」
「僕にとっては特別な存在ですから」
「そう。なら、私の分まで好きに見ておきなさい」
「はい。ありがとうございます」
僕にそう告げると、マダムは仕事へと戻っていく。
その後ろ姿を見送ると、僕は目の前に広がる光景を改めて見上げる。
飛行船の骨組みが組み立てられていく過程を見ているだけで、どうしてここまで胸が高鳴るのか不思議でならない。
これが憧れというものなのか。
◇◇◇◇
飛行船の骨組みが終わる頃、浮袋が取り付け作業が始まる辺りには、『オウニ商会』が雇用した作業員達が忙しく動き回っていた。
彼女らは飛行船の操縦を担当する者であったり、オペレーター担当であったりと様々だが、皆が一様に真剣に取り組んでいる。
それには例外なく僕も含まれており、作業服に身を包み、ナツオ整備班長から指示された箇所へ赴き作業を黙々とこなしていた。
そんな中、一つの話を耳にする。
「リエト、ちょっといいか?」
「どうしましたか、班長?」
「お前さんは仕事柄、用心棒と接触する機会が多かっただろ? どっかに腕に覚えのある飛行機乗りがいるって話はないか?」
「そうですね……」
僕は考えるように視線を逸らす。
腕が良いのかどうかは分からないが、レオナお姉ちゃんとザラさんの二人だけが所属する飛行隊があり、その二人は飛行経験は豊富だと思う。
ただ、身内の紹介をしても良いものかどうか判断に困ってしまう。
「あー、えっと、身内贔屓になって申し訳ないんですけど、僕のお姉ちゃんが用心棒をしていて、経験は豊富だとは思います」
「お姉ちゃん? リエトに姉がいたのか。どのくらい飛行しているんだ?」
「えーっと、用心棒を初めてからざっくりと六年間、ほぼ毎日飛行していますね」
「六年か。それなら十分だろう。それで、姉はどこかに所属してるのか?」
「いえ、もう一人の方と飛行隊を結成している以外は、特に」
「なるほどな。いやな、マダムから対空賊警備の用心棒について相談されて、私の判断も欲しいと言われたんだよ」
「そうなんですか」
「もしよければ、リエトの姉に話を通してくれないか? まぁ試験はあるし、贔屓は出来ない。こちらの都合ばかり押し付けちまうが」
「はい、分かりました。月に一度はラハマへ戻ってくるので、その際に伝えておきます」
「すまないな。助かるぜ。お礼に今度、飯を奢ってやるよ」
「楽しみに待っています」
僕は笑顔を浮かべて、再び作業を再開させる。
この話を聞いて、レオナお姉ちゃんたちはどんな顔をするだろうか。
期待と不安が入り混じる中、僕は作業に勤しんでいく。
◇◇◇◇
浮袋にガスの注入テストが行われる頃、僕は再びレオナお姉ちゃんを捕まえて、話があることを伝える。
場所は、いつもの街の外れにある草原だ。
「対空賊警備?」
「はい。僕の所属する『オウニ商会』では用心棒を探しているのを整備班長から聞きまして、もしよかったら考えてみて欲しいのですが」
ザラさんの問いかけに僕は答えていく。
「勿論、試験はありますし、身内が働いているからといって贔屓は出来ないので、都合の良いことを言っているのも承知の上なのですが」
「いや、むしろその方が私たちとしても有りがたいな。贔屓で雇用されるよりも、実力で落とされた方が納得できるからな」
「そうね。いい話だと思うわ。受けましょうよ、レオナ」
ザラさんの言葉を受けて、レオナお姉ちゃんは少し悩むような表情を見せる。
その理由は、至って単純なものである。
「そうだな。ただ、二人だけじゃ話にならない」
「そうねぇ。二人だけの飛行隊だけでは手が回らないと思うわ。せめてあと数人、仲間を増やす必要があるわね」
「誰かアテはあるんです?」
「……アレンに声をかけてみようと思う」
「アレンに、ですか」
「確かに。彼なら適任かもしれないわね」
「あいつは昔から、人当たりは良いからな。それに、飛行機の扱いに長けているところは認めざるを得ない。呑んだくれなところが玉に瑕だがな」
「あら、そんなことを言ったら私はどうなるのかしら?」
周囲には既に空瓶が並び立つザラさんが、意地悪そうに微笑む。
それを目にしたレオナお姉ちゃんは、苦笑いを返すしかなかった。
「目星が付いているのが一人。一先ず連絡を入れてダメだった場合は、また考え直すさ」
「そうですね。ケイトも居ることですし、あまり無理強いしてもいけませんから」
「リエト、すまないが顔合わせをお願いしてもいいか?」
「はい、喜んで」
レオナお姉ちゃんの言葉に二つ返事で了承すると、お姉ちゃんは嬉しそうに笑った。
巡り巡って、もしかしたら、もしかするのかも?
でも、もしもの話をするならば、可能性はゼロではないのかな。
「リエト、どうかしたか?」
レオナお姉ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「いえ、よくよく考えてみたら、レオナお姉ちゃんと同じ職場で働けるかもしれないと思うと、なんだか嬉しいなと思って」
「…………」
僕が素直に伝えると、お姉ちゃんは一瞬固まった後、真剣な表情でザラさんと向き合う。
「ザラ、何としてでも人を集めるぞ」
「はいはい、分かったから落ち着きなさい。試験も受けてないうちから採用を確定させないの」
「そうは言うが、リエトと同じ職場で働ける最後の機会かもしれないんだぞ! そう思うと居ても立ってもいられないというか、なんと言うか!」
「二人の経緯も考えれば気持ちも理解出来るけれど、冷静になりなさい。そもそも、まだ決まったわけじゃないでしょう?」
「それは、そうなんだが……」
「レオナは本当にリエト君が好きよね。ちょっと妬けちゃうくらい」
「むぅ……仕方ないだろう? 私にとってはいつまでも可愛い弟なのだから」
「分かってるわよ。冗談だってば」
「全く……ザラは私を揶揄って楽しんでいるな?」
「ふふっ、バレた?」
「バレるも何も、ずっと一緒にいるからそれぐらいは分かるさ」
「そうですね。もしかしたら僕よりもレオナお姉ちゃんのことを分かっているかもしれません」
「……もう! 相変わらずな姉弟たちね」
僕たちの会話を聞いていたザラさんは呆れたように笑う。
まだ、この飛行隊が二人だけだった頃のちょっとした思い出だ。