あの日から季節はめぐり、一巡した頃だ。
レオナお姉ちゃんからは、たびたび手紙が届くようになっていた。
『元気でやっている』という旨の内容の手紙がほとんどだったが、仕事を上手くやっているみたいだ。
色々と厳しいところはあるけども、知り合った友人たちと一緒に助け合いながら日々の依頼をこなしているという内容の手紙を読んでいると、何だか胸が熱くなってくる気がした。
もちろん寂しくないと言ったら嘘になるんだけど、それでもレオナお姉ちゃんが楽しそうにしているから安心した。
そして最後に書かれていた内容に目を通すと、思わず顔が綻んでしまった。
『友人たちと本格的に用心棒を始められそうだ』
少し困った風に書かれているのは、きっと友人の方々の押しが強くて、なんだかんだと言いながらも同意したんだろうなって思ったら少し可笑しくなってしまったのだ。
それと同時に僕の胸も熱くなる感覚を覚えると、やっぱり嬉しさが勝ったみたいで僕は思わず笑ってしまった。
いつかこの人たちとも会ってみたいなぁと思いながら手紙を綺麗に折り畳むと、机の中に大事に仕舞うのだった。
◇◇◇◇
この頃の僕はといえば、ホームの手伝いをしながら配達の仕事を始めたところである。
主な仕事は、ラハマの街に住む人々の家に配達物を届けたり、配達局まで持ち運んだりとやることは多い。
他にも街の人の頼み事を聞いたりといったこともやっていたのだが、それはまた別の機会にしておこうと思う。
ともあれ、それなりに忙しい日々の中で僕は配達屋で働きながら、休日にはあの子の整備を行っていたりしていた。
そんなある日のこと、僕に配達の仕事を教えてくれた先輩でもあるキリエさんが声をかけてきたのだ。
「リエトって配達のない日は、何してんのさ?」
突然の質問に首を傾げつつも素直に答えることにする。
「え? そうですね……ホーム……孤児院の手伝いと飛行機の整備かな?」
「手伝いはともかく、飛行機の整備なんて出来るの?」
「はい、出来ますよ。とはいっても九七式しか触れないんですけどね」
「へぇー! 凄いじゃん!」
何故かテンションが上がった様子のキリエさんに背中をバシバシ叩かれてしまい、若干咳き込んでしまう。
本当に元気な人だなぁと思いつつも悪い気はしないから不思議だ。
「お姉ちゃんの手伝いをしていたら自然と飛行機に触れる機会が増えたので、整備の知識くらいなら何とかって感じですね」
「そっかぁー! いやぁ、まさかこんなに近くに丁度良い……同じ趣味を持つ人がいるとは思わなかったからさ! ちょっと嬉しくて!」
何か言い掛けた気がするけど聞かなかったことにしようかな! いやだって怖いもん! 絶対ろくでもないこと言ったに決まってるもの!
「あはは……僕もここまで整備について覚えるとは思っていなかったですけどね」
苦笑しながらそう返すと、うんうんと頷くキリエさんの姿が目に入った。
その目はどことなくキラキラと輝いているような気がしなくもないが、深く詮索しない方が良さそうだと本能が告げているので素早く撤退を決め込むことにした。
「それじゃ今日の配達も終わったので先に失礼しますね」
「ちょっとまて」
キリエさんの声を無視するようにして帰り支度を始めると、か細い手が僕の襟首に伸びてきた。
「んぐえっ!?」
まるで首が締まるかのような勢いで引き寄せられるものだから、情けない声を上げてしまう。
「ねぇリエトさぁ~、どうして逃げるわけ?」
ジロリと睨まれてしまったが、僕は慌てて弁解することにした。
「ち、違うんですよ!? 別に逃げようと思ったわけではなくてですね……」
するとキリエさんは、ため息を吐くと掴んでいた手を離してくれた。
ホッと安堵の息を漏らしていると、今度は逆に引っ張られて耳元に顔を寄せられた。
吐息がかかってくすぐったいので止めて欲しいんですが……。
なんて思いつつも、それを言えるはずもなく黙って言葉を待つことにした。
「じゃあ何で私から逃げようとしたのさ?」
声を潜めるようにしながら囁かれたので、こっちも小声で返答することにする。
「……何となく嫌な予感がしたので」
そう言うと彼女は小さく笑った後、さらに顔を近づけてくるのだった。
ちょ、近い近い! 顔近いですって! そんな抗議の視線を送るものの、一向に気付く気配もなくニコニコと笑っているだけ。
だからもう少しだけ距離を取ろうと後退すると、壁に背中をぶつけてしまったようだ。
あ、これ逃げられないやつだ……なんて思いながら観念した気持ちで彼女の顔を見つめる。
「分かりました! 分かりましたから! ……それで、何の話ですか?」
さっさと話を済ませて帰ろうと思い尋ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせていた。
「リエトが飛行機の整備をしているところ、私に見せて!」
「えぇ……」
いきなりの要求に困惑しつつも言葉を濁す僕であったが、そんなことを気にする様子もなく彼女は言葉を続けてきた。
「リエトが問題なく配達が出来ているのは誰のおかげかなー? 私がキッチリと仕込んであげたおかげだよねー? それに私が見たいと言っているんだよー? 断る理由はないよねー?」
「初めて会った時の舌打ちを隠そうともしないキリエさんは何処へ?」
「……あ"ぁん?」
ドスの効いた声と共に肩を掴まれる。
めっちゃ痛いんですけどぉ!! 涙目になりながら彼女を見ると、満面の笑みを浮かべているのが確認できた。
出会った当初、全方位に対して威嚇しているかのように振る舞っていたのは一体何だったのだろうかと思えるくらい、今のキリエさんからはトゲが取れているように感じられた。
まぁこんなやり取りが出来るくらいには、仲良くなれたってことだとは思うけどさ。
ちなみに当時のことは今もしっかりと覚えている。
だって本当に怖かったんだもん。
「いえ! 何でもありませんです! ハイ!」
「ならいいよね? 見せてくれるよね?」
「アッ、ハイ」
結局、僕が根負けする形で了承してしまった。
心の中で諦めをつけた僕の様子に満足したのか、ニヤリと笑うと手を差し出してきた。
何をしたいのか分からないままに彼女の手を取ると、そのままグイッと腕を引かれて再び耳元で呟かれた。
「言質、取ったからね!」
その言葉にハッとするも時すでに遅し。
キリエさんがパッと手を離すと、脱兎の如く駆け出していくのが見えたのだった。
あっと言う間に姿を消した彼女に唖然としてしまう。
もうやだあの人自由すぎて怖いよぅ……。
◇◇◇◇
あの日から配達のない日は、キリエさんが見つめる中であの子の整備を行ったり、時には手伝ってくれたりと過ごしていたある日のこと、ふと思い立った疑問を口にしてみた。
「そういえばなんですけど、キリエさんはどうして整備を覚えようと思ったんですか?」
何気なく聞いたつもりだったんだけど、聞かれた本人は難しい顔をして唸っていた。
あれ? 聞いちゃいけないことだったのかな? なんて思っているとキリエさんが口を開いた。
「んー、そうだなぁ……一言で言うなら『憧れ』かなぁ」
「『憧れ』ですか?」
予想外の言葉に、つい聞き返してしまう。
だってやる事なす事、全てが現実主義な彼女から『憧れ』なんて言葉が出て来るとは思わなかったからだ。
「なにさ、その顔は。もしかしてバカにしてる?」
頬を膨らませたかと思えば、目を細めて睨み付けてくる彼女が何だか可笑しくて、ついつい笑ってしまった。
それが気に入らなかったのか、更に機嫌を損ねてしまったようでそっぽを向かれてしまった。
流石に申し訳ない気持ちになったので謝罪の言葉を口にすると、意外にも許してくれたみたいでこちらを向いてくれた。
「で、でも意外でした。キリエさんってそういうの興味なさそうに見えましたから」
「……昔、一度だけ飛行機に乗ったことがあるの。もちろん操縦席にだよ?」
意外な事実に驚くが、どうやらまだ続きがあるらしく、彼女の話は続くようだった。
「そこで私は見たんだ。空から見る地上を、どこまでも広がる世界を、この目でね」
どこか遠くを見るような目をしていたキリエさんだったが、不意に視線がこちらを捉えると、悪戯っぽく笑いながらこう言ってきた。
「その時に思ったの。あぁ、この光景をずっと見続けていたいって」
それからすぐに彼女は立ち上がり、大きく伸びをしたかと思うと僕に視線を向けてきた。
「だからさ、この空を自由に飛び回れるようになりたいって思ってるんだよね」
その言葉とともに向けられた笑みは、とても眩しく思えたのだった。
「まっ、その後に操縦席に乗せてくれた人が行方をくらましたんだけどね」
「……それ、笑えないやつじゃないですかぁ」
「おかげで自分のことは自分でやる癖がついたってもんだし、そういう意味では感謝してるけどさ」
「はぁ……」
何と言っていいか分からずにいると、彼女はポツリと呟いた。
「もし、もう一度会えたらお礼を言いたいって今でも思ってるんだ」
そう言ったきり、何処か寂しそうに笑う彼女を見て思うのだ。
きっとその人は、キリエさんにとって大切な人なんだろうって。
けれど僕にはかける言葉などなく、ただ黙って頷くことしか出来ないのだ。
「ごめん、変なこと言ってさ」
気を取り直すようにしてそう口にするキリエさんに僕は首を横に振った。
「そんなことないですよ。キリエさんが整備について知りたい理由が分かって良かったですし」
「そっか……ありがと」
照れ臭そうに頬を掻く仕草を見せるキリエさんを見つめながら僕は続けた。
「折角なので少しこの子に触れてみませんか? 実際に整備を行ってみればキリエさんも飛行機の仕組みが分かるようになるかもしれませんし」
「えっ、いいの!?」
「もちろんです。そのためにここへ来たのですから」
前のめりになって食いついてくる姿に苦笑しながらも僕はそう答えると、早速作業に取り掛かることにした。
「それじゃまずは……」
こうして始まる二人の共同作業は、レオナお姉ちゃんが居た時のことを思い起こさせるには十分過ぎるもので。
今にして思えば、それは懐かしき思い出だと言えるのだろう。