レオナさんの弟さん   作:星1頭ドードー

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第50話 六人目の隊員は?

 ついにこの日がやってきた。

『オウニ商会』の所有する飛行船、『羽衣丸』の飛行試験と完成。

 そして処女航海が行われるのである。

 

 今日という日をどれだけ待ちわびたか考えると、胸の高鳴りを抑えきれない。

 

「おーい、リエト!」

「なんですか、班長?」

「もう少しドンと構えたらどうだ? マダムが挨拶周りをしている時から、緊張しすぎて空回りしてはないか?」

「分かっていますけど、落ち着かないんですよ」

「まぁ、仕方ねぇか。お前さんにとって夢が叶う瞬間だもんな」

「はい。今までずっと努力してきた甲斐がありました」

「そうだな。だが、気負いすぎるのも良くない。適度に肩の力を抜いておけ」

「うすっ」

 

 僕がいる飛行甲板には、『コトブキ飛行隊』が使用する隼一型が四機、駐機されている。

 其々が異なる塗装パターンとパーソナルマーク。

 だけど飛行隊を表す太陽とプロペラのマークだけは統一されていた。

 

「不思議な感覚だ」

 

 目の前の光景を眺めていると、まるで自分が物語の中に入り込んだような錯覚を覚える。

 それは、憧れ続けた景色。

 僕は、今、その舞台にいるのだ。

 

『これより『羽衣丸』の離陸準備に入ります。各担当員は所定の位置へ』

 

 オペレーターの声が伝声管を通じて艦内に響くと同時に、作業員たちが慌ただしく動き出す。

 その様子を見ていると、いよいよなのだと実感する。

 

「こちら整備班。離陸準備完了。管制室の指示を待つ」

『こちら管制室。了解です。そのまま待機していてください』

「了解」

 

 緊張をほぐす為とはいえ、管制室とのやり取りを僕にやらせる班長もどうかと思う。

 とはいえ、これもイザという時の為に訓練し、慣れたこと。

 

「さて、と。機体の固定作業も済んで、こっちの準備は終わったぜ」

「了解です。後は待つだけですか」

「ああ。私らはここで見守るだけだな」

「はい」

 

 甲板に立っていると、徐々に『羽衣丸』に搭載された発動機の振動が足の裏に伝わる。

 それと同時に、『羽衣丸』と繋がるスタブマスト式の係留塔が徐々に上昇を始め、艦橋は既に地面から離れているだろう。

 

「もうすぐか」

 

 すると、船体が僅かだが後ろに傾き始めるが、発動機の出力を上げて上昇を始める証拠でもある。

 

『船体後方へ空気圧の移動を確認。エンジン正常に稼働中。および船体の先端部分の上昇を確認。発進可能です』

『マダム、ご命令を』

 

 副船長と思しき男性の声が聞こえ、マダムが指示を出す。

 

『羽衣丸、発艦!』

『羽衣丸、発艦します!』

 

 マダムの合図により、飛行船の発動機が轟音を立て、巨大な船体を前方へと押し進めていく。

 そして、甲板上にいた僕らは、必死にバランスを取る。

 

「おっとっと」

「しっかりしろよ、リエト」

「ありがとうございます、班長」

「お礼を言うのはまだ早いぞ。これからだ」

「そうですね」

 

 少しずつではあるが、船体は加速していき、遂には上空へ向かって浮上していく。

 

「おお……本当に浮いている」

 

 やがて、船体が水平へ保たれると閉鎖ハッチの隙間から見える青空の美しさに見惚れてしまう。

 

「ついにここまで来れたんだな」

 

 思わず呟き、感慨深いものを感じる。

 あの時、空で飛行船を見つめて憧れを抱いた日から、幾つもの出来事があった。

 それらが一瞬にして頭の中を駆け巡り、思い出される。

 

 肩にのせられる班長の手を感じながら、改めて思い返すと涙が出そうになる。

 

「リエト、大丈夫か?」

「はい。ちょっと感動しちゃって。でも、今は我慢しておきます」

「そっか。無理はするんじゃないぞ」

「はい」

「よし、いい返事だ」

 

 それからしばらく時間が経ち、『羽衣丸』は予定されている町へと進行を始めた。

 僕の夢が、本当の意味で実現した瞬間でもある。

 

 ◇◇◇◇

 幾つもの輸送を繰り返し、何度目かの空賊を撃退し始めた頃、突如として空からお客様がやって来た。

 ……それは、『コトブキ飛行隊』によって撃退されたはずの空賊であった。

 発動機から火を噴かせながらも、『羽衣丸』へ無理矢理着艦させた鍾馗に対して、僕は整備班たちと消火作業にあたり、ナツオ班長はパイロットに対して啖呵を切る。

 

 しかし、機体から出てきたパイロットを見て、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。

 

「……子供?」

「子供って言うな! チカ様って呼べ! ウゾームゾーども!」

 

 チカと名乗る少女は、腰に手を当てたポーズを取り、班長たちを睨みつけながらそう叫ぶ。

 少女は機体から降りると、レオナお姉ちゃんたちに対して食って掛かるのだが……。

 正直、こちらはそれどころではないので、必死に消火作業を続けるので精一杯だった。

 

 それら一連の作業が終わりを告げた頃、少女がこちらへとやってきて話しかけてきた。

 

「消火サンキュー! これからよろしくな!」

「へ? はぁ……」

 

 いきなりすぎて状況についていけないけど、この子は一体誰なんだろうか。

 

「今日からこの飛行隊で世話になるチカ様だ! たたえよーうやまえよー」

 

 チカと名乗った少女は、腕を組み偉そうな口調で自己紹介をする。

 

「それで、『コトブキ飛行隊』の隊員になったというのは本当ですか、チカちゃん?」

「チカちゃんじゃない! チカ様だっ!」

「あ、すみません。つい」

「まったく、これだからウゾームゾーは困るんだよな」

 

 チカはぶつくさと何かを呟いていると、ナツオ班長が呆れ顔でこちらへやって来る。

 

「班長。この子が言っていることって本当ですか?」

「半分ぐらいはな。連れて帰って試験を受けさせ、合格したら正式な飛行隊員になるらしい。お前さんの姉もマダムも変わり者だが、その子も相当変わってるな」

 

 ナツオ班長がため息をつきながら、チカを見る。

 

「失礼な! 私は立派な大人なんだぞ!」

「はいはいわかったわかった。それよりもだ、リエト。マダムからその鍾馗の修理命令が出ている。お前さん確か得意だったよな?」

「確かに出来ますけど……損傷箇所が多いので、時間はかかりますよ? 費用だってそれなりにかかるでしょうし」

「そうマダムには伝えたが答えは同じさ。ラハマに着いたら必ず修理するように言われたぜ。隼の方はコッチで面倒見ておくから、鍾馗の方を頼むぞ。必要な物と人があればすぐに言ってくれ。手配しておくからよ」

「わかりました。お願いしますね、班長」

「おう、任せときな」

 

 ナツオ班長と別れると、黙ったままのチカ様がこちらをじっと見てくる。

 

「どうかしましたか? チカ様」

「オマエ、コイツを直せるのか?」

「これでも整備士なので。経験もある機体ですから問題ありませんよ」

「じゃあじゃあ! ウーミも綺麗にできるか!?」

 

 チカ様は目を輝かせながら僕に迫ってくる。

 確認の為、一緒に機体を見ているとオイルと消火剤の下には、海のウーミが描かれてあった。

 

「もちろんです。思い入れがあるのなら丁寧に扱いましょう」

「やったー!!」

 

 チカ様は嬉しそうに機体を撫でまわす。

 

「……うん、よし。オマエ、名前はなんていうんだ?」

「リエトと言います」

「リエトだな。覚えたぞ。あと、私のことはトクベツにチカと呼ぶことを許してやろう!」

「はい、チカ様」

「チカだっ!」

「チカ様」

「チカと呼べ!」

「チカ様」

「チカと呼べと言ってるだろう!」

「まだ修理作業も始まっていないので、もう少し待っていてください」

 

 チカ様は「むぅ」と頬を膨らませ、猛抗議を実地中だ。

 まるでホームの後輩たちみたいで、接していると懐かしい気分になれる。

 そのせいだろう、僕としては珍しくからかいたくなってしまったのだ。

 

「機体を少し離れた駐機場へ移動させたいので、チカ様に手伝って欲しいのですが」

「んー? 何すればいいの?」

「操縦席に乗って指定位置まで機体を操作してください。整備班が機体を押し進めますので」

「ほぉ~、私に操縦しろと申すのか~。ま、このチカ様なら楽勝だけどな!」

 

 チカ様は自信満々といった表情を浮かべながら、僕の背中を踏み台にして勢いよく操縦席に飛び込む。

 

「それでは行きますよ。三・二・一、はい」

 

 鍾馗はゆっくりと進みだし、指定された位置に辿り着くと停止させる。

 

「おー、動いた動いた。これで満足か?」

 

 チカ様が操縦席の中で振り返ると、「ふふん」と鼻歌を歌いながら笑顔を見せる。

 

「はい。ありがとうございます、チカ様」

 

 僕はチカ様に対して素直に感謝の言葉を述べると、彼女は急にそわそわし始める。

 

「…………」

 

 すると、操縦席からテンポ良く降りてきたチカ様は、僕に向かってこう言った。

 

「別に、お礼を言うことでもないんだけどさ……。ただその……お疲れさんってことだ!」

 

 照れ臭くなったのだろうか、顔を真っ赤にしたチカ様が僕に背を向けて足早に立ち去ろうとする。

 

「チカ様、ちょっと待っ……」

 

 呼び止めようとすると、チカ様は振り向きざまに僕を指差した。

 

「チカ様じゃない! チカだ!! ……それと、もう敬語とか使うの禁止だかんな! 絶対だぞ!」

 

 そして、そのまま走り去って行ってしまう。

 チカの後ろ姿を眺めていると、背後からナツオ班長が話しかけて来た。

 

「やっぱあの手の人間を相手させるには、お前さんみたいな性格の奴が一番合ってるなぁ。どうだ? これからもアイツの面倒をちょいちょいで良いから見てくれるか?」

「僕がチカの面倒を見るのは決定事項なんですね」

「そりゃそうだろ。他の連中に預けても上手くいくとは思えないしな」

 

 僕は頭を掻きながら、苦笑いをする。

 ひとまずラハマへ辿り着くまでだと考えていたが、付き合いは長くなりそうな気がする。

 

 ◇◇◇◇

「チカ様はどう思われます?」

「チカ様じゃない! チカだ!! 何べん同じことを言わせんだよ!!」

「そう言われましても」

 

 ここは、『羽衣丸』内部に併設されているサルーン。

 本来なら従業員である僕が開店時間中に訪れることは無いのだが、ちょっとした事情がある。

 

 現在、『羽衣丸』はラハマへ艇泊中。

 今は、僕とチカが隣り合わせで座り、目の前には『コトブキ飛行隊』の四人が向かい合うように席に着いている。

 チカも出会った頃とは服装も変わり、首元には藍色の布がリボンのように結ばれている。

 

「レオナ、リエトを呼んできたけど何か用事でもあんの?」

「ああ、他でもない。リエトの力を借りたくてな」

「僕の力って何をするつもりなのさ?」

 

 レオナお姉ちゃんは、僕とエンマを交互に見ると話を切り出す。

 

「座敷童と会う方法を知りたいんだが」

 

 その言葉に僕は咽るのと同時に、カウンター内で作業をしているリリコさんから抑えるような笑い声が聞こえてくる。

 エンマを見ると、彼女は呆れたような顔をしながら僕に視線を送る。

 

「キリエのことですわ、リエト。彼女を飛行隊に誘おうとしていますの」

「そ、そうなの?」

「えぇ。ですが、手紙を送ったり直接出向いたりしても返事すらありませんの」

 

 エンマの話を聞きながら、僕はキリエの姿を思い浮かべる。

 ……なんだろう。

 人懐こくてすぐに抱き着いてきて、離れようとすると怒るキリエの姿しか想像できない。

 

「うーん、面倒くさがりではあるけど、人を無視するような子じゃないはずなんだけど」

「色々と拗らせている最中ですのよ。ああ見えて繊細で傷つきやすい性格をしておりますし、わたくしと会いたくない状態でも、リエトならきっと会ってくれますわ」

「あーうん、ラハマへ戻ってきたら必ず会いに行ってるけど……本当にそれだけでキリエを説得できるのかな?」

「今のキリエでは、そのまま伝えてもわたくし達と会うつもりはないでしょうね」

 

 エンマは小さく息を吐くと、「そこで」と言って言葉を繋げる。

 

「キリエを何としてでもここまで連れてきてくださいまし」

「む、無理強いはよくないぞ? 相手の意見を尊重しなければ」

「レオナ、それで何度失敗したかお分かりですの?」

「うぐぅ」

 

 レオナお姉ちゃんは痛いところを突かれたのか、苦しげな表情を浮かべた。

 

「それに、リエトなら大丈夫ですわ。キリエを口説き落とせるだけの武器を沢山持っておりますもの」

 

 エンマは自信満々といった様子で僕を見つめると、レオナお姉ちゃんは不安そうな眼差しを向ける。

 

「リエト、私の知らない間にそんな武器を手に入れていたのか……?」

「お姉ちゃん、今はスルーするよ。エンマ、ここまでキリエを連れてくればいいんだね?」

「はい。後はわたくし達に任せてくださいませ」

 

 エンマは微笑みながら答えると、レオナお姉ちゃんは腕を組みながら首を縦に振る。

 

「ってかさー、そんなヤツ無視してリエトを隊員にすればいいじゃん」

 

 チカは不満そうに唇を尖らせると、お姉ちゃんは真剣な表情で語り始める。

 

「チカ、確かにお前の言う案は、私としても大変魅力的な案だとは思う。可能性があるのならば真っ先に行っておけば良かったと後悔すらしているが、リエトにも夢がありその夢を私のせいで潰してしまうことは、私には到底出来なかったのだが……いやまてよ、リエトの夢は既に叶えたといっても過言ではない状況であり、既に目標を達成したといってもいいのではないか? ならば今からでも遅くはないからリエトを勧誘するのはありなんじゃないか? そもそも、姉弟が離れ離れで生きてきた事がおかしいわけであり、私が空を飛ぶ理由はリエトとホームを幸せにする為だ。リエトを『コトブキ飛行隊』に入れるのは、我を通すためではなく、リエトを幸せにする為の行為に……待てよ、よく考えたら私は今までリエトを縛っていたことになるのかもしれない。いや、そうだ。そうと決まれば早速、『オウニ商会』に掛け合って……」

 

 レオナお姉ちゃんの独白を聞いているうちに、僕の中で一つの疑問が生まれる。

 お姉ちゃんってば、もしかしなくても何か理由を付けて僕を飛行隊に入れたがっているんじゃ……。

 

 ちらっとザラさんの方を見る。

 ザラさんは僕の視線に気付くと、樽ジョッキを飲み干して机の上に伏せてしまう。

 逃げられた。

 

 ケイトに視線を送ってみる。

 ケイトはこちらを見もせずに、黙々と食事を続けている。

 我関せずのスタンスだ。

 

 それならばとエンマに目配せをする。

 エンマは楽しげな笑みを浮かべており、僕と目が合うとウインクをしてくる。

 今日もお美しい。

 

 その様子を眺めていたチカは、僕たちのやり取りをゲラゲラと笑う。

 ……なるほど、そういうことか。

 キリエには申し訳ないが、何としてでもここへ来てもらうしかないようだ。

 

「分かった、キリエを呼んでくる。その代わり、約束して欲しいことがあるんだ」

「……なんだ?」

「キリエは最初、人との距離感が分からなくてここにいるみんなに迷惑を掛けると思う。だけど、良いこと悪いことは伝えればきちんと理解出来る子だから。キリエは寂しがり屋だけど、心優しい子だって知って欲しいんだ」

「……リエト、友達の事をそこまで考えているなんて。流石は私の弟だ」

 

 レオナは目を輝かせてリエトを褒め称えると、エンマは呆れたように溜め息を漏らす。

 

「相変わらず甘い方ですのね。でも、嫌いではありませんわ」

 

 エンマの言葉に、ケイトも無言で首肯する。

 

「それじゃあ、キリエをここへ連れて来るよ」

「えぇ、お待ちしておりますわ」

「リエト、頼んだぞ!」

 

 僕は言葉を受けて『羽衣丸』から降り立ち、キリエの住む部屋へと目指すのである。

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