駐機場近くの建物屋上にて、ナツオ班長と僕は双眼鏡を片手に、模擬訓練を行っているレオナお姉ちゃんとザラさんの様子を眺めていた。
「なぁ、リエト。アレだけの腕利きが、なんで運び屋の仕事ばかり選んでたんだよ。わけがわかんねえ」
「そう言われましても。本人たちが決めて活動していたことですし、僕が口を挟めるわけもないですよ」
「そりゃそうか。お前さんの姉は基本に忠実な飛行だ。機体の特性を活かす戦い方をしているが、ワンパターンでは無い。事前に手札を幾つも用意しておくタイプ。だからこそ厄介だ。ザラはどうだ?」
「こちらも同じです。操縦技術が高いのはもちろんのことですが、視野が広く、状況判断能力も高いです。加えて相手の動きに合わせて柔軟に対応出来ています。隙がないとは正にあの事を言うのでしょうか?」
「だろうな。こりゃあ、とんでもない連中が来たな。しかも、これでまだ二人とも二十代前半だぜ? 末恐ろしい限りだ」
「班長ほどの人から見ても、そう思うのですか?」
「ああ、間違いない。上等な人材だよ。それに、他の連中の反応を見ても一目瞭然だ。ったく、マダムの先見性には恐れ入るぜ」
ナツオ班長はため息を吐きながら、頭をガシガシと掻いた。
「僕を雇い入れて良かったと、思って貰えるといいのですけど」
「おっ、リエトの前向きなその思考、嫌いじゃないぜ。だがな、リエト。お前さんはもっと自信を持つべきだ。私の目から見ても、お前さんは十分過ぎるほどの腕前を持ってる。これからも励めよ」
ナツオ班長に荒っぽく背中を叩かれると、僕は思わず咳き込んでしまった。
「げほっ、ごほ……。はい、頑張ります。ありがとうございます」
「よし、いい返事だ。ま、大船に乗ったつもりでいろ。何かあったら私が身体に叩き込んでやるからな」
「ははっ、班長は頼もしいなぁ」
僕が笑うと、ナツオ班長も満足そうに笑みを浮かべてくれた。
◇◇◇◇
それらと同じような時期に、僕は一つの難題と対峙することになっていた。
もはや、手紙を書くよりも多少の費用かかってしまうが、電話をしてしまった方が早いのではないかと思うほどの悩みが僕を襲っていたのだ。
「さて、どうしたものか……」
自室のベッドに腰掛けながら、僕は頭を抱える。
その理由を一言で表すと、エンマのご両親についてである。
彼女のご両親は、とても人の良い人たちであった。
ホームで育った僕やキリエの子供時代を優しく見守ってくれていて、困った時には助けてくれるような、そんな存在だ。
もちろん、一人娘であるエンマのことも大変可愛がっているのがこちらにも伝わり、エンマは僕たちが訪ねるといつも楽しそうに話してくれたものだ。
ただ、それが時として災いになり、その性質上悪い奴らに騙されてしまい易いということでもある。僕たちが監視出来ないほんの僅かな隙を突かれ、幾度となくエンマのご両親に危機が迫ってきたことは数え切れない程だった。
その度に犯人を捕まえたり、悪党を追い払うなど、とにかく大立ち回りをしてきたのだが……。
お金は水物というのか、その日暮らしのアリエ……その日の飲み代で消してしまい、回収出来ないなんてことが多々ある。
それはエンマが、『お嬢様学校』に入学する直前まで続いた。
『お父様! お母様! 金銭のやり取りについては、あれほどわたくしに任せて欲しいと言ったではありませんか!』
『しかし……今日の食べる物さえないと言われてしまえば』
『そんな輩が酒場に入り浸っている姿をわたくしは幾度となく目にして参りました。それを申し上げたでしょう!』
『だからと言って、本当であった場合の事を考えるとだな』
『せめてその時は食料を分けるなどして頂きたいとお願いしたでしょうに!』
『うぐっ……』
当時、エンマとご両親のやり取りを目にしながら、僕は隣にいるキリエと共に引きつった笑みを浮かべるしかなかったのだ。
そして、彼女が学校へと入学して二年を迎えてしばらく。
最近ではエンマ家の帳簿を報告するような手紙が厚さを増してきた頃合いに発生した。
「僕たちの知らないところで、僕たちの名前を騙り、契約書にサインさせられているとは……」
「いやさ、ぶっちゃけ無理じゃない? あそこまでいくと、逆に清々しいんだけど」
僕の自室には、もう一人の関係者。
キリエが来ており、椅子に座りながら僕にジッとした視線を向けてくる。
「あんな詐欺どうやって防げってのさ? リエトが冗談でやってた『僕だよ僕』とかですら騙されるんだよ?」
「確かに、そう言われると難しいね」
「でも、私たちの名前を使われたのは腹が立つよね。完全にエンマんちを標的に絞って動いてるじゃん」
「うん、そこは僕も同意するよ。キリエ」
キリエは腕を組みながら、むぅと声を漏らす。
「お金を取り戻すのは難しいかもしれないけど、なんとかしないとなー。このままだとエンマも落ち着かないだろうし、何よりソイツらに一発蹴りを入れてやりたい!」
キリエは椅子から立ち上がると、器用に片足で立ちながら、もう片方の足をこちらに向ける。
土足禁止の部屋にしているせいか、キリエは靴を履いていないせいもあり、指先までピンと伸びた綺麗な脚線美もそうだけど、視線の高さの問題でコートの中が見えてしまう。
インナーやショートパンツは白を基調としたものなので、キリエの肌色が余計に映えている。
なんとなく気恥ずかしくなり、僕は考え込むように目を逸らす。
「ひとまずは電話を利用してエンマに報告かな。郵便屋さんの二人に頼めば速達してくれるだろうけど、声で伝えた方が良いかも」
「ん、分かった。私はここで待ってるよ」
「了解。留守番お願いね。それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
キリエに見送れられて部屋を出ると、僕は電話のある場所へと向かうことにした。
以前に比べれば普及しつつあるとはいえ、まだまだ街全体に行き渡っているとは言い難い。
とはいえ、数は少ないが公衆電話と呼ばれる物が配置されているのは嬉しいところだ。
……いったい誰がどのようにして作ったのかは不明だが、便利であることに変わりはない。
◇◇◇◇
「……といった状況になりまして、エンマ」
『…………』
「……エ、エンマさん?」
受話器からは、エンマの少しばかり荒々しい息遣いと、何かが亀裂するような音が聞こえていた。
『……分かりました。わたくしも一度、実家に戻らねばなりませんね』
「すみません、エンマ。僕たちがもう少し早く気づいていれば……」
『いえ、リエトが謝ることではありません。全ては我が家が招いた事態ですから。それに、わたくし自身も両親を問い詰める必要があるようですね』
普段の穏やかな口調とは異なり、怒りを感じさせる声色でエンマは語る。
『なんとしてでも両親を騙した者には、相応の報いを受けてもらいます。その為に、リエト。貴方に頼みたいことがあります』
「僕に出来ることであれば」
『ありがとうございます。では、早速なのですが、わたくしを迎えにきて頂けないでしょうか?』
「迎えですか?」
エンマは僕の言葉に静かに答える。
『はい。家の事情とあらば休みは取れるでしょうが、それだけでも一日掛かりになってしまいます。それに送迎の類は基本、入学と卒業の時のみ。それ以外の時期は難しいのが現状です』
「寮があるぐらいなんですから。確かにそうですよね」
『ご理解いただき感謝いたします。あなたにも用事があるのは重々承知しておりますが……』
「そこはまぁ、手紙でも報告していますけど、飛行船の完成が終わるまでは以外と自由時間があるんで。マダムに報告してから直ぐに向かいます」
『リエト。もしも……』
「駄目って言われたら再就職を考えます。大丈夫、信じて」
『……はい、そうでしたね。貴方はそういう方でした。……ふふっ、安心しました』
受話器越しだが、エンマの声色はいつものように穏やかで優しいものに変わっていく。
『重ねて、感謝を。リエトの事をお待ちしております。それと……」
「何かありましたか?」
『エンマさん。と呼んだ事に関しては、後日改めてお話をさせて頂きましょう。それでは、お気をつけて』
その言葉を最後に、通話は終了した。
一瞬、何を言われているのか分からなかった僕は、数秒後にその意味を理解した途端、背筋が凍るような感覚を覚えた。
それを振り払うかのように、僕は慌ててマダムの元へと駆け出していく。